脱出中の女神さま
ヒロインは小説開始時から最後まで可愛い女の子ですが、
元は同性だったりしますので、苦手な方はご注意ください。
気にしない、むしろそれがいいという方はぜひお読みください。
「絹のように繊細な肌、夕焼けに染まる雲を思わせる赤銅色の髪。その姿は、まるで天上から舞い降りた女神のようだった」
思わず変なポエムが、僕は頭の中を流れてしまった。
馬車の幌の中に戻るとそこには美少女が赤ん坊を抱きかかえて座っていたのだ。
柔らかな曲線を描く肩から胸元にかけて、衣服ははだけ、露わになった白磁のような肌が微かに上下している。その胸元には、まるで生命の神秘そのものを体現するかのように赤子が安らかに抱かれていた。
「誰だ……? こんな人が……いるはずがない……」
この馬車に女性なんているはずがないのだ。
どういうことだ?
本来なら恐怖を感じるべき状況。しかし、僕の心は奇妙に静けさに包まれていた。目の前の光景があまりにも美しく、この世のものとは思えないほどだった。
「美しい……まるで女神さま」
僕は思わず呟いた。白く柔らかな胸に吸い付く赤子。その光景は、生命の輝きと脆さを組み合わせて表現しているかのようだった。
教会で見慣れた女神さまを描いた絵画がそのまま僕の眼の前に存在している気がして、しばらくの間、その姿に見とれてしまっていた。
話は、数分前にさかのぼる。
魔王を倒した僕たちは、魔王城がある街から荷馬車を奪い逃走中だった。
「キーリー。力を貸してくれ」
パーティ随一の力持ちの戦士であるクレイグが、弓を引き絞りながら僕に声をかけた。
全力で走っている荷馬車の最後尾に腰掛けた僕たち二人は、追ってきている鳥らしい生き物を手に汗を握りながらじっと見ていた。
遠くから見れば鳥にしか見えないけれど、よく見れば頭は人の顔をしている。魔族が放った使い魔なのは間違いがなかった。
「偉大なるポロア様。どうかお力をお貸しください」
僕はクレイグへ祝福を与えた。両手を握りいつもより祈る声に力を込めた。
もし、この矢を外して仲間ででも呼ばれてしまえば、この魔族の国の中で全滅する未来しか見えない。
次の瞬間に力が溢れたようにクレイグは弓を強く引き狙いを定めて、放った。
「……やったぞ!」
「おおっ」
祝福を受けた矢は、羽の生えた使い魔を追いかけて突き刺さりると使い魔は地面へぽとりと落ちていった。
成功を見届けた僕たちはハイタッチをして、大きく安心した息を吐くと荷馬車の幌の中へと戻っていった。
「エイヴェリーやったよ。とりあえずの危機は脱したよ」
僕は嬉しくて、親友でこのパーティのリーダーであるエイヴェリーに報告に戻ってきた。
ここまでが先ほどまでの話だった。
「ああ、これで俺たちは無事に国に帰れれば、魔王を討伐した勇者パーティと呼ばれちゃうな。がははは」
クレイグも豪快に笑いながら帰ってきたけれど、僕と同じで荷馬車の幌の中になんとも言えない空気が漂っているので思わず息を飲んだ。
幌の中には、リーダーであるエイヴェリーと、魔法使いのネサニエル。あとは魔法人形のヒゲがいるだけ……のはずだった。いや、ヒゲは前に行き御者席で馬を操っているのだろう。
だから二人の男がいるだけのはず……だった。
(女の子?)
でも、目の前には美少女が座っていた。
(しかも、かなり僕好みな……いやいやそうじゃなくて)
しかも、上半身をはだけると綺麗な胸を出して、赤ん坊に乳を飲ませていた。
(む、胸が……)
悲しいことに僕は男の子なので、白い肌が綺麗で燃えるような赤い髪がとかそんな外見よりも、おっぱいがあればどうしてもそこに視線は集中してしまう。
(だめだめ。僕は修行中の身。そして、相手にも失礼)
何とか、心では涙を流しながら美少女から一旦視線をずらして冷静になろうとする。なんとか胸を見ないようにしつつ改めてこの謎の美少女の姿に視線を戻していった。
魔族ではない。確かに人間の少女だった。
赤い髪が目立つ、赤くてもこんなに綺麗に映えているのはエイヴェリーくらいしか見たことがなかった。ただエイヴェリーよりの長くてなおさら綺麗に見えていた。年は十代後半だろう。傷のない顔や体、肌は綺麗であまり長年酷い環境にいたわけではなさそうだったけれど、あまり高価ではなさそうな鎧や剣を見るとあまり裕福というわけではなさそうだった。
(それなりの名家の出身だけれども、今は没落して仕事もないので冒険者として活動しはじめた剣士って感じかな……ん? 剣士?)
「え、もしかして……?」
「あはは、オレだよ。おれ」
美少女が、赤ん坊におっぱいを吸わせたままで僕の方を見ながら話しかけてくる。
「エ、エイヴェリー?」
そう言われてよく見てみれば、顔は我らがパーティの若きリーダーのエイヴェリーだった。
元々童顔な感じで男らしくはない顔つきではあったけれど、今はさらに丸みをおびた体になって顔もほっぺたのあたりも柔らかそうで可愛らしいと思ってしまった。
(いや、可愛い)
改めて顔を見てもやっぱり可愛い。
ちょっと村で一番の器量の娘とか相手にならないくらいに可愛いと思わず見慣れた親友の顔なのに見とれてしまった。
「キーリー? 大丈夫か? もう魔族は追ってはきていないんだな?」
「え、ああ、うん、しばらくは安全だよ」
「そうか、なんとかこのまま無事に国境を超えたいところだけれどな」
遠い目をしながら、エイヴェリーは言った。こういう時の表情は、いつもの決断を迫られている時のリーダーらしいと思いながら眺めていた。
「えっ、そ、それで? その赤ん坊は何?」
何から突っ込んでいいか混乱しまくりだったけれど、まずはいきなり増えたパーティメンバーについて聞いてみた。
「この荷馬車の中にいた」
簡潔に説明してくれる。前からこいつの言葉は、簡潔すぎて分からないことが多いんだよなと思う。
「なぜかと言われても分からない。この荷馬車の積荷の中にまぎれて寝てた」
僕の微妙な表情を読み取ってくれたらしく一応付け足してくれた。結局、どういうことなのかは分からなくて荷馬車の中にいくつか積まれたままの荷物を眺めていた。
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