パラレルエージェント(プロトタイプ)
この宇宙には幾多もの分岐した世界が同時に存在しており、魔法を獲得した世界では当たり前に世界を"行き来"する術が確立されている。
パラレルワールドを横断する犯罪や事故がはびこり中、日夜悪徳魔法使いを取り締まる「多世界転移管理局"パラレルエージェント"」の物語が今始まる。
* *
第一話:
死に戻りの英雄
クヴァンツ王国の一大都市クラウツは、他都市に比べて犯罪件数が五倍に膨れ上がっていた。組織的な犯罪が行われていたようで、地元の自警団、代官、領主は対応しきれなかった。
領主は自身の支配権を優先したせいでクヴァンツ王国の国警団に連絡しておらず自体の発覚が遅れてしまったのである。
王国に連絡が届いた頃には、既にある"英雄"が悪の組織を打ち倒していた。
その英雄は「レイ」という人物で、都市のものはほとんど気づいていなかったが『異世界転生者』であった。死に戻りの能力を持っていた。
「レイ、このまま勇者として、ドラゴンや魔王の討伐まで国王から依頼されるかもね!」
取り巻きの魔法使いアインが媚びるようにレイの腕に抱きつく。巨乳をいかして谷間にレイの腕を挟んだ。
「ちょっと、レイ様はわたくしと一緒に貴族の社交界で活躍するのよ!」
縦巻きロールの令嬢,精霊使いフタツがアインを引っペ剥がす。
「まあまあ、俺たちのおかげでこの都市はこれから平和になってくんだ。まずはそれを祝って酒盛りと仕様じゃないか。な!」
女戦士スリーが英雄レイの背中を叩いて『ワッハッハ』と笑う。
そこへ、自警団の幹部がレイの元に駆けつけて来た。
「レイ様!どうか助けてくだせえ!あまりに奇妙な変死事件が起きちまったんだ。恐ろしい!犯人と思しき人物を何とか捕まえようとしているが抵抗されて被害が広がっちまう」
四人は顔を見合わせて事件現場の居酒屋に急いだ。
◇事件関係者
英雄:レイ
『死に戻り』持ち,異世界転生で大都市クラウツに来た
魔法使い:アイン
精霊使い:フタツ
女戦士:スリー
そして被害者は……
「これは……なんてむごい」
「そんな『スー』が!『スー』が!」
取り巻きの女性たちが泣き叫ぶ。そこには、レイの取り巻きの一人であった踊り子のスーが、穴空きチーズのように全身穴だらけになって倒れていたのだ。穴の外周の皮膚はドロドロに溶けていた。
スーの遺体を見ていたレイはある違和感に気がついた。遺体のパーツのいくつかが、本来人間が持っている数より多くあるように見えたのだ。目が三つ。腕が四本。
――見間違いだろうか。
「おい。スーって種族人間――」
人間だよな? と言い終わる前に、令嬢フタツの怒号によって言葉が遮られてしまう。
「あなたが犯人ですの!?」
そこには両手をあげてゆっくり英雄一行に近づく男がいた。
「いや『容疑者と勘違いされている男』だ!
周りの自警団は犯罪捜査などせず、捕まえた勢いで拷問殺害してきそうな気迫だったから、何とか自警団に抵抗していた。
新しい勢力のあんたらに落ち着いて話を聞いて欲しいんだ」
容疑者の男がジリジリと近づくと、英雄レイに助けを求めた自警団の男は憤慨した。
「英雄様、騙されてはいけません! この男がスー氏と握手した瞬間にスー氏が穴ぼこになっていったんだ。あいつが呪いをかけたんだ!」
「なんだと、許せねえ!」
女戦士は憤って容疑者に突進した。
「くそ、だから話聞けって!」
容疑者は手持ちの壺から魔法のかかった粉末をばら撒き、それが格子状に固まって女戦士の剣の攻撃を防いだ。
「みんな、怒る気持ちもよくわかる。けど、一旦彼の話を聞こう」
英雄レイは持ってる武器を少し下ろして、取り巻きを宥めた。
「しかし……」
女性たちは反論するが、レイはスーが"ただ穴ぼこになった"だけではないことが引っかかっていた。なぜ本来ないはずのパーツがあるのか。
容疑者の男が話はじめる。
「ようやく話せるな。
僕の名前はハロルド。普段は都市セントラルの魔法大学で魔獣調教をしている。
そしてこの死の方の原因を知っている!ただ犯人は俺じゃあないぞ。
これは『ドッペルゲンガー現象』だ。パラレルワールドとこの世界の自分が至近距離で出くわすと、身体が互いに拒否反応を起こしてこうなるんだ」
容疑者の男は居酒屋に置かれた『魔道士新聞』のある見開きページを開いて示し、話を続けた。
「最近、国の公的機関に『多世界転移管理局"パラレルエージェント"』が作られたの、知ってるか?
そこの局員が捜査すべき内容だ。そうすれば、俺の疑いは晴れるだろう」
「そんな言い訳――」
「いいだろう。その局員を呼んでくれ」
「レイ、どうして!」
レイはこの時点で言語化はできていなかったが、自分自身について言い知れぬ不安感を覚えずにはいられなかった。緊張のせいか首が痒い。不安を払拭すべく首を振って、スーの遺体をまた観察しにいった。
◇事件関係者,情報更新
容疑者:ハロルド(魔獣調教師)
被害者:スー(踊り子)
・その他人物
英雄:レイ(『死に戻り』持ち,異世界転生で大都市クラウツに来た)
魔法使い:アイン
精霊使い:フタツ
女戦士:スリー
* *
「容疑者、ハロルドか」
通報を受け駆けつけた管理局員は容疑者を見るなり頭を抱えた。
関係者に示した身分証に書かれた名前は『ルージュ・フイユ』。
ルージュと容疑者ハロルドは、大学時代の友人同士であった。ハロルドは研究の道に進み、ルージュは管理局へ入局したのだ。
友人に容疑がかかっている事件を捜査するのはポリシー的にグレーだが、他の管理局員を待つ余裕などない。
ハロルドは覚悟を決めていいよスーの遺体を調べた。
「ハロルド氏とスー氏が握手したのが二時間前。それ以前に英雄御一行がスー氏と会ったのはいつかい?」
「私たちを疑うのですか!?」
魔法使いアインが拒絶する。
「疑うとも。しかも"九割"君たちの誰かの仕業だ」
ルージュは淡々とスーの遺体と英雄一行を交互に観察しながら伝えた。
一行は驚愕の表情をして他の仲間たちの顔を見る。
「そんなバカな!管理局に頼ろうとした俺がバカだったよ。仕方ない。武力で者を言わすしかないようだな」
レイは剣を抜いて局員ルージュに向けた。
ルージュは魔導書を広げてレイと向かい合い構える。
「君、異世界転生者だろ。英雄レイ」
「……なぜわかる?」
「通常、異世界転生の儀式というのは各自治体の長へ申し出をする必要があり――」
レイはルージュの言葉を遮った。
「俺は事故でこの世界に来たんだ。気づいたらこの世界の草むらに倒れていて、魔法使いアインに助けられ――」
ルージュはため息をついて、レイの発言を遮り返した。
魔導書のページを破り、それをレイに見せる。
「魔法のない世界からきた異世界転生者はな。ある魔法に対して"アレルギー反応"が出るんだ。君の首、アトピーのようになってるぞ。」
周りにいた全員が英雄レイの首元を見た。
「レイ君、君が魔法を使えるようになったのは、他の人物から『魔力を注入』されてるからなんだよ。
首元から入れられてるみたいだね。
魔導書の魔法陣が反応している……うわあ、これはこれは」
ルージュは魔導書から破いたページの魔法陣から"ローション"のようなものが垂れてきたのを汚そうにながめて、ページを床に落として手を振り払った。
「"唾液"だ……誰か口から魔力を首筋に注入したんだねえ。さすがに英雄様が吸血鬼紛いの行為に無自覚とは思えんな。
君の取り巻きたちの中で『一緒に寝てる』相手とのプレイ? なかなか盛り上がるプレイじゃないか」
レイは絶望した顔で令嬢フタツの顔を見た。
「そんな、フタツ、嘘だろ。じゃあ、俺の"死に戻り"の能力はいったい……」
「クソが!」
フタツは手元の杖を振って『Άνοιξε!(開け!)』と詠唱した。
そこからブラックホールのように亜空間が出現し、亜空間は鏡のように目の前のレイとルージュ達を映した。
「レイ、お前の体に"呪物"を入れた!
それをお前が死にそうな時に取り出して"この世界のお前を殺し"、隣のちょっと枝分かれした分岐世界からお前を毎回さらって来てたんだよ!
呪物を二つ合体させてさらに力は強力になっている! せっかくこの世が多世界であることがわかったんだ。もっともっと世界をぐちゃぐちゃにして自分の奴隷がたくさん欲しい!
好みのタイプドンピシャのお前を毎回殺すのは最高に絶頂モノだ!
呪物も強化できて最高だった。体内に埋め込んだ"呪物のヒュドラの骨"を渡しな!」
フタツがレイに対して杖を振り、抵抗虚しくレイは亜空間に吹っ飛ばされる。亜空間側のパラレルワールドでも同じことが行われた。
亜空間の出入り口で二人のレイがぶつかって粉々になる……はずだったが、鏡の境目に見えない壁があって、そこにレイは後頭部をぶつけて倒れた。
「なっ」
「いやいや、俺の肩書き『多世界転移管理局』だよ。その魔法の対策しないわけないじゃん」
ルージュは手に持った魔導書に描かれた魔法陣を鏡に向けていた。プロテクトの魔法だ。
「きさまあああああ」
「δένω!(縛れ!)」
令嬢フタツは床から生えた縄に縛られて床に倒れた。もがいているが、全く解ける気配はない。
「自警団の人たち、顛末は見てただろ。その女を引っ捕らえな。あ、猿轡は外すなよ。少しの詠唱で魔法が打てるんだからな」
「お、俺はどうすれば」
レイはへたり込んで立てなかった。
ルージュはハロルドを手招きしながらレイに話しかける。
「しばらくは管理局の元で保護することとなる。
その間に異世界転生前後から今までの話を聞いて、
・この世界で生きるか
・元の世界に戻れそうなのか
どうか調査する。しかし、元の世界に戻れる確率は一割無いくらいなので、期待しないように」
自警団は取り押さえられていた精霊使い改めて"呪物師"フタツを、応援に駆けつけた多世界転移管理局の局員たちに引き渡した。
後処理をはじめるルージュに、魔法使いアインが質問する。
「その……異世界から引っ張ってきたなら、『死に"戻り"』にならないんじゃ」
「ん、君はまだまだ魔法初学者だな。大学に通うといい。
隣の世界と接続する時、少し過去の時間と接続することが可能なんだ。さっきあの"物術師"は同時間上に接続してたけどね。
片方の世界Aの令嬢が"過去"に接続する。もうひとつの世界Bの令嬢が『世界Aが英雄レイの死を演出しやすい場面』であることを確認する。
過去側の世界Bでレイを殺して、未来世界Aのレイを気絶させて過去に送り込むんだ。
殺して置かないと、"穴あけ"になってしまうからね」
ルージュはほかの管理局員に回収されていく"スーの遺体"を親指で指さした。
「ここからは尋問で令嬢フタツに事実確認をとるが、概ね次の推論通りだろう」
魔導書を拡大魔法で黒板サイズに大きくし、さながら大学の教壇に立つ教授のような出で立ちで話を続ける。
ボードに図解しながら。
「世界Bでレイに埋め込んだ呪物を死体から取り出し、未来(世界A)からきたレイに入れ込む。しばらくパラレルワールドのパスを繋げておいて、呪物で"ゾンビ化"させたレイを未来に。
この時点でレイがAB間で入れ替わってるわけだね。
世界Aにおいてレイは消息不明ということになっってるんじゃないかな(そして実際はゾンビ化したレイをフタツが侍らせている)。
繰り返し繰り返し"世界B"側同士が"A⇔B間取引"を繰り返してレイをゾンビ化させた世界線を増やして行って(世界A郡)、生き残った側(世界B郡)は呪物を合成して育てて行った。
呪物が充分な大きさになったら――例えば初期を一として、十倍くらいになったとして――"世界B郡"側がどこか『隣じゃないかなり遠くの異世界X』とパスを通して、奴隷を得たり向こうの人間を好き勝手にするつもりだったのだろう。パラレル度が低い世界ほどパスを繋げるのに必要な魔力が膨大になるからね(その分ドッペルゲンガー症候群になる危険は減る)。
十倍くらいまで呪物が強大になれば可能だな。
"世界線A郡"側は後日、"世界B側"から呪物魔法で得た"資源(奴隷など)"のお零れを頂いて『A⇔B間でWinWin』って寸法だろうね」
「スー氏が俺と握手したタイミングで穴ぼこになった理由は?」
ハロルドがルージュに質問した。
「きっとスー氏はあのフタツの悪事……"死に戻り"のカラクリを見てしまったんだろうな。
それで、ただスー氏を消す、行方不明扱いにすると当然英雄一行は彼女を探ることになるだろうし、死亡扱いでも犯人探しがはじまるだろう。
面倒だから、ハロルド、君を犯人にしたてあげやすい状況で非情な殺し方をして、(自警団にとっての)現行犯ハロルドをその場で殺害することで目撃者を消そうとしたのだろう」
説明し終わった段階で、居酒屋の入口にスキンヘッドの人物が「いかにも自分は偉い人間である」という風なオーラを放って佇んでいた。
スキンヘッドの人物がルージュに向かって歩いてくると、ルージュは黒板替わりにしていた魔導書をそそくさと仕舞いだした。
「ハロルド、いいかい?よく聞くんだ。
俺と君が友人同士であることは上司にも知られていてね。まあ違法じゃあないんだが管理局のポリシー的にかなりまずくて、このままじゃあ俺は結構重めの処分を受けてしまいそうなんだよ。
その処分を"もっと大きいイベント"を発生させて軽くしたくてね。
君、今から管理局に入局志願しろ。指導官は俺な。そうすれば『管理局員の勧誘を優先して動いた』って大義名分ができるから。ほら、今からあの強面上司に駆け寄って入局志願するんだ! 君の命を救ったんだ。悪くない取引だろ?」
本作の設定を元に長編として『「その異世界転生、犯罪です!」 ~パラレルエージェント/多世界転移管理局』を連載中です。
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