解放
ヴァルヴァラは無事に膜から解放された。
とはいえこれは、強硬手段であって誰にでも適用できるやり方ではない。
こんな事がある度に、維心が出て来て蘇生するわけにはいかないのだ。
そもそも、維心が言っていた通り、維心の気の大きさと衝撃で、逆に一気に黄泉へ向かう命もある。
ヴァルヴァラは若く体力があったので、それがなく無事に戻せたわけだ。
明けて次の日の朝、維心と維月が着替えて居間で茶を飲んでいると、蒼が訪ねて来た。
「維心様。」
維心は、顔を上げた。
「蒼。茶を飲んだら帰ろうかと思うておったのだ。」
蒼は頷いた。
「はい。その前に、お話ししたいと参りました。あの、ヴァルヴァラも。回復してエフィムと共にご挨拶したいと申しております。とうなさいますか?」
維心は、頷いた。
「良い。ここへ呼べ。」
蒼は頷いて、侍女に目で合図した。
侍女は、頭を下げて出て行く。
蒼は、維心と対面になる椅子に座った。
「昨日はお疲れ様でした。治癒の神達も、ヴァルヴァラの体力は目を見張るものがあると申して。イラリオンは、昨夜のうちにこちらの様子を知らせにヴァンパイア城へ飛び立ちました。」
維心は、答えた。
「そうか。あやつは若いし体力もあり、鍛えておったゆえあれで済んだのだ。あれの鍛錬の結界ぞ。加えて、気概もある。あれなら女王として立てる器であろうて。エフィムは狼狽えて、あれでは補佐が似合いよな。あれで良かったのだと今は思うておるよ。」
蒼が頷くと、扉の方から声がした。
「王。ヴァルヴァラ様とエフィム様をお連れしました。」
蒼は、言った。
「入るが良い。」
扉が開いて、頭を下げる侍女の前を通り、ヴァルヴァラとエフィムが並んで入って来て、頭を下げた。
「昨夜は、大変にお世話になり申しました。無事に回復致しまして、これより城へ戻ろうかと思います。」
維心は、答えた。
「座るが良い。」と、二人が座るのを待って、続けた。「月よりアクサナの記憶のことは聞いておる。主はこれから、ヴァレリーの処遇を決めねばならぬの。イゴールの意向も聞かねばならぬだろうが、どうするつもりよ。」
ヴァルヴァラは、答えた。
「は。まずはこのような事をしでかした理由を、詳しく問い質すつもりでございます。その上で、処遇を考えてイゴール殿と話し合うつもりございますが、我にとりヴァレリーは異母兄でありますので…イゴール様にも、血筋の男。沙汰が甘くなってしまうのは、致し方ないかと思うて戴きたいかと。」
維心は、言った。
「我がヴァレリーに迷惑をかけられたわけではないゆえ、主らが仮にこの件に関して無罪放免とすると決めても文句は言わぬが、それでも術の事だけはの。あれが、あやつの頭にある限り、術を放てる本神であるのもあって、簡単にはそうかとは言えぬ。こちらで主の軍神であったダリヤが、蒼の臣下として膜の呪文の研究を進め、対抗呪文を編み出すとしても何年掛かるか分からぬだろう。無視できぬことぞ。そこはどうするつもりよ。」
ヴァルヴァラは、答えた。
「は。その事に関しても、サイラス殿より術を世からしっかりと排除することを責務としてこれから成せと言われておるので、我も対応はしようと思うておりまする。まずは、話を聞いて、後に沙汰を決め、その上で記憶の中から呪文の部分を抜き出して、消す事を考えておりまする。」
蒼が、言った。
「理亜には、志庵と共にしっかりと対抗呪文を考えるように、今朝申し渡して来たところです。この宮の臣下となる事には、まだ戸惑いがあるようでありましたが、志庵が裕馬にまずはこの宮の決まりなどを教えさせると今朝オレに申しておりました。それにしても、この呪文はベンガルしか使えないはずなのに、半神とはいえその半分の神の血はアマゾネスなのに、どうしてヴァレリーには、その術が使えたんでしょう?イリダルの血筋といっても、イリダルは維心様が人へと落としましたよね。」
維心は、苦笑した。
「そうか、主にはまだ分からぬか。」
維月が、横から言った。
「私にも全く。どういうことでありましょうか。」
維心は、他に分かっている者は居ないかとヴァルヴァラとエフィムも見たが、それらも期待しているような目で維心を見ている。
維心は、言った。
「…こういったことは、己で悟って行くものであるが、聞かれたゆえに答えよう。そも、人だ神だと申して、我らは皆繋がっておる。碧黎も常、申しておるよな。我らは皆、同じ命であるのだ。根本的にな。」
え、と蒼が驚いた顔をした。
「オレ、人だった時と今じゃ全く違いますけど。何より、身がないですし。」
維心は、頷いた。
「それを、限り身という。人は肉体をまとい、その中で限られた時を生きて行く。だが、人がどこから来たかと申すと、全ては神と繋がっておるのよ…太古へと遡ると、人の命は皆、神から生まれておる。つまり、人もまた神であるとも言えるのだ。」
維月が、言った。
「でも…人には空を飛んだり気を飛ばしたりできませぬし、できることも制限されておりますわ。それも、身の中に籠められておるからですの?」
維心は、答えた。
「それもあるが、やろうと思えばできる事が大変に多いのだ。人であっても、その気になれば飛べるもの。それが、できぬと思うておるからできぬのよ。まあ、同じ肉体でも我らとは違った意味の肉体に籠められておるし、長く代を経ておるから全て忘れてしもうておるのも致し方ないことではあるが、人が我らのように過ごすこととて、本来できるものなのだ。己で己を縛っておるから、できぬということなのだ。あの肉体は長くはもたぬし、限られた生の中でそれを悟るのは難しいことであるので、人は皆あのような感じよな。皆中身は同じ。」
ヴァルヴァラが、言った。
「…つまり、イリダルは人へと落とされたと申して、その本質は変わっておらなんだと申されるのですな?人としての肉に籠められた、気の力の弱い存在だっただけで、ベンガルであるのは変わりなかったと。」
維心は、頭の回転の速いヴァルヴァラに頷いた。
「その通りよ。半神という言葉は、なので本来おかしな話なのだ。だが、身は人の物なのに中身が神と同じ気の大きさであるとか、身は神なのに気は人のそれしかないとか、どっちつかずの中途半端な状態だとかの状態の命を、そのように表するだけのことでな。ヴァレリーは、ゆえにほとんど神に近い状態の人なのだろう。会ってみたわけではないゆえ、我には正確には分からぬがの。」
蒼は、言った。
「だから、ヴァレリーにはあの術が使えたのですね。ベンガルの血は健在だったということだったんだ。」
維心は、また頷いた。
「そうだの。使えたことからそうだろうと言えるの。」と、ヴァルヴァラを見た。「主にはこれより、サイラスが申すようにこの、己の眷属が生み出した厄介な仙術を、殲滅する役目を与えよう。我から改めて与えた命だと思うておるゆえ、敢えて命じる。エフィムと共にあの地を賢しく治めながら、その役目を全うするが良い。」
ヴァルヴァラは、頭を下げた。
「は!そのお役目、謹んで務めて参ります。」と、維月の方を見た。「時に…龍王妃殿に聞きたい事がございます。お話することをお許しくださいますでしょうか。」
維心は、頷いた。
「これも一度話してみたいと前から申しておったゆえ。」と、維月を見た。「話すが良いぞ。」
維月は、頷いてヴァルヴァラを見た。
「ヴァルヴァラ様には、この度はご災難にお合いになられました。我が王が、恐れ多くもこのように手助けくださいましたこと、我も心より感謝しておりますところ。月でありますので、アクサナの記憶もいくらか見ました。ヴァレーリア様には残念なことでありましたが、生きておられたらお会いしたかったと思うておる次第です。」
ヴァルヴァラは、答えた。
「龍王殿がこのようにもったいなくも我のために手助けくださいましたのは、維月殿が我のために、龍王殿に嘆願してくださったからだと十六夜殿より聞きました。しかしながら、我が書で知るところによりますると、我が祖母レイティアはあなた様と友であったにも関わらず、己の利の為に愚かにもあなた様を手に掛けようとしたとのこと。その愚かな行為のせいで、命を落とし、一族を、特に多くのアマゾネス達を露頭に迷わせる事にもなり申したと、城の書で読みました。それは事実でありましょうか。」
維月は、そのことか、と息をついた。
「…はい。確かにレイティアとは友であり、親しく行き来する仲でありました。が、奴隷制度を知った時、我が王を始めとした多くの神達にそれを辞めるように通告され、それを否と、対抗するために我を膜で捕らえて殺そうとしました。その折のことは、ハッキリと覚えておりまする。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「それなのに、あなた様は我を助けようとしてくださった。それは何故かと、お聞きしたいとと思うのです。」
なぜか。
維月は、またため息をついた。
皆が、維月の答えを待っていた。




