月
ヴァルヴァラが険しい顔をしている中、エフィムが言った。
「そんな…ならば、ならばいずれにせよ、術が解けたと言う事にはならぬのでは。無理やりに破る事になるので、術が抵抗してヴァルヴァラの気を食らい尽くすということなのでしょう!」
ヴァルラムは、頷く。
「その通りよ。魔法陣は、一瞬にして膜を消すだけの力があるのだろう。それを、ヴァレーリアは知っていた。ヴァレーリアからしたら、魔法陣を上手く書き換えて膜を消失させる術を作れということだったのだろうが、その時がないとダリヤの話で分かった。ゆえにそのまま魔法陣を使う事になっておるが、そうしたら結局は、無理やりに破ることになるゆえ、結果はそうなのではと我は思うたのだ。いずれにせよ、やって見ない事には分からぬ。我とサイラスでは、どこまで主を留められる分からぬし、イゴールは霧を生じさせるほどアマゾネスには恨みがある。とはいえ、イゴールが共であっても主を留められるかどうかは分からぬ。それでも、主はヴァレリーを殺すのではなく、魔法陣を試すのだの?」
ヴァルヴァラは、青い顔をしていたが、頷いた。
「は。もう決めたことでありますゆえ。」
エフィムは、震え出した。
「そんな…膜から解放されても、ならば同じなのでは。ならばこのまま何もせずに気を消費して使い切った後に、ヴァルヴァラを復活させる方がよりリスクは低いのではありませぬか。昔ヴァルラム殿がやった通りに…。」
ヴァルラムは、息をついた。
「あの時は月も居たし、何より龍の皇子が迎えに来てくれたはず。この世で命を司っておるのは龍王と相場が決まっておるのだ。神世広しと言えども、黄泉まで迎えに来られるのは龍王の血筋しかあり得ない。つまりは、そうなるのなら龍王に嘆願して、もしもその時には迎えに来てもらえるようにしておかねばならぬな。我がここまで何も言わなんだのは、魔法陣を書き換えたらなんとかなるのかと思うておったから。しかし、何十年も時が掛かるのなら無理ぞ。ゆえに話した。ただ、もしかしたら膜が魔法陣で素直に消える可能性もないとは言えない。決めるのは、ヴァルヴァラよ。」
アンジェラ、アイーシャ、エフィム、イラリオンがヴァルヴァラを見る。
ヴァルヴァラは、拳を握りしめて言った。
「…龍王に理由を話して、果たして我を助けてくれましょうか。まだ面と向かって話した事もありませぬ。今の我は穢れを受けておるし、このまま龍の宮に上がる事もできぬ。しかし呼びつける事もできようはずはありませぬ。我は知らなんだのですが、龍の宮にその魔法陣で迷惑を掛けておるのでしょう。理由を話したら、尚の事手を貸してはくれぬのでは。」
ヴァルラムは、ため息をついた。
「…確かに、龍王は個神的に助けて回るほど情に厚い神ではないな。月なら…」と、窓から空を見上げた。「十六夜ならば、話は聞いてくれようぞ。」
エフィムは、そうだと立ち上がった。
「先ほど、ヴァレリーを浄化してくれたのも月でした!」
すると、いきなり声が響いた。
《…まあ、オレは助けてやるけどよ。》え、と皆が驚いた顔をすると、十六夜は続けた。《聞いてたし、アクサナの記憶も今見た。でもな、オレは維心ほどそういうのに長けてるわけじゃねぇ。死んだわ気を補充したわで、魂魄を留められなかったら黄泉へ迎えに行くのは維心しかできねぇんだよ。どっちにしろ維心には言っといた方が良いぞ。確かに維心は、死にたてホヤホヤの神に一気に気を補充してあっさり魂魄を留めちまうのを見たことがある。気だけならオレだってそれぐらいあるが、技術がな。あいつは場数踏んでるからさ。》
場数って。
というか、アクサナの記憶まで月に居ながらにして見れるのか。
皆が呆然としていると、ヴァルラムが言った。
「維月に言うてくれぬか。あやつに頼み事ができるのは維月だけであろう。個神的に動いてもらうには、それしかなかろう。」
十六夜は答えた。
《もうやってる。》また皆が驚いた顔をすると、十六夜は続けた。《あいつも月だし見てたんだよ。ヴァルヴァラを案じててな。あいつはレイティアと友達だったからさ。まあ、最後には殺されかけたんだけどよ。》
ヴァルヴァラは、驚いて言った。
「お祖母様に殺されかけたのに、我を案じて?」
十六夜は、答えた。
《あいつはそういう奴なんだよ。だが、維心からしたら別にどっちでも良いことだから、滅多に宮を出ない龍王が出掛けて行くのはなんとか言って渋ってる。》
「では、近くまで参るゆえ!」エフィムが横から言った。「どこかの東屋にでも!準備してくれたらヴァルヴァラを運ぶ!ゆえにそう伝えてなんとか説得してくれぬか!」
十六夜は、少し黙った。
そして、言った。
《…条件があるってさ。》皆が固唾をのむと、十六夜は続けた。《仙術に詳しい者を同行してそれに知りうる全てを持たせ、月の宮の仙術担当の者に渡せと。そして月の宮に滞在し、作った術の対抗呪文を共に考えるようにと伝えよってさ。ヴァルヴァラは月の宮に連れて来い。そこで、気の消失を待って膜が消えたら維心が蘇生してくれるらしい。条件が一つでも飲めないのなら、ヴァルヴァラの蘇生はしないって。》
月の宮へ…!
皆が顔を見合わせると、ダリヤがそこへ疲れ切った顔で入って来て頭を下げた。
「女王、仰せの通りに魔法陣を。」と、皆がおかしな雰囲気なのに、顔を上げた。「…何か?」
ヴァルヴァラは、言った。
「…主、アナスターシャの部屋の物も全て仙術関係の書は一纏めにして持って来い!これから月の宮へ参るぞ!」
ダリヤは、ええ?!と叫んだが、アイーシャが言った。
「時は一刻を争うのだ!行こう、我も手伝う!作業しながら理由を話すゆえ!アンジェラ、主も参れ!」
アンジェラは頷いて、ヴァルヴァラに頭を下げるとそこを飛び出して行った。
ヴァルヴァラは、空を見上げた。
「月よ。仰せの通りに致しますと龍王殿にお返事を。これより月の宮へ参ります。月の宮王にご挨拶をせねば。」
十六夜は、答えた。
《ああ、蒼にはオレから言っとく。とにかく来い。待ってる。》
ヴァルヴァラは頷いて、ヴァルラム、イゴール、サイラスを見た。
「誠にお手間をお掛け致しました。これより我は月の宮へ参ります。これ以上ご迷惑をお掛けするわけには行かぬので、今はこれまで。後で結果は、我が無事でなくともお知らせ致しますので。」
ヴァルラムは、頷いた。
「ならば我らはこれで戻る。」と、イゴールを見た。「主も、思う所はあるだろうが、それは皆同じぞ。帰ってヴァレリーの目覚めを待って、話を聞いておけ。それをまた報告せよ。」
イゴールは、頷いた。
「ならばそのように。」と、ヴァルヴァラを見た。「主の事は、生き長らえたら良いと今は思うておる。なぜなら、ヴァレリーの命は留めたいと思うからぞ。主が死んだら、あやつは殺さねばならぬ。我の責任になるからぞ。踏ん張るが良い。主とてあれに理由を聞きたいのだろう。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「は。生き延びるために励みまする。」
そうして、ヴァルラム、サイラス、イゴールの3人はアマゾネス城を後にした。
ヴァルヴァラは、急いで戻って来たアイーシャ、アンジェラ、ダリヤを見た。
3人は息を上げて、手に大きな厨子を抱えている。
ヴァルヴァラは、己も母が残した巻物を懐に入れ、イラリオンとエフィムも共に遠く南にある島へと、輿に乗せられて飛び立って行ったのだった。




