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女王として

ヴァルヴァラは、一気にエミーリアへと降下して行った。

エミーリアの立ち合っている様は、残念ながら見たことはない。

だが、アンジェラから聞いていると、アンジェラには全く敵わぬ腕であり、そのアンジェラを下す実力の持ち主の、ヴァルヴァラにはエミーリアは全く敵わないはずだった。

とはいえ、火事場の馬鹿力という事もある。

油断しないで行こうと思っていたが、エミーリアの動体視力はかなり悪いようだった。

ヴァルヴァラが急降下したことでその動きに目がついて行かず、こちらがその剣をエミーリアに突き立てるまで、全くその場を動くことなく、あっさりとその肩を貫かれてそのままどうと後ろへと倒れ、フィールドに縫い付けられるように剣で貼り付けられた状態になってしまった。

…なんと甲斐のない。

ヴァルヴァラは、ホッとするよりがっかりした。

それなりに抵抗すると思っていたのに、相手はそんな暇さえないような、お粗末な腕でしかなかったのだ。

「ぐ…!!」

エミーリアは、苦しげに呻いてもがく。

ヴァルヴァラは、そんなエミーリアを見下ろした。

「殺せ!殺せ!」

回りの観衆は、取り憑かれたように叫び出す。

エミーリアは、言った。

「…こんな…こんな状態で、王座に座ってもすぐに龍やドラゴンに攻め込まれようぞ!我が盾になってやっておったのに…愚かな女よ。」

ヴァルヴァラは、言った。

「どちらが愚かか。盾とな?愚かな盾であったことよ。」と、剣を引き抜いた。「死ぬが良い。」

その瞬間、エミーリアはさっと起き上がってヴァルヴァラを下から突き上げようと剣を振り上げる。

が、ヴァルヴァラはあっさりそれを叩いて剣をその手から奪い、次の一突きでグッサリと胸の真ん中を貫いた。 

「うお…!!」エミーリアは、ゴフッと口から血を吐き出した。「そんな…こんな、終わり方など…、」

ヴァルヴァラは、小さな声で言った。 

「…解放してやったのだ。」エミーリアは、それを聞いて目を見開く。ヴァルヴァラは続けた。「これより地獄は我の方よ。黄泉で高みの見物でもしておれば良いわ。」

「な…なんと…?」

ヴァルヴァラは、もうエミーリアの言葉は聞いておらず、その胸から剣を引き抜いた。

エミーリアは、その場に転がって目を見開いたまま宙を見ている。

「…女王!我らが女王、ヴァルヴァラ様ぞ!」

アイーシャの声が聴こえる。

大歓声が沸き起こり、その中でヴァルヴァラは、唯一険しい顔で天を見上げた。

軍神達の隙間から見えるそれは、ヴァルヴァラには遥かに遠い場所のように見えた。


夕刻の龍の宮で、空を見上げていた維月はため息をついた。

維心が、ソファからこちらを見て言う。

「どうした?北を見ていたのか。」

維月は、頷いた。

「はい。あちらはまだお昼間。たった今エミーリアをヴァルヴァラが討ちましてございます。僅かな間とはいえ女王が亡くなったのに、臣下の喜びようは大変なもので。もう宴の準備を始めておりまする。」

維心は、立ち上がって維月に近付いて来ながらため息をついた。

「仕方がない。臣下に認められてこその王ぞ。エミーリアには、それが分からなんだのだろうの。」

維月は、維心に肩を抱かれながら言った。

「ですが、結局はエミーリアも闇に魅入られて狂い始めていたからこそあの様で。私達のせいなのですわ。本来なら、今少しマシであったはず。いくらエミーリアでも、しっかり政務をしようと励んだはずですし、そのうちに慣れてそれらしくはなったかもしれませぬ。このように半年と早い段階で討たれてしまった…討つ理由を与えてしまったのは私の責ではないかと心が騒ぎます。」

維心は、維月を抱きしめた。

「主のせいではない。何事も、なるべくしてなるのだ。そも、主と長く共に過ごしたアンジェラはそのようにはならなんだ。結局は、エミーリアは王の器ではなかったのだ。」

維月は、頷いて空を見上げた。

「はい…とはいえ、ヴァルヴァラは王座には、実は就きたくなかったのではないかと思います。」

維心は、眉を上げる。

「それはなぜ?」

維月は、答えた。

「エミーリアに留めを刺した時に。解放してやった、と小声で申しておりました。むしろこれから地獄なのはヴァルヴァラなのだと。ヴァルヴァラは…望まぬでその地位に生まれ、回りに期待されてそのように振る舞って来たのではないかと思います。こうなった今、臣下達はお祭り騒ぎでありますが、ヴァルヴァラ本神は険しい顔で城の中をあれこれ指示して変え始めています。あの子は…恐らく、女王になどなりたくはなかった。ですが、やらねばならなかったのでしょう。」

維心は、また息をついて空を見上げた。

「…それだけ賢しいのだ。王座の重さを知っておる。王がどれだけ孤独で、どれだけの責任を負っているのか知っているのだろう。ならば案じることはあるまい。恐らくヴァルヴァラは、面倒なことはせぬ。世界の中で己がどのような立場であるのか、分かっておるということだろう。とはいえ…レイティアとて賢しい女神だったが、最後にはあのようなことになった。見ておるしかないな。ヴァルヴァラがどれだけ側近達を抑えておけるのか。安定すれば欲が出て、アマゾネスの地位をかくも下げたのは外のどの神だとなった時、我らに牙を剥くようになるやも知れぬ。欲は果てがない…主らはそれを司っておるゆえ分かろうが。警戒しておかねばの。」

維月は、頷いた。

ヴァルヴァラは賢しい…そして恐らくは、アンジェラも。

だが、他の側近達はどうだろう。

魔法陣の発動具合を見るために、ソフィアを使って龍の宮で試してみたりする者たちなのだ。

そう考えると、ヴァルヴァラは孤独だ。

内も外も上手く回して行かねばならない。

維月は、案じて空を見上げていたが、ふと、言った。

「…これでアマゾネスはとりあえず落ち着いたことになるのでしょう。ソフィア様のことは、どうなさるのでしょうか。今朝仰っておりましたわね。代替わりが終わったら対処すると。」

維心は、そのことかと仕方なく頷いた。

「…その通りよ。皆で話し合って、懸念を長く置いておくわけにも行かぬから、大会合の前にイゴールをヴァルラムの城へ呼び出して、事の次第を話そうと。その折我と炎嘉、焔が同席して、確かに術の玉が消滅するのを確認することになっておる。」

維月は、息を飲んだ。

つまりは、その場でソフィアからそれを取り出すということだからだ。

「そのような…ソフィア様のお命が、それで失われるのではないのですか。」

維心は、急いで言った。

「もちろん、命を留める努力はする。が、取り出した後どうなるのか我にも分からぬし、命の保証はない。それでも、やらねばならぬこと。ヴァルヴァラが王座に就いた今は更に火急の問題ぞ。あれの側近が、ソフィアを使って何を謀ろうとするか分からぬからな。それを、アマゾネスがやったと断定する事が難しい。状況からそうだろうと分かっておるが、それを証明する術がないのだ。それでなくともベンガルは、ここ最近の事件で仙術関係には関わることは死活問題ぞ。イゴールの妃がやったとなれば、今度こそ碧黎ではなく我らがベンガルを滅ぼさねばならぬことになるやも知れぬのだ。ソフィア一人の命で済むのならと、恐らくイゴールも反論はしまい。」

維月は、言った。

「ですがソフィア様は何もご存知ないのですよ。それならば、ソフィア様の母上は?その方の記憶の玉を取って来たら、アマゾネスがやった証拠になるのでは。ヴァルヴァラが知らぬところで起こっておったなら、ヴァルヴァラ自身は罪には問われないので、王座に影響はないのでは。」

維心は、息をついた。

「…我が、それに気付かぬと思うか。義心にとっくに調べさせておるわ。その母親は、とうに死んでおる。ソフィアが知っているかは分からぬがの。アマゾネス達に処分されたようぞ。義心がその後わざわざルシアンに話し掛けて、ソフィアの母親の最後のことを聞いたようだが、そやつは上手くソフィアがイゴールの妃に収まったのを見て、己は楽に生活しようと考えたらしい。ゆえにソフィアに取り入ろうと文を送ったことを知ったヴァルヴァラの側近達に、事が露見してはと始末されたのだ。主が言うたようにヴァルヴァラは知らぬらしいが、ゆえにヴァルヴァラでは側近達をしっかり管理できるのか疑問なのだ。」

維月は、アマゾネス達は抜かりはないのだとそれで知った。

ソフィアは、知らぬ間に胸に持ってしまった仙術の玉のせいで、それを謀った者たちは逃れているのに、命の危機に晒されている。

維月は、どうにかしてその玉を問題なく消せぬのだろうかと、真剣に考えた。

「…お父様に、聞いてみます。」維心が、目を丸くすると、維月は続けた。「お答え頂けないかもしれませぬ。ですが、何か手がかりになるような事はお教えくださるかもしれない。お父様以外に、それを知る命は恐らくおりませぬもの。」

維心がもう何度目かのため息をついて口を開こうとすると、目の前の庭に碧黎が現れて、浮いた。

「…手がかりとな。我にも分からぬ。」

維心は、いつものことだが息を飲んだ。

碧黎は、困ったような顔でその場に浮いて、二人を見下ろしていた。

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