どこに
墓所特有の匂いが鼻をついて、エフィムは思わず顔をしかめた。
が、穢れがどうのと言っていられる時ではないので、手を光らせて中へと足を踏み出した。
奥には、2つの柩が並んで鎮座していた。
右の柩の側には、枯れた花が置かれてあって、一応墓として参る事もあるのだなと思った。
ダリヤが、言った。
「右がヴァレーリア様、左がアクサナ殿でございます。」と、ハッとした顔をした。「…花?」
エフィムは、ダリヤを振り返った。
「…主らが置いたのではないのか。」
アイーシャが、困惑した顔で首を振った。
「我は柩を収める時に一度入っただけ。そも、穢れを嫌うので、アクサナ殿の時もダリヤが入っただけでした。」
ダリヤも、険しい顔で頷く。
「ここには、イラリオン様でさえ入れぬはず。開け方をご存知ないはずであるからの。」と、その花を見た。「…数日経っておるが、直近ぞ。」
アイーシャは、頷いた。
「ならば誰かが入っておるということか。なぜにここに墓所があると知ったのだ。知るのは我らとイラリオン様だけぞ。」
エフィムは嫌な予感がした。
「…とにかく、その書ぞ。どこにある。」
ダリヤが、頷いて柩の蓋を押して横へ開いた。
「ヴァレーリア様の胸の上に。」
ヴァレーリアは、甲冑姿でそこに眠っていた。
驚いたことに、この洞窟の環境がそうさせるのか、ヴァレーリアは生前のままの美しさを保っていて、そこにただ眠っているだけに見えた。
その金髪は美しく、ウェーブを描いて胸に載っていた。
が、そこにあるはずの、書らしき物は見当たらなかった。
「…書は?」
エフィムが言うと、ダリヤは言った。
「…ない!」と、アイーシャを振り返った。「あの禁書がないぞ!」
アイーシャも、急いで中を覗き込む。
そして、顔色を変えた。
「なんということ…!では、ではここに入った誰かがそれを持ち去ったのだ!」
エフィムは、ならばベンガルの血を引く誰かが、それを持ち去ったのだと愕然とした。
だが…。
「…ヴァレーリアの柩にだけ花を置いておる。ヴァレーリアに縁の誰かなのではないのか?」
アイーシャは、首を傾げた。
「そうは言うて…我らが知るのはヴァレーリア様のお若い頃、二百歳前ぐらいからの事で。ヴァレーリア様は三百になるかならぬかの頃にヴァルヴァラ様をお産みになられたので、生きて居られたらもう六百、我らは今五百には今少しという歳。本格的に回りで何が起こっておるのか理解し始めた頃には、もうあの地下におりました。その前の事は存じておらず、知っていただろう軍神達は皆死んでおりませぬゆえ、我らには…誰か縁の方が居たとしても、知る術もないのでございます。」
つまりは、ヴァレーリアの若い頃に何かあって、それゆえに誰かがここへ来ていたとしても、これらは知らないし、知っているかも知れない者達は皆、死んで居ないのだ。
「…しようがない。こうなったからには、先程回収したその走り書きの中に、術を解く手がかりがないか調べるより他ない。しかしその禁書と申すヴァレーリアの術を記した書は、何がなんでも探し出さねば。世にそんなものが知れ渡ったら、いよいよまずい事になる。ヴァレーリアでさえ、己の中だけに隠そうとしておった術であるのに。」
アイーシャも、ダリヤも頷いた。
が、今の時点でできることは何もなかった。
エフィムは、ここにもヴァルヴァラを助けるための手がかりはなかったと、消沈しながら城へと向かったのだった。
維月が、ソワソワとしている。
維心が炎嘉と共にああでもないこうでもないと話していると、宮の責務を終えた維月が戻って来て隣りでそれを聞いていたのだが、心ここにあらずな様子だった。
気になったのだが、何かあれば言うだろうと思って放置していたら、何やら急に狼狽え始めたのだ。
炎嘉もそれに気付き、維月を見て眉を上げる。
維心は、言った。
「…どうした。何か見えたのか。」
維月は、ハッとした顔をして、維心を見上げた。
「いえ…あの、どこまで申し上げたら良いのか。神が知った事は、知れる可能性があるので話しても大丈夫ですわね?」
炎嘉が、言った。
「どうせ神が知ったのなら、そこへ維心が問い合わせたら知れる事。隠しようはないわ。申せ。」
維月は、まだ迷ってるようだったが、頷いて言った。
「今、北のアマゾネス城を見ておりましたの。そこで、ヴァルヴァラとエフィム殿、それにヴァレーリアに長く仕えた軍神二人が話しておりました。その内容は、ヴァレーリアがあの膜の術の詳しい呪文を、誰にも知らせず己の頭の中だけに留めていたのを知りました。つまりは、仕えていた軍神達も、知ることは許されていなかったのですわ。」
維心が、言った。
「誠か。だが、術は漏れておる。確かにヴァルヴァラはその膜に覆われておるだろうが。」
維月は、頷いた。
「はい。ヴァレーリアは、術を書にしたためて持っていましたが、それを死ぬ前に、自分が死んだら隠して誰の目にも触れさせるなと命じております。そして、ヴァルヴァラが必要な時にその存在を知らせ、ヴァルヴァラだけに見ることを許すということでした。軍神達はそれを、そのいつかのためにヴァレーリアと共に墓所に葬り、ヴァレーリアの胸の上に置いて誰も立ち入らずに管理していました。ちなみにソフィア殿に使った操る術と、エラスト様を殺した魔法陣は、アクサナに託されてそれは今、ダリヤという軍神の手にあるようです。」
炎嘉が、険しい顔をした。
「…それも処分させねばならぬな。してその書には解き方も書いておるようなのか?」
維月は、首を振った。
「それは分からぬと。何しろ誰も内容を知らぬのです。ですが、ヴァレーリアは生前軍神達に解く必要のない術であるから、解き方などないと言っていたようで…ない、と見た方がよろしいかと。」
維心は、言った。
「とはいえ確認はしておいた方が良いだろう。解き方がなくとも回収してさっさと消してしもうた方が良いしな。」
維月は、頷いた。
「はい。エフィム様も確認したいと思われて、軍神達に案内させて墓所へ参ったのですが…そこには、確かにあったはずのその禁書が、失くなっていたのですわ。そして、誰も中に入らぬはずの墓所のヴァレーリアの柩の横に、枯れた花が供えてありました。その事から、もしやヴァレーリアの縁者が持ち去ったのではないかと…。」
炎嘉も維心も、目を見開いた。
ヴァレーリアの縁者…?!
「…待て、ならばヴァレーリアには他に子が?!あやつらは簡単に男と子を成すゆえ、まさかどこかに父親違いの子供が居るのではないのか?!」
維心も、頷いた。
「それがヴァルヴァラだけが守られて女王となったのを妬んでヴァルヴァラを狙ったとしたらあり得ることぞ!軍神達は知らぬのか?!」
維月は、困惑した顔で首を振った。
「知らぬのです。それらもわけが分からぬ様で。あったとしても、それらが覚えていない時であるかと。何しろヴァレーリアは、生きていたらもう六百を過ぎており、あれらはまだ五百に届かぬ歳。まだヴァレーリアに仕える前に何かあったとしたら、知らぬのです。知っておるだろう軍神達は、もう皆亡くなっていて話を聞ける神が残っておりませぬ。それを聞いて…ならば見つけるのは更に至難の技だと思うた次第です。しかも、術があれらの手を離れてしもうたので、どこまで広がるのか分からぬので…。」
だから、狼狽えていたのか。
維心と炎嘉は、顔を見合わせた。
せっかくヴァレーリアは隠していたのに、それが持ち去られて行方不明なのだ。
ヴァレーリアも、それが諸刃の剣だと知っていたのだろう。
更に困った事になった、と、維心は頭を抱えたい心地になったのだった。




