王座に
ヴァルヴァラは、返って来た二つの書状を前に、宮の会合で宣言した。
「…我が城は、エラスト王を失ってエミーリアを王座につけた。が、その結果がこの有り様ぞ。主らも知っての通り、今もエミーリアは奥に引き籠もって男共を取っ替え引っ替えしておる。城の政務など、この半年堪えて見ておったが何度申してもやる様子はない。臣下は疲弊し、城は満足に回らず仕える者たちに支給される物も滞り始めておる。そんなものは王ではない。外の神にも窮状を訴え、エフィム様にもお伺いを立てた。この上は、我がエミーリアを討つ。」
アイーシャが、言った。
「我ら堪えて仕えておりましたが、仰る通り。このままではこの城は地に落ちて、大会合の席ももらえぬ事になってしまい申そう。エフィム様もこちらに戻られるお気持ちがない今、我はヴァルヴァラ様を次の王とするのに賛成ぞ。」と、皆を見た。「主らはどうか?」
皆、顔を見合わせている。
アンジェラが、言った。
「…我も、ヴァルヴァラ様を王としてお仕えしたいと思う。」皆の視線がアンジェラに向く。アンジェラは続けた。「立ち合いの腕も政務の事も、全てに優れておられるのはヴァルヴァラ様ぞ。エミーリアは嫌がらせのように、我を筆頭にしてヴァルヴァラ様を二位などという位置に付けておるが、それは正当な評価ではない。このままではならぬ…我はヴァルヴァラ様が王座に就くことを推す!」
皆が、それを聞いて一斉に声を上げた。
「ヴァルヴァラ様を我らの王に!」
「エミーリアは王ではない!」
わーわーと騒ぎ始める臣下達に、アンジェラはホッと肩の力を抜いた。
アイーシャが、こちらを目だけで見てニッと笑って頷いている。
これで回りは固まった…後は、エミーリアを討つのみ!
エミーリアは、ベッドから起き上がった。
何やら、城が騒がしい。
…どうせ、誰かが立ち合いでもやっておるのだろう。
エミーリアは、またベッドの上に転がった。
ベッドの縁には、男達が遠慮がちに座っている。
服を着ることを許していないので、皆全裸だったがどこからか探して来たらしい、シーツやらクッションやらを膝の上に置いて、ただそこにエミーリアに背を向けて座っていた。
全員が、侍女から美しい男の噂を聞き出して、それを軍神達に探し出させて無理やりに連れて来させた男達だ。
だが、美しいとはいって造形は確かにそうかもしれないが、烙から感じたあの、身の内が震えるような衝撃的な感じは全くなかった。
紫翠も烙も、同じ神とは思えないほど美しい見た目に、艶やかな心が震える気を持っていたのだ。
だが、あの二人は王族であり、その宮の王が絶対に手放さない。
三日に明けず書状を遣わせても、最初に辛辣な言葉で断って来た後からは、返事すら返ってこなかった。
そんな様子なので、何とか代わりをと必死に探すのだが、どこにもそんな男は居ない。
探しても探しても、見つかるのは平凡な男達で、エミーリアの心は全く満たされなかった。
そうなると頭の中は烙と紫翠の事ばかりで、他の事はどうでも良くなる。
政務の事など、エミーリアには全く頭に上らなかった。
臣下達がやって来ては、政務をとかせめて軍務をとか言うが、そんな事もどうでも良かった。
自分が女王であり、兄はさっさと城を出て逃げて行ったのだから、自分の代わりなどどこにも居ない。
皆が何を言おうと、あれらに何かできる事はないのだ。
心の中は、願う男が傍に居ないことで虚しいばかりだ。
が、取るに足らない男達でも、少しは気晴らしにはなる。
エミーリアは、横の一人の腕を掴んだ。
「参れ。何を離れておる。我に仕えるのが主の役目ぞ!」
男は、ビクと体を強張らせる。
「もう、城下へ帰してくださいませ。妻も子も待っておるのです!良い稼ぎになるからと連れて来られて…もう幾日も帰っておらぬのです!」
エミーリアは、怒って起き上がると、その男の横面を思い切り張った。
「何を言うておる!主はもう我の物ぞ!帰ることなど許されると思うか!」
他の男達も、必死に言った。
「我らとて同じなのでございます!どうかお許しを、エミーリア様!」
エミーリアがこんな取るに足らない男ですら逆らうかと顔を真っ赤にして怒鳴ろうとすると、そこへズカズカと軍神達が踏み込んで来た。
男達は、驚いて身を固くする。
エミーリアは、代わりに軍神達に向かって怒鳴った。
「なんぞ!呼びもしておらぬのに入って来るでないわ!」
すると、そのうちの一人、アイーシャが進み出て言った。
「エミーリア様、参られよ。ヴァルヴァラ様がお呼びぞ。」
エミーリアは、アイーシャの睨む。
「偉そうな口を。ヴァルヴァラが何だと申す、たかが次席軍神の分際で!」
アンジェラが、進み出てエミーリアの顔に甲冑を投げつけた。
「着けよ。主はこれよりその座を賭けて、臣下の前で戦わねばならぬ。女王だと言うのなら、その力を示せ。そうでなければ、今ここで死ね。」
アンジェラは、剣を抜いた。
エミーリアは、途端にこれが冗談でもなんでもなく、クーデターなのだと自覚した。
「な、何を申す!軍神が女王に逆らうか!」と、他の軍神を見た。「捕らえよ!賊ぞ!」
しかし、誰も動かない。
じっと蔑むような目で裸のエミーリアを見つめるばかりだ。
…味方は居ないのか。
エミーリアは、悟った。
今ここで無様に切られないためには、着替えて付いて行くよりない。
アイーシャが、イライラと言った。
「さあ!もう良いわ、連れて行け!」
軍神達が進み出る。
エミーリアは、急いで甲冑を手にしながら言った。
「待て!今甲冑を…」たが、軍神達はお構いなくエミーリアを掴んで引きずって行く。「アンジェラ!主は我のお陰で筆頭になったのではないのか!アンジェラ!」
その声が、遠ざかって行く。
アイーシャが、フンと鼻を鳴らした。
「愚かな女よ。では己は誰のおかげで女王になったと申すのだ。」と、足を踏み出した。「行くぞ、アンジェラ。」
アンジェラは頷いて、歩き出そうとしたが、ふと男達を振り返った。
男達は、裸のまま震えてこちらを見ている。
アンジェラは、言った。
「侍女!これらの服を持って参れ!」と、男達に言った。「よう我慢したの。新しい女王はこのような理不尽は許さぬお方。後で報酬も届けさせよう。今はとにかく、城から出るが良い。主らの思い、無駄にはせぬゆえ。」
男達は、ホッとしたのか涙を流して頭を下げた。
「…ありがとうございます…!」
侍女達が、服を持って入って来る。
アンジェラは、訓練場へと急いだのだった。
訓練場には、続々と臣下達が集まって来ていた。
かなりの数の軍神と、臣下が観覧席に溢れていたが、その上から訓練場の様子をひと目見ようと、多くの軍神達が空を覆い、肝心のフィールド上は薄暗く、それをもっと良く見ようと昼間であるのに松明が灯されて、まるで大きなドーム状の洞穴の中に居るようだった。
そんな中に、エミーリアは素っ裸で放り出された。
回りの異様な様子に先ほどまでの気強い様子は鳴りを潜めて、エミーリアは裸の体を庇うようにその場に座り込み、腕で自分を抱くようにして宙に浮くヴァルヴァラを見上げた。
ヴァルヴァラは、言った。
「…そんな有様では戦う事もできまい。」と、エミーリアの側の軍神に頷き掛けた。「さっさと服を着せよ。丸腰であるから負けたなどと言われては我の名が廃るわ。」
軍神たちは頷いて、強引にエミーリアに麻のようなごわごわとした布の服を着せると、その上から粗末な甲冑を着けて行った。
エミーリアは、とりあえず衆人環視の中で素っ裸で嬲られるのではないと分かってホッとしたが、その服の着心地の悪さに顔をしかめる。
甲冑を上から巻き付けると、更に体を細かい針で刺すような心地がした。
ヴァルヴァラは、腕を組んで終始無表情でそんなエミーリアを見下ろしている。
すると、軍神が剣をエミーリアに強引に手渡して、その場を離れて膝をついた。
「…終わりましてございます。」
ヴァルヴァラに向けて言っている。
ヴァルヴァラは、頷いた。
「では、始めるか。」と、腰の剣を抜いた。「少しは抗えよ。この半年遊んでばかりで腕が鈍っておるだろうがな。だが、毎日動いておったとしても、我には勝てぬがの。」
ヴァルヴァラの腕は知っている。
エミーリアは、震える手で剣を握り締めて、ヴァルヴァラを睨みつけた。