自業自得
イゴールは、アマゾネス城から戻った。
本当はもう、離宮にまた籠もっていたかったが、この件をイグナートに処理できるとは思えない。
なので、これが終わるまではと、城へ入った。
臣下が、ホッとして言った。
「王。アマゾネスの女王はどうでしたか。」
イゴールは、首を振った。
「あれはもうダメだ。ヴァルラムも来ておったが消せぬでおった。我とて同じ。ゆえに我の血筋が放った純粋な術ではないことが判明したぐらいで、解決策は何も見つかっておらぬ。が、ヴァルヴァラの気はあと保って3日ほど。恐らく気の枯渇で死んで終わりだろう。他の王達は、しかしそれで終わりとはならぬわな。例えヴァルヴァラが死んでも、その術者を探し出して処分せねばまたどこで同じ事があるかわからぬだろう。なのでしばらくは落ち着かぬ。」
イグナートが、言った。
「…ならばそれはアマゾネスの自業自得として、我が眷属の件でございます。結界内の神は皆無事で誰一人欠ける事なくおとなしくしておるのは、父上が居らぬ間に今一度確認しました。となると、アマゾネスの結界内の混血達では。」
イゴールは、息をついた。
「それも我らで確認して参ったが、皆記憶は綺麗なもの。誰一人、術のことすら知らなんだ。ヴァルラムが一人一人記憶の玉を抜き出して、我らで確認していったが、何もでては来ぬ。ということは、もしや外にはぐれの神となっておるベンガルの混血が居るのではと思うておるのだ。が、そんなものは簡単には見つからぬ。そもそもサイラスの皇子の末とてやっと見付かったばかり。つまりは、解決は難しいと見た方が良い。次の犠牲者でも出ぬ事には、事は進まぬわ。」
次の犠牲者…。
イグナートは困惑した顔をした。
「…ですが、それはいったいなぜにヴァルヴァラを。仮にアマゾネスの女王に恨みがある輩なら、更に誰かを襲うなどないのではありませぬか。」
イゴールは、答えた。
「その通りよ。まあ、我は別にどうでも良い。アマゾネスには腸が煮える心地もあったゆえ。あんな仙術を生み出し、我が眷属を拐って利用して殺し、我の知らぬ所で増やした結果がこれなのだ。お陰で我らはそれを利用される事を恐れた地に、滅ぼされる寸前まで追い詰められたのだぞ。ゆえにここに籠められておる、我眷属達の心地を思うと女王一人の命が如何ほどのものと思うわ。あの種族を助けるつもりなどない。外の混血の眷属がやったのならば、それはあやつらの自業自得であるし、我はようやったと褒めてやりたい心地よ。」
臣下も、イグナートも複雑な顔をした。
それは、全くその通りだからだ。
本来、王族しか放てないあの術を模倣した術を作ったのは、他ならぬアマゾネスの女王だったのだ。
ベンガルは、ただ利用されているだけで、巻き込まれていちいちこんな事があれば駆り出される。
たいがい迷惑だった。
「それでも…外の神に言わせれば、イリダル様があのように龍王などを襲撃し、そんな術の存在を皆に知らしめたのが悪いとまた、糾弾されるのでございましょう。」臣下は、言った。「こちらとしましては迷惑この上なく、アマゾネスが滅んでくれたらと何度も思うた次第ですが…マトヴェイ様との関係もございます。手放しにそう申されるのは、今はまずい状況かと。」
マトヴェイは、エラストの時代に娘を王妃にしてエフィムとエミーリアを産ませている。
その時は特に問題なかった。
が、エフィムが王になる前に、トチ狂ったエミーリアが王座争いでしゃしゃり出て来て、エフィムは城を追い出される形でマトヴェイに引き取られ、後にそのエミーリアを討ったヴァルヴァラが王座に就いた。
エフィムがまたそのヴァルヴァラとの婚姻を約して、城へ戻ると聞いたので、アマゾネス支配の昔に戻らぬだろうとホッとしたのも束の間、今回の件でヴァルヴァラがレイティアの筋であることが分かった。
マトヴェイはエフィムのこともあり、アマゾネスとはしっかりと繫がる形になるので、最近ではアマゾネス擁護の姿勢を取っている。
長らく続いた城と城との友好関係が、イゴールのやり方次第では崩れそうなのはイゴールにも分かっていた。
「…ゆえに、わざわざ出かけて参ったではないか。」イゴールは、むっつりと言った。「表向き、マトヴェイとは上手くやらねばならぬ。城も近いし、アルファンスともフレデリクとも、この地で横並びに一枚岩でやって来た。これが崩れて喜ぶのは、ドラゴンだけぞ。我らがこれまでのようにまとめて反対意見を出して来る事がなくなるゆえ、思うようにできると思うだろう。それはならぬ。表面上ドラゴンには従っておるが、我らは基本的にドラゴンとは馴れ合わぬのだ。」
イグナートは、頷いた。
「は。では、此度の事はどのように?マトヴェイ殿より問い合わせて来ておりましたでしょう。」
イゴールは、答えた。
「そのままを知らせてやるが良い。やるべきことはやった。我がベンガルは関わっておらぬ。知らぬ場のベンガル混血のことなどもとより知らぬ。とにかく、我はできる事はやったのだ。批判される筋合いはない。」
それを聞いた臣下が、そのままを書状にしたためるために、頭を下げてそこを出て行った。
イゴールは、険しい顔で窓の外の空を睨んでいた。
その体からは、薄っすらと黒い霧が湧き上がったが、すぐに何処へともなしに消えて行ったのだった。
ヴァルヴァラは、サイラス、イラリオン、ヴァルラムを見送り、エフィムと二人で居間に座っていた。
気は、どんなに留めようとしても、体を包む膜へと流れて消えて行く。
それでも、おとなしくしていたら、膜を破ろうと攻撃している時よりは、充分保った。
アンジェラ達は、結界内のベンガル達が何も知らないのを知ってから、結界外を虱潰しに調べてベンガルが居ないか必死に探している。
この広い土地で、探し出すのは至難の技だと思われた。
…恐らく間に合わぬ。
ヴァルヴァラは覚悟していた。
なので、エフィムにはこれまでの事を詳細に語って聞かせていた。
本来、婚姻したらその日々の中で話すはずのことだったが、今話しておかないと、エフィムには自分が何者であったか、詳しく知らないままになってしまうだろう。
生まれてこの方、どんな風に育って来たのか、母はどんな神で、どんな術を書いていたのか、覚えている限りをエフィムに知らせた。
エフィムは、ただ黙ってそれを聞いてくれていた。
「…なのでの、肝心な事は何も知らぬで。」ヴァルヴァラは、言った。「我には知らされぬで、影で軍神達がやっておる事が多かった。我がいつか王座に就いた時のためにと、それぞれが別々に母上に命を受けていて、母上の死後それを我に知らせずに謀っておったのだ。だが…我が王。ゆえに、あれらがやったことは、知らなんだとはいえ我の責ぞ。」
エフィムは、言った。
「…ということは、主はこの膜の術も知らずに?」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「存在は知っておる。が、術自体は知らぬ。どうやって構成されておって、こうなっておるのかもの。ただ、母は側近の軍神には教えておった気がする。あの地下で、様々母は書にしたためては話して聞かせていた。そんな母が我に教えるのは、もっぱら生活に必要そうな、一般的な術だった。気を遮断する術とか、盾の呪文とか。そんなものよな。だが、母の仙術に対する造詣は深く、いろいろな術を編み出しては試していたようぞ。我にはその知識はない。」
書にしたためて…。
エフィムは、言った。
「…書にしたためておったのならば、残っておるのではないのか。」え、とヴァルヴァラがエフィムを見ると、エフィムは続けた。「主が潜んでおった場所に。」
ヴァルヴァラは、眉を寄せて思い出そうとした。
「…どうであったか。あの洞窟には、確かにいろいろな書が残っておったが、製本しているものはなく、ただ紙があちこちに残されておっただけのような。我は目新しい物もないからと、いちいち調べて見たりはせなんだし。」
エフィムは、頷いた。
「だが、そんな仙術の書かれた紙を、そんな場所に放置しておくのはまずい。もし他の誰かに見つかって、持ち去られて使われたらどうするのだ。そこには、面倒な術もあるのではないのか?」
ヴァルヴァラは、首を振った。
「…分からぬ。そも、そんな術をそこらに放置するだろうか。アイーシャに聞けば、知っておるやも知れぬが…。」
エフィムは、頷いて侍女に言った。
「アイーシャをこれへ。」
侍女は、頭を下げて出て行く。
ヴァルヴァラは、そんな大層な侍女をあんな場所に置き去りにしているとしたら確かにまずいが、しかしそこまで皆愚かではないはずだが…と内心思っていた。
エフィムは、そんなヴァルヴァラの横でアイーシャの到着を待っていた。




