アマゾネスの城では
ヴァルヴァラは、段々に減って行く気を感じながら、ただ横たわって父を待っていた。
その報告をアンジェラから受けた臣下は大騒ぎで、何とか膜を破れないかと考えるものの、誰にもそれは破れなかった。
それどころか、膜を破ろうとすればするほどヴァルヴァラ気は残り少なくなり、もう誰もそれを破ろうとはしなかった。
アンジェラは、狼狽えるアイーシャに言った。
「主は何も聞いておらぬのか?!ヴァレーリア様は仙術にお詳しかったのだろう!これの事も、何か言っておられたのでは?!」
アイーシャは、戸惑いながら答えた。
「確かにヴァレーリア様は仙術にお詳しかったし、膜の術についても話しておられた時はあったが、その解き方に関しては何も仰ってはおらなんだ。そも、術を掛けたら相手が死ぬまで解きたくはないので、解くことなど考えてはおらぬと言っておられたので…。頭のおよろしい方だったので、恐らく考えようと思うたら考えられたのではないかと思うのだがの。」
ヴァルヴァラが、横になったまま言った。
「誠に頭が良いなら、そもそもそんな術は後に繋ごうなどとは考えぬ。こうして己の身に降り掛かる事は考えておらなんだと言うことであるからの。もう良い、我には覚悟はできておる。お祖母様が作らせた術で、王座に就いた我が命を落とすのなら、それも運命ぞ。天はそんな方法で、覇権を握るなど否と申しておるのだろう。」
アイーシャとヴァルヴァラは、顔を見合わせる。
黙って聞いていたダリヤが言った。
「女王、そのように諦めたような事を。方法はあるはずなのです。とりあえず術者を殺せば術は消える。それだけは確かなのですから。今、軍神達が血眼になって結界外をそれらしい神が居らぬか探しておりまする。お気を強く持ってくださいませ。」
ヴァルヴァラは、息をついたが何も言わなかった。
そこへ、部屋着のエフィムが息せききって駆け込んで来た。
「ヴァルヴァラ!」と、アンジェラ達には目もくれずにソファに横たわるヴァルヴァラに駆け寄って手を握った。「文を見て飛んで来たのだ。何としたこと…お祖父様には取り急ぎお伝えしてから飛んで来たが、あちらも今膜の術を使うベンガルなど居らぬから、間違いなくまた拐われたベンガルだろうと…イゴール様に、問い合わせてくれようとしておった!」
ヴァルヴァラは、苦笑してその手を握り返した。
「すまぬな、こんな事になってしもうて。ベンガルなど、拐わぬでもまだ、我の結界無いにも多数居る。血は薄まっておるが、それらは自覚なくベンガルなのだ。そやつらが誰かに拐かされたりしておったら、わざわざベンガルの領地から連れて来る必要もない。ゆえ、イゴール殿も知らぬと思うぞ。あの方は愚かなかたではないからの。それならとっくに、アマゾネスなど攻め込まれてその膜の力で一網打尽であったろうし。」
確かにその通りだ。
エフィムは、息をついてアンジェラを振り返った。
「アンジェラ、主は側に居ったのだろう。相手の顔を見ておらぬでも、気配は。気の色などは分からぬか。」
アンジェラは、下を向いて首を振った。
「申し訳ありませぬ。一瞬の事でありましたので。全く気配が読めず、気が付いたら目の前に居て術が飛んで参りました。気の色を訓む暇もありませんでした。」
エフィムは、目を吊り上げて叫んだ。
「護衛の軍神が!何をしておるのだ、守り切れぬならなぜに他にも軍神を連れて参らなかった!」
項垂れるアンジェラに、ヴァルヴァラが言った。
「アンジェラを責めるでない。我とて気配が読めなかったのだ。父上もぞ。それくらい、そやつの気は隠されていたのだ。それとも術に頼るしかないほどに小さいのか。小さ過ぎたら読みづらいしの。」
エフィムは、またヴァルヴァラを見た。
「…どうしたら良いのだ。気は?あとどれぐらい残っておる。この膜を解く方法は、アマゾネスにも分からぬのか。」
ダリヤが、答えた。
「はい。術者を殺せば良いとだけ…。申し訳ありませぬ。」
エフィムは、歯ぎしりした。
やっと、これからヴァルヴァラと共にこの地を治めて行く覚悟ができたというのに…!
「エフィム、我は死ぬ可能性が高い。」ヴァルヴァラは、言った。エフィムは顔色を変える。ヴァルヴァラは落ち着いて続けた。「主がこちらの王にはなりたくないのは知っておる。ゆえ、我亡き後はアンジェラを女王に。アンジェラはその素質のある神ぞ。父上からのヴァンパイアの王族の血もある。軍神の筆頭で賢しい。主はアンジェラを支えてやってくれぬか。」
アンジェラが、驚いた顔をする。
「そんな…我は王座など無理でございます。ましてエフィム様には…ヴァルヴァラ様であるこらこそ、お支えしようと思われておるのに。」
エフィムは、頷いた。
「アンジェラであっても助言はするが、此度のように婚姻で繋がってということは受けられぬ。我は主であるからそうして共にと考えたのだ。アンジェラとは、そんな仲にはなれぬから。」
ヴァルヴァラは、苦笑した。
「我らは姉妹であるのに。アンジェラは良い神ぞ。それでもならぬか?」
エフィムは、断固として首を振った。
「ならぬ。主はそんな軽い心地で我と婚姻関係になろうと言っておったのか。我には心がある。我が側に居たいと願うのは、主だけぞ。」
ヴァルヴァラは驚いた顔をしたが、薄っすら微笑んだ。
「…もっと早う婚姻しておけば良かったの。これも運命やも知れぬが…我も、できる限りは踏ん張るつもりであるゆえ。そのような顔をするでない。」
そう言って、エフィムの頬を撫でた。
エフィムは、そこで初めて己が涙を流しているのを知った。
本当に、自分は心底ヴァルヴァラを失いたくないのだ。
皆が何を言えば良いのか困っていると、エゴールが急いで入って来て、膝をついた。
「女王!サイラス様、ヴァルラム様、イラリオン様がご到着されました!イゴール様もすぐにいらっしゃるとのこと、女王の膜を消してくださるやもしれませぬ!」
父上が…。
ヴァルヴァラは、起き上がった。
「ならばこれへ。」と、エフィムを見た。「主も座れ。取り乱していてはならぬ。」
アンジェラ、ダリヤ、アイーシャは急いで膝をつく。
そこへ、サイラス、ヴァルラム、イラリオンが並んで入って来たのだった。
…やはり父上はサイラス殿そっくりぞ。
ヴァルヴァラは、それを見て思った。
「…遠い所を我のためにわざわざご足労いただきありがとうございます。面倒なことになり申した。」
サイラスが、頷いた。
「…大会合の折にしっかり見ておけば良かったわ。主も我の眷属ぞ。気が間違いなく混じっておる…思えば、それを遠く気取っておったのやも知れぬ。あの折、何故か我は昔が頭に浮かんで仕方がなかったのだ。まさかと思うておったから。」
ヴァルヴァラは、頭を下げた。
「は。父上よりお聞きして驚きました。」
エゴールが、驚いた顔をしている。
まだ臣下にはその事実を教えていなかったのだ。
イラリオンが、言った。
「ヴァルヴァラ、気はどうか?あとどれぐらいぞ。」
ヴァルヴァラは、答えた。
「只今3分の1ほど失った程度でございます。ですのでまだ、切羽詰まってはおりませぬ。」
ヴァルラムが、進み出た。
「とりあえず立て。驚くやも知れぬが、主を我の浄化の炎で包んでみる。その昔、ベンガルの膜を消したのはそれでな。仙術には効かぬと分かっておるので、どうかと思うたが何もせぬよりマシだろう。」と、エフィムを見た。「主も。ヴァルヴァラが心配だろうが離れておれ。」
エフィムは、頷いてヴァルヴァラが立つのに手を貸してから、その場を離れて見守った。
皆がヴァルヴァラの回りから離れたのを見て、ヴァルラムは手を上げた。
「では、始める。」
ヴァルラムの手から、青白い炎が吹き出てヴァルヴァラをいきなり包んだ。
「!」
エフィムが思わずヴァルヴァラを庇おうとしたが、ヴァルラムが言った。
「ならぬ!離れておれ!」
エフィムは、仕方なく手を引っ込めた。
ヴァルヴァラは、青い炎の柱になってそこに立っていた。




