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動き

マトヴェイは、その書状を手にエフィムに言った。

「…やはりあの女では無理。我とて調べさせていたが、愚かでどうしようもない女なのだ。ヴァルヴァラとかいう軍神が全てやっておるのだと聞いていたが、その女が辛抱堪らぬとこうして主に知らせて参った。どうする?主は戻るか。」

エフィムは、すぐに首を振った。

「いいえ、お祖父様。我はそちらのヴァルヴァラは最近に台頭して来た軍神らしくて面識はありませぬが、今の筆頭軍神のアンジェラには皆の前で下されたのです。今更帰っても、誰も我を王とは見てくれますまい。」

マトヴェイは、ため息をついた。

「…そうか。軍神に下されるのは屈辱であったろう。我とてエミーリアを殺してくれるのなら異存はない。あやつ、己が遊び呆けたいがために父王と母を殺し、兄を追いやった大罪神ぞ。戦になるゆえ王座に座ったあやつを、外からどうにもできぬで煮え湯を飲まされる心地であったが、これで溜飲が下がる。では、ヴァルヴァラにはエフィムは戻るつもりはないこと、こちらは愚かな王が死のうと関知しない事を記して返すぞ。良いな?」

エフィムは、それでは遂に父上の血が途絶えてしまうと一瞬迷ったが、頷いた。

「…は。ではそのように。」

こちらで、我が生き残れば良いのだ。

エフィムは、己にそう言い聞かせて、マトヴェイが臣下に書状を書くのを命じるのを見守った。

それにしても、エミーリアは本当に父上を殺したのだろうか…?

エフィムは、腑に落ちなかった。

確かに愚かな妹だったが、軍務に一生懸命で、男がどうのと言った事はなかった。

それが、烙と紫翠を見たその時から、何やら烙に傾倒し、おかしな様子になったのは事実だ。

領内の男を漁っていると聞いた時には、そんな事がと信じられなかった。

が、マトヴェイの軍神達もそんな様子は目の当たりにして来たのだという。

どちらにしろ、あれほどに欲した王座をそんな風に扱うのならば、命がないのも仕方がない、と、淡々と使者が立つのを見送っていた。


維心は、月の宮の自分の対の居間で、その書状を手に眉を寄せた。

朝の茶を飲んでいるところだったので、隣りの維月が維心を見る。

「…今朝宮から転送されて参った北からの書状ですか。何か問題でも?」

維心は、ため息をついて巻紙を膝に乗せた。

「…ヴァルラムからぞ。ヴァルヴァラから、エミーリアの所業を知らせて参り、このまま従う事ができぬと。つまりは、討とうと言うのだな。」

維月は、口を押さえた。

「え…では、エミーリアはもう?」

維心は、首を振った。

「いや、まだであろう。何故なら、このヴァルヴァラという女神はマトヴェイ経由でエフィムにもこの書状を送っているらしい。つまりは、あちらを抑えているドラゴンと、エラストから続く正統な血筋であるエフィムにわざわざ伺いを立てて来たわけであるな。ヴァルラムはもうあい分かったと返したようだが、後はエフィムであろう。誠に用意周到な奴よ。これではエミーリアを討ったとて誰も文句は言えぬだろう。」

維月は、言った。

「ですがエフィム殿にまでとは。それでエフィム殿が帰ると言うて来たらどうするおつもりなのでしょう。ヴァルヴァラがエミーリアを討っても、エフィムに王座を明け渡すことに。」

維心は、またため息をついた。

「そこがこの女の賢しいところよ。そも、エフィムはあの城の軍神アンジェラに負けて王座に座れずマトヴェイの城へ逃げた。マトヴェイの城ではこの半年で落ち着いて、良い感じに過ごしておるのだと聞いておる。やっと落ち着いたエフィムが、また父王の側で見ていた面倒な王座に返り咲こうとすると思うか。己が下された軍神が居るのに?」

確かにそう。

維月は、ヴァルヴァラの頭の良さに舌を巻いた。

この半年の間、自分は城での地位を確立しつつ、エフィムがあちらで落ち着くのを待っていたとしたら、かなり辛抱強い女神だ。

何しろ、エミーリアはしたい放題で、まるでかつてのアマゾネスのように、奴隷制もかくやという様で男を強制的に城に召し上げているのだと聞く。

恐らくは、烙に…ようは闇の力に囚われて、それが手に入らない事から狂い始めているのだろうと思われた。

「…ならば、エフィム殿が戻らず、ドラゴンから承認が得られた後にエミーリアを廃して王座に。」

維心は、頷く。

「恐らくはの。」と、立ち上がった。「ちょうど皆が揃っておるし、話して参る。主は妃達と茶でも飲んでおるが良い。昼までには宮に帰るゆえ、今はゆっくりしておれ。」

維月は、立ち上がって頭を下げた。

「はい。行っていらっしゃいませ。」

維心は、頷いてそこを出て行った。

維月は、ヴァルヴァラとも話しておかねばならない、と、その機会があることを願った。

しかし、レイティアと友であった後、あのように対立して別れてしまった過去がある自分が、その血筋の女神に受け入れてもらえるのか、甚だ疑問でため息をつくしかなかったのだった。


維心が応接間へと入って行くと、炎嘉が言った。

「…お?維月はどうした。一人か。」

維心は答えた。

「あれは妃だけで帰る前に今一度茶を飲みたいと。隣りの部屋に参るのではないかの。」

それを聞いた綾が、まあ、と扇を上げて隣りの翠明を見た。

「王、ならば維月様をお待たせできませぬゆえ。先に参っておきたいので、席を立つ許可をくださいませ。」

許可と言っているが、その口調は断固としたもので、とても否と言える状況ではなかった。

翠明は、渋々頷いた。

「ならば参るが良い。」

綾が立ち上がり、他の妃達も次々に王に頭を下げてそこを出て行く。

炎嘉が、言った。

「またあれらは何を話す事があるのかの。」

維心が答える。

「維月にあるのではない。」と、袖から巻紙を引っ張り出して炎嘉に放り投げた。「我の方にあるのよ。」

炎嘉は、それを開いて中を見た。

そして、隣りの箔炎に差し出しながら、険しい顔をした。

「…そうか、遂にか。半年もよう頑張ったではないか。聞けばかなりの体たらく、よう我慢した方よ。」

志心が、隣りへと巻紙を手渡しながら言った。

「しかしこのヴァルヴァラとはかなりの策士よな。外との付き合いをよう知っておる。こうやって外堀を埋めてから正当な理由で王座に就こうというのだろう。なかなかにやるおる。」

維心は、頷く。

「エフィムがもう王座に興味もないのは知っておる。維月がエフィムをマトヴェイの城へ送り出す時に、どう申しておったのか話してくれたので、知っておるからな。が、マトヴェイの城へ入った後に、上手く行かねば気も変わるやも知れぬ。しばらくは慣れぬで難儀しただろうが、今は落ち着いてやっておるのだと聞いている。ならば機は今ぞ。したたかな奴であるな。ルシアンから聞いてはおったがの。」

巻紙が順に巡って維心へと戻って来る。

焔が、言った。

「まあ、良いのでないか?こちらも烙烙言うて来る輩が居らぬようになったら面倒がない。後は様子見ぞ。ヴァルラムが言うておるようにな。」

箔炎が言った。

「…が、よう見ておかねばならぬぞ。大会合にはその女王が来る事になるのだろう。ソフィアの件、大会合でと話しておったが、ここは早い方が良いやも知れぬぞ。何も知らぬイゴールが、ソフィアを連れて参って面倒が起こったらなんとする。とにかく、先にイゴールとソフィアを呼び出してここで暴くよりないのではないのか。目の前でその玉とやらを取り出して始末するのを見ぬ事には、落ち着かぬわ。」

翠明と、頷いた。

「その通りよ。我の目の前でなくとも良いが、ここに居る誰かの立ち会いの下確実に始末したと見てもらわぬことには、落ち着かぬ。綾が龍の宮に出掛けたいと言うのも、案じて行かせられぬようになっておって。こちらは迷惑しておるのよ。」

一度仙術で傷付けられそうになっているのを見ているのだから、そうなるだろう。

維心は、息をついた。

「…では、気は進まぬがアマゾネスの代替わりが終わったら、すぐにイゴールを呼び出す事にしようぞ。あちこち落ち着かぬゆえ、先に動いておる方が落ち着くのを待つしかない。その際、ドラゴン城へ呼び出すのが良いかと思うておる。我は参るが、誰か共に参るか。」

炎嘉が、真っ先に言った。

「我は行く。」

焔が、ため息をついた。

「ならば我も。北に近いしの。」と、志心を見た。「主は?」

志心は、頷いた。

「行った方が良いなら参るがの。」

しかし、維心は首を振った。

「我の他に二人居ったら十分よ。主はまだ子も幼いし、宮に居れ。こちらに何かあった時に、動ける神も必要ぞ。志心にはこちらを見ておいてもらおう。」

漸が、言った。

「誠に面倒よな。島だけのことなら何もないのに、北が落ち着かぬとこうなるか。我も吉報を待っておるわ。」

焔が頷いて、立ち上がった。

「…ならば我は帰る。連絡を待つ。宮を開けるならば今から政務をこなしておかねば。貯まって来るからの。」

焔がいきなり真面目なことを言うので、皆が驚く顔をした。

「もう?妃達の茶会は始まったばかりではないのか。突然に真面目なことを言いおって。」

焔は、サクサク歩き出した。

「別に我の妃は居らぬし勝手にやっておれば良いわ。とにかく我は燐も居らぬし今は真面目にやっておるのだ!決まったら知らせよ。」

焔は言って、さっさと出て行った。

皆は、顔を見合せたのだった。

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