一見穏やかな日々
そうして、大会合は終わった。
ユージーン達も楽しかったと満足げに戻って行ったし、北の神達も酒が旨かったと喜んで帰って行ったが、北西の匡儀たちは、少々不満なようだった。
何しろ、あちらはしょっちゅう集まって話すので、北西の面々で集まって話すより、島の神や西の神など、他の地の神達ともっと接して話したかったらしいのだ。
だが、何やら島の神達は北の神とゴタゴタしているようだったし話し掛けるのも無粋だろうと遠慮して、話せたのは東と西の、ユージーンやディオン達とだけだったらしい。
普段から、北西でも西の端の宇洲などはディオン達と話す機会もあるようなので、そう珍しくもない集まりになってしまい、肩透かしを食らったような心地だったそうだ。
次の日、帰る前の挨拶に維心に会いに来た、匡儀がそう言っていた。
また正月にでもこちらへ呼ぶわと維心が約束し、それで彰炎たちもやっと納得して帰ったのだった。
神有月となり、サイラスはレオニートの城へと、己の血族が生き延びているのを確認しに向かう事になっていた。
自分が話すのもと思ったレオニートは、エカテリーナに里帰りさせて、その事を父母と兄に話して来させた。
二人はとても驚いていたが、それ以上に、これまでこちらが言う事に何の興味も示さなかった兄が、驚いたように立ち上がって、言った。
「…曾祖父様は、ヴァンパイアの皇子であられたのか。」
エカテリーナは、急にハッキリした口調で、しっかりとした視線を自分の向けて話す兄にドギマギしながら、頷いた。
「はい…あの、イラリオンという名は誠でございました。曾祖父様はそれだけを記憶なさっておいでだったと聞きましたが、それもサイラス様が確認なさるのに決め手となりました。抱かれておったという、母の女神の名はアデラと仰るようで…サイラス様の妃であられたのです。」
イラリオンは、愕然としている。
父のイワンが、言った。
「…どうした、これまで何にも興味もなさげで口を開きもせなんだのに。心の病で、回りをハッキリ認識できぬのかと思うて諦めておったのに。」
イラリオンは、イワンを見た。
「父上、母上、申し訳ありませぬ。我は…世を儚んで死ぬことばかりを考えて来た三百年で。なぜにこれほど長く生きているのか、分からぬ心地であったのです。ならば…話さねばならぬのやも知れませぬ。サイラス様に、申し上げておかねば…。」
エカテリーナは、困惑した顔をした。
「ですが…いったい、何を?お兄様、これまでご遠慮しておりましたが、何かお有りになりましたか。王は何もおっしゃいませぬが…もし、何か不都合があるようならば、我の親族であられるのですし、王にはお話しておかねばなりませぬ。」
イラリオンは、エカテリーナを見た。
「長らく主には心配を掛けたの。分かっておる、これまで何があってもと思うておったが、言わねばならぬ。が、サイラス様とレオニート様が揃う席で申し上げてよう。我は…己の責任を取らねばならない。とはいえ、案じられる…我からは明かさぬとアクサナと約したのに。」
イワンが、眉を寄せた。
「アクサナ?それはいったい、誰なのだ?」
イラリオンは、首を振った。
「その時に、まとめて申し上げましょうぞ。今はこれまで。」
イラリオンは、踵を返して屋敷を出て行った。
父母とエカテリーナは、顔を見合わせて何やら不安になったのだった。
イラリオンは、真っ直ぐにアクサナの墓地へと向かった。
あの時、ダリヤはどこにアクサナを葬ったのか教えてくれた。
それはアマゾネスの結界脇にある、ただの岩山の辺りだった。
この辺りには多くのアマゾネス達が居ると聞いていたので、しばらくは来られなかったここにも、ヴァルヴァラが王座に就いたと聞いた時にまた訪れるようになり、やっとアクサナと再会を果たした心地になった。
イラリオンは、そこへ降り立つと、根付けを握りしめて、言った。
「…アクサナ。我はヴァンパイアの末裔であった。王族の血筋であったのよ。やっと、我が何者であったのか分かったが…我らの娘は我の事など会いたいとは思わぬのだろう。未だ訪ねて来る様子はない。だが…このまま終わりかと思うておったのに、ヴァンパイアの王がやって来る。我は、王族であるゆえに己の血筋に繫がる者を、どうしても王にはお伝えせねばならぬ。いずれご迷惑をお掛けしてしまうやも知れぬゆえ。約束を違えてしまうやもだが、とりあえず娘にだけは秘してもらうよう、お話してみようぞ。我が妹は王妃である故な…主があの折申した通り、コンドルの王は良い性質の神ぞ。あの神を煩わせることは、我にはできぬ。」
風が、サワサワと流れて行く。
イラリオンは、そこに膝をついた。
「主が生きてここにおったなら。我は主を娶ってヴァンパイアの城へ共に隠してもろうただろうに。アマゾネスも追っては来ぬ。今なら…共に暮らす事もできたのにの。」
イラリオンは、涙を流した。
もっと早く、これが分かっていたなら。
アクサナは不自由な立場で自分から離れていなくても良かったのだ。
王族の自分なら、アクサナを保護して結界に囲う事ができたのに。
だがそれも、もう遠い夢だった。
…何も持たない我を愛して、守ってくれた女神。
イラリオンは、そこにじっと膝をついていた。
「アンジェラ!」ハッと訓練場で振り返ると、ダリヤが急いで飛んで来ていた。「こちらへ!話したい事がある!」
何事かと回りの軍神達が驚く中、アンジェラは落ち着いて言った。
「何事よ、ダリヤ。」と、皆を振り返った。「このまま訓練を続けよ。」
皆は頷いて、それぞれの立ち合いを始める。
アンジェラは、声を落として言った。
「…何ぞ。何かあったか。」
ダリヤは、同じように声を落として頷いた。
「主の父ぞ。」え、とアンジェラが目を丸くすると、ダリヤは続けた。「結界の見回りに行ったら、遠くあの墓場の辺りに影があって、まさかと見たら、主の父が来ておった!恐らくまだ居るはず。今なら会えるぞ!」
合同訓練は、来月の予定だ。
その時に、会うのだと覚悟を決めていたのだが、今その父は母の墓に来ているのだ。
「…参る!」アンジェラは、飛び出した。「行って参るゆえ!」
ダリヤは頷いて、アンジェラを見送った。
アンジェラは、必死に飛んだ…父が居る。母が愛して守り抜いた、父が…!
そこに到着すると、父らしい男はじっとその場に膝をついて、目を閉じていた。
服は良い物を着ていたが、髪は伸びるがままに任せたような状態で、整えている様子もなく、どこか疲れた様子に見える。
アンジェラが、気取られぬようにそっとその後ろに降り立つと、その男は背中を向けたまま、言った。
「…我を拐うのは無理であるぞ?」え、とアンジェラが気取られていると驚いていると、男は続けた。「我の方が気が強い。これでも剣術には長けておる。」
アンジェラは、その低い声に涙が出そうだった。
これが、我の父上なのか。
「…父上。」え、とその男は振り返った。「父上でありましょう。我はアンジェラ。アクサナのただ一人の娘でありまする。」
振り返ったその男の瞳は真っ赤で、アンジェラよりは濃い色だった。
こんな様子だが、よく見ると確かにかなり美しい神で、年若いときでもその片鱗はあっただろう。
その男は、言った。
「…アンジェラか。」と、立ち上がって、その手を握った。「…確かにアクサナにそっくりぞ。色は我だが…あの赤子が、このように育っておったのか。」
アンジェラは、涙を浮かべた。
「はい。」と、頭を下げた。「申し訳ありませぬ。つい先日まで、何も知らされずに生きておりました。父は居ないものなのだと…ですが、ダリヤに問い質して。やっと知ったのでございます。父上…母上は、確かに父上を愛しておられたのだと思いまする。我を見て、その色が慕わしく思うとよう申しておりましたので…。」
イラリオンは、何度も頷いてアンジェラを抱き締めた。
「そうか。そうか…主は、我を疎ましくは思うておらなんだか。会いたいとずっと思うておった。だが、アクサナと約しておったゆえ…会いに参る事は出来なんだ。すまぬの、父も知らずに生きる事になってしもうて。主に会えて、これよりのことはない。アンジェラ…誠に良かった。」
アンジェラは、抱き締められて驚いたが、その胸の温かさに目を閉じた。
父上…我は望まれて生まれたのだ。
そう思うと、母がより一層恋しく思えたのだった。




