アマゾネスの城
ヴァルヴァラは、今日も臣下達から政務の相談を受けて、その処理を終えて宿舎へと帰って来た。
一応、この城で次席軍神という地位につけられていて、部屋もそれなりのものを与えられている。
だが、ヴァルヴァラはエミーリアの愚かな様を見ているのが、ここまでストレスを感じるものだとは思っていなかった。
これまで、洞窟の中に建てられた小屋のような建物の中で、軍神達の報告を聞いて、その様を思い浮かべるだけだったが、思っていた以上にその様はイライラさせるものだったのだ。
何しろ、日がな一日遊んでばかりで、女王になった途端に領内の美しいと言われる男達を集めて己の前に並べさせ、好みの男を選んでは己の棟に囲い込んでいる始末なのだ。
だが、それらも紫翠や烙とは比べ物にならないと、すぐに飽きて放り出してしまう。
エミーリアがそんな様子なので、男達も選ばれたとしてもさっさと逃げ出して失踪し、軍神達が探し出す羽目になった。
が、軍神達も、少し残っていた忠実な何も知らない者でさえ、そんな様のエミーリアになど従いたくないと思っているので、探すふりをするだけで、見つからなかったと碌に探しもせずに報告し、放置している有様だ。
ヴァルヴァラもそんなばからしい仕事などしていられないと、そんな命令が来ても最近では無視することが多かった。
ヴァルヴァラが、自分の宿舎の扉を開いて中へと入ろうとすると、後ろから声がした。
「ヴァルヴァラ様。」
ヴァルヴァラは、振り返った。
そこには、アンジェラが立っていた。
「アンジェラか。どうした、何かあったか。」
アンジェラは、ため息をついた。
「また美しい男を探して来いとの命を受けて。とはいえ、美しくないと気にらぬと暴れるので、本日はもう暗くて無理だと答えて戻って参りました。」
ヴァルヴァラは、フッと苦笑した。
「誠に愚かな女よ。知らぬ間に、外堀から埋められて行っておるのを感じぬのか。あやつが王座に就いて、何度会合に出たのだ。臣下はとっくにあれを諦めて、我にばかり頼っておるのにの。」
アンジェラは、頷く。
「あそこまで愚かであるとは思いもしませんでした。そも、紫翠と烙に狂うてしもうてから、更に磨きがかかっておかしいのですよ。あそこまで、男男という女ではありませなんだ。少しは立ち合いや、政務のことにも通じてはおりましたものを。己が誠に欲しい相手が、己を望まぬことがあれほどあれを狂わせるものでしょうか。」
だが、アンジェラはその答えを知っていた。
烙は、そんな命なのだ。
アイーダも然り、なのでこれはどうしようもなく、しかしそれが、ヴァルヴァラにとって良いように働くのなら問題はないだろう。
ヴァルヴァラは、答えた。
「我には分からぬ。が、紫翠も烙も、それだけ美しい男であるのだな。主は側近くに居ったのに、よう懸想もせずにおったものよ。」
アンジェラは、下を向いた。
「我は…別に。烙は、美しいだけの男ではありませんでした。あれだけの男は、恐らく他には居らぬでしょう。我はそれでも心を動かされなかったのですから、これより他の男に興味も湧かぬだろうと思います。」
烙は、そもそも烙ではなかった。
アンジェラは、思っていた。
最後のあの時に、自分は神とは相容れない、と烙は自分にだけ明かしてくれた。
そして、自分が烙ですらないことも。
烙が神の誰とも接することができない神だと言うのなら、アンジェラとて他の神など考えることはないのだ。
そう、アンジェラは思っていた。
今になって分かるのは、自分は烙を想うていただろう。
この事は、アンジェラは自分の心の中に収めて、誰にも話していなかった。
そんなアンジェラの心を知らず、ヴァルヴァラは言った。
「…が、そろそろ時か。」え、とアンジェラが顔を上げると、ヴァルヴァラは続けた。「もうすぐ大会合の準備を始めねばならないのだと臣下が本日申していた。この9月、島では長月と申すそうな。その月の半ばに、この地の上の神の王が全て島の龍の宮に集まるのだとか。その折、エミーリアでは心もとない。そも、あれではならぬとさすがに外の神が侵攻して参りそうな気がする。臣下も、暗に我が王座にあったらとほのめかし始めた。潮時ではないかと思うのだ。」
遂に…!
アンジェラは、ヴァルヴァラの前に膝をついた。
「我が女王の御為に。我ら、エミーリアを討って参りましょう。」
ヴァルヴァラは、首を振った。
「主らに頼まぬ。」アンジェラが驚いた顔をすると、ヴァルヴァラは続けた。「我が。正当に王座を奪うのだ。明日、我が命じたら訓練場にエミーリアを連れて参れ。美しい男を揃えたとか申せば、嬉々として参ろうぞ。そこで、我はエミーリアに決闘を申し出る。王座を賭けての。」
アンジェラは、頷いた。
「は。では、アイーシャとアナスターシャにもそのように申し伝えます。他の軍神達にも、根回しは済んでおりますので。後は、明日。」
ヴァルヴァラは、二ッと笑った。
「やっとであるな。だが、ここからぞ。我が王座に座ってから。外の神との戦いが始まるのだ。必ずや、認めさせてみせようぞ。主らに後悔はさせぬ。」
アンジェラは、フッと笑って答えた。
「もとより、ヴァルヴァラ様を疑ったことなどございませぬ。仰せの通りに。」
そうして、アンジェラは足取りも軽くその場を離れて行った。
恐らく、ヴァルヴァラの決断を知らせに行ったのだろう。
ヴァルヴァラは、険しい顔をしてアンジェラを見送ると、微かに震える手でノブを回して扉を開くと、自分の部屋へと入って行った。
そして、白紙の巻き紙を手に取ると、それを開いて書状を書いた。
それは、エミーリアが城の中でどんな様なのか、それを知らせる書状だった。
次の日の朝、ヴェネジクトがヴァルラムの部屋へとやって来た。
「王。アマゾネスの次席軍神ヴァルヴァラから書状が参りました。」
「ヴァルヴァラから?」
ヴァルラムは、ヴェネジクトの手からそれを受け取った。
それを開いて見ると、中には美しい文字で、城でのエミーリアの様子が事細かに書かれてあった。
そして、その最後には、このままでは臣下達が謂れのない理不尽な命に従わねばならず、特に今部屋に集められて囲われている男達を解放するためには、討つ事もやむなしと思っている、と記されてあった。
エミーリアは、誰の説得にも従わず、政務もせずにそんな事ばかりを命じているのだ。
その上、同じ内容をマトヴェイとエフィムに向けて知らせると報告もしてあった。
ヴァルラムは、息をついた。
「…知っておった。どこまで臣下が我慢するのかと思うて見ておったゆえな。が、わざわざ我に知らせて参ったということは、こんな現状であるから手出しはするなということであろうの。こやつは賢しいのだ。きちんと大義名分を付けて、勝手に突っ走ることなどない女なのだろう。こうやって知らせて参ったからには、我とて外から何某か言えぬ。まして、干渉することになった原因の、奴隷制を彷彿とさせる今の王の様を見せられてはの。しかも、こやつはエフィムにも知らせを送っておる。抜かりのない奴よ。」
ヴェネジクトは、頷いた。
「とはいえこれが王になれば、恐らくあの地は安定するでしょうな。もとより分かっておったこと。エミーリアでは王として機能せぬし、このままにはなるまいと静観しておったのではありませぬか。」
ヴァルラムは、頷いた。
「その通りよ。我らはあんな面倒な民の土地など要らぬからの。まあ、お手並み拝見といこう。とりあえず、この書状にはあい分かったとだけ返しておくが良い。それでアヤツは問題なくエミーリアを討つだろうて。我らが見たいのは、その後のことぞ。どこまでやるのか、見ものよな。」
ヴェネジクトは、頭を下げた。
「は。ではそのように。」
ヴァルラムは出て行くヴェネジクトを見送りながら、ため息をついた。
思ったより早く、あの土地は動いてくれるようだ。
大会合に間に合うだろうと維心が言っていたが、確かにその通りだったようよ。