面通し
サイラスの事を一番知っているヴァルラムがあまり期待していないようだったので、恐らくサイラスは来ないだろうと皆思っていたのだが、予想に反して侍従に連れられて、サイラスは来た。
むっつりと不満げだったが、それでも島の最上位の王達が並ぶ檀上へとやって来ると、そこへどかりと音を立てて座った。
「…なんぞサイラス、来ないかと思うたわ。」
炎嘉が言うと、サイラスは炎嘉を睨んだ。
「最初はなぜに行くかと思うたが、この侍従が、来ないなら維心殿から来るとか申すからぞ。押し掛けられたら堪らぬわ。」
だから来たのか。
ヴァルラムが、言った。
「主な、常気まぐれであるが我は慣れておるしもう、この際良いが、なぜに昔を思い出すとか申すのよ。来る前は機嫌ようしておったのに、突然に引き籠りになられたらこちらも戸惑うわ。」
サイラスは、ヴァルラムを睨んだ。
「別に我一人が居らぬでも宴は回ろうが。まさかそんなことでわざわざ呼び出したのか?」
それには、維心が答えた。
「そうではない。別に主が居らぬからと我らは困る事もないし、本来放って置いても良いのだがの、主に確かめてもらわねばならぬのよ。ゆえ、ここへ呼んだ。主にしか分からぬことぞ。」
サイラスは、ジトッとした目で維心を見上げた。
「…我にしか?何の事ぞ。」
炎嘉が説明した。
「こちらはイゴールのゴタゴタで妃の身元がハッキリしないというのに、もう懲りておっての。聞いておったらレオニートの妃のエカテリーナがはぐれの神出身であるとかで。」
サイラスは、今度は炎嘉を軽く睨んだ。
「我にははぐれの神に知り合いなど居らぬぞ。そも、夜行動するゆえ自然同族以外と接することが無いのだ。地下にははぐれの神も居らぬからの。闇なら別だが。」
炎嘉は、首を振った。
「話は最後まで聞かぬか。気になったゆえレオニートより詳しい事を聞いてみると、そのはぐれの神は戦でコンドルの結界脇へと逃げて来た家族だったが、元は他の場所で穏やかにやっている集落の住民だったとか。その初めが、エカテリーナの曾祖父に当たる男でな。そやつの記憶では、母親の腕に抱かれて逃げておって、そのうちに転がり落ちて木の洞の中で気が付いたらしい。それで、母親を探して出て参ったら、母親は既に枯れ木のようになって死んでおり、泣いておった所へその集落の神が通りかかって、拾われたということだ。まだ幼い頃のことで、詳しい記憶は残っておらぬ。父親の名とか母親の名とか、そんなものも出て来ておらぬ。が、レオニートと話しておってその曾祖父が拾われた時期が、今から1200年ほど前なのだ。」
サイラスは、両方の眉を上げて、ヴァルラムを見た。
ヴァルラムは、頷いた。
「そうなのだ。もしかしたら、主の種族がイリダル…ではなかった父のイサークに追われて、その子が残っておったのではと思うての。そも、主はその気配を気取って昔を思い出したとか言うておったのではないのか。」
サイラスは、顔をしかめた。
「はあ?それは知らぬ。そもそもエカテリーナとかいうレオニートの妃には会った事もないゆえな。我が思い出したのは…何やら、気配というより匂いのような。昔の、空気を感じた気がしたのだ。昨夜の宴の席での。夜の匂い、森の中の…皆が追われて、それを助ける事も出来なんだあの時の匂いを感じての。匂いの記憶とは残酷なものぞ。忘れておるように思うておっても、鮮明に脳裏に蘇って来て体が震えるようだった。ゆえ、我は宴なんていう心地にはなれなんだのよ。またそのうち忘れる。」
匂いの記憶とは確かに強い。
維心も、それは分かった。
血の匂い、泥の匂いに戦場が蘇って来る事もあるし、香と甘い特有の匂いに維月を思い出す。
様々な記憶が匂いと共にあった。
まして、サイラスは一度一族の大半を失ったのだから、その時の記憶は鮮烈だろう。
「…またあの宴でそんな匂いとは解せぬが…まあ、しかし今はそんな匂いはせぬだろうが。」
サイラスは、クンクンと空気の匂いを嗅いだ。
「…まあ、ここにはそんな匂いはない。」
炎嘉が、言った。
「ならば王の務めを果たせ。恐らくエカテリーナの血には、遠くヴァンパイアがあるはずよ。それを探って欲しいのだ。」
サイラスは、渋々頷く。
「ならばこれへ。其奴が長らく苦労した我が眷属の末裔ならば、我とてその家族を保護せねばならぬ。本神達は知らぬのだろうがの。」
維心が脇の侍従に頷きかけ、侍従は今度はレオニートの所へ歩いて行った。
それがレオニートと話しているのを見て、サイラスが顔をしかめた。
「あの侍従はなんぞ。ただの侍従にしては迫力のある言葉を使いよるし頭が回る。ここへ来ねば殺されるかと思うたわ。」
維心は、苦笑した。
「うちの筆頭の鵬の孫の誠よ。いくら高い序列の筋でも、等しく最初は侍従から始めるのだ。そして序列を上げて行く。あやつは優秀であるから、もう我の側に控えることを許される侍従になっておるのだ。そのうちに鵬と共に政務を担う事になろうな。」
サイラスは、フンと鼻を鳴らした。
「道理で小賢しいはずだわ。」
その誠は、レオニートとエカテリーナを連れてこちらへ戻って来る。
エカテリーナは戸惑っていたが、レオニートがそれをなだめるように視線を向けてから、言った。
「…サイラス殿がエカテリーナに用があるとか。」
サイラスが、手を振った。
「我というよりこやつらは我の出す結果を知りたいのだ。」と、エカテリーナを見た。「それが主の妃か。」
レオニートは、頷いた。
「はい。エカテリーナと申しまして。」
エカテリーナは、少し震えながら、サイラスに頭を下げた。
「サイラス様。エカテリーナでございます。」
サイラスは頷いて、ハッとした顔をした。
そして、ジーッとエカテリーナを見つめた。
エカテリーナは、あまりにもサイラスが凝視するので驚いて、隣りのレオニートにどうしようと視線を向けたりしている。
皆が固唾をのんで待っている中で、サイラスはただジーッとエカテリーナを見つめ続けた。
「…長い。」焔が言う。「どうなのよ、わからぬのならそれでも良いから、何か言わぬか。そうだとかそうではないとか。」
サイラスは、我に返った顔をして、焔を見た。
「我が眷属ぞ。」え、とレオニートとエカテリーナが目を丸くすると、サイラスは手を差し出した。「エカテリーナ、我が手を取れ。」
エカテリーナは、戸惑いながらレオニートを見る。
レオニートは、同じく戸惑いながらも頷いた。
エカテリーナが恐る恐るサイラスの差し出された手に手を乗せると、サイラスはその手をグッと握った。
そして、小刻みに震えながら、言った。
「…主の、曽祖父の名は。」
エカテリーナは、サイラスの何やら切羽詰まった感じの雰囲気に少し怯えていたが、答えた。
「は、はい。イラリオンと申します。」
サイラスは、目を見開いた。
「確かか?!」
エカテリーナは何度も頷いた。
「はい。忘れぬようにと、兄には同じ名が付けられておりますので、忘れるはずはありませぬ。曽祖父が唯一覚えていたのが、己の名だけだったので…いつか、知る神も現れようと。」
サイラスは、愕然とした顔でエカテリーナの手から手を離す。
炎嘉が、せっつくように言った。
「何ぞ?イラリオンが誰か知っておるのか?主の臣下の子か。」
サイラスは、まだエカテリーナの顔を見つめていたが、呟くように言った。
「我の子。」え、と全員が驚いた顔をする中で、サイラスは続けた。「こやつには遠く我の気を感じて…まさかと思うたのに。イラリオンは我が第一皇子。死んで見付かった我が王妃はアデラぞ。」
ならばヴァンパイアの王族なのだ。
レオニートとエカテリーナは、顔を見合わせている。
サイラスは、まだエカテリーナを見つめていた。




