真実は
「アナスターシャが死んだ夜に、アイーシャから打ち明けられました。」アンジェラは、正直に言った。「アイーシャは、ヴァルヴァラ様が知らぬということが、ヴァルヴァラ様を守ると言いました。我もその通りだと思い、畏れ多くも黙っておりました。申し訳ありませぬ。」
ヴァルヴァラは、歯ぎしりをした。
王であるのに、己の眷族が何をしていたのか、全く知らされていなかったのだ。
それを守るというのなら、女王とはいったい何なのだろう。
「…守るとは何ぞ。」アンジェラとアイーシャが顔を上げると、ヴァルヴァラは続けた。「我は主らの女王ではないのか。それではまるで子供ではないか!この事実を知らぬで他の王達に知らされる、我の心地が主らに分かるか!恥でしかないのだぞ!しかも…龍王は温情で、全て調べてとっくに知っておったのに黙っておったのだ!此度のこと、我が調べて報告すると申しても、もう良いと言われたわ!要は、全く期待されておらぬのだぞ?!主らが王だと申すから、我は王となった。が、そんな扱いを受けるのならば、もう王座など要らぬ!主らのうちの、誰かが王座につけば良いのよ!」
ヴァルヴァラは、そう叫ぶと己の結界を破り、その場から飛び出した。
「女王!」
ヴァルヴァラがそんな反応をすると思っていなかったアイーシャとアンジェラは、急いで後を追おうとするが、本気のヴァルヴァラの速さは並ではない。
瞬く間に視界から消え去ったヴァルヴァラを、茫然と見送った二人は顔を見合わせた。
「…だから言うたのに。女王に隠し事など…ヴァルヴァラ様を傷つけてしもうた。」
アンジェラが言うのに、アイーシャは項垂れた。
「まさかあのように思われるとは。我の処刑をお命じなって、それで終わりかと思うたのに。我は…女王に失礼な事をしてしもうたのか。」
アンジェラは、頷いた。
「女王を守ろうと隠していたことが、女王を信頼しておらぬと思われたのやもしれぬ。許しを乞わねばならぬが…今は、恐らく話を聞いてはくださらぬ。落ち着かれて、お部屋へ戻って来られるのを待つしかない。」
アイーシャは、重い体を起こして立ち上がった。
「…お待ちしようぞ。この上は、ダリヤが隠しておることも、話させた方が良いか。」
そういえば、別動隊がダリヤなのだと言っていた。
アンジェラは、頷いた。
「それはそうだと思うぞ。本当に許しを乞うのならば、これ以上隠し事はならぬ。だがダリヤはいったい何を知っておるのだ?」
アイーシャは、息をついて首を振った。
「それは我も知らぬのだ。言うたであろう、我らはそれぞれ違う秘密を隠し持っておるのだ。そうすることで、発覚した時皆殺しを避けることができるゆえ。果たしてヴァレーリア様があれに何を命じておられたのか…それとも、主の母の方が命じておったのやもしれぬ。主の母のアクサナの下についておったからな、ダリヤは。」
そういえばそうだったかもしれない。
何しろ、子供の頃のことでよく覚えていないが、ダリヤは若い頃母の命をよく聞いていた。
母は美しい人で、自分は黒髪で目が薄っすらと赤いような茶色のような色だったが、母は全く違う金髪に、緑の瞳の女性だった。
子供のアンジェラが母上のような髪の色が良かったと拗ねた時には、母は笑ってこう言った…我は主の色が慕わしいと思うのだ、と。
ヴァルヴァラが母のヴァレーリアにそっくりの金髪なのが羨ましかったが、瞳は自分とよく似た赤い色を帯びていて、そこが密かに嬉しかった。
が、自分とヴァルヴァラの、父親が同じだったとこの前聞かされて、自分達が姉妹であったからなのだとその理由を知り、アンジェラは複雑だった。
この知った秘密は墓場まで持って行こうと思っていたが、この様子ではなぜに隠していたのだと言われてしまいそうで、明かした方が良さそうだ。
しかし、今のヴァルヴァラは全てを拒絶する心持ちであるようなので、それは機を見てからにしよう、と、項垂れるアイーシャと共に、ヴァルヴァラの控えの間に向けて、飛んで行ったのだった。
宴の席では、ヴァルラムが維心達の席に呼ばれて座ったところだった。
炎嘉が、矢継ぎ早に言った。
「主に聞きたい事がある。主の地で1200年ぐらい前というと、何があった。」
ヴァルラムは眉を上げた。
「1200年前?なぜにそんな事を聞く。」
維心が、言った。
「レオニートの妃がはぐれの神の出身だと我らは知らぬでいた。ソフィアの事があったばかり、気になっての。その曽祖父という神が、何かから逃れた母親を亡くしてはぐれの神に拾われたのがその始めなのだと今レオニートに聞いたところ。よくよく聞くと、それは1200年ほど前のことらしく、その母親がいったいどこの誰なのかと思うて聞いておるのだ。」
ヴァルラムは、合点がいったようで、頷いた。
「そういうことか。1200年前と言うと、まだあちらでもごたついておった頃。ほぼ我が統治していたが、ベンガルなどはまだ抵抗しておった頃よな。その頃ヴァンパイアとベンガルが戦をしておって、サイラスは地下に潜って今の生活を始めた。ヴァンパイアがベンガルの膜に囚われて難儀しておった時代よ。」
維心は、頷いた。
「主がサイラスを助けたのもその頃か。」
ヴァルラムは、頷く。
「調べてヴァンパイアが生き血を摂取するためにあの辺りの神を軒並み襲っておったことを、知ったからの。ドラゴンも被害に合い始めて、無視できぬようになった。それで現場を押さえて、それがベンガルの膜に囚われて、気をその方法でしか取れなくなったからなのだと分かった。ゆえ、我は主らも知る方法でサイラス達を救い、それからサイラスと友として共に戦うようになった。お陰で完全に統治することができたのだ。それは昔、主らと交流を始めた時に、イリダルの襲撃に合って全て話したよの。」
炎嘉は、頷いた。
「それがその頃のことか。ということは、エカテリーナの曽祖父は、ベンガルかヴァンパイアなのでは。」
維心が、考え込む顔をした。
「…だとしたら、ヴァンパイアの方ではないか。」炎嘉が問うように眉を上げるのに、維心は続けた。「その母親の死に様ぞ。志心も言うておったが、普通の死に方ではない。枯れ木のようになるのは、気を摂取できぬで死んだと思われる。その曽祖父は母親から離れて木の洞の中に居たゆえイリダルの父のイサークに見つからなんだのだろう。だから生き延びた。そう考えた方が辻褄が合う。」
ヴァルラムは、頷いた。
「確かにそうよ。とはいえ…」と、エカテリーナの方を見た。「…サイラスとは付き合いが長いが、エカテリーナは何代にも渡り他の血が混じっておって、仮にヴァンパイアの末裔だとしてもかなり薄い。我にも気取れぬ様ぞ。」
志心が言う。
「ならばサイラスに面通しさせてはどうか?いくら薄まっておっても、己の眷属の血は王は気取れるもの。まして…あの薄っすら赤いような瞳は、ヴァンパイアに多いものぞ。他ではあまり見ぬ。ルシウスと、たまに維月ぐらいぞ。」
ヴァルラムは、頷いた。
「そうだの。しかし…」と、また後ろを振り返った。「…サイラスは昨日の宴からおかしいのよ。何やら昔を思い出すとか言うて。ゆえに今もここに居らぬだろう。昨日接したのは北の神ぐらいだし、それはいつも接しておって何ら特別ではない。変わったことと言うたらヴァルヴァラだったが、あやつとは話もせなんだし、そもそも側に行く事もなかった。何があやつの心を乱しておるのか、我にも分からぬで。」
維心は、眉を寄せて言った。
「…理由を聞くべきぞ。」と、側の侍従に言った。「サイラスをここへ。我が話したいと。」
侍従は、頭を下げる。
ヴァルラムは、息をついた。
「来れば良いがな。あやつは何しろ主であろうと我であろうと気が向かねば出て来ぬ。」
「来てもらわねばなるまい。」維心は、言った。「来ぬのなら押し掛けるまで。とにかくあやつに話を聞かねば。」
侍従は、出て行った。
サイラスが来るのかどうか、誰にも分からなかった。