また宴
炎嘉が、息をついた。
「…とにかく、この件はこれで終いぞ。維心が言うように、これ以上ベンガルが利用されたという事実が広まるのは良うない。あの七夕の事件の時も、直後に分かったのはソフィアが関係しておることだったが、我らは堪えて公にせなんだ。何故なら、その時点ではイゴールに責があると断じられるのはイゴールだったからぞ。その後、よくよく調査したらアマゾネスの仙術ではとなり、アマゾネスはアマゾネスで代替わりが重なって罪に問える状態ではなかった。ソフィアの術だけでも消そうと励み、それは消えて術者も思わぬところで処理できた。ならばそれで良いと、我らは思うたまで。これ以上はベンガルにもアマゾネスにも傷が深くなるばかりぞ。何も良いことはない。ここは退くが良い、イゴール。ヴァルヴァラも、責任を取ろうという気概は立派だが、証拠も残っておらぬのに、どうやって軍神の精査を進めるのよ。後々のことを回りも合わせて考えて、目を瞑るのもまた王ぞ。我らは、何も面倒を起こした神を全て排除しようと思うておるのではない。世界を乱さぬよう、一人でも多くの神を残していける道を考えておるのだ。ゆえに、主がこの件について納得しておらぬのなら内で調べれば良いが、それをわざわざ外に知らせぬでも良い。これから、己の治世で二度と同じ事がないように、予防に努めるのだ。分かったの。」
ヴァルヴァラは、頭を下げた。 「は…。誠に申し訳なく、恥ずかしさのあまり顔を上げられぬ心地でございます。」
ヴァルラムが、息をついてイゴールを見た。
「イゴールも。ここまで考えておってくれたのだぞ。ソフィアの腹に玉を埋めた奴は確かに悪いが、それがそこにあるのに気付いておって、しっかり調べておかなかった主にも責はある。主があれほど疎んじたアマゾネスの結界で育ったベンガルであるのに、本来もっと警戒して娶るなどあり得ぬことなのだぞ。その上未知の何かを腹に抱えておるのに…さっさと我らに相談しておったなら、もっと早く発覚しておったやも知れぬ。そうしたら、龍の宮での事件は起こらなかった。甘かったのだ。ソフィアは幸い今は幸福にしておるようではないか。これ以上を望むでない。」
アルファンスが、イゴールの肩に手を置いた。
「イゴール…控えに戻ろうぞ。我も付き合う。話を聞いてやるゆえ。」
フレデリクも頷いた。
「我も。水臭いではないか、そんな事になっていたなら相談してくれたら良かったのに。」
マトヴェイも、言った。
「ならば我も。」と、エフィムを見た。「主はヴァルヴァラと居てやるが良い。我はイゴールの控えに参るから。」
エフィムは頷いて、ヴァルヴァラを見た。
ヴァルヴァラはエフィムと視線を合わせて、頷く。
そうして、イゴールを気遣いながらアルファンス達はそこを出て行き、志心は言った。
「…我らは宴席に参ろう。この件はこれで終いぞ。」
維心も皆も頷いて、そうして島の神達も、やっと会合の間を出て宴の席へと向かったのだった。
島の最上位の席は、壇上と決まっていた。
そこでヴァルラム達とは分かれて、席に座ると蒼が言った。
「…イゴールの気持ちは手に取るようにわかりました。」皆が盃を手にして、蒼を見ると、蒼は続けた。「イゴールはソフィア…智里を諦め切れていないんです。何しろ、文が来てもソフィア宛となると、智里は我はソフィアではないのでと、突き返してしまうと聞いていて。智里が決めた事だし、オレは臣下の交友関係に口出ししないので何も言わないのですが。イゴールからしたら、持って行きようのない想いがああして出たんじゃないでしょうか。」
炎嘉が、息をついた。
「だからあの折申したのに。あれも分かっていたはずよ。もう、ソフィア…智里はイゴールなど想うてもいない、これまでも想うたことはないのだとの。今更追い縋っても、あちらには鬱陶しいとしか感じられぬだろうに。」
焔が、頷いた。
「複雑な気を発しておったものな。だが、だからといって己の眷属を守る責を忘れるのは間違いぞ。誰のために我らが黙っておってやっておると思うのだ。が…ヴァルヴァラには確かにアマゾネスの事は精査しておいてもらいたいの。別に報告とか良いから。何しろ、義心が居るし。」
維心が、苦笑した。
「こら。誰の軍神だと思うておるのよ。とはいえ、確かに精査はしておいてもらわねばな。これから先は容赦せぬ。あやつが王座に就いてからのことは、遠慮なく言わせてもらうつもりよ。何にしろここからよな。」
志心は、談笑する他の王達を壇上から眺めながら、言った。
「…妃を連れて来ておる者達も居るようよ。そういえば、維月達は?まだ来て居らぬな。」
維心は、言った。
「そろそろ来るのではないかの。会合がいつ終わるか分からぬから、終わったと言うて行くまでは好きにしておれと申してあるのだ。」
側に控えている、鵬が言った。
「王、王妃様は上位の妃の皆様と茶会を開かれておって。王がお出ましになられたので、侍女をやりましたしそろそろお越しになられるかと。」
維心は、頷いた。
「そうか。あれは回廊を歩いて来られるのかの。本日の着物もまた大層なものであったし、歩けるのかと着る前から申しておったのだが。迎えに行った方が良いかの。」
炎嘉が、顔をしかめた。
「ああ、行った方が良いかもな。何しろ我はここまでかなりの距離だし、維月が歩けぬと申して運ぼうとしたのが主の舞いの時のことよ。あの折もここでやっただろうが。どこかで行き倒れておるやも知れぬ。」
焔が、言った。
「我には無理だぞ?重すぎて持ち上がらなんだゆえな。逆に炎嘉はようちょっとでも運んだわ。感心する。」
維心は、立ち上がった。
「ならば迎えに…」と、出入り口を見ると、そこから維月が入って来た。「…お。来たようぞ。」
見ると、他に綾、多香子、杏奈と知らぬドレス姿の女神と共に、維月がこちらへ歩いて来た。
相変わらず正装のかなり豪華な装いだったが、回りを侍女達に囲まれて、それに補佐されながらやっとの事で歩いて来ていた。
そして、その後ろには十六夜がついて来ていた。
「え」蒼が、言った。「十六夜、来てたの?」
十六夜は、維月が転ばないように視線を維月に固定したまま答えた。
「こいつが回廊の途中でもう歩けないって叫ぶからよ。妃達は困ってるし、維心はそこに座ってるしオレが来たわけ。扉の前まで運んで来たんだよ。」と、維月がやっとの事で維心の後ろに座るのを見てから、言った。「あのな、重い。維心、もうちょい軽いのにしろよ。いつも言うけど。」
維心は、答えた。
「だからこれでも軽い方なのだ。かなり減らしたのだぞ?」
焔が言う。
「やはり十六夜には運べるのだの。我など持ち上げるのもやっとぞ。」
十六夜は、答えた。
「運べるけど正身の重さは変わらねぇからよ。重量は分からぁな。鎧かよ。」と、維月を見た。「じゃあオレは帰る。蒼が居ねぇから会議に出ててさあ、抜けて来たんだ。今頃恒が怒ってらぁ。」
維月は、頷いた。
「ごめんね十六夜、ありがとう。恒にもよろしく言っといて。」
十六夜は、頷いた。
「じゃあな。」
十六夜は、その場からスッと消えて行った。
維心は、維月を見て言った。
「今迎えに参ろうかと話しておったところであったのだ。やはり重かったのか。」
維月は、頷いた。
「はい。最初は大丈夫かと歩いておりましたけれど、やはり途中で疲れて参ってしもうて。奥宮近くの応接間で茶会をしておって、そこから参ったのですわ。本宮を出る回廊辺りでもう、どうにもできぬようになって、思わず十六夜に向かって叫んでしまいましたの。十六夜はすぐに来てくれたのですけど。」
まあ、十六夜ならすぐに来るだろうな。
維心は、頷いて妃達を見た。
「…それで、見慣れぬ女神が居るようよ。」
維月は、あ、と急いで言った。
「はい。あの、杏奈様の友であられるのですわ。私がお茶会に杏奈様をお誘いした時に、共に居られたので一緒にお呼びしましたの。」
杏奈は、隣りの女神と共に頭を下げて言った。
「レオニートの妃であられる、我の義妹のエカテリーナ様でございます。」
エカテリーナは、緊張気味に言った。
「エカテリーナでございます。初めてお目に掛かりまする。」
炎嘉が、驚いたように言った。
「おお、レオニートの妃か。そういえば、あれも気が付いたらすっかり大きくなっていて今では子も居るのだと。とはいえ、エカテリーナはコンドルではないような。」
箔炎が、頷いた。
「そうよな。我が眷属の気の色ではない。」
エカテリーナは、顔を上げて答えた。
「はい。我はかつて住んでいた土地を追われて、コンドルの結界脇に移り住んで来て…後に父や母、兄と共に我が王の結界内をお許し頂きまして、そちらで住みながら、侍女としてお仕えしておりました。そして、妃としてお側に置いて頂けるようになりました。」
ということは、はぐれの神?
皆が戸惑っていると、蒼が言った。
「杏奈が里帰りの度によくしてもらっている女神なんですよ。いろいろ事情があるようですが、戦の時に住んでいた場所を追われてコンドルの結界脇まで逃れて来ていたそうです。」
とはいえ、ソフィアの事があったばかりなので、もろ手を挙げて良い女神だとは言えない状況だ。
そこへ、レオニートが控えめに寄って来て、言った。
「あの、我が妃がお世話になり申して。」皆が振り返ると、レオニートは続けた。「姉上と共に維月殿に茶会に誘われておると侍女から聞いておりました。あちらに常、共に話す友の女神も居るので、あちらに連れて参りたいのですが。」
炎嘉が、ハッとしてレオニートを見て頷いた。
「ああ、連れて参るが良いぞ。妃は王の側の方が安心するであろうて。」
蒼が、気を遣って杏奈に言った。
「杏奈も、あちらには友も多いだろうし行って参って良いぞ。気楽に話して参るが良い。」
杏奈は、嬉し気に頷いた。
「はい、王よ。」
そうして、エカテリーナと共に微笑み合いながら壇を降りて行った。
志心が、言った。
「レオニート、ちょっと良いか。」
レオニートは、皆に会釈して踵を返そうとしていたところだったのだが、振り返った。
「はい。なんでありましょうか。」
炎嘉は、言った。
「ま、座れ。少しだけ話を聞かせてくれぬか。」
レオニートは驚いた顔をしたが、頷いて寄って来て皆の前に座る。
何やら、場には微妙な空気が流れていた。




