花見の席にて
今日は毎年恒例の月の宮での花見だった。
その日は必ず月の宮上空だけは晴れる。
維心がそうするからだった。
正月はいろいろとバタバタしていたこともあり、集まる事が出来なかったので、皆が楽しみにそこへ集まった。
志心の妃の多香子が年末に出産し、その子は皇子で間違いなく白虎であったので、臣下が大変に喜んで白虎の宮は今、大変に明るい様だ。
維心も維月と共に多くの品を選んで、祝いを贈った。
まだそれからそう時も経っていないので、多香子が来ないのではないかと思っていたが、出席すると返事が来ていたらしく、維月も楽しみにしていた。
志心の皇子は、志心の父である志幡と同じ名をつけたらしく、その期待のほどは見て取れた。
月の宮へと到着すると、蒼が到着口で出迎えてくれた。
「蒼。」維心が、輿から降り立って維月に手を差し出しながら、言った。「この度は久方ぶりであることよ。正月に集まれぬと焔が文句を言うておったが、あれは上機嫌であったのではないか?」
蒼は、苦笑した。
「はい。夜明けにやって来て驚きました。まだオレ、起きたばっかりだったから、大慌てで準備したんですよ。」
早い。
維心は、維月を輿から下ろして苦笑した。
「あやつは子供か。蒼が日が昇るまで寝ておるのは皆知っておることなのに。」
蒼は、答えた。
「いえ、最近は早起きなんです。夜明けに目が覚める事が多くなって。でも夜明けに来られたら確かに困ります。」
維月が、フフフと笑った。
「まあ、焔様ったら。他の方々ももうおつきになっておるの?」
蒼は、頷いた。
「うん。維心様が最後。」と、維心を見た。「ご案内致します。どうぞこちらへ。」
維心は、頷いて維月の手を取って歩き出した。
「時に志心は子を連れて参ったのか?まだ4月ほどしかならぬと思うが。」
蒼は、首を振った。
「いえ、お二人でした。乳母に任せていらしたようです。多香子に少しでも子育てから離れてゆっくりしてもらいたいと。」
確かに最初は大変だもんね。
維月は、思って聞いていた。
「そうか。そろそろ子の夜泣きも落ち着く頃であるし、しばし離れて妃同士話すのも良いだろうの。」と、維月を見た。「のう維月よ。」
維月は、頷いた。
「はい。私もこちらで仲良く多香子様と過ごしたことを思い出して、何やら心が浮き立ちますわ。行儀見習いにいらしておる間、とても仲良く過ごしておりましたから。」
ここで、多香子と友になった。
維月は、久しぶりに帰って来た月の宮で、癒されるようだった。
いつもの花見の席に到着すると、例によって上位の王達が、妃達を後ろに盃を手にして歓談していた。
まだ、焔は倒れていないようだ。
蒼、維心、維月がそこへ向かうと、妃達がそれに気付いて深々と頭を下げた。
炎嘉が、振り返って言った。
「おお維心。相変わらず遅いの。位が高いと最後に入らねばならぬから損よなあ。焔など夜明けから来ておったらしいぞ。」
維心は、維月を後ろに座らせて、空いた場所に座った。
「我はそこまで暇ではないわ。」と、志心を見た。「志心、めでたいことよな。主は珍しく会合を欠席しておってあれから会っておらぬから、祝いも申しておらなんだ。」
志心は、どこか疲れた様子で言った。
「志幡の奴が我か多香子にしか懐かぬでな。最初の三月は大変であったのだ。今は慣れて乳母でも問題ないゆえ、こうして花見にも出て来れたわけよ。多香子は己だけで大丈夫だと申したが、段々に痩せて参るし放って置けぬで。子育てなどしたこともなかったゆえ、面倒な性質なのではないだろうのと、最初は皆の祝いも素直に聞けなんだ。今はやっと安堵しておる。」
それは大変だわ。
維月は、思って聞いていた。
心なしか、多香子も疲れているようだ。
それでも、志心が放置することなく子育てに協力したと聞いて、何やら心が暖かくなった。
維心は、苦笑した。
「主が子育てとの。想像もつかぬが、それも良い経験ぞ。」と、維月を見た。「我とて維月が赤子になってしもうた時に、育てておったことがある。愛らしいので時を忘れたものだった。」
確かにあの時は、いろいろあった。
よく維心が子育てなどしてくれたものだと今でも思う。
何しろ己の子達は、全部乳母と維月に丸投げだったからだ。
「その時とは違おうが。」炎嘉が言う。「あれは維月であったからできたのだろう。己の子は育てた事がないくせに。あれだけ作っておいての。」
維心は、炎嘉を睨んだ。
「煩いわ。それだけ維月は大切なのだ。」
維心が拗ねてしまいそうなので、話題を変えようと維月が後ろから言った。
「焔様には去年は大変にお世話になりました。そのお着物がとても似合っておいでで安堵致しましたわ。」
焔が、微笑んで答えた。
「大変に気に入っておるぞ、維月よ。我が宮でも主の裁縫の腕に職人達が舌を巻いておったわ。しかも、万華であるし。」
炎嘉が、言った。
「誠にこれ見よがしに良い品で、最初一人きりで桜の下に座っておるのを見た時には、我も息を飲んだわ。焔であることを忘れて見惚れたぐらいぞ。着物一つで印象は変わるものよな。」
焔が、拗ねた顔をした。
「我であるのを忘れてとはなんぞ。一言多いわ。」
志心が、言った。
「拗ねるでない、焔。うちも万華の反物を多く祝いにくれておったゆえ、仕立ての者たちが争って仕立てたいと大騒ぎであった。最近やっと仕立てる奴が決まって、縫い始めたので我らは今日は着ておらぬのよ。本来、本日多香子と並んで披露したかったのにの。」
万華はそこまですごいのね。
維月は思って聞いていた。
蒼が、言った。
「うちも、維月が龍の宮へ戻る時に結納で山ほど万華を送ってくださったので、オレの着物も十六夜の着物も、碧黎様も天黎様も、王族はみんな最近は万華です。もちろん、もったいないので公の場に着る着物だけなんですけど、十六夜も碧黎様も、普段から着てて…こだわりがないんですよね。」
維心が、フッと笑った。
「もったいないなど申して使わねば、そのうちに我が職人達が腕を上げてさらに新しい形の万華を作り上げて型遅れになるぞ。十六夜が正解よ。普段に着れば良いのだ。我はそうしておる。」
維心様は龍王様だからね。
蒼は思ったが、何も言わなかった。
が、炎嘉が言った。
「あのな、いくらでも臣下が作って来るなら我だって普段から着るが、主の宮でしか生み出せないような布、普段から着ておられぬわ。どれほどの価値があると思うておるのよ。全く。」
志心が、笑った。
「妬むでないわ。まあ、我とて万華は普段から着てはおられぬがの。何しろ、維月が贈ってくれたものぐらいであるからなあ。誠に珍しいし、だからこそ良いのやもしれぬ。」
維月は、そっと脇の綾を見た。
綾は、維月が新しく贈った万華で縫った着物を着て来てくれていて、白に紫が透けて見えて、表面に金糸がちりばめられたその布が、それはそれは綾に似合っていた。
維月の視線に気付いた綾が、ふと維月を見て扇の上からにっこりと笑いかけてくれる。
維月が微笑み返していると、翠明が言った。
「…うちも、綾に維月がいつも贈ってくれるのだがの、本日着ておるのがそれ。我と並ぶとあまりにも綾が美しいので、見劣りがすると我が宮の職人達が困っておった。我に何を着せたら良いのだとの。」
翠明にも贈ったと思うけど。
維月が思っていると、維心が言った。
「主にも贈ったであろうが。綾の着物は維月が縫うが、主の着物は我が宮の職人が縫ったものぞ。それを着て並べば良いではないか。」
翠明は、むっつりと言った。
「だから我には豪華過ぎて、花見の席では浮くのだ。我より着物に目が行ってしまうわ。焔殿のように華やかな見た目であったら良かったのだろうが、我は地味であるからな。」
翠明様も、そこまで地味なお顔立ちではないけどなあ。
維月は思いながら、口を開いた。
「…翠明様にも、きっとお似合いになりますわ。次の宴などがあれば、是非に見せて頂きたいものです。確かに焔様は華やかなお顔立ちでありますが、翠明様も凛々しいお顔立ちであられるのですから。」
翠明が、眉を上げる。
綾が、横から翠明を突いた。
「だから申し上げましたのに。あちらも良いお色目で、王に合わせた趣味の良い物でしたわ。きっとお似合いになりましたわ。」
翠明は、ため息をついた。
「分かった分かった。次は袖を通すゆえ。」
翠明は、どうやら自分には自信がないが、綾を飾って楽しみたいだけらしい。
そんなこんなで花見の席は、楽しく歓談して進んで行ったのだった。