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猫犬と蝙蝠

作者: 高瀬

 これはむかしむかし、空にはまだ月が二つあって、ひとかたまりの大地の上で多くの国が争いあっていたころのお話です。


 ある国では魔獣と魔獣をかけあわせた合成魔獣(キメラ)とよばれる生き物の研究がおこなわれていました。獅子の頭に山羊の体、大鷲の翼と蛇の尻尾を持ち、空をとんで口から火を吐く……そんな神話の怪物と同じような強い魔獣を作ろうとしていたのです。


 とはいえどんな研究もまずはお試しからです。最初に産み出されたのは犬と猫をかけあわせた合成魔獣でした。黒い狩猟犬の頭と体に、白い猫の耳と尻尾を持ち、「猫犬」と名付けられたその魔獣は、一見すると凛々しく見えるのにじっくり見ると耳と尻尾が可愛らしくてそのアンバランスさがとっても和む、と研究員の間では好評でした。一応は魔獣ですから鋭い牙と鋭い爪も持っていましたが、たくさんの英雄や怪物が生きるこの時代では愛玩動物のようなものでした。


 とても可愛がられていた猫犬ですが、本来の目的である戦闘用の合成魔獣の研究が進むと段々と肩身が狭くなっていきます。そしてついには偉い人たちから猫犬を含めた戦闘力に期待できない初期型の合成魔獣は処分するように、という命令が出てしまいます。けれども、猫犬に愛着をもってしまった研究員たちはその命令に逆らって、こっそり「魔の森」と呼ばれる多数の魔獣が住む森の中に猫犬を逃してやることにしました。


 「絶対に人里に戻ってくるんじゃないぞ」と言われて森に放たれた猫犬は、その言葉に従って魔の森を奥へ、奥へと進んでいきます。とはいえ暗い森の中をひとりで歩くのは心細くて仕方がありません。仲間を探しながら森を進む猫犬は、やがて犬型の魔獣の群れを見つけます。それはブラックハウンドと呼ばれる、赤黒い毛を持ち、集団での狩りを得意とする魔獣でした。


「ワンワンワン(ねえねえ、ボクを群れに入れてくれませんか?)」

「バウバウバウ!(なんだこいつは?お前みたいな犬の出来損ないはお断りだ!)」


 猫犬は自分を仲間に入れてくれるよう頼みましたが、ブラックハウンドたちはけんもほろろです。断られてもめげずに猫犬がすがりつくと、怒って牙をむいて威嚇してきました。あわてて猫犬はその場から逃げ出します。


 次に猫犬が出会ったのは、シャドウリンクスと呼ばれる猫型の魔獣の家族でした。真っ黒な毛並みと鋭い爪を持ち、闇夜に隠れて獲物を狩るのが得意な魔獣です。


「ニャアニャアニャア(すみません、ボクを仲間に入れてくれませんか?)」

「シャー!シャー!シャー!(なんだいこの妙なやつは?あんたあたいらと同族じゃないだろ。あっちへおゆき!)」


 猫犬は勇気を出して声をかけてみましたが、あえなくシャドウリンクスからも追い払われてしまいました。


 犬型の魔獣の仲間にも、猫型の魔獣の仲間にもなれなかった猫犬は、またひとりでとぼとぼと森の奥へと歩いていきます。すると、何やら茂みの奥から争う音が聞こえてきました。こっそり様子を見てみると、猫犬と同じくらいの大きさの黒い大蝙蝠の魔獣をカラフルな小鳥型の魔獣の群れがつつきまわしていました。


「キィキィ(いたいよぅ、いたいよぅ)」


 どうやら蝙蝠が一方的にやられているようです。それを見てかわいそうに思った猫犬は蝙蝠を助けてあげることにしました。


「グルルルル!ガウガウガウガウ!(俺の獲物はどこだ!そこを動くな!)」


 実は、猫犬は狂暴な魔獣の声真似もできたのです。突然の大声におどろいた小鳥の魔獣たちはあわてて飛び去っていきます。一方の蝙蝠はこれで自分はいよいよおしまいだと思ったのかプルプルと震えています。猫犬はゆっくりと尻尾を揺らして無害だよとアピールをしながら蝙蝠に声をかけることにしました。


「ワンワンワン(きみ、大丈夫かい?さっきのはボクの声真似だよ)」

「キィキィキィ(えっ、そうなの?助けてくれてありがとう!)」


 蝙蝠の事情を聞いてみると、人里からこの森に逃げてきたものの同族は見つからず、動物の魔獣の仲間にも鳥の魔獣の仲間にも入れてもらえずにいじめられていた、という話でした。猫犬にもとても身に覚えのある話です。ですから、瞳に寂しげな色を浮かべながら身の上を語る蝙蝠を見て、つい放っておけずに猫犬は思わずこう言いました。


「それじゃあ、ボクと一緒に組まないかい?」

「えっ、それは助かるけど……いいのかい?」

「ボクも犬の仲間にも猫の仲間にも入れなかったんだ。だからきみの話が他人事じゃなくて」

「……ありがとう。うん、わかった。それじゃあ一緒に組もう!」

 こうして、猫犬と蝙蝠は相棒になりました。


 最初のうちは、それぞれが違う獲物を追いかけてどちらも逃げられたり、二匹で同じ獲物を同じ方向から追いかけて逃げられたりと、失敗ばかりしていましたが、やがてだんだんと息が合ってきて、安定して獲物を捕まえられるようになっていきました。特に、蝙蝠が空を飛んで獲物を探し、超音波で感覚を狂わせて足止めしたところを猫犬が牙と爪で仕留める作戦は有効でした。ほかの魔獣と揉めそうになったり、危ないときには猫犬の声真似も大いに役立ちました。

 

 魔の森で安定して暮らせるようになった二匹ですが、猫犬には一つ疑問がありました。

「クーン?(どうして蝙蝠は獲物の肉を食べずに血だけを飲むんだろう?)」

最初の頃は仲良く肉を分け合っていましたが、最近はどんな獲物を狩っても、蝙蝠は「キッキッ(わたしは血があればいいから、肉は猫犬が食べて)」と言って隠れるように血を啜ると、残りの肉は全部猫犬にくれるのです。


 そして、その疑問の答えはある日突然やってきました。いつもの作戦で獲物を狩って、蝙蝠がその血を啜っているところを他の魔獣に見られてしまったのです。


「コーン!コーン!コーン!(大変だ!吸血鬼がいるぞ!蝙蝠の姿をした吸血鬼がいるぞ!みんな集まれ!)」


 獲物を横取りしてやろうと姿を隠してこっそり二匹のあとをつけていたカメレオンフォックスは蝙蝠が血を啜るところを見るや否やその正体を察して、全力で駆け出すと大きな声で叫び回りました。この狐の魔獣は自分も擬態が得意なだけに、ほかの生き物の擬態を見破るのも得意だったのです。

 

 呼び声に応えて森中からたくさんの魔獣たちが集まってきました。実は魔獣と吸血鬼はとっても仲が悪いのです。吸血鬼を追い払うためということで縄張りを超えて色んな魔獣がやってきてしまいました。集まった魔獣たちに猫犬と蝙蝠はあっという間に囲まれてしまいます。


「ガオー!ガオー!(この吸血鬼め!正体をあらわせ!)」

「ギャギャ!ギャギャ!(言う通りにしろ!さもないとただじゃおかないぞ!)」

「ワ、ワンワン!(ちょ、ちょっと待ってよ!みんな一体どうしたのさ!)」


 魔獣と吸血鬼の不仲を知らない猫犬は蝙蝠をかばって、頑張って魔獣たちを宥めようとしますが、その興奮は止まりません。むしろ「クワッ!クワッ!(吸血鬼をかばうのか!)」と今にも猫犬にも襲い掛かってきそうな勢いです。


「そう、わかったわ。それじゃあ、わたしの真の姿を見せてあげる」


 静かにその様子を見ていた蝙蝠が一言つぶやくと、大蝙蝠の体が無数の小さな蝙蝠になり、そしてその蝙蝠たちが再び集まったかと思うと、そこには一人の美女が立っていました。病的なまでに白い肌、美しく長い銀の髪、妖しく輝く紅い瞳……そして何よりも薄紅色の唇から覗く白い牙がはっきりとその正体を示していました。


 正体を現した吸血鬼の存在感の強さを前に場には一瞬静けさが訪れましたが、よくよくその姿を見てみると髪は乱れ、肌には傷が残り、見事なデザインの漆黒のドレスも破れがあったり飾りが欠けたりと、手負いであることは明らかでした。それを見て好機と思った魔獣たちはより一層騒がしくなり、威嚇するように吠え立てます。しかし、吸血鬼がひと睨みして少し本気の「圧」をかけると、あっという間に静かになりました。手負いであっても軽々しく手を出すにはあまりにも危険すぎる存在だと理解させられたのです。


 周りが静かになったのを確認すると、吸血鬼は自分を守ろうとしてくれた猫犬にゆっくりと話しかけました。


「黙っていてごめんね、猫犬。わたし、本当は吸血鬼だったんだ。人間たちに負けて、この森に逃げてきたの」

「ニャ、ニャア……(び、びっくりした……)」

「もう、なんでそこで猫語になるのよ。本当にあんたって見た目は……いや、見た目もとぼけてるけど、中身もとぼけたやつよね」

 そう言って吸血鬼は微笑みを浮かべました。


「あんたのおかげでかろうじてこの姿に戻れるくらいには力を取り戻せたわ。ありがとね。ただの蝙蝠として一緒に過ごすのも悪くなかったけど、正体もばれちゃったし、あたしはここを去るわ。あんたも元気でね」

 なんでもないようにさらりと別れの言葉を吸血鬼は告げましたが、猫犬はその瞳に浮かぶ寂しさを見逃しませんでした。


「待って!それならボクも連れて行って!研究所で産み出されたボクに同族なんて絶対にいないんだから、それだったらキミと一緒に過ごしたいよ。それに何より、ボクたち相棒じゃないか。勝手に解消するなんて認めないぞ!」

「猫犬……!」

 猫犬の言葉を聞いた吸血鬼は嬉しくてたまりません。吸血鬼も本当は猫犬と別れたくはなかったのです。


「いいよ、それじゃ一緒に行こうか!」

 吸血鬼はそう言うや否や、勢いのままに猫犬を抱きかかえて空に浮かび上がると、あっという間に魔獣の森を飛び去りました。そのあまりの素早さに魔獣たちもただただ見送ることしかできません。


 勢いのままに森を飛び出した吸血鬼ですが、彼女には行く当てがありました。長く生きているだけあって、人々から忘れ去られた古城に心当たりがあったのです。古城にはちょっとした封印が施されていましたが、吸血鬼の姿を取り戻した蝙蝠にかかれば解除はあっという間です。人里や魔の森とは険しい山によって隔たれたその城は二匹が隠れ住むにはもってこいでした。お腹が空けば城の外に狩りにでかけ、天気が良い日は城の中庭で仲良く日向ぼっこをして過ごし、雨の日には大広間で蝙蝠が過去の話をしたり猫犬が研究所で聞いたお伽話を聞かせたりと、二匹は毎日を楽しく過ごしました。


「キィキィ(ねえ、猫犬)」

「ワン?(なぁに?)」

「わたし、すっごく幸せ!」

「ボクもだよ!」


 こうして、猫犬と蝙蝠は末永く幸せに暮らしました。そして一匹の合成魔獣に救われた吸血鬼の存在は、のちにとある出来事で大きな意味を持ちましたが、それはまた、別のお話で。

 蛇足としては一応「鳴き声()」は魔獣系言語での会話、普通の「」の会話は人間系言語での会話のつもりだったりします。

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