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ラッキー・ラビット・スリンガー

見かけはウサギ、中身は宇宙軍の凄腕パイロット、アレクサンドル・ラピデール。

行方不明になった未開惑星調査隊の創作任務に当たった彼は、観測ステーションを制圧した狂気の「魔術師」によって、ウサギのような姿に変えられてしまう。

魔術師の魔の手から逃げ延び未開惑星に落ちたアレクは、己に掛けられた呪いを解いて地球へ帰還するため、旅を続ける。

1,不幸なウサギの幸運の足


「話が違うじゃないか! 返答は、明後日の昼だと言ったはずだ!」


 それは抗議というより悲鳴に近かった。

 薄暗い酒場の中、開け放たれた戸口から差し込む日差しをはさんで、一人を取り囲むように三人が向き合う。

 低い背丈とだらしなく太った胴回りから、なけなしの勇気と威厳を振り絞る町長。

 その彼を取り囲むのは、筋肉と骨と、陰険さと嗜虐で膨れ上がった、ならず者だ。


「言ったよな? 待ってやるかわりに、俺らを楽しませろって」

「なのに、テメエらときたら、薄い酒と、まずい飯と、野暮ったいスベタなんぞよこしやがって!」


 別々の顔から、吐き出される完璧と言っていいほどに下卑た雑言。

 それは、身に着けた青と白の軍服のように、完全に規格統一された醜悪さだった。


「そもそも、悩むような話だったか? うちの国に入れ、税金を収めろ。そうすりゃ日々の暮らしを守ってやる。いいことずくめじゃねえか」

「うちの町は、ずっと自分たちだけでやってこられたんだ! そもそも守るって、いったい何から――」

「知るか! だがな、そうやって、大陸中の村や町を食らいながら、俺たちの帝国はでかくなってきだんだ。テメエらの都合なんて、はなから眼中にねえんだよ!」


 ならず者の顔は明らかに、楽しんでいるように見えた。

 自分たちの恫喝に、相手がうろたえて焦るさまを見て楽しんでいるだけ。口にした国是も、誰かから財貨を巻き上げる口実ぐらいにしか思っていない。

 この世界の統一をもくろむ『新星帝国』の末端を担う軍人

 

「というわけで、今すぐテメエは俺らと一緒に来い。臣従の手続きって奴をさせてやる」

「ま、待ってくれ! 頼むからせめてあと半日」

「半日だろうが一日だろうが何も変わりゃしねえよ! つべこべ言わずに俺らと」


 ガラン!

 ガラガラ、ガン!


 何かが音を立てて、戸口に近づいてくる。派手な音をよく聞けば、金属の塊が何かにぶつかりながら移動しているようだった。

 それは不規則に、だが確実に、騒音を立てて店の方へやってくる。

 そしてそれは、耳ざわりな音と共に、扉をくぐった。


「ここは……マブルカの町の、焼き魚亭で、間違いないか」


 誰も答えない。

 三人の軍服はもとより、町長さえも現れたその姿に、口を開けずにいた。

 全身を覆うマントと、金属の箱のような代物を片手で引きずっている。

 店の奥に視線を投げたそいつは、ゆっくりと状況を確認するように、顔をめぐらせた。


 薄暗い闇の中で、真ん丸な茶色い瞳が輝いている。

 背丈は子供ぐらいで、この場にいる誰よりも地面に近い。

 なにより、際立った異様は顔だった。

 頭部に伸びた一組の耳、茶色と黒に染まった毛皮と、口と鼻が一体になった口吻。


「……ウサギ?」


 間延びしたならず者の言葉に、毛皮の闖入者は不審そうな顔を向けた。


「話が違うじゃないか。こいつらがここに来るのは、明後日のはずだろう」

「なんだと? おい町長! まさかおま――」


 吹き飛んだ。

 ならず者の体が、開け放たれた扉の向こうへ。

 事態を飲み込めないまま、それでも残った二人が腰の剣を引き抜き、身構える。軍人として鍛えた勘がさせた、ある意味見事な反応。


「おごっ!?」

「がふぐううっ!」


 だが、結果は変わらなかった。

 鈍い打撃音と共に、二人がほぼ同時に床に叩き伏せられる。

 その脇をすり抜けるようにして動いたがは、手にした長柄の武器を、血ぶるいするように払った。

 それは金属の光沢をもつ、黒いこんだ。

 兵士たちは額を割られ、あるいは剣を保持していた手を砕かれ、声さえ上げられずに呻き転がっている。


「手加減はした。命が惜しかったらとっとと出てけ。表の仲間も忘れるなよ」


 恨みがましい目でこちらをにらんだならず者が、早足で店を出ていく。

 そんな連中に見向きもせず、ウサギは転がっていた箱のようなものを掴んで、カウンターへと歩み寄った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 聞きたいんだが、まさかアンタが、いや、貴方が例の」

「依頼を聞いてきた。手違いがあったようだが、報酬さえ払えばすぐに取り掛かる」


 町長は絶句し、床に転がった二人と、店の外に投げ出された一人を、呆然と眺める。

 確かに望んでいた結果は得られた。

 帝国のろくでなしどもと事を構える気概のある者。それでいて、料金を吹っ掛けず、最後まで仕事を投げ出さない者。

 

『ご安心ください。彼はきっとご期待にそう働きをしてくれますとも。まいどありー』


 脳裏に浮かぶのは、軽薄な笑顔で積み上げた金を懐に入れる、斡旋業者の女の顔。

 確かに、彼女の言う通りだ。ろくでなしどもを叩きのめした腕っぷしを、この目で見ることもできた。

 だが、まさかよりにもよって、こんな。


「こんなウサギで悪かったな。俺だって好きでこんなナリでいるわけじゃない」

「も、申し訳ない。何しろ凄腕の傭兵が来ると聞いていたもので……」

「凄腕かは知らないが、仕事はさせてもらう。契約破棄なんてしてくれるなよ、俺だって生活が懸かってるんだ」


 心が読める、というよりは言いなれてしまったからだろうか。

 彼はむっつりとしたまま、カウンターに金属の容器を乗せ、告げた。


「ミルクをくれ」

「……は、はぁ?」

「この容器に入るだけ、大至急」


 今度は店主が驚く番だった。

 いきなりウサギが現れたと思ったら、今度はいきなりミルクときた。

 それでも、何とか愛想笑いを浮かべて、機嫌をうかがうように尋ねた。


「ご一緒に、ニンジンでもお出ししましょうか?」

「ミルクだけでいい、早くしろ」


 告げると、精も根も尽き果てたように、ウサギが金属の箱にもたれかかる。

 指示された通りに店主が持ってきたミルクを金属の箱に注ぐと、自然と蓋がしまり、何かが唸るような異音が店に響く。

 いつの間にか、店を取り囲むようにして野次馬が集まり、ウサギと箱を凝視した。


『合成終了』


 見知らぬ誰かの声で箱が宣言すると、側面が開いて何かの塊がごろりと転がり出る。

 待ちかねたように受け取ったウサギは、なんとも言えない顔で、うめいた。 


「いただきます」


 そうして、アレクサンドル・ラピデールは、一週間ぶりのまともな食事にありついた。

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