おぎゃあ! なかよしさんぴーこーすのじじょー!
まだ内定を貰えていない大学生の俺は彼女いない歴イコール年齢なわけだけど、大学で知り合った仲の良い友人も同じらしくて、どちらが先に恋人を作れるかって冗談半分で競争していた。
まぁ、あいつは俺と違ってモテてそうだから俺に遠慮してるんじゃないかと思ってるんだけど。
今日は久しぶりにそいつと二人で飲み会だ。
俺に対する遠慮が無いか、腹の中を全部喋ってもらうつもりだ。
何を遠慮してるんだか。内定もらって恋人も出来ましたなんて言われたらそりゃあヘコむけど、友達なんだから祝ってやるさ。
だからほら、飲めよ。今日は俺の奢りだ!
主人公は気が付くと見知らぬ部屋に閉じ込められていた。
混乱の最中、突如そこへ訪れたデリヘル嬢を彼は追い返してしまう。
その部屋がセックスしないと出られない部屋とも知らずに……。
身体を起こして周囲を見回すと、枕側の壁に張られた大きな鏡に映る自分と目が合う。この部屋には冴えない顔の俺しかいないらしい。
ピンクの壁紙にガラス張りの浴室、大きなテレビと小さな冷蔵庫。部屋の隅にはスロット台もある。極め付けはほら、枕元のコンドーム。ここは清楚を装う女子大生もバイブス上がるラブのホテルだ。
糊の利いたシーツと高反発なベッドの寝心地は最悪なのに、深い眠りについていた経緯が思い出せなかった。
友人と居酒屋で飲んでいたはずだけど……途中からの記憶が無い。
柄にもなく初恋の話なんかしてたところまでは覚えてる。
いつも手放さない財布とスマホも見当たらず、不安と焦燥に駆られていたときだ。突然、ドアをノックする音が静かな部屋に響いた。
正直ビビった。けれど、状況を少しでも把握出来るんじゃないかという期待は無意識のうちに警戒心を上回っていた。
一緒に飲んでいた友人がやってきて、冗談を交えながら状況説明をしてくれる。そう思ってたんだ。
鉄製で白塗りのドアは重かった。鈍い音を立てて開いた先は、派手な柄の壁が広がる廊下だ。
外開きのドアを避けて目の前にひょっこりと現れたのは見知らぬ若い女だった。
「こんばんはぁ〜、ピュッピュの時間でちゅよ〜」
「え?」
透明感のあるナチュラルメイクで可愛らしいぱっちりおめめの彼女は、そう言って俺に微笑みかけた。
白のTシャツにデニムのロングパンツ。そして何故かピンクのエプロンを身につけている、保母さんのような格好の彼女の豊満なバストに目を奪われた。
「入っていいでちゅか〜? オプションどうしまちゅ〜?」
「もしかして、デリヘル?」
「そうでちゅよ〜」
笑顔を絶やさずに赤ちゃん言葉で接する彼女。恐らく幼児プレイが始まっている。そういう店から来たのだろうか。幼児プレイはともかく、容姿は超大当たりだった。
やばい、どうしよう。
状況が飲み込めない状態でデリヘル嬢を部屋に入れてもいいのだろうか。トラブルの原因になりかねない。だってお金が無いじゃないか。
だけど、俺はへタレだからシラフじゃラブホにも入れないしデリヘル嬢も呼べない。こんな女の子とエッチなことが出来る機会なんて、今後一生無いかもしれない。
見れば見るほど可愛らしい女の子だ。本物の保母さんのように優しい雰囲気。童顔に似合わない巨乳。
童貞としてこのチャンスを逃したくないという気持ちと股間が大きくなる。
この際、幼児プレイでも構わない。彼女にオムツを替えてもらい、その時大きくなっていたアレを見て「ピュッピュしましょうね〜」って言われて授乳手コキされたい。それでも一発じゃ収まらない大人の精力に「仕方ないでちゅね……」って言われてセックスしたい。
しかしお金が無いのだ。部屋中を探せば落ちているだろうか。やることやった後で探して無かったらどうなる?
駄目だ、怖いお兄さんが来る。
理性と欲望がせめぎ合うも、結局俺はヘタレなのだ。
「キャンセルって……」
「あー、キャンセル料いります」
「お金無いんだけど……」
「イタズラですか? スタッフ呼びますよ?」
嬢の語尾が冷たくなり、背中に嫌な汗が滲んだ。
どうにか穏便に済む方法は無いだろうか。
帰ってもらうにはキャンセル料を払わないといけない。とりあえず部屋に入れるか? お金が無いんだ、サービスを受けなくても後が怖い。
駄目だ、なにも思い付かない。せめて考える時間があれば……。
そうだ、時間を稼ぐんだ。
「チェンジ」
一旦帰ってもらおう。次の嬢が来るまでに財布を見つけるか、見つからなかったら部屋から逃げよう。このエロ可愛い子に童貞をもらって欲しかったけど、ここは諦めるしかない。
「はい?」
「チェンジで」
キョトンとした嬢は繰り返された言葉の意味を考えているのだろうか。
きっと聞き慣れないのは、彼女が人気な証拠なのだろう。
彼女は言葉の意味をようやく理解出来たのか、じんわりと涙目になり唇を震わせながら俺を睨んだ。睨んだ顔も可愛かった。
「お父さんにも言われたことないのに!」
彼女はそう叫んで廊下を走っていった。
さらりと衝撃発言を残した彼女の背中を複雑な気持ちで見送り、ゆっくりとドアを閉める。
てか、もうこのまま出ればいいんじゃないか?
受付の人に事情を話して、電話を借りるくらい出来るのではないだろうか。スマホと財布が無いんだ、警察に連絡くらいさせてくれるだろう。
俺はもう一度ドアを開いた。いや、開こうとした。けれど、ドアノブはびくともしなかった。
「あれ?」
内側に鍵は無い。オートロックの故障か? 力ずくではどうにもならなさそうだ。
諦めた俺は部屋に備え付けられていた電話の受話器を取った。カラオケルームにあるようなダイヤルの無いタイプだ。
しかし、内線に繋がらないどころかいつまで経っても無音だった。
「くそっ……」
俺は財布を探すことにした。布団を捲って、ベッドやソファの下を覗き、浴室やトイレの中も探した。
「無い……」
嬢が帰ってどれくらい経った? 普通、チェンジって言ったら次の嬢はどれくらいで来るんだ?
焦りと恐怖で膝がぷるぷると震えていた。
突然、電話が鳴った。静かな部屋に爆音の着信音だ。やっぱりビビる。
俺は慌てて受話器を取った。
「も、もしもし!」
『ぷぷ、焦ってる』
聞き慣れた声に安堵した。電話の主は最後に一緒に飲んでいた友人だった。
「お前……いや、俺って今どこにいるんだ?」
『うんうん。今フルチン?』
「は? 酔ってる?」
明らかに上機嫌な声色は居酒屋にいたときと変わらずだった。なにより、こいつはシラフでフルチンなんて言うキャラじゃない。
『キミをそこへ放り込んで飲み直してるよ。だってキミ、二十一時には酔い潰れたじゃないか』
「今何時だ?」
『二十三時。デリヘルは何時間コースで頼んだんだい?』
思っていたほど時間は経っていないらしい。それより、事情を色々と知ってるくせに質問ばかりの友人に苛立ちそうだった。
「俺、閉じ込められてるんだけど」
とりあえず助けてもらおう。出たら文句言ってやる。
『嬢と事を済ませればいいじゃないか』
「どういうことだ?」
『……意地が悪いな、セックスだよセックス。酔ってても連呼するのは嫌だなぁセックス』
けらけらと笑い声が受話器越しに聞こえた。
「彼女なら帰ったけど」
『……は?』
笑い声がピタリと止まった。
「追い返したのかな? チェンジって言ったけど代わりも来ないし」
『いやいや、なんで?』
一瞬で酔いが覚めたみたいだ。いつもの声色に焦りが混じっていた。
「だって金無ぇし、なんでここにいるのか分かんねぇし」
『いやだってキミ、そこ……セックスしないと出られない部屋じゃん……』
「……え?」
『お金が無いって、キミの財布は……そうか、ここにあるのか』
「おい!」
『だって奢るって言うのに会計すら出来ないくらい酔ってたから。代わりに会計を済ませたんだよ』
そのまま持っていたらしい。
ついでに確認すると、店に忘れそうだった俺のスマホも回収したまま持っているらしい。
「全部お前が悪いじゃねぇか!」
『キミが自分でそこに入ると言ったんだろう! そこまで運ぶのに苦労したんだからな!』
まぁ、と友人は一息ついた。
『悪かったよ。そもそもそこへ行くのもデリヘルを呼ぶのも、こちらがそそのかした節もある』
素直に謝られるとこれ以上なにも言えないじゃないか。俺が言葉に詰まっていると、友人はそのまま続けた。
『そうだな……キミが嫌じゃなければ、私がそこに入ってもいいのだけれど』
「えっ……おま……」
彼女の酔いは覚めたと思っていたが、やはりまだ酔っているのだろうか。彼女は俺がセックスしないと出られない部屋で野垂れ死ぬのを防ぐために、俺とセックスしてもいいと言っているのだ。
『キミに死なれても後味悪いし』
照れ隠しのような呟きがぼそりと聞こえた。
その声が愛おしく感じた。少なからず俺に好意があるのだと勝手に思ってしまう。いや、きっとそうだ。
「……好きだわ」
『直接言ってほしいね』
彼女はすぐ行くと言って電話を切った。
俺は震える手でゆっくりと受話器を置き、じっとしていられずに部屋の中をぐるぐると歩き回った。
俺はこの後、女友達とセックスをする。
あいつは俺のこと好きっぽいし、俺もあいつのことは好きだ。
男女の友情というか、ダラダラした関係が居心地良くて進展なんて考えてなかったけど。
いいやそれは言い訳だ。そういう感情を抱いて失敗するのが、関係が壊れるのが怖かった。
付き合えるならそりゃあ、願ったり叶ったりだ。だってあいつ可愛いし、気が合うし。
緊張で上手くいかなかったらどうしよう。あいつも経験無さそうだけど、どうだろうか。
なんだか喉が渇いてきた俺は冷蔵庫を開けた。扉に貼られた料金表に定価の倍の値段が書かれたペットボトルのお茶を仕方なく開栓する。
それを飲もうとした瞬間、ドアがノックされた。
「来た!」
俺は慌ててドアに向かい、重いドアを嬉々として開いた。
そして現れた人物を目にし、脱力した手からペットボトルがすり落ちた。音を立てて溢れるお茶のことなんて気にする余裕も無い。
嘘だろ……。
「わっ、久しぶり……だね。チェンジって一回までなんだけど、入っていい……でちゅか?」
そこには俺の初恋相手が立っていた。