ゾンビ推しJKと、女装勇者の『神』カフェ巡り
1年前、音呉村に渦が現れ、そこから怪人が出現。さらには怪人を倒すために、魔法少女もやってきた!
今や音呉村は、魔法少女と怪人の戦いが見られる観光名所だ。
そこに住む高1の華の夢は、『ゾンビ彼氏を作ること』
ようやくゾンビ怪人が現れたのに、それを魔法少女が倒してしまう。
魔法少女を罵倒する華だが、魔法少女は実は男で、女装勇者と判明。そんな彼は、気も力も強い華に一目惚れ!
一方、勇者が現れたことで、猫がしゃべりだす。
『……来る』
これは5つの予言の1つだと祖父が宣言。
猫神信仰の村の伝承、そのままだとも。
定期的に開催される村民猫カフェに参加しながら、予言をしゃべる猫を探しつつ、
『2つの世界の交わりの刻、魔王が復活する』
この伝承を華と勇者は阻止することができるのか?
はたまた、ゾンビ彼氏を華はつくることができるのか!?
あの写真が、床に落ちた音がした。
まだおさまっていない揺れのなか、華はベッドから素早く身を起こすと、音の方へ急ぐ。
「……良かった……婆ちゃん、ケガないね……」
薄暗い部屋で、華は優しくフォトフレームをなでる。
はめこまれた写真は、ランドセルを背負い、楽しそうに笑う少女と、橙色の着物を着た年配女性が並んでいる。
「華ー! 念願だった猫神様の予言が始まったぞ、華ぁー!」
机の奥へと写真を置き直すが、早朝にもかかわらず、庭から2階の自室に向け、再度叫ぶ祖父に、華はおもむろにカーテンをひき、窓を開けた。
「爺ちゃん、朝から、うるせーっ!」
「いいから見ろ!」
音呉村は、10月から朝の冷えこみが厳しい。華は息を白く濁らせながら、祖父が指した方角に身を乗りだした。
「……渦?」
朝日に並んで幻想的に煌めく渦は、伝承によると別世界、ようは異世界へと繋がっているという。だが、どこか禍々しく華には見える。
下におりていくと、祖父は音呉に伝わる猫神信仰の書物を片手に、自室にある地下シェルターのハッチに手をかけていた。
「爺ちゃんがプレッパーでよかったろ?」
プレッパーとは、終末世界に対処するため、物資の備蓄など、日常的に取り組んでいる人を指す。
意気揚々とハシゴを下ろす祖父に対し、華は不機嫌だ。
「ね、ゾンビは? ゾンビ!」
「まずは、シェルターに避難だ」
祖父の声に、華、両親、妹の萌、最後に祖父と5匹の猫たちが入り、ハッチを閉めたとき、地鳴りが轟いた。
緊急速報のテレビ中継が映したのは、怪人の姿だ。
人型だが頭は魚、さらに体は一軒家ほどあり、硬そうな鱗の上に鎧をまとっている。
その半魚人怪人は、持っていた斬馬刀で無人家を薙ぎ倒すと、奇声を発した。声に文様が浮かび、そこから二足歩行の魚が落ちてくる。怪人と比べると小型に見えるが、車と並ぶと2メートルは軽くある。
「ねーちゃん、キモくない?」
「キモイならゾンビが良かったわー」
すぐに警察も到着。足止めはできたものの、それは音呉村の周辺地域のみ。
あまりの数の怪人たちに、ついに自衛隊が要請される。だが、その到着を前に、村全体が焼け野原にされると誰もが想像したとき、彼女が現れた。
魔法少女だ──!
水色のツインテールを揺らし、腰から青いリボンを流しながら、腹部、顎、後頭部と蹴りが炸裂。
氷砂糖のようなステッキを掲げると、彼女は何かを唱えた。
灰色の雲が空に集まった瞬間、氷の矢が降り注ぐ。
怪人たちが砂となって消滅していくのを上空から見下ろすと、彼女は笑顔を振りまきながら渦へ戻っていった──
それから、音呉村は観光名所となった。
渦からやって来る奇抜な怪人を、魔法少女が倒す。というショーが見られる場所になったのだ。
だが村民は、魔法少女のおかげで以前と変わらない農業中心のスローライフをしている。
そのため、村民以外の観覧は、特設展望台からとなる。そこには巨大中継スクリーンも常設され、常にドローンが上空で待機している。
床に転がったラジオが、タイマーでしゃべりだした。
『──衝撃のあの日から1年が過ぎ、怪人は5日も現れていませ……あ、今、渦から、魔法少女とともに』
華は寝袋からはいでると、目をつむったまま、部屋の電気をつける。
今年から着はじめた高校の制服は、お気に入りの真っ黒なセーラー服だ。てかりのないスカートに足を通したとき、遠くにサイレンが響く。その意味は、怪人出現と、自衛隊の出動の音でもある。
ごんごん。
華は腰までの黒髪を紐でまとめてからハシゴの元にいくと、開いたハッチから顔をだしたのは、母だった。
「朝ごはんよ〜? あら、また練習〜?」
「そ。だいぶ、抜刀、早くなったよー」
祖父の部屋の床は、書籍や紙で埋め尽くされている。それを踏まないようにハッチからでていると、
「地下、片つけといてね〜?」
キッチンへ向かう母に、華はあくびで返事をした。
今、この地下シェルターを使ってるのは華だけだ。
実際、家族で使ったのは3日間のみ。怪人に窓を割られたせいだが、2体目からは魔法少女のおかげで、民家への被害は全くない。
華が食卓テーブルにつくと、トーストを頬張りテレビを見ている萌がいる。
「萌、爺ちゃん、帰ってくるって。早いと思わん?」
「なんか見つけたって……え、あ、ね、ねーちゃんっ!」
必死に指をさす萌に、華はだるそうにテレビを見やった。
「……マジ」
中継が映す怪人の姿に、華は釘づけになる。
甲冑をまとう体はブス色に染まり、顔には黒い空洞が2つ。皮膚は腐り、剝きでた肉からウジ虫がこぼれている。
これをゾンビと言わず、なんと言う!
華は自室にダッシュで向かうと、手際よく装備を身につけていく。
鋼で覆われた手甲はもちろん、脛に脚絆を、顔には半頬を装備。半頬は鼻から下の面になるのだが、そこに下がる垂を首に巻きつけ、紐で結ぶ。
最後に腰にベルトを巻き、刀を差しこんだ。
姿見に写る自分に惚れそうだ。
黒いセーラー服に、朱色の装備がよく映える。
「……婆ちゃん、いってくるね」
小さく手を振って部屋をでた華は、滑るように階段をおりていく。
「ねーちゃん、気をつけてよ?」
「任せとけって。イキのいいゾンビ、連れてくっから」
「じゃあ、火打ち石ね〜」
華は火花と一緒に玄関を飛びだした。
映像から、噴水公園の近くに現れたはずと、目星をつけた華の足は止まらない。
迫る障害物は、元新体操部だったのもあり、華麗なジャンプ、バック転はもちろん、宙返りをしつつ、先へと進む。
華は、今、喜びに満ちていた。
念願の夢が、今日、叶う──!
小2の頃。
祖父からは、言葉で『ゾンビ』という存在を教えてもらっていたが、視認したのはこの日が初めてだったと思う。
映画好きな父が見だしたのが『キョンシー』だった。
過去のキョンシーを踏襲しながらも、最新中国アクションを絡めた、ヒューマンドラマ&ホラー映画となる。
「パパ、この人、カッコいい!」
「霊幻道士? それなら、テンテンがでてくる」
「キョンシー」
「キョ……え?」
「……めっちゃ、カッコいい……!」
華は、そのキョンシーに、一目惚れした。
死なない存在、というものが、強烈にカッコよかった。
祖母の死が、近くにあったのもある。
なぜ大好きな人は、死んでしまうのか。
から、
大好きな人が、死なない人なら、いいのではないか。
──そう、思ったのだ。
「……絶対、ゾンビ彼氏、つくってやるっ!」
進むにつれ、怪人が召喚したゾンビが徘徊しだした。
文様が浮かぶ地面からぼっこりと現れ、腐臭を撒きちらして歩いているが、音呉の先祖ではない。辛うじてある頭髪は金髪、服もチュニックだ。
ゾンビとしては、定番型といえる。両腕を突きだし、徘徊するタイプ。
ただ、両腕を振り下ろす仕草がある。これがひっかき攻撃だとすると、人間がゾンビになる可能性があるのはもちろん、呪いや、毒にかかるというのもあり得るだろう。
華は、より動きが鈍いゾンビに向かって、ネット動画で練習した通りに抜刀、首に向かって水平に振り抜いた。
いい音を立てながら止まった刀の先に、ゾンビの頭が転がる。だが、斬った先から砂になって崩れていく。
「……よし!」
新体操のリボンよろしく、刀を振り回すが、ゾンビの体は大変やわい。体を回転させれば、3連切りができる。
だが、頭を落とさないと動きは止まらない。ニギニギと手を動かし移動する様は、ホラー映画のワンシーンだ。
「いい動きじゃーん。……首が弱点、か……」
華が斬る理由として、自身が倒せるゾンビなのかどうかの確認、彼らの消滅条件を知る目的がある。
彼氏が暴れてゾンビパンデミックなど、目も当てられない。弱点を知っておくことは重要なのだ。
一方、焦りも募る。
早く、魔法少女からゾンビ怪人を守らないと……!
公園の入口にさしかかったとき、噴水の前に立つ怪人の首が、唐突に跳ねあがった。
「お義父さあーーんっ!」
砂となって消える怪人の影から、ゆっくりと現れたのは、魔法少女だ。
「なにしてくれてんだよっ!」
駆けよった華は、魔法少女の首に刀を突きつける。
意外と背の高い魔法少女は、華ににっこり微笑むと、
「君、強いね!」
刀を持つ手を、そのまま幸せそうに握りしめた。
想像してたよりも低い声に眉をひそめる華だが、魔法少女の顔は紅潮し、鼻息も荒い。
華は握る手を振り払い、構え直す。
「彼氏つくれねーじゃん!」
「……彼氏?」
「ゾンビ彼氏つくんの! お義父さんにゾンビつくってもらわなきゃ、彼氏できねーだろ!」
「僕を彼氏にしなよ。僕、強い女の子、探してたんだ。……君なら母上に似てるから、父上だって……」
その表情は鬼気迫るものがある。
求めていたものを見つけた、そんな目だ。
「……はぁ? 百合でボクっ娘なんて、今どき、はやんねー」
「言ってる意味がわかんないけど、僕は、君と、つき合いたい」
「だーかーらー、ゾンビの彼氏が欲しいの!」
「変な趣味」
「あんたに言われたくねーし! とにかく、魔法使いの女の子とはつき合えないっ! こっち、くんな!」
ドンと、胸を突いた華は目を丸める。
突かれた魔法少女も、キョトンとしている。
「僕、勇者で、男だけど」