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恋愛奪還と性別改変のダルセーニョ

標葉祐一は大学一年生。高校時代に予備校で出会い、ずっと好きで、大学合格が決まってから付き合い出した恋人がいる。彼女の名前は三嶋香奈子。お嬢様高校として有名な女子校に通う高嶺の花だった彼女と相思相愛になり、充実した大学生活をスタートさせていた。ある日、自宅に香奈子が遊びに来て、彼女がシャワーを浴びている間に、そのスマートフォンが光りだす。再生されだした動画は、彼女の浮気現場を映すものだった。浮気相手はサークルの先輩の日下純一郎だった。驚く祐一の前に黒服黒髪の美少女が現れる。彼女は自らを女神スクルドと名乗る。既に四月末の新歓コンパの頃から、香奈子が日下と関係を持っていたと、彼女は言う。そしてスクルドは祐一に提案する。過去を改変しよう――と。光に包まれて、祐一は二ヶ月前の新歓コンパの会場へと飛ぶ。過去に飛んだ祐一。しかし、そこで彼は気づく、過去にたどり着いた自分は――自分ではないことに。

 香奈子の浴びるシャワーの音が聞こえる。机の上で、白いスマートフォンが光って震える。一人になったリビングルームで、僕はその光に羽虫みたいに引き寄せられた。それは彼女――三嶋香奈子のものだ。僕がその平板を手に取ると、自動的に動画が再生され始めた。

『――ちょっと撮らないでくださいよぉ~、先輩~!』

 それは香奈子の声だった。画面を覆う手のひら。それが引かれ、顔の下半分が映る。困ったような口元が、どこかだらしなく笑っていた。

 スマートフォンを横向きに持ったまま、そっと振り返る。向こう側の浴室から香奈子の鼻歌が聞こえる。思わず立ち上がり、扉を閉めた。嫌な予感に、胸が締め付けられる。心臓は拍動する。……なんだ、コレ?

 一時停止した動画に浮かぶ再生ボタンをタップして、電子の時間を前に進める。

『いいじゃん、記念だよ、記念。三嶋さんとこんなに仲良くなれたんだからさ。俺だってテンション上がっちゃうわけだよ。……後からちゃんと共有すっからさ』

『やめてくださいよ! 私、彼氏いるんですから~!』

『知ってるよ。標葉(しねは)だろ? 同じ一年の』

『知って……ますよね。先輩』

 カメラの視野範囲が広がる。香奈子は恥ずかしそうに右手のひらで半分顔を覆っている。その頭を、先輩がくしゃくしゃと撫でた。

 日下(くさか)先輩だ。同じサークルの三年生。頼りがいのある人だって、男女問わず人気がある。その指が、香奈子の白い肌に沿って動き、キャミソールの肩紐に触れる。白い線の下に、中指が潜り込んだ。こそばゆそうに香奈子が身をよじる。

 何度も触れたその柔らかな肌が、液晶画面の中で、日下先輩の腕に抱かれている。それはベッドの上。どこの部屋かはわからないけれど。ラブホテル? 日下先輩の部屋?

……どこなんだ? ……なんなんだ? なんなんだよ、この動画は!?

 香奈子が、先輩と浮気しているのか? 僕の知らないうちに? いつから? 

それならなんで、今日も、香奈子は平然としていたんだ?

今だって、僕の家で、シャワーを浴びて――。

 頭が熱くなる。身体が熱くなる。鼓動が変だ。

「――彼女が他の男に抱かれる姿を見て、興奮するなんて、変態だねぇ」

 隣で声がして、振り返る。ソファには黒いワンピースを身に纏った少女が座っていた。――誰? 

「さて、誰でしょうねぇ? 自分の家に、突然、現れた美少女。もしかしたら自分でも気付かない内に君がお持ち帰りしたのかもしれないよ? いや~、隅におけないねぇ、標葉佑一くん?」

 誰だ、こいつ?  勝手に上がり込んでいる? いつの間に? どうやって?

 背中まで黒い髪を伸ばした少女は、でもよく見るととても綺麗な女の子だった。

「――勝手にあがりこんでとか、誰だとか、まぁ、平凡な思考回路だね。標葉くん。だから彼女をあんなクソ虫に、寝取られちまうのさ。まぁ、あたしを美少女だって認定する審美眼だけは、真っ当だって思うけどね!」

「寝取られ? ――っていうか、お前、僕の考えていることがわかるのか?」

 少女は悪巧みをするように目を細めると、ソファに座ったまま膝の上に両肘を突いた。

 黒いワンピースの胸元が開いて、かすかな膨らみが見える。

「アァ。あんたの彼女とやらを寝取ったあいつもクソ虫だけど、あんた自身も大概のクソ虫だからね。あたしにはあんたの考えくらい、手にとるようにわかるのさ」

 そう言って、上目遣いに見る彼女は、なんだか蠱惑的だった。僕より年下だろうに。生唾を一つ飲み込む。

「クソ虫って……僕は何も悪いことはしていないぞ? ていうか、本当に誰なんだよ?」

 スマートフォンではまだ動画が再生され続けている。

可奈子の頭は右手で押さえつけられて、先輩の方へと引き寄せられている。

「あたしかい? あたしは――スクルド。時間を支配する、女神様さ」

「――女神様?」

   *

 三嶋香奈子と出会ったのは、高校生の時だった。高校二年生で通った予備校の夏期講習で初めて彼女を見かけた。制服を着た香奈子に僕の視線は引き付けられた。それは隣の区にあるお嬢様学校として有名な女子校の制服。

 肩に届かないくらいのボブヘアの彼女は、どこか清楚な雰囲気がして、自分の学校には居ないタイプの女子だった。気づけば好きになっていた――のだと思う。

 彼女は高嶺の花だった。ついつい彼女のことを見てしまう。視線は時々合って、その時々で、目で小さく挨拶したり、つい視線を逸したりしていた。

 初めて言葉を交わしたのは、高校三年生になってからの春期講習。同じ英語と国語の講義をとっていた僕らは、休憩室で一緒になった。僕はコンビニで買ってきたサンドイッチを、彼女は持ってきていたお弁当を、食べていた。

「――あ、ごめんなさい」

 先に、声を掛けてきたのは、彼女だった。もっとも、倒したペットボトルのお茶が、僕のサンドイッチの袋を濡らしたから、謝っただけだったけれど。

「いいよ、全然、大丈夫。中には触れていないから。えっと、僕、標葉佑一」

「……え? あ、標葉くん? 私、三嶋香奈子。去年から、いるよね?」

「――うん。春期講習でも数学と国語、一緒だよね?」

「あ、うん、そう……だね」

 今から思い出しても、赤面しそうなほど、強引な自己紹介だった。

 その日から、僕らは少しずつ話すようになった。二人の距離はそんな簡単には縮まらなかったけれど、たまに話すくらいの関係にはなった。

 僕が今通っている東京の私立大学を第一志望にしたのも、彼女の第一志望がそこだって知ったから。もちろん自分の進路だから、自分の将来を考えて決めたのは決めたのだけれど、迷っていた時期に彼女のことが脳裏に浮かんでいたのは確かだ。

 そして二人で合格した後、春が始まる頃に、僕が告白し、僕たちは大学入学と共に付き合いだした。

   *

「――この動画は……本物なんですか?」

「本物だよ? あたしが捏造したとでも思うのかい? しないさ、そんな面倒くさいこと。 あたしの権能は時間操作だけだからね。コンテンツ制作なんて、専門外さ」

 スマートフォンの中では、ニヤニヤと笑う日下先輩を、香奈子が迷惑そうにあしらっている。でもそれは明確な拒絶ではなくて、どこか無防備な仕草だった。

「――いつからなんですか? ――いつから……香奈子は……日下先輩と?」

 右肩からキャミソールの肩紐が下ろされて、柔肌を守るものはなくなる。もう彼女は完全に無防備だ。その頭を、先輩の大きな手が包む。その唇が、日下先輩の方へと向けられる。そして香奈子はゆっくりと目を閉じた。

「う~ん。言っちゃうとショック受けちゃうと思うよ? ていうか言うケド。――四月末の新歓コンパ。あんただけが先に帰った日があっただろ? その日さ。その日彼女は二次会に連れて行かれて、そのクソ虫とお近づきになったのさ」

「――そんな前から?」

 じゃあ、もう二ヶ月も、僕は気づいていなかったのか? 香奈子は嘘をついていた?

「あー、その子は、別にクソ虫くんと付き合っている気はないから。一応、『彼氏』は君のつもりみたいだよ。でもまぁ、完落ちさせられるのも時間の問題だけどね。ていうか、ほぼ完了済みダネ」

「――僕は……どうしたら?」

 彼女――女神スクルドは、「ほいっ」とソファから立ち上がる。

「そこで取引さ、少年。君にチャンスをあげよう。過去改変のチャンスを!」

「――過去を改変?」

 繰り返す僕に、黒髪の少女は、ニヤニヤと笑いながら頷いた。

「君をその日――二ヶ月前の新歓コンパまで飛ばしてあげよう。そして見事に彼女を守り抜いてごらん」

「そんなことができるのかい?」

「ああ、できるさ。このスクルド様にかかればね。だけどたった一つ条件がある。君が君の目的を達成――つまり三嶋香奈子を守り切れれば全ては元通りだ。しかし、それに失敗したら、あたしは預かった君の魂を返さない」

 その瞬間。世界を紫色の光が包んだ。何かが発動している。僕の返事も待たずに。

 でも、彼女のいう取引は、そんなに悪いものじゃない。僕は、香奈子を絶対、誰にも渡せない。誰にも――汚させない。香奈子は僕の、全てだから。

「――では二ヶ月前のあの日に戻るクソ虫くんに告げよう! また二ヶ月後の今日、この瞬間、この場所で会おう。その時に、君が目的を達成していたら全ては元通りのハッピーエンド! そうでなければ君にとっておきのバームクーヘンを捧げよう!」

 世界が紫色の光に包まれる。――そして僕の意識は、飛んだ。

   *

 目を開ける。蛍光灯の光が飛び込んできた。眼前の景色を見て、自分がどこにいるのかすぐに分かった。――大学近くの飲み屋。あの日の新歓コンパの会場だ。

 視線を走らせる。奥の方の座席に、香奈子の姿を見つける。その存在にホッとした。大学に入ってまだ緊張感のとれない清純派の僕の恋人。まだ彼女は――汚されていない。

 そして、その横には、――僕。……僕?

 ……え? ちょっと待って! なんで僕がいるの? なんで僕自身がそこにいるの?

 僕は女神スクルドによって過去に飛ばされたんじゃないの?

 でも向こうに、僕自身がいる。それならこれは誰だ? この身体は誰なんだ?

 両手を上げる。手のひらを開く。なんだか白くて小さな手。長袖の服はなんだか淡い色。両頬を触る。柔らかい。顎に――髭はない。視線を落とす。胸には――無かったはずの膨らみがある。

「――どうしたの? 佐倉さん? 何かあった?」

「……へ?」

 顔をあげる。机の上のお酒の入ったグラス。その向こう側に、ビールジョッキを持った男の顔があった。

 日下純一郎。――問題の先輩が、僕に向かって優しい笑みを浮かべていた。

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