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「芸術は爆発だ」なんて言う奴は芸術を理解してない馬鹿か転生者

 その日、世界は彼らの登場によって転換期を迎えた。


 リーダー・時代の先取りダイナマイトで国家転覆済み、爆発狂な転生者。

 タンク・高身長・高学歴・家柄よし・イケメン。ただし、ドMな変態王子

 剣士・素の走りで道路交通法を違反する光を超えるスピード狂

 魔法使い・甘ったるいスイーツに更に砂糖をぶっかける佐藤さん(転移者)

 聖女・戦闘狂なスラム出身猫っ被りバーサクエンジェル


 これは色濃い冒険者たちによる色恋なんて目でもない、目も眩むような異世界での大冒険──その前日譚。


 全面真っ白な死後の世界にて、謙遜なんて欠片もせずに自分を美しいと断言する女神は自分を殺した爆発に美しさを感じてしまった男に言った。 


「今、どういう気持ちですか」


 煽りともとられるその言葉から、彼の人生は幕を開けた。死して漸く、動き出した。

「今、どういう気持ちですか」


 彼女は言った。何を見ているのかもわからない、虚無やら虚空やら深淵やら、そんな実物を持たない暗闇を覗いているかのような瞳を俺に向けて、彼女は言った。


「な──」


 そもそも貴方は誰なんだ、なんて疑問を一瞬で掻き消すほどに俺の脳内は一つの感情に埋め尽くされる。


──美しい

 芸術に疎い俺でもわかる。俺が今まで接してきた中で最も美しいという言葉の似合う女性が、数回の瞬きの隙に目の前に現れた。まるで美しいという概念をその身一つで背負っていても不思議ではないような。人間誰しもが声も、顔も、背格好も、その瞳も、彼女の持ちうるその全ての要素を美しいと判断してしまうような、そんな。


「ど、どういう気持ちと言うのは……」


 それが精一杯の返答だった。絞り出すように声を出すと、彼女は「ふ」と微笑んで、では質問を変えますと立ち上がった。


「貴方は幼馴染の女の子を救って、惜しくも命を失ってしまいましたが、それで貴方は後悔していないのですか?」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 俺はおもわず口を挟む。

 命を失った? 救った? 何を言っているのだ。俺は……俺は? 


「ああ、まだ自覚していない段階でしたか」


 それか一時的な記憶の欠落か、と彼女は言う。ふむ、と顎に手を当てて思考に浸る姿は見た目も相まってとても様になっており、こればかりは自分の力で思い出させないと、と小さく呟いた彼女は顔を上げて真っ直ぐ俺の目を見つめる。


 自覚も何も、というのが俺の率直な感想だ。

 死んでいる? そんなこと言ったら俺が今しているこの思考は何なんだ。俺が思考できているという状況こそが、俺が死んでいないという裏付けになるんじゃないのか。


「──なんて考えはもう古いですよ」

 と嘲るように、見下ろすように、美しく。

「いや。古いというよりかは狭い、というべきでしょうか。あるいは、浅い? いくらあまり宗教に興味がない日本人とはいえ、日本にはそれを凌駕するサブカルチャーがあるでしょう。そんなのだからつまらないと言われるんですよ」


 そう、彼女は心を読んだ。俺の思考をそのまま声に出して語り、加えるようにして俺の考えとついでに人格を否定する。義務教育を披露するように。


「転生という言葉くらいは聞いたことありますよね。輪廻転生と言い換えてもいい。それくらいなら倫理の授業で習ったでしょう」

「輪廻転生……。人が死んだら新しい生命として生まれ変わるとかいう、宗教でよく語られるアレのことですか?」


 取ってつけた敬語。彼女はそれに触れず、淡々と美しい顔から美しい喉を震わせ、美しい声を発する。美しく、残酷に。


「ええ。貴方は転生するのです。文字通り、転じる。新しい生命に。新たな世界で。これはその為の儀式のようなもの。死後に意識がないというのはあくまで貴方の価値観で、無知でしかない。分かりますか、貴方はもう、死んでいるのです」

「死──」


 声が喉に詰まる。

 俺が、死んでいる? 嘘だ、だって俺は……そうだ、俺は凛と買い物をしていたじゃないか! 


 思い出した。俺はここに来る前、幼馴染である東雲凛と駅前のデパートで買い物をしていた。


 東雲凛といえば私立聡朗高校にて二大美女とも名高い十八歳のJKだ。バレー部に所属していた彼女はモテる割に異性との交流が少なく、部活の規定で黒髪ショートを守り続けてきたということもあり、二大美女のもう片割れと比較して清純派と謳われていた。

 しかしそんな彼女でも、あるいはそんな彼女だからこそ幼馴染である俺の誘いを断るというのは良心の呵責に苛まれるようで──まあ、俺は幼馴染の良心を責めるような方法を使っても罪悪感など全く感じなかったのだが──かくして俺は凛と買い物に行く権利を勝ち取った。

 そして今日。先週に共通テストが終わり、最後の息抜きという名目でデパートに来ていた。


 凛とは生まれた時から隣の家に住み幼稚園から高校まで同じ所に通ってきた幼馴染であり、いつかから恋愛対象として見始めた長年の片思いの相手でもある。そんな凛と買い物に行くということで俺は柄にもなく舞い上がっていた。加えてその日に限って雪が降っているという、まるで映画のワンシーンのような状況に興奮して早めに家を出た俺と凛は家の前でばったり出くわし、結局そのままデパートに向かうまで降りしきる雪に合う服の色を話し合っていた。俺は赤がいいんじゃないかって言ったけど、凛曰く俺にはファッションセンスがないようで、それで……。


 そういえば。

 先程彼女は「貴方は幼馴染の女の子を救って──」と俺にそう言った。


 俺が凛を救った? なにから──? 


「爆発……?」

 俺は無意識に言葉を漏らし。


「!」

 そして俺という人間の全てを思い出した。


 二〇二二年一月二十三日。ちょうど正午のことだ。デパート内の飲食店に爆発物が設置されていたらしい。

 爆発物の内容は定かではないが、少なくとも爆発は飲食店を丸ごと吹き飛ばし、かといってデパート全体には被害を及ぼさない程度の規模のものであった。俺は凛と共にその飲食店で食事をしていた。そして店内放送で爆発物の存在を知らされ、凛と共に店を出ようと手を引いた。引こうとした。

 しかし、判断の遅れた凛は我先にと店から逃げていく客や店員に突き飛ばされ──そして俺は、俺だけが、爆発に巻き込まれた。


「貴方は逃げ遅れた東雲凛を助けるために逃げ惑う客の波に逆らって燃え盛る店内に逆戻りし、彼女を店内から突き飛ばしたところで時間差で発動した爆発の第二波に巻き込まれ、爆死しました。犯人は二十五歳無職の男。動機は努力が報われない不条理な社会に対しての復讐及び啓発。被害者は重傷者が東雲凛さんを含めて三名、軽傷者が十七名、そして死者は一名。それとまあ、長年の夢であったカフェを開いたばかりなのに店を跡形もなく爆破された店長さんですかね」


 彼女は罪状を述べる裁判長のように淡々と事実を羅列する。

 しかし表情は声色とは翻って面白いものを見るような笑みを浮かべており、その様には彼女につまらないと称された俺でも可愛さを覚えてしまうほどだった。


「俺は死んだ、んですね」

その事実がようやく俺の心に沁み込んだ様な気がした。

「ええ、なので貴方には転生してもらいます。ただし、記憶を持ったまま」

「記憶を持ったまま?」


 思わず聞き返す。記憶を持ったままの生まれ変わるなんて、ズルじゃないのか? 普通の人間が親や教師に教わって成長していく中で強くてニューゲームだなんて、卑怯じゃないのか?

 だから彼女の言った「勿論条件もあります」という言葉に安心した。


「ただ一つの問いに答えてくれたら」

「問い?」


 彼女は「はい」と頷いた。


「貴方は死亡しました。本当なら軽傷を受けながらも生き永らえ、結婚し、子供も生まれ、家族に囲まれながら老衰で死亡する予定でした。貴方が東雲凛を助けに行かなければ、東雲凛が逃げ遅れなければ、犯人が爆破しなければ。そのことについて、後悔していますか? 恨んでいますか? 讐いたいですか?」


 それは残酷な問いだった。

 確かに犯人がいなければ俺は爆発に巻き込まれることも無かったし、凛を助けなければ俺は命を失わなかった。そう考えたら、方や直接的に、片や間接的に俺の死に関わったともいえるだろう。


「けど、俺は後悔していないと思います」


 怖いと思った。熱いと思った。痛いと思った。生きたいと思った。

 けれど、俺が助けたことで凛は生き延びた。長年惚れ込んだ女が生き延びてくれて嬉しい。

──なんてことは微塵も思っていない。


 そして一方で、思ってしまったのだ。

 その爆発を、その炎を、その赤を、その熱を、その香りを、その痛みを、その死の気配を。


 美しい、と。

 間違っていなかった。雪には赤が合う。雪景色に浮かぶ真っ赤な炎と劈くような爆発音が目の前の彼女よりも美しいと、思ってしまったのだ。


 合理的な理由なんて一つもない。理由もないのに、向かっていった。

 明日の為とか、他人の為とか、そんな不純物のない純粋な欲望に従って、俺は死んだのだ。


「だから──!?」


 と。

 思考の海に沈んでいた顔を上げた、その時だった。


「ふ。フッフフフフ、アハハハハハハ!」


 彼女の美しさは美の限界点を超え、そして漸近線の向こう側に現れた。一度落ち着き、はぁと一呼吸吐く姿すら美しい、はずなのに。


「訂正しましょう。貴方を『つまらない』と言ったこと」


 怖い、と思ってしまった。ニヤり、と口端を上げるその仕草は普通の女性がする分には美しいはずなのに。それはまるで不気味の谷の向こう側。不気味の谷を越え、緩やかな上り坂のその先、地平線の向こう側に彼女はいた。


「私は貴方のような逸材を探していました。私の美しさを真っ向から否定する貴方のような存在を。その為に世界のあらゆる美を探求し、その度に私は自分の美しさに絶望していた」


 謙遜なんて欠片もない言葉。しかし、それ以上に皮肉という感情が感じられない。それは本当に、心の底から自分を美しいと確信している言葉だった。


「ですが、貴方は現れた。この私を否定し、私よりも別の物の方が美しいと心の底から思っている貴方が、私の目の前に現れた。これは運命です!」


 そして彼女は美しい唇を吊り上げて声高らかに宣言する。

「美の女神アフロディーテの名の元に人間西鎬煉の転生を許可する」


 直後、俺に意識は薄れていく。そんな中で俺は思った。

──俺はいつか、あの美しい爆発にも恐怖を覚えてしまうことになるのだろうか

 と。

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