鬼の夢
「火急屋敷に住む鬼を祓え」
北条家若頭の北条南雲、その妹の北条南木はお上の命を伝えにきた黒子の報せにより屋敷にすむ鬼を払いに行くこととなった。
「せっかちだなぁ、ねぇ、お兄サマ」
鬼を祓い聞こえてきた声、それは妹のものでーーー
「それでは明日伺います」
俺は依頼者の老女に話を済ませ紙に今回の依頼内容を書き込んでいた。ここは『万事屋』、猫探しでも浮気現場の特定でもなんでもやる。そして今回の依頼は老女の主屋にある蔵の清掃だった。なんでも清掃員が急に来られなくなったとの事でこちらに依頼してきたそうだ。
「南木、玄関までこの人を見送って来てくれ」
「はい、わかりました兄様」
と、傍にいた妹、北条 南木に老女の見送りを頼む。老女は俺にお辞儀をし二人で事務所のドアから出ていった。
二人が出ていった後の事務所は静まりかえりそれをまっていたかのように目の前の影が揺らぐ。その影の揺らぎは人の形をなし、実体をもっていく。
「はぁ、いつも言ってるが入るなら玄関から入ってくれ....心臓に悪い」
「....それはできかねます」
そこに立っていたのは全身を黒い装束に身を包んだ男だった。彼は俺の本業である鬼祓いの指令を伝えてくる伝令係、通称『黒子』だ。
それがこうやってここへ赴いたということはそういうことなのだろう、ウンザリするがとりあえず要件を聞く。
「それで、今回はなんのようなんだ」
「はい、お上から火急、ある屋敷に住み着いた鬼を祓え、との事です」
黒装束の男はそう淡々と今回の指令を述べる。口元を布でおおっているため顔だけでは表情が伺えない。
そして黒子が言った『お上から』、その言葉を聞いた俺の表情が変わる。気は進まないがお上の命令は絶対、断るという選択肢はない。
「お上から火急.....わかった、この命謹んでお受け致しますそう伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
「それと次からは玄関から入ってきてくれ」
そう言い終えるか終えないかぐらいに黒い装束を着た男はお辞儀をしながら影の中に消えていった。それは出来ないという意思表示なのかもしれない。迷惑この上ない。
そんなことを思っているとガチャという音と共に老女の見送りをしていた妹が戻ってきた。
「ただいま戻りました....誰か来てたんですか?」
「あぁ、黒子から伝令が来たんだ火急屋敷に住む鬼祓えだそうだ」
「それは急ですね....もしかしてまたお父様からですか?」
「....あぁ南木言う通りアイツからだ、最近火急ごとが多くて困る息子を奴隷か何かと勘違いしてるのか?本当に忌々しい」
「お父様にそんな言い方しなくても」
俺の父への態度に呆れているのだろう、妹が下の子をたしなめるようなそんな雰囲気で言葉を言っているを感じる。そのバツの悪さを誤魔化すために鬼祓いの準備を催促させた。
「それにアイツからの指令だ、大鬼以上だと心得た方がいい準備を怠るなよ」
そうだあの親父からの直接の命令で俺は十戒家1位北条家若頭であり、あの出来事以来目をつけられている、それで命令が中鬼以下なんてものがあるはずがない。充分に警戒する必要があるのは一目瞭然であった。
◇
準備を済ませ目的の屋敷へ向かった俺たちはその光景を見て絶句した。そこは草が生え散らかり、屋敷も壁や戸が風化し今にも崩れてしまいそうなそんな様子である。こんなところに鬼がするでいるとは到底思えないありさまだ。
「本当にこんなところに鬼が?」
「アイツが言い間違えることはないだろう、とりあえず中を確認しよう」
屋敷の中は外と違い目を凝らしてやっと全体が見えるほどの暗さで闇がどこまでも続いていた、まるで洞窟の中にいるようなそんな錯覚を起こしてしまうぐらいに、いや実際に洞窟にいるのだ、屋敷の扉を介して空間が歪みこの洞窟を生み出しているのだ。
それができるほどに鬼の力が強いという証拠でもある。
「.....さっさと払って帰るぞ」
「はい」
そう言いながら俺と妹は暗い洞窟の中へ進んでいく。どのぐらい歩いていただろうか、多少は目が暗闇に慣れてきたが暗いことに変わりはなく時々足を取られてしまう。
そうして進んで行くと広場のような所へ出た。
そこには人のような体躯に凶暴な爪と鬼である事を証明する角と赤い目がこの世のものとは思えない醜悪さを放っている。下鬼と中鬼だ。そして他の鬼とは違う気配の鬼が奥に鎮座しているのが見える。それは中鬼の2倍以上の体躯と長く太い手を持つ大鬼だ。
「全部で数十体と言ったところか.....」
南木に視線を向けると南木も俺が言いたいことを理解したように手に持っている御幣を掲げ祈るような体勢をとる、するとその祈りに答えるように周りに魔法陣が敷かれ光始め俺自身にも光が宿る。自分以外の身体能力を強化し、結界を得意とする祈祷術だ。
その事を確認した俺は腰に付けたポーチに手を伸ばす。そこから取り出したのは爪だ、それに媒介術を施すと爪が長槍に変化した。これを使うことで鬼の力を振るうことができるのだ。
「南木、俺が先行するから後ろは任せるぞ」
「はい、お任せ下さい!!」
妹の頷きとともに鬼の中に飛び込み奇襲をかける、俺の奇襲に鬼達は気づいたが遅い。俺は次々と鬼達の頭、腕、腹を貫いていく。だが鬼達もやわでは無い、奇襲を受け冷静になった鬼達が俺に襲ってくる。
下鬼はその鋭い爪で俺の鳩尾を狙ってくるがすんのところで避け間髪入れずに長槍で頭を貫き地面に叩きつける。その隙を狙い中鬼は俺の背後を取りその爪を俺の頭目掛けて突き刺そうとするが後ろで祈りを捧げていた妹が結界を張り防御する。
「兄様大丈夫ですか!!」
「南木助かった!!クソッ、やっぱり数が多いな....それならーー」
ポーチに手を伸ばし数本の爪を取り出す。それを杭状に変化させそれを鬼目掛けて発射させる。その攻撃を受けた鬼は潰れた声を上げ血のしぶきをまき散らし倒れていく。
下・中鬼が倒れていくなか大鬼が動く気配はない。そんな様子に俺は疑問に思っていると、「兄様!!!」妹の声と同時に横から衝撃が来た。気づくと俺は壁にもたれかかっており、遅まぎながらなにかに吹き飛ばされたと気づく。
「一体なにが.....」
衝撃の原因を確かめるために前を向くとそこには何も無い空間からしめ縄が何本も浮いていた。その光景を見て大鬼が動かなかった理由にも合点がいった、大鬼は動かなかったのではなく、その大きく長い手のせいで動けなかったのだ。その代わりにしめ縄を召喚し相手へぶつけ攻撃する。それが今回の大鬼の能力だった。
そうと分かれば祓うのは簡単だ。
「南木!!俺の周りに防御結界を頼む、1番硬いやつだ!!!」
「...え、に、兄様体の方は!」
「問題ない、それよりも早く!!次が来る!」
「は、はい!!」
妹が祈り始め、俺の周りに黄金色に光る結界が展開された。それを確認した俺はそのまま鬼の場所まで突き進むが、鬼はそれを阻止せんとしめ縄を俺に向かって飛ばしてくる。
虚しいかな、俺に攻撃してきたしめ縄達は結界に弾かれ地面へと落ちる。
「壊せるものならやってみろ!」
鬼の近くに十分近づくと俺はポーチから1本の指を取り出す。その指は光の粒となり消え、それと同時に出てきたのは大鬼の巨体よりも大きな手。鬼の手だ。
「貫け!!」
俺の掛け声と同時にその手は大鬼の腹部めがけて飛んでいく。抵抗できない大鬼はその巨大な手に貫かれ血の花を咲かせながら絶命した。
◇
大鬼を倒し一息ついていると後ろにいた妹がこちらに近づく気配がした。
「兄様!!無茶しないでください。私の結界だって無敵ではないんですから、あと一撃でも攻撃させられていたら無事ではすまなかったんですからね!!前回もそうですが兄様は無茶をしすぎーーー」
「わかった、わかったから。でもあれはしょうがないだろ、そうしなきゃ死んでたんだ。それに今回の大鬼は使えそうな術を使ってた、再現するから南木はそこで休んでてくれ」
「む、帰ったら説教ですからね!!」
妹に休むよう指示し俺は先程祓った鬼の能力について考える。しめ縄、先程の鬼は飛ばすだけであったが工夫すれば足止めや絞めることも出来る便利な能力だ。使う価値は十二分にある。これに対応する媒介はやはり『髪』だろうか。
媒介を決め、ポーチから髪の束を取り出す。その髪は光の粒子となったと思うと何も無い空間が歪む、その中からしめ縄が生成される事を感じる。
そしてそれを妹に放ち、首を絞め殺す。
「えっ」
ボトッという音と共に妹だった体と頭は地面へと落ち赤く染まる。地面に落ちたその顔はなぜ自分が殺されたのかわかっていないようだった。それがまるで死んでいると言っているようで腹が立った。
「狸寝入りしてないで出てこいよ、死んでないのはわかってるんだぞ」
妹の中にいるのでナニかに話しかけるが、返事はなく声が静寂に飲み込まれていくだけだった。それに更に苛立った俺は胴に杭を打ち込もうと爪を取りだした途端――――――
「........せっかちだなぁ、ねぇ、お兄サマ?」
そんな声と共に妹がいや、『赤い目』をした―――鬼が立っていた。