表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/27

一生のお願い!

裏社会で有名な殺し屋一家の一人娘、コードネームはチャリオット。

 戦車のごとき戦闘力と破壊力を持ち、魅了するほどの身体能力を備えた彼女を倒せる者はいない。

 

 しかし、彼女の通った道は常に死屍累々、それはもう雇い主すら目を覆うほどの大惨事。

 同僚の間では、「後ろ足の砂」と蔑称されるほどであった。


 そしてついに、仕事でミスをおかしてしまったチャーリー。雇い主から解雇を言い渡され、ある契約を持ちかけられる。


「この男と組んで、遺体を残さず、しっかりと仕事をこなすことができれば、解雇の件を取り消そう」


 そうして現れたのは、以前チャーリーが殺したはずの男。




 ──これは、殺し屋の少女と不死身の少年がつむぎ出す、歪な愛の物語。

──七歳の誕生日、少女は一丁の銃をプレゼントされた。

 そしてその夜、銃の反動と血の温かさを体に刻み込んだ。


 それから十年。

 少女は斧槍を肩に担ぎ、高級ホテルのVIPルームの扉の前で、突入の時を待っていた。

 かちり、と腕時計の針が約束の時間を指した瞬間、少女の白くたくましい足が扉を蹴り破った。

 その音と衝撃に、部屋にいた男達は一斉に銃を構える。

 部屋に飛び込んできたのは、斧槍を構え、駆け出す少女。その目には、ターゲットである中年オヤジのでっぷりとした腹が映し出されていた。

 数発の銃弾を弾き、斧の斬撃を放つ。

 確実に、深く。


 そして、反撃の暇を与えることなく、身を翻し、背後から向けられていた銃口を柄で弾く。

 斧槍の突起で男の首を引っかけ、手前に寄せると、頭上から一突き。

 床ごと突き刺した斧槍の柄を使って、ポールダンスのように周囲の男達を蹴り殺していく。



 そうして出来上がったのは、死体の山。



 これが、少女の日常。

 殺し屋として育てられた彼女にとって、呼吸するに等しい行為だ。



 死体の山を眺め、一服する。

 チャーリーは窓に背中を預け、殺人の快楽にふけっていた。


「あー、最高。中年オヤジの腹、切り心地良すぎ」


 今回の死体は脱税、不倫、ギャンブルの揃った中年男性。そっと視線を向ければ、にごった青い眼がこちらを見ていた。


「あとはバリーに任せて……今日の仕事はおわりか?」


 役目を終えた斧槍を拾い上げ、床に落とした煙草の火をつま先で揉み消す。

 さて、帰ろうかと部屋の外へ出た途端、チャーリーは眉を細めた。部屋を出て正面──エレベーターの数字がどんどん上昇していく。

 ここは最上階、チャーリーはいまだ出番の残る斧槍を握り直し、エレベーターへと向かう。


「──VIPルーム、一名様ご案内。ってか」


 到着音と共に床を蹴り、高速で走り出した。

 扉が開いた瞬間を狙って、隙間から手をねじ込む。そして視界に捉えた人物の胸ぐらを掴みあげる。

 そのまま、斧槍で頭を貫こうとして──、


「ま、まって、あっ、あなたのことが好きなんです!」

「は?」


 と、咄嗟のことに少女の手が止まる。命乞いのつもりか。

 恋愛を知らずに育ってきた少女は、面食らった顔でその男を見る。


 ──顔にそばかすのある、栗毛のパーマ男。

 正直、好きか嫌いかなら、嫌いな顔と態度だ。


 少女は槍をぐっ、と相手の顔に近づける。


「言い残したことはあるか?」

「っ……じゃ、じゃあ、お願いを聞いてくれますか? 一生のお願いです」

「言ってみろ」

「スマイルをおひとつ、ください」


 チャーリーは鼻をならすと、男の顔に近づく。男の目には涙もなく、真っ直ぐとチャーリーを見つめていた。


 ──好きだの、笑顔をくれだのおかしなことを言う。


「そうかそうか、笑顔が見たいのかお前」


 チャーリーの言葉にその男は激しく首を縦に振る。その素直な反応に、気分が良くなったチャーリーは男の首から手を離し、



「見せるわけねーだろ変態野郎」



 と、男の頭に斧槍を突き刺した。




 それが一週間前の話。

 チャーリーは虫湧く小汚い宿のベッドで、頭をかきむしる。


「あーあーあー! なんで仕事がこねぇんだよ! 誰でもいいから殺させろ!」


 水に沈められたかのような息苦しさ、今すぐにでも誰かを殺めたいという衝動。

 チャーリーは最低限の手荷物をひっつかみ、宿を飛び出した。

 向かうのはチャーリーの雇い先、殺し代行屋"MADDER"。父親が推薦した、裏社会の掃除屋だ。


「開けろ開けろさっさと開けやがれ」


 虹彩認識に、指紋認証。厳重なロックを突破してたどり着いたのは、対面型のソファ一組しかない真っ黒な空間。

 座り心地の良いソファに勢いよく座り、天を仰ぐ。


「おい、ボス! 仕事を貰いに来た! アタシがだぞ、このアタシが!」

「……シャーロット、来る時は連絡しろって言っただろ」

「その名で呼ぶな」


 チャーリーが視線を戻した先、眼鏡をかけた無精髭の男性が、眠そうに扉から部屋へと入ってきた。 

 幼い頃から何度も世話になったが、その身なりと態度には正直、反吐が出るほどだ。


「見て分からないのか? こっちは……ふわあーあ、徹夜するほど大忙しだ」

「じゃあ、なんでアタシに仕事が回ってこないんだ。バリーにも連絡がつかないし……」

「バリーは辞めた」

「──は?」


 二週間前に、と言うボスの言葉にチャーリーは「それはおかしい」と反論し、

「だって、一週間前の仕事の後処理は? アタシはてっきりバリーが片付けてくれると思って……」


「おいおい、ニュース見てないのか。今じゃワイドニュースがその話題でひっきりなしだぞ」


 ボスが扉のすぐ側にあるボタンを押すと、真っ黒の部屋に白いスクリーンが現れる。

 そこには、"残虐な殺人鬼"、"無差別殺人の恐怖"、"十名以上の死者を出した、今年最悪の事件"といった見出しのニュースが映し出されていた。


「は、な、なんだこれ」

「あのなあ、チャリオット。確かにお前は強いし、速い。殺し屋でもトップをいく実力者だ。でもな……」


 ボスは地面を二回、足でタップし、テーブルを出現させると、資料を広げた。


「『プロは遺体を残さない』。お前の父親、俺の恩人の言葉を忘れたとは言わせないぞ。これは立派な──契約違反だ」


 紙に書いてあるのは契約違反の文字、それと解雇の文字も見えた。

 チャーリーはわななく唇を噛み締め、机を叩く。


「だと、しても! アタシがいなくなって困るのはお前達だろ!」

「ああ。依頼の数が減って、潰れるかもな」

「ならアタシを手放すメリットはない! そうだろ!?」

「バリーが一緒ならな」

「?」


 ボスはタバコに火をつけると、チャーリーと対面するようにソファに座る。その目には微かな怒りの色が浮かんでいた。


「バリーがいままでどんなに大変だったか、気づいてないのか? 肉片や血液なんかを隅々まで綺麗にして、その上、円滑な依頼人とのやり取りもこなしてた」

「アタシだって……そのくらい……」

「やってたか?」


 チャーリーの仕事は殺すこと。依頼人とのやり取りは自分の仕事じゃないと、バリーに一任していた。

 ボスの言葉に反論できないまま、視線を落とす。


「正直、バリー無しのお前はただの厄介者だ。このままお前を一人で働かせると、また新聞の一面になりかねない。そうなりゃうちはおしまい。わかったか?」

「……ああ」


 理解した、反省もした。

 だからこそ、殺人しか能力のない自分にはここにしか居場所がないのだ。解雇されて野垂れ死ぬのだけは嫌だった。

 チャーリーはボスの次の言葉を、切実な想いで待ち構える。

 解雇だけは、勘弁して欲しいと。


「……まあ、そんなに落ち込むな。それに、こっちだってお前を手放すには惜しい」

「ほんとか?」

「ああ。だからお前に、挽回するチャンスをやるよ」


 ぱちん、とボスが指を鳴らすと、黒い床にスポットライトが照射される。そこには一つの遺体が転がされていた。

 だが、驚くべきことは遺体ではなく、その顔だった。


「あ? そいつは……」


 こちらに向けられた顔、額に空いた大きな穴と、頬のそばかすが印象的だった。さらにはくるくるとはねる栗色の髪。そう、まさに──、


「お前が最後に殺したやつ、で間違いないな?」


 ボスの言葉に、おそるおそる頷く。同時に背中に嫌な汗がにじんだ。


「契約の内容はこうだ。彼と組んで、ある仕事をこなせ」

「ちょ、ちょっとまて、死体と組め? そんなバカな話が──」


 あまりの突飛な話にソファから立ち上がる。しかし、気づけば死体の横に、別の誰かの足が見えた。

 徐々に視線をあげると、そこには、床に転がっている死体と全く同じ顔の男がいた。


「なん、で──」

「初めまして! いや、お久しぶり、なのかな? 僕の名前はヤナギ・ケイ、よろしくね!」


 きわめて明るく、にこにことした様子でチャーリーに握手を求める男。事態を飲み込めないままのチャーリーに、ボスが説明し始める。


「彼は、特殊な能力をもった人間だ。見ての通り、死んでも新しい体で生き返る。理屈は分からんが、そういう体質らしい」

「は?」

「で、彼と組んで、死体を一つも残さず、仕事をこなすことができれば、解雇を取り消そうって契約だ」

「は?」

「気をつけろよ。こいつ、死ぬ度に死体を落とすからな。ちゃーんと回収するんだぞ」

「は?」

「ってことで、依頼された仕事を後で通達するから、こいつ連れて現場行ってくれ」

「は?」

「じゃあ俺は戻るから、あとはよろしくな」


 取り付くしまもない説明に、チャーリーは困惑するほかなかった。

 肩をぽん、と叩かれ、そのままボスは部屋を去っていく。残された彼女の手を半ば強引に取るのは、ヤナギ・ケイと名乗った男だった。


「おい、離せ」

「前に言った、『一生のお願い』覚えてる?」

「あ?」

「スマイル一つ、くれないかな?」


 ──まさか、こいつ、本気であんなことを言ってたのか!?



 爛々と輝く瞳が、酷く憎らしい。

 天を仰ぎ、チャーリーはため息をつく。


 不死身の足でまといを連れながら、死体を残さないように殺しをしなければならない。

 こんなのは──、



「──笑えねぇ冗談だ」

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第14回書き出し祭り 第2会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は1月8日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ