一生のお願い!
裏社会で有名な殺し屋一家の一人娘、コードネームはチャリオット。
戦車のごとき戦闘力と破壊力を持ち、魅了するほどの身体能力を備えた彼女を倒せる者はいない。
しかし、彼女の通った道は常に死屍累々、それはもう雇い主すら目を覆うほどの大惨事。
同僚の間では、「後ろ足の砂」と蔑称されるほどであった。
そしてついに、仕事でミスをおかしてしまったチャーリー。雇い主から解雇を言い渡され、ある契約を持ちかけられる。
「この男と組んで、遺体を残さず、しっかりと仕事をこなすことができれば、解雇の件を取り消そう」
そうして現れたのは、以前チャーリーが殺したはずの男。
──これは、殺し屋の少女と不死身の少年がつむぎ出す、歪な愛の物語。
──七歳の誕生日、少女は一丁の銃をプレゼントされた。
そしてその夜、銃の反動と血の温かさを体に刻み込んだ。
それから十年。
少女は斧槍を肩に担ぎ、高級ホテルのVIPルームの扉の前で、突入の時を待っていた。
かちり、と腕時計の針が約束の時間を指した瞬間、少女の白くたくましい足が扉を蹴り破った。
その音と衝撃に、部屋にいた男達は一斉に銃を構える。
部屋に飛び込んできたのは、斧槍を構え、駆け出す少女。その目には、ターゲットである中年オヤジのでっぷりとした腹が映し出されていた。
数発の銃弾を弾き、斧の斬撃を放つ。
確実に、深く。
そして、反撃の暇を与えることなく、身を翻し、背後から向けられていた銃口を柄で弾く。
斧槍の突起で男の首を引っかけ、手前に寄せると、頭上から一突き。
床ごと突き刺した斧槍の柄を使って、ポールダンスのように周囲の男達を蹴り殺していく。
そうして出来上がったのは、死体の山。
これが、少女の日常。
殺し屋として育てられた彼女にとって、呼吸するに等しい行為だ。
死体の山を眺め、一服する。
チャーリーは窓に背中を預け、殺人の快楽にふけっていた。
「あー、最高。中年オヤジの腹、切り心地良すぎ」
今回の死体は脱税、不倫、ギャンブルの揃った中年男性。そっと視線を向ければ、にごった青い眼がこちらを見ていた。
「あとはバリーに任せて……今日の仕事はおわりか?」
役目を終えた斧槍を拾い上げ、床に落とした煙草の火をつま先で揉み消す。
さて、帰ろうかと部屋の外へ出た途端、チャーリーは眉を細めた。部屋を出て正面──エレベーターの数字がどんどん上昇していく。
ここは最上階、チャーリーはいまだ出番の残る斧槍を握り直し、エレベーターへと向かう。
「──VIPルーム、一名様ご案内。ってか」
到着音と共に床を蹴り、高速で走り出した。
扉が開いた瞬間を狙って、隙間から手をねじ込む。そして視界に捉えた人物の胸ぐらを掴みあげる。
そのまま、斧槍で頭を貫こうとして──、
「ま、まって、あっ、あなたのことが好きなんです!」
「は?」
と、咄嗟のことに少女の手が止まる。命乞いのつもりか。
恋愛を知らずに育ってきた少女は、面食らった顔でその男を見る。
──顔にそばかすのある、栗毛のパーマ男。
正直、好きか嫌いかなら、嫌いな顔と態度だ。
少女は槍をぐっ、と相手の顔に近づける。
「言い残したことはあるか?」
「っ……じゃ、じゃあ、お願いを聞いてくれますか? 一生のお願いです」
「言ってみろ」
「スマイルをおひとつ、ください」
チャーリーは鼻をならすと、男の顔に近づく。男の目には涙もなく、真っ直ぐとチャーリーを見つめていた。
──好きだの、笑顔をくれだのおかしなことを言う。
「そうかそうか、笑顔が見たいのかお前」
チャーリーの言葉にその男は激しく首を縦に振る。その素直な反応に、気分が良くなったチャーリーは男の首から手を離し、
「見せるわけねーだろ変態野郎」
と、男の頭に斧槍を突き刺した。
◆
それが一週間前の話。
チャーリーは虫湧く小汚い宿のベッドで、頭をかきむしる。
「あーあーあー! なんで仕事がこねぇんだよ! 誰でもいいから殺させろ!」
水に沈められたかのような息苦しさ、今すぐにでも誰かを殺めたいという衝動。
チャーリーは最低限の手荷物をひっつかみ、宿を飛び出した。
向かうのはチャーリーの雇い先、殺し代行屋"MADDER"。父親が推薦した、裏社会の掃除屋だ。
「開けろ開けろさっさと開けやがれ」
虹彩認識に、指紋認証。厳重なロックを突破してたどり着いたのは、対面型のソファ一組しかない真っ黒な空間。
座り心地の良いソファに勢いよく座り、天を仰ぐ。
「おい、ボス! 仕事を貰いに来た! アタシがだぞ、このアタシが!」
「……シャーロット、来る時は連絡しろって言っただろ」
「その名で呼ぶな」
チャーリーが視線を戻した先、眼鏡をかけた無精髭の男性が、眠そうに扉から部屋へと入ってきた。
幼い頃から何度も世話になったが、その身なりと態度には正直、反吐が出るほどだ。
「見て分からないのか? こっちは……ふわあーあ、徹夜するほど大忙しだ」
「じゃあ、なんでアタシに仕事が回ってこないんだ。バリーにも連絡がつかないし……」
「バリーは辞めた」
「──は?」
二週間前に、と言うボスの言葉にチャーリーは「それはおかしい」と反論し、
「だって、一週間前の仕事の後処理は? アタシはてっきりバリーが片付けてくれると思って……」
「おいおい、ニュース見てないのか。今じゃワイドニュースがその話題でひっきりなしだぞ」
ボスが扉のすぐ側にあるボタンを押すと、真っ黒の部屋に白いスクリーンが現れる。
そこには、"残虐な殺人鬼"、"無差別殺人の恐怖"、"十名以上の死者を出した、今年最悪の事件"といった見出しのニュースが映し出されていた。
「は、な、なんだこれ」
「あのなあ、チャリオット。確かにお前は強いし、速い。殺し屋でもトップをいく実力者だ。でもな……」
ボスは地面を二回、足でタップし、テーブルを出現させると、資料を広げた。
「『プロは遺体を残さない』。お前の父親、俺の恩人の言葉を忘れたとは言わせないぞ。これは立派な──契約違反だ」
紙に書いてあるのは契約違反の文字、それと解雇の文字も見えた。
チャーリーはわななく唇を噛み締め、机を叩く。
「だと、しても! アタシがいなくなって困るのはお前達だろ!」
「ああ。依頼の数が減って、潰れるかもな」
「ならアタシを手放すメリットはない! そうだろ!?」
「バリーが一緒ならな」
「?」
ボスはタバコに火をつけると、チャーリーと対面するようにソファに座る。その目には微かな怒りの色が浮かんでいた。
「バリーがいままでどんなに大変だったか、気づいてないのか? 肉片や血液なんかを隅々まで綺麗にして、その上、円滑な依頼人とのやり取りもこなしてた」
「アタシだって……そのくらい……」
「やってたか?」
チャーリーの仕事は殺すこと。依頼人とのやり取りは自分の仕事じゃないと、バリーに一任していた。
ボスの言葉に反論できないまま、視線を落とす。
「正直、バリー無しのお前はただの厄介者だ。このままお前を一人で働かせると、また新聞の一面になりかねない。そうなりゃうちはおしまい。わかったか?」
「……ああ」
理解した、反省もした。
だからこそ、殺人しか能力のない自分にはここにしか居場所がないのだ。解雇されて野垂れ死ぬのだけは嫌だった。
チャーリーはボスの次の言葉を、切実な想いで待ち構える。
解雇だけは、勘弁して欲しいと。
「……まあ、そんなに落ち込むな。それに、こっちだってお前を手放すには惜しい」
「ほんとか?」
「ああ。だからお前に、挽回するチャンスをやるよ」
ぱちん、とボスが指を鳴らすと、黒い床にスポットライトが照射される。そこには一つの遺体が転がされていた。
だが、驚くべきことは遺体ではなく、その顔だった。
「あ? そいつは……」
こちらに向けられた顔、額に空いた大きな穴と、頬のそばかすが印象的だった。さらにはくるくるとはねる栗色の髪。そう、まさに──、
「お前が最後に殺したやつ、で間違いないな?」
ボスの言葉に、おそるおそる頷く。同時に背中に嫌な汗がにじんだ。
「契約の内容はこうだ。彼と組んで、ある仕事をこなせ」
「ちょ、ちょっとまて、死体と組め? そんなバカな話が──」
あまりの突飛な話にソファから立ち上がる。しかし、気づけば死体の横に、別の誰かの足が見えた。
徐々に視線をあげると、そこには、床に転がっている死体と全く同じ顔の男がいた。
「なん、で──」
「初めまして! いや、お久しぶり、なのかな? 僕の名前はヤナギ・ケイ、よろしくね!」
きわめて明るく、にこにことした様子でチャーリーに握手を求める男。事態を飲み込めないままのチャーリーに、ボスが説明し始める。
「彼は、特殊な能力をもった人間だ。見ての通り、死んでも新しい体で生き返る。理屈は分からんが、そういう体質らしい」
「は?」
「で、彼と組んで、死体を一つも残さず、仕事をこなすことができれば、解雇を取り消そうって契約だ」
「は?」
「気をつけろよ。こいつ、死ぬ度に死体を落とすからな。ちゃーんと回収するんだぞ」
「は?」
「ってことで、依頼された仕事を後で通達するから、こいつ連れて現場行ってくれ」
「は?」
「じゃあ俺は戻るから、あとはよろしくな」
取り付くしまもない説明に、チャーリーは困惑するほかなかった。
肩をぽん、と叩かれ、そのままボスは部屋を去っていく。残された彼女の手を半ば強引に取るのは、ヤナギ・ケイと名乗った男だった。
「おい、離せ」
「前に言った、『一生のお願い』覚えてる?」
「あ?」
「スマイル一つ、くれないかな?」
──まさか、こいつ、本気であんなことを言ってたのか!?
爛々と輝く瞳が、酷く憎らしい。
天を仰ぎ、チャーリーはため息をつく。
不死身の足でまといを連れながら、死体を残さないように殺しをしなければならない。
こんなのは──、
「──笑えねぇ冗談だ」