Work of SSS File No.2 ~嵐の鈴は狂気の音色~
「頼むよ! あんた達だけが頼りなんだ!」
夏休みもいよいよ目前に迫ったある日の放課後。SSSの来客用テーブルをバン! と叩いて、対面する所長の金音静流に懇願するウェイトレス姿の少女。彼女が今回の依頼人・白川 智華。18歳。SG高等部3-Aの生徒。つまり、静流のクラスメイトである。
「そうは言ってもねぇ……SSSは仮にも“探偵商社”よ? 貴女、SSSを何でも屋だって勘違いしてない?」
「だからこうやって必死に頼んでるんじゃないか! なあ、お願いだよ静流! あんたとあたしの仲だろう!?」
実に女の子らしい顔立ちと名前に反して、時代劇の岡っ引きのような口調でまくし立てる智華。片や静流は困惑気味。
この学園都市SCでは毎年夏休み初日から5日間に渡り、『Cafe・Restaurant of the yearコンテスト』なる飲食店のコンクールが開催される。今年で3回目を数えるこのコンクールは、SC内にある総数20店ほどの飲食店がそれぞれカフェ部門、レストラン部門に分かれて5日間の売り上げ・来客数を競い合い、見事優勝した店舗には主催者の理事長から賞金300万円とオブザイヤーの称号が授与されるのだ。ここで一年間の売り上げが決定すると言っても決して過言ではない。
智華はイーストアベニューの更に東側に店を構える『Cafe wind bell』のウェイトレスであり、配膳係を取りまとめるマネージャー。去年一昨年と優勝を逃している為、今年こそは必ずやコンクールで優勝しようと心に誓い、SSSの協力を仰ぐべく事務所のドアを叩いたのだ。
「それにしても……従業員の殆どが食中毒って、それ飲食店としてどうなのよ?」
「し、仕方ないじゃないか! 余った食材を無駄にする訳にはいかないだろ!?」
「あのねぇ……」
静流は呆れた表情で嘆息する。
智華がSSSに依頼しているのには理由がある。つい昨日、8人の従業員の内オーナーと智華を除く、賄い料理を食べた6人が食中毒によって床に伏せてしまったのだ。どうやら古い食材を使ったのが原因らしい。ただでさえ夏場は鮮度に気を使わなければいけないと言うのに。飲食店としてはあるまじき愚行である。因みに昨日の賄いを作ったのは智華。料理は上手いのだが、そう言った管理の方は無頓着のようだ。
「で、でも、お客様に出す料理で食中毒を出した事は無いし、一応保険部の審査も通ったから、あとは人数さえ揃えば出場出来るんだよ!」
「う~ん……」
「お願いだよ静流! 今年こそはあのいけ好かない『Cafe MERMAID』に勝ちたいんだ!」
『Cafe MERMAID』とは、開催以来2年連続でカフェ部門のオブザイヤーに輝いている今大会でも優勝候補の筆頭だ。学園や居住エリアからも近いサウスアベニューに店を構えており、コーヒーや料理も美味しいとオブザイヤーの名に恥じぬ評価を得ている。
だがチャンピオンの座を維持している理由はそれだけではない。この店の最大の売りは『ウェイトレス』。要するに可愛い子ばかりを雇っている訳だ。一説によると、オーディション(水着審査含む)で厳選しているらしい。しかもその選ばれたウェイトレスが、文字通りマーメイド、つまり人魚をモチーフにした、ボディラインが浮き彫りになるコスチュームに身を包み接客するのである。これだけあからさまに狙えば、人気が出るのも当然の結果と言えよう。無論、客はヤローばっかりだが。
一方『Cafe wind bell』はと言えば。別に閑古鳥が鳴くほど繁盛していない訳ではない。メニューについては『Cafe MERMAID』よりも上に評価する人だっているくらいだ。制服の評判も上々。だが、それを着るウェイターやウェイトレスのレベルは並。『Cafe MERMAID』に対抗出来そうな上玉はせいぜいこの智華くらいなものだ。そして何より、立地条件が悪すぎる。居住エリアであるウェストアベニューの反対側、イーストアベニューに店舗を構えているのだ。それ故、普段でも学校帰りの生徒達は殆ど来ない。せいぜい近くで働いている会社員や買い物帰りの人だけだ。
確かに普通にやったのではまず勝ち目はない。だが、春奈や理央と言った学園屈指の人気者が揃うSSSのメンバーが店員であれば、何とか対抗出来るかもしれない。智華はそう考えたのだ。
真摯な懇願を繰り返す智華に対し、この『探偵っぽくない仕事』に強い難色を示す静流。両者の話し合いは平行線を辿って結論が出ないまま時間だけが無駄に経過して行く、そんな中―――
「フン、あんた達が何をやったって無駄よ。今年も優勝は私達で決まりなんだから」
唐突に鈴の音を思わせる、凛と鳴るような少女の声がSSS事務所に響き渡る。
「み、深玲………!!」
「智華、あんた達みたいなイモ集団『風鈴』風情が、私達『人魚』に敵う道理なんて1ミクロンも存在しないわ。イモはイモなりに大人しく、隅っこでプルプルと子ウサギのように震えているのがお似合いよ。……あら、それはそれで可愛いかも知れないわね♪」
開け放った事務所の入り口ドアに背を預けて腕を組み、嘲笑を浮かべながら智華に罵詈雑言を浴びせ掛けるこの女生徒。彼女の名は御厨 深玲。高等部3-Bの17歳。華やかな顔立ちと煌びやかな声、スラリと均整の取れたスレンダー体型を武器に『Cafe MERMAID』の一番人気ウェイトレスの座に君臨している少女である。その傍若無人な性格ながら外面の良さも相まって、とどのつまり『デーハー女』……ではなく、『女王様』な訳だ。
言うまでもないと思うが、因みに『風鈴』とは『Cafe wind bell』を、『人魚』とは『Cafe MERMAID』をそれぞれ指した愛称だ。決して作者が面倒になった訳ではない事をここに注釈しておく。
「……おい御厨、お前どうやってここまで入って来た? 事前にアポのねェヤツは外壁に付いてるインターホンで応対して、中からドアを開けねェとここまで来れない仕組みに……げふぅ!?」
深玲に突っかかる瑛理を事も無げに撥ね退け、見下す。
「近寄らないで汚らわしい。あんたみたいなプログラミングバカに、私を問い質す権利なんてないわ。まあ私の靴でも舐めるなら、少しは考えてあげてもいいのだけど?」
「プログラミングをバカにしやがったなこのクソ女ぁぁぁーーー!! テメエ死なす! ぜってー死なすぞコンチクショウ!!!」
「トサカ先輩っ! 落ち着いて! 何もプログラミングがバカにされた訳じゃないから!!」
傍らにいた雪夜が必死に瑛理を止める。そう、今の深玲の台詞だと、バカにしたのは『プログラミング』ではなく『瑛理』の方だ。瑛理はその部分に気付いているのかいないのか、怒り心頭で暴れている。雪夜は気付いていたようで、「バカにされたのは先輩の方だから」という台詞を寸での所で飲み込んだのだ。雪夜、グッジョブ。口が滑っていたら火に油だっただろう。
「………相変わらず性格ひん曲がってるねぇ、あんた……。何であんたみたいなのが人気があるんだか、あたしゃ不思議でならないよ……」
「あら、嫉妬? それはそうよね。私の美しさは人として羨望するに相応しいものだもの。私とあんたの格の違いを思い知るといいわ」
「………久しぶりに接したけど、受信機能不全は直っていないわね、貴女……。せめて人の話くらいきちんと理解しなさいよ。声がキレイなだけに勿体ないわ……」
あの静流でさえ嘆息させる唯我独尊女王様。
「フン、いい事? 静流、あんたとそこのバカ娘が『アレ』で私よりも上だったのは何かの間違いよ。……いいえ、小賢しいあんた達の事だから、何かの不正でも働いたのでしょう。そこまでして勝ちたい気持ちは分からなくもないけど、そんな事では何の名誉も得られないと知りなさい。私の美しさに敵う女なんていないわ。あんた達はまとめて、私の足元に這いつくばるがいいわ。まあ結果はすぐに白日の下に晒されるでしょうけど。うふふっ♪ せいぜい無駄な足掻きをすればいいんじゃない?」
『…………………』
メンバーと智華の絶句を屈伏と見なしたのか、ご満悦で事務所を後にする深玲。因みに深玲の言う『アレ』とは、昨年度の学園祭『大五郎フェスティバル(当然理事長命名)』において集計された、『全SG内・彼女にしたい女子生徒ランキング』の事である。その結果は、1位が春奈、2位が静流、そして3位がこの深玲だった。彼女は未だにその事を根に持ち、春奈と静流が票の不正操作をしたと信じて疑わない。無論そんな事は断じてないのだが。
……その際に同時に行われた『全SG内・彼氏にしたい男子生徒ランキング』でトンデモネー事件が勃発し、件のランキングは今年度から廃止となってしまったのだが……それはまた別のお話。
「…………智華」
「ん……? どうした静流? 声がいつもと違う気がするけど……?」
「依頼、受けてあげるわ。ちょっとあのコにお灸を据えてみたくなっちゃった」
「私も同意です静流先輩。不正なんてしてないもんっ!!」
「投票と違って情勢と結果が目に見える今回の件は、あのボケ女に一泡吹かせるにゃちょうどいい機会かもな。プログラミングをバカにした事を後悔させてやんぜ……!!」
『…………………』
再び絶句する他のメンバー(雪夜・理央・碧・瞬)を尻目に、やり玉に挙げられた連中はゴゴゴーと気勢を上げる。こうして、SSSは此度の依頼を総出で引き受ける事になったのだ―――
事前の打ち合わせによって、配置は以下のように決まった。
配膳係……………………雪夜、春奈、理央、静流
厨房………………………瞬(主に食器洗い)、智華、オーナー
経理と伝票処理…………碧、オーナー
宣伝と雑務処理…………瑛理
『Cafe wind bell』はSSSのメンバーが店員として参加する事をネットなどを通じ大々的に宣伝し、いざコンクール初日を迎える。
『いらっしゃいませ! ようこそCafe wind bellへ!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
渦巻く絶叫。途絶える事を知らない客足。この状況を一言で言うと。
『カオス』だった。
SGに数多存在するバンドの中でもダントツトップの人気を誇る『Melodious Mind』のメンバーに加え、そのお嬢様然とした雰囲気で男女問わず人気のある静流。その4人が揃って接客しているのだ。その姿はSCで考えうる最強の集客力を持っていた。
SSSにはあるシステムがあって、ファンがメンバーに会いたいからと言う理由で極単純な依頼を持ってくる事は出来ないようになっている。つまり、依頼を篩いにかけている訳だ。その所為で、学園以外では中々メンバーに会う機会はない。そのメンバーが、ウェイター・ウェイトレスとして制服に身を包み、接客してくれる。ファンならどれだけ寮から遠くとも来店するのは道理だろう。
「雪夜! あれ歌ってくれ、あれ! え~と……曲名が出て来ねぇ! じゃあ何でもいいや! とにかく何か歌ってくれ!」
「当店は歌声喫茶ではありません……」
客のクラスメイトに人間ジュークボックスと勘違いされている雪夜。
「L・O・V・E ラブリー春奈ァァァーーーーー!!」
「みんな、注文はデラックススイートパフェ(税込\3600)にしてね♪」
ウェイトレス姿に昇天寸前のファンに囲まれながらも、意外と商売上手の春奈。
「きゃあああ! 理央様~~~!!」
「やあ美香。わざわざオレに会いに来てくれたんだな。これはオレからのサービス」
女性客に愛のバーゲンセール(頬や額にキス)を行う理央。
「あ、あの! 金音先輩、これ、読んで下さい!」
「あら、ラブレターね。嬉しいわ。でも、もうちょっと大人になったらね♪」
青少年に夜中眠れなくなってしまうであろうイメージを植え付けて行く静流。
「ほら木ノ下くん! まだ汚れが残ってる! 食器はもう少しちゃんと洗って!」
「へい姉御!」
「誰が姉御じゃい!!」
漫才を演じつつも、中々上手くやっている瞬と智華。
「…………………………」
「すげぇ……。このコ機械?」
オーナーに変な関心をされながらも、至って黙々と仕事をこなす碧。
「オラオラてめェら見やがれ! 見ねェとパソコン・携帯が壊れんぞ!!」
超強化ウィルスを搭載した宣伝特設HP直結メールを、SCのみならず全世界に発信し続ける瑛理。
二階を含めても80席程の店内は常に満席すし詰め状態。炎天下の中3時間以上待つ客も珍しくない。2日目からは正規従業員も復帰して、店の前の広場を仮設オープンテラスとして120席増設したものの、それでさえまだ焼け石に水。SSSの店員、美味しいメニュー、瑛理作成によるHPでの洗脳……もとい、宣伝。噂が噂を呼び、初日でさえ充分カオスだった客足は、リピーターと相まって日を追う毎に増加の一途を辿る。SC外部からの客も多く、期間内のSCの人口密度はいつにも増して膨れ上がっていた。
……あ、おまけ。
「お客さん……随分少ないですね、御厨先輩………」
「……………………」
普段よりも少ない客入りに絶望風味の人魚の面々。
こうして、怒涛の5日間は瞬く間に過ぎ去って行く―――
最終結果
延べ来客数……9,768人(歴代1位)
売り上げ……\8,156,813(歴代1位)
病院に運ばれた人数……346人(歴代1位)
壊した調度品・食器……\64,200分(歴代1位)
宣伝用HPアクセス数……604,235,692hit(歴代1位)
『Cafe wind bell』は、あらゆる部門で1位を獲得。見事『Cafe of the year』に輝いた。その打ち立てた金字塔から、今年のコンクールはwind bell(風鈴)では足りないと言う事で『嵐の鈴』事件としてSCの歴史に残ったそうな。
「御厨先輩……。今回のコンクールでの人魚の売り上げは、平日の半分です………」
「きいぃぃぃーーー!!! 悔しいぃぃぃーーーーー!!!」
咥えたハンカチを引き千切らんほどに絶叫する深玲。コンクール中、『Cafe MERMAID』を含めたその他の全ての店で閑古鳥が鳴いていた事は言うまでもない―――――
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