Interlude ~綾辻夕人の苦悩~
「ふっふっふ……ボクはこの時を待ちわびていたよ……」
季節は飛びに飛びまくって春。場所はもう、『ド』が付くほどの田舎。そんな所に建つ、本当に小さな三流大学が舞台である。
「ふっふっふ……ボクは今日から生まれ変わるんだ!」
彼の名は綾辻夕人。日本有数の資産家の家に育ち、かつて世界的権威を誇る『ウィーン国際ピアノコンクール』で3位入賞を果たした事もあるほどの天才ピアニストである。
が、それは彼のほんの一面にすぎない。彼には大きな声では言えないような暗黒面が存在するのだ。
『ストーカー』。金を湯水の如く使い、気に入った女の子を徹底的に調べ上げる。それが彼の恋愛スタイルなのである。
「くそ! あんな事さえなければ……ボクはここまで苦労しなかったのに!」
事の発端は去年の夏まで遡る。
夕人は当時、『SG』と呼ばれるちょっと変わった学校の大学部に在籍していた。かくかくしかじかで、あるストーキング対象の女の子を秘密の部屋に連れ込む所までは成功したのだが、寸での所でその女の子の彼氏(対外的既成事実)に邪魔をされてしまった。そしてその報復行為として彼の本性をバラされた挙句、SGを追放されてしまったのだ。
情報拡散プログラムを組んだ某探偵商社社員の某情報屋曰く、
『あー? 綾辻の情報? さあな。今頃世界の裏側まで出回ってんじゃねェか?』
との事。つまり彼は敵に回してはいけない類の連中を敵に回してしまった訳だ。まあ完全に自業自得なので、同情の余地は欠片もないが。
その後、噂が薄れる今春まで引きこもり、更に出来うる限り田舎の大学を選んで今日から新たなキャンパスライフをスタートさせようと言うのである。因みに当然裏口入学。信用が多少失墜してしまったとはいえ、綾辻家はまだそれなりの権力を有しているようだ。
この9ヶ月で、さすがに悔い改め人間的にも成長しているかと思われた夕人は……
「ふっふっふ……今日からさっそく、新たなストーキング対象の捜索だ。春奈ちゃん並みに可愛い子がいるといいなぁ。ふふふ……あはは……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
全く反省してねえのである。あれだけ酷い目に遭っておいて今尚そのファイティングスピリッツには些かの衰えも感じられない。ある意味では賞賛に値するが………綾辻さん、『学習能力』って言葉知ってる?
「あンれま~都会から来た人だべか!? おら初めて実物見るっぺよ!!」
「…………」
「東京っつーのは魔物が棲んでるんだべ!? 男はみ~んな狼だって話だっぺよ!!」
「………………」
「あンれやンだ~! この人おらの事、熱い眼差しで見つめてるっぺよ! おらはンずかすぃ~から見んとって~!!」
「…………………………」
オリエンテーリングの時間、たまたま隣にいた女の子に声を掛けてみたが、御覧の通り、めっちゃ訛っているのである。言葉自体はともかく、イントネーションが既に標準語とは全く別物の為、都会でしか暮らした事の無い夕人にとってはその響きまさに異国語の如し。さらに早口。オーストリアの公用語であるドイツ語の方がまだ理解しやすいというものだ。もう可愛らしいとかいうレベルではない。しかもいつの時代の認識なのか、かなり都会について曲解している。
「くっそ……これじゃストーキング対象を見つけるどころの話じゃ………」
「ストッキング!? あンれま~この人、おらの足さ欲情しちまっただか!? 都会人はやっぱし積極的だなや~!!」
「勝手に言ってろこの異国人!! 日本にいるなら日本語を話せ日本語を!!」
「おら……あんたにだったら許しても………ポッ」
「頬を染めるな異星人!! 誰がお前なんかと……!!」
「照れちゃってま~めんこいだなや~! おらに任せればお~るおっけ~だべさ!! そンじゃ、今からおらのとーちゃんとかーちゃんを紹介しに………」
「誰か通訳連れて来てっ!!」
……こうして滝のような涙とともに、綾辻夕人の新たなキャンパスライフが幕開けた。
頑張れ夕人! 負けるな夕人! 幸せ掴むその日まで!! つーかそれは自業自得だ!! あとは勝手にやってくれ!!
Interlude out