Interlude ~スナオなキモチ~
「……ふにゃぁ~……すー……すー……」
「………」
「……ふみゅぅ~……くー……くー……」
「………………」
「……うにゃぁ~……ごろごろ……」
「ネコかっ!?」
夏の休日。快晴の昼下がり。僕・水乃森雪夜は春奈に誘われるまま、SC内にある丘陵公園へとピクニックに来ていた。
しつこいくらいに『朝4時に起きて準備した』を強調した、満漢全席かと見紛う程の弁当(驚くなかれ、何と重箱四段重ね)を二人で何とか平らげ、木陰に入って食休みを取っている所だ。つーか食い過ぎで動けません。……一体何の嫌がらせだろう? いやまあ、美味しかったけどね。
で、当の春奈はと言えば……
「……ぐにゃぁ~……むにゃむにゃ……」
「………………」
これである。別にネコ化している訳ではない。そんなファンタジー要素、HMには必要ない。お姫様は現在、従者である僕を差し置いてお昼寝の真っ最中だ。さっきから出てくる奇妙な鳴き声は全部春奈の寝息。かなり深い眠りに陥っているらしく、多少声を掛けた程度では起きない。どうやら本当に早起きして弁当を用意していたようだ。寝不足で腹が満たされれば眠くなるのは人間として当然の機能。でもこんだけの量を食ってすぐ寝てしまうのはどうなのか。牛になりますぞ、春奈姫。
で、春奈は僕の膝を枕にして寝ている為、僕は身動きも取れずにこのまま放置されている訳だ。
何もする事がない……と言うよりも、何も出来ないので、仕方なく起きるまで春奈の様子を見て過ごす事に。僕の膝を枕にし、僕の体に対して背を向けて寝ている春奈は、どんな夢を見ているのか何だか少し微笑んでいるように見える。長くて綺麗な髪は放射状にバラけて、毛先が踊るように風と戯れていた。
髪を撫でる。手入れが行き届いている春奈の髪は上質な絹糸みたいで、サラサラと指の間からこぼれ落ち、とても手触りがいい。
春奈がピクニックを提案してきた理由は何となく分かっていた。先日巻き込まれた例の『綾辻夕人ストーカー事件』。あの事について、僕にお礼がしたかったのだろう。僕が「気にするな」と言ったからか春奈は何も言わないが、本当はお礼がしたくてヤキモキしていたようだ。悲しいかな、幼馴染だと何となく分かってしまうのだ。僕はあの巨大ハンバーグだけで充分だったんだけど。
「面倒なヤツ……」
苦笑する。分かっていながらそれに付き合う僕も僕だよなぁ。まあ勿論嫌な訳じゃないけど。嫌だったら最初から断ってる筈だし。
春奈は「ううん……」と身を捩って仰向けになる。そして、今までとは違う寝言を口にした。
「………雪夜……いつも……………ありがと…………」
……違う。違うよ、春奈。その台詞はお前が言うべき事じゃない。お礼を言いたいのは僕の方だ。春奈はいつも僕に救われてきたって言うけど、違うんだ。救われてきたのは僕の方なんだよ、春奈。いつもいつも、こんな僕の傍に居てくれて、僕の隣で笑っていてくれて、ありがとう。春奈の笑顔に、僕はいつだって救われてきたんだよ。本当は僕の方がお礼しなくちゃいけないのに、本人の前ではどうも照れくさくて口に出来ない。お前が聞いていない時にしか素直な気持ちを出せない臆病な僕を許して欲しい。
とても、とても春奈が愛おしくなって、僕は春奈の額に軽くキスをした。
ホントに一瞬触れるだけの、今時小学生でも平気で交わすようなお子様キス。それすらも恥ずかしくて、顔が真っ赤になるのが分かる。もし理央がこの場にいたら、さぞかしバカにされるだろうな……。
「………ふふふ………」
僕のキスが夢の中にも伝わったのか、春奈はさっきよりも嬉しそうに微笑む。つられて僕も笑顔になる。照れ隠しに空を見上げた。晴れやかな夏の1ページ。高く、果てしなく高い空の、その目の眩むようなコバルトブルーは、何処までも穏やかに澄み渡っている。
「ううん……」
春奈がぼんやりと目を覚まし始める。お姫様は王子のキスで目覚めるものだと決まっているのだ。僕はそんな春奈の顔を眺めながら、精一杯の慈愛を込めて口を開く。
「おはよう、春奈―――――」
Interlude out