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Harmonical Melody  作者: 新夜詩希
6/21

Interlude ~Chase in hospital~

「大学病院だな! センキュ! あの野郎、ストーカーの分際でオレの春奈に手ェ出したらただじゃおかねェぞ! 覚悟しやがれ綾辻ィィィーーーーーーー!!」


「………あの、僕はこのまま放置ですか………?」




 綾辻に殴られたと思しき小太り兄ちゃんの推察に従って、僕・水乃森雪夜は一路大学病院を目指す。その道すがら、綾辻の取った行動を考えてみる。

 トサカ先輩と一緒に調べてみた所、綾辻夕人は医学科所属。この学校には音楽科があり、本人も天才とも称される程ピアニストとしての腕前を持つにも関わらず、だ。そこにどんな理由があるのかは分からないし、興味もない。だがその事実は、現行において綾辻にかなり有利に働く要因だろう。

 あの小太り兄ちゃんによると、春奈は失神しているらしい。あの春奈が何の前触れもなく失神するなんて事は考えにくいから、恐らく春奈を油断させるかどうにかして、何らかの薬品でも嗅がせたのではないか。所謂クロロフォルムとか。医学生なら容易に手に入れられるだろう。更に医学生なら当然大学病院にも出入りしているから、地の利もあるしある程度特殊な場所を歩き回っていても不審に思われない。多分何処かの部屋を監禁場所にしていると思うが……こちらはそう滅多に病院など行かない身分なので、入ってみないと分からない。

 病院の正門に到着。今日は日曜日。外来患者は殆どいないだろうが、今の時間なら見舞いの受付は機能しているだろう。確か夕方までだったと思ったけど。だとすれば春奈を抱えて正面から堂々と病院に入る事はないはずだ。それでは流石に目立ちすぎる。

 暫く観察すると、駐車場の植え込みに人ひとりは優に通れる隙間を見つけた。その通路を潜り抜けると……やっぱりあった。関係者入り口。診察時間でも大学の講義時間でもない為、人通りは皆無。緊急外来窓口でもないから受付もない。ここからなら春奈を抱えていても問題なく入れるだろう。僕は若干緊張しながらも、その入り口に手を掛けた。




「さてと……ここからが問題だ」


 病院内に入り込んだはいいものの、綾辻が何処へ行ったのか分からない。大学病院は広い。一般病棟、隔離病棟に加え、医学部の研究棟やら講義棟やら色々ひしめき合っている。闇雲に探しては手遅れになりかねない。

 ならば考える。現状で手にある条件を元に推理。春奈を助けられる可能性を1%でも引き上げる必要がある。一秒でも早く春奈の下へ駆けつける必要がある。下手を打てばゲームオーバー。……いや、そんな生易しいものじゃない。これはゲームじゃない。リセットボタンなんて親切なものは付いていないのだ。失敗は許されない。


「………………」


 綾辻は春奈を抱えている。それは大きなリスク。医学生の綾辻なら誰かに見つかっても多少の言い逃れは出来るだろうが、人ひとりを抱えて歩くのは容易な事ではない。確かに春奈は太っている訳ではないが……脱力した人間というのはとにかく重い。綾辻がそれなりに身体を鍛えていたとしても、おいそれと素早く動けるものではないはずだ。階段を上るなんてもっての他。誰が何処で見ているか分からない以上、目撃者はいないのが理想。人を背負って上るなんて目立ちすぎるし労が大きすぎる。エレベーターも使えないだろう。もしも乗っている時に人に出くわしたら言い逃れは難しい。途中で誰が乗って来るかも分からない、ドアが開いた先に人が待っているかもしれないのだから。

 案内板の見取り図を確認し、思考を巡らせる。今の考えでいけば綾辻は一階の何処かにいる事になる。且つそれほど遠い所、つまり他の棟への移動は出来ないと見ていいだろう。……だが一般病棟を監禁場所になんてするだろうか? 運び込むまではいいとしても、相手が目覚めてしまったら大声なり物音なりを出されてしまうかもしれない。それでは計画が水の泡。事を成すには何より監禁した後が大事だろう。つまりそれは……多少の音が響いても不審に思われない場所でなければ監禁は成立しないという事。幾ら口を塞いでも暴れられれば物音はする。となれば、一般病棟は当然の事、講義棟や研究棟も使えない。すると残るのは必然的に……


「……隔離病棟……か」


 だが隔離病棟はその名の通り、他の棟とは少し離れた所にある。人を抱えて歩いて行くにはリスクが大きい。何か……決め手が足りない。そう思って周囲をぐるりと見渡すと……案内板の右手に、取っ手が付いた高さ1m程の小さな鉄製の扉の様なものとその横にボタンが付いているのに気が付いた。これは……


「そうか……!」


 資材運搬用の小さなエレベーターだった。本来人が乗るようには設計されていないが、『最大積載量60kg』と書かれている。これなら春奈一人を運ぶには充分。扉の横スイッチを確認。ビンゴ。従来の吊り上げ式ではなく横移動が可能なコンベア式のようで、ちゃんと隔離病棟まで行ける仕組みになっているし、エレベーターの中身は隔離病棟で停まっていた。ついさっきこれが稼動した事実を物語っている。二人は流石に乗れないだろうが、春奈をこれに乗せて綾辻は一人悠々と歩いていけば誰にも不審に思われない。

 行き先は示された。さて、囚われのお姫様まであと一息だ。




 隔離病棟に到着。ここでもう一つ問題が発生する。それは当然、春奈達がこの隔離病棟の何処にいるのかという事。あっちからこっちに繋がる資材運搬用エレベーターはこの隔離病棟の入り口までしか通っていない。ここから棟内の他の所に運ぶにはまた別のエレベーターを使わなきゃいけないらしい。構造上の問題なのか、取り敢えず他のものは周囲には見当たらない。

 鍵が掛かっていた一般と隔離を繋ぐ扉は静流先輩直伝のアレでどうにかなったけど、ここから先は特に目ぼしい情報もない。棟は3階建てで、病室数も結構な量だ。でも見た感じ、1階の数部屋しか使われていないみたいで見舞い客も医師も看護士の姿も無い。物音一つしない。隔離病棟なのだから、元々防音はしっかりしているのだろう。こりゃ隠れ家としてはおあつらえ向き。多分これが使いたいから医学科を選んだのだろうな。綾辻は高等部の時にSGに編入して来たらしいから。

 そんな事を考えながら2階へ慎重に進んで行くと……唐突に天恵が訪れた。廊下を曲がった先に見知った顔を発見したのだ。同時に自分の推理が間違っていなかった事を確信する。……正直、秘密の地下室とかに運び込まれていたらどうしようとか考えていたのだけど。ヤツが背中を見せている内に素早く近付いて―――


有坂(ありさか)くんみっけ♪」


「むぐっ……!?」


 口を塞いで組み伏せる。僕に引き倒された有坂は突然の出来事に目を白黒させているが、こちらはそんな事お構いなしに襟首掴んで手近な病室に放り込む。同時に携帯電話を抜き取って部屋の隅に蹴り飛ばす。廊下に誰もいない事を確認し、後ろ手に鍵を掛けた。


「雪夜……お前いきなり何を……!」


 彼・有坂は僕のクラスメイト。つい先日も僕の弁当(春奈お手製)にたかって来たくらい、春奈のファンなのだ。今この状況でこいつがこんな所にいるなんて、とてもじゃないが偶然とは思えない。僕は極めて冷ややかな声色と眼光で有坂を射抜く。


「綾辻は何処にいる?」


「ッ……………! だ、誰だそれ……?」


 僕は有坂の一瞬の狼狽を見逃さなかった。確かに有坂が『春コミ』のメンバーである確証はない。その上、ただ見舞いに来ただけという可能性も一応残っていた訳だし。だからカマを掛けた。いきなり何の脈絡もなく綾辻の名前を出したのだ。有坂は上手く対処しきれず、一瞬だけ『僕はその名前を知っています』と態度で雄弁に語ってしまった。

 恐らく有坂は綾辻の側近みたいな感じなんだろう。『春コミ』メンバーでも会長の正体を知っているものは少ないという話だ。それを知っていて尚且つこんな近くにいさせるのだから、『春コミ』では相当上の立場なのではないかと推察出来る。大方クラスメイトという立場を利用して、春奈の情報や盗撮写真を綾辻に多く流して気に入られたって所か。……まあそんなのどうでもいい。それより重要なのは、綾辻と春奈の居場所だ。

 僕は倒れた格好のままの有坂の襟を掴んで頭を揺さ振る。


「いいか? お前らのやってる事は犯罪なんだぞ? 盗撮に個人情報流出、おまけに拉致監禁までやらかしやがって……! オレの春奈に傷でも付けたら、何が何でもお前らの人生メチャクチャにしてやる……! ほら言えよ!! 綾辻は何処だ!?」


「ひぃっ!? さ、3階の一番奥の部屋だ……!」


 僕の迫力に押されたのか『犯罪』という言葉に萎縮したのか、有坂は拍子抜けな程あっさり吐く。


「そうか、それが聞ければお前に用はない。見逃してやるから、綾辻とはもう縁を切った方がいいぞ」


 掴んでいた襟を解放する。僕はもう有坂に目を向ける事もなく出口へと向かう。有坂が嘘を言っているとは思えない。声のトーンで真偽を見抜ける静流先輩ほど正確じゃないが、僕にだって相手が嘘を言っているかどうかくらい何となく分かるし、何より『3階の一番奥』というその場所が、あまりにイメージ通りだった。綾辻のようなタイプの人間は、この手の事に関しては過剰なくらい仰々しく振舞うものだ。多分春奈を神格化して、一番相応しい最奥の部屋へ、とか考えていただろうから。

 ドアに手を掛けた刹那、有坂が僕に声を掛けて来る。


「……お前がそんなに怒ってるの初めて見たよ……。いつもは淡白な癖に」


「………別に。ただ昔、ちょっとアイツと約束しただけだ」


「約束?」


「ああ、『春奈はオレが守ってやる』ってな。……何でオレ、お前にこんな話してるんだろうな。忘れてくれ」


「……雪夜」


「ん?」


「悪ィ、春奈ちゃんを助けてやってくれ。春奈ちゃんの事は好きだが、俺だってこんな卑劣なやり方は不本意だ。綾辻がここまでキレたヤツだとは思わなかった。アイツ、金払いがいいからつい調子に乗っちまって……」


「分かってる、春奈の事はオレに任せろ。必ず助けるから」


 今度こそ僕は、勢いよくドアを開け放って走り出す。『守ってやる』……か。幼い頃の、何気なく交わした約束。春奈はそんなのもう覚えてないかもしれない。でも僕はいつまでも忘れない。それはきっと、心に灯る小さな火。思い出す度に、ほんの少し暖かくなる。だから僕は……その灯火を消さないように努力しよう。




 ……ああ、せっかくの休日なのに、今日は色々面倒だ。こりゃハンバーグくらい食べさせてもらわないと割に合わないな―――――



Interlude out



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