Interlude ~恋する少年少女の夏休み~
「いい天気だなぁ……」
「……だから何よ。現実逃避も大概にしときなさい」
「でもさ、マジでお出かけ日和だと思わねえ? こんな陽気の日に部屋に閉じ籠るなんて不健全だろ。夏休みも今日で終わりなんだし、最後にパーっと遊びに……」
「誰の為にやってると思ってんの。真面目にやる気がないなら帰ってもいーのよ?」
「すんませんっした。真面目にやりまーす」
世の学生達の大半が呪って止まない日「9月1日」を明日に控えた、茹だる様な猛暑の8月最終日。とある6畳ほどの一室には一組の男女がいた。此度の舞台はいつもとは違った趣の、これまたとある地方のお話。
フル稼働するエアコンに汗のかいたグラス入りジュース。溶けかけたアイスクリームと程良く塩の効いたスイカ。けたたましく鳴り響く蝉。時折往来する車のスキール音。重量を帯びる暴力的なまでの日差し。そして眼下に広がる山のような宿題の群れ。夏の風物詩をこれでもかと詰め込んだ部屋で、その部屋の主である男の子は見下ろした宿題の山に嘆息を一つ洩らす。
「大体、何でアンタとデートしなきゃなんないのよ。アンタなんかただの腐れ縁なのに」
「そりゃ俺にとってもそうだが、せっかくの夏休みだってのにな。あ、知ってた? 俺とお前って世間じゃ付き合ってる事になってるらしーぜ?」
「知ってるわよそれくらい。女子の噂好きを舐めないでよね。余計な虫が寄りつかなくなるっていう利点があるから放置してるけど。あーやだやだ」
そう言って女の子は傍らのジュースを一口啜る。若干小柄だが長い黒髪と僅かに釣り上がった目尻が知的な印象を与える美少女だ。片や男の子は、血筋故の天然短茶髪と恵まれた体格、そしてスポーツマン由来の爽やかな笑顔が似合うこちらも負けず劣らずの美男子。傍から見ればなるほど、美男美女の理想的なカップルに映る事だろう。しかし内情は見ての通り、二人の間に恋愛感情など存在しない。と言うのも、彼らにはお互い別々に想い人がいるからに他ならないのだが……
「……そんなにアイツがいいのか。何処がいいんだ、あんなモヤシみたいな優男」
「それを言うならそっちだってあんなビッチの何処がいいんだか。結構シャレにならないレベルのヤンデレよ、アレ」
「ビッチゆーなや! 『姉ちゃん』は世界で一番可愛いんだよ!!」
「『お兄ちゃん』だって世界で一番カッコイイわよ!! アンタなんかと比べものにならないくらいにね!!」
互いの想い人を貶され、口汚さに歯止めが掛からなくなる二人。とてもお聞かせ出来ない罵詈雑言の応酬は際限なくヒートアップして行く。
……そうなのだ、この二人の想い人というのは、実の兄姉なのである。勿論血の繋がらないなどと言うロマン溢れる話ではなく、本当に、完全に、紛う事ない肉親を相手に恋心を抱いているのだ。ぶっちゃけてしまえば、この二人はドが付くほど生粋のシスコン&ブラコンコンビなのであった。そりゃあ二人の間に恋愛感情など生まれる筈もない。世も末である、というお話。
「あーもー、何で夏休みなのに帰って来なかったのよお兄ちゃんは。お陰で私のお兄ちゃん籠絡作戦は全部無駄になっちゃったじゃない」
「こっちも最後に会ったのは正月だっけか……。はぁ、また一段と綺麗になってるんだろうなぁ姉ちゃん……」
「お兄ちゃんが帰って来ないのは……」「姉ちゃんが帰って来ないのは……」
「全部あのビッチのせいよ」
「全部あのモヤシのせいだ」
そして繰り返される、「だからモヤシじゃないって言ってんでしょ!?」「だからビッチじゃねーって言ってんだろ!?」という不毛すぎる言い争い。些か屈折気味だが、意中の人を想い胸を痛める二人の姿は紛れもなく青少年達の青春恋愛模様のそれである。彼らの兄姉は今は遠くのちょっと特殊な学校に進学していて、そう滅多に帰省する事はない。離ればなれになってから早1年と5ヶ月。想いは募る一方だ。
「……さて、お遊びはこれくらいにして、宿題に取り掛かるわよ。私の分は全部終わってるのにわざわざアンタを手伝ってあげてるんだからね、真面目にやんなさいよ。それと、後できっちりお礼するよーに」
「駅前のストロベリーカスタードクレープだろ、分かってるよ。少しはマジでやらねーとSGに入れないからな。気合い入れるか」
そんなこんなで、今日も今日とて二人は反目し合いながら寄り添って歩いて行く。下手なカップルよりも余程カップルらしい……というよりも既に夫婦かのような息の合い様。この何とも不思議で可愛らしい(?)ちぐはぐな二人組がSGを舞台に活躍するのは、そう遠くない未来の話なのかも知れない。
水乃森 柚月と日坂 秋良。中学生活最後の夏休みが、今終わろうとしていた―――――
Interlude out