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Harmonical Melody  作者: 新夜詩希
19/21

Interlude ~碧と円香の眼鏡と呼び名を巡る物語~

「やっぱり碧ちゃんにはコレだよっ! 絶対似合うってば!」


「眼鏡萌えを目指すならコレは外せねえッス! コレだけは譲れねえッス!」


「お~っほっほっほ! 火咲さんのような地味な顔立ちの方にはコレが似合うに決まっているでしょう! 分かっておりませんわね貴方達!」


「……お前らちゃんと主旨理解してるか……?」


「……………」




 長かった、本当に長かった夏休みも遂に最終日。SCのとある眼鏡屋の一角で他の客をガン無視した賑やかしい集団が眼鏡を物色していた。メンバーは日坂春奈、木ノ下瞬、少し離れた所に火咲碧、月影理央、そして何故か麻生円香の姿まで。

 2学期を明日に控え、一念発起した碧は今までの地味で分厚い眼鏡の暗いイメージを払拭すべく、新しい眼鏡を理央同伴で選びに来たのだ。そこに暇を持て余していた春奈と瞬がくっ付いて来て、いつの間にか円香までもが乱入しちょっとした大所帯になっている。そして状況は推移し、テンション上がった春奈・瞬・円香による『誰が一番碧に似合う眼鏡を選べるか対決』が勃発してしまったという訳だ。

 因みに碧が理央を同伴させたのは、いつかの『貸し』の返還を行使したからである。そこにはまた微笑ましい小さなエピソードがあったりするのだが……それは各人想像してニヤニヤしていてくれ給え。


「えっと……差し出がましいようですけど……理央先輩は選んでくれないんですか……?」


「ん? だって、オレは新しい眼鏡買うのは反対だからな。コンタクトにしろってあれ程言ったのに。だからオレは選んでやらない。『借り』は『買い物に付いて来る』所で返し終わってるしな」


「……あぅぅ……。コンタクトはやっぱりまだ恥ずかしいですよぅ……」


 赤面する碧を柔らかく見守る理央。本来であれば緩やかに穏やかに、微笑ましく買い物を堪能出来るはずであろう夏の終わりの午後は、しかし……


「さあさ火咲さん! わたくし達の選んだ眼鏡をご試着なさいませ! その上で一番気に入ったものを選ぶんでしてよ! まあ最も、わたくしの見立てに敵う眼鏡など他にありはしませんけれどね! お~っほっほっほ!!」


「ああああ理央先輩ぃぃぃ………」


 碧が円香によって春奈や瞬の待つ眼鏡試着コーナーに引きずられて行って終わりを告げる。


「……やれやれ」


 理央は溜め息を吐きつつも笑みを浮かべて二人の後を追う。……それにしてもこのお嬢様、ノリノリである。そして、その事に当の本人は気付いていない。円香の深層心理に芽生えたものを察し、嬉しいような寂しいような、そんな少し複雑な気持ちを感じていた理央なのであった。


「まずはおれのチョイスッス! これでどないや~!!」


 何故か関西弁で声高に気勢を上げ、瞬は碧に自身がセレクトした眼鏡を掛けて鏡の前に誘導する。他のメンバーは碧の肩越しに鏡を覗く。


『…………………』


「どうッスか!? 我ながら完璧なチョイスだと思うんスけど!!」


 瞬の選んだ眼鏡。太めのプラスチックフレームで色は濃い緑。最低条件の『圧縮レンズ』という部分だけはクリアしているものの、その全体的なフォルムの余りの地味さに一同は閉口。対して瞬は何が彼をそうさせるのか、自信満々で胸を張っている。


「……やっぱり主旨理解してなかったか……」


「あの……これじゃ今までと殆ど変わらないような……」


「それでこそ瞬だよね~。その『期待は裏切りません感』はいいと思うよ」


「貴方……訊くまでもない気はいたしますが、念の為、何故これをセレクトいたしましたの? 後学として教えて下さらないかしら?」


「単純におれの好みッス! だって色といい形といい、全てが完璧じゃないッスか!? これ以上の眼鏡萌えはねえでしょーよ!!」


『…………………』


「あ……あれ? もしかしてダメ……ッスか……?」


 他メンバーの嘆息・失望にようやく気付き始め、声が尻すぼみになる。彼のセンスは常人には理解出来ない領域のもののようだ。円香達は顔を見合わせ、一つ頷く。そして、満場一致で最終勧告。




『不合格』


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」




 こうして、最初から候補ですらなかったかのようにごく自然に一人脱落。己の好みを全否定され、瞬は頭からぷすぷす煙を上げてその場に倒れこむ。ボケ担当の実力は未だ健在にして未知数。嗚呼、こんな事で次回のEpisode3(瞬が主人公の予定)はちゃんと成立するんだろうか……。


「はいは~い、次は私の番だね♪ 碧ちゃん、これ掛けて♪」


 続いて春奈が選んだ眼鏡を碧に掛けて鏡の方を向かせる。


「春奈っぽいチョイスだな。この明るい柄がなんとも」


「な、中々やりますわね、日坂先輩……」


「えへへ~♪」


「……………」


 春奈がセレクトした眼鏡は太めのプラスチックフレーム、圧縮レンズなのは瞬と変わらないが、フレーム部分に赤と白のチェック柄があしらってあるとても明るく可愛らしいファッショナブルな一品だ。『今までの暗いイメージを払拭する』という今回のコンセプトにも合っている。一見完璧に見えた春奈のセレクトは、しかし……


「……すみません、確かに可愛いとは思うんですけど……柄物は私には派手すぎて、ちょっと敬遠してしまいます……」


 イメージを変えると言っても、いきなりこれでは少しハードルが高すぎたのだろう。碧は早々に眼鏡を外してしまった。


「え~、すごく似合って可愛かったのに~……」


「ご、ゴメンなさい……。でも、もう少し自分に自信が持てたらこういう路線もチャレンジしてみたいです」


 碧ははにかんだ笑顔を向ける。ぎこちなさもかなり薄れ、随分と自然なものになっていた。


「碧ちゃん……ううん、こっちこそゴメンね。もう少し考えるべきだったね」


 それはここにいる皆、支えてくれたSSSのメンバーからの贈り物。そして何より、自らの努力の賜物だ。この短くも長かった夏休みに得た、紛れもない碧の宝物なのだ。春奈はその柔らかい微笑みを見て、笑顔を返し納得する。


「それでは最後はわたくしですわねっ! これで完璧ですわっ!!」


 最後の円香が相変わらずの無自覚ハイテンションで碧に眼鏡を掛ける。春奈のチョイスで一瞬怯んだものの、その自信は揺るぎない。その姿は正に………

 眼鏡を掛けられた碧が鏡の前に立つ。円香を除いた他のメンバーも碧の肩越しに鏡を覗き込む。


「これは…………」


「わぁ……碧ちゃん可愛い……♪」


「おお、よく似合ってるな。流石円香って所か」


「すげえッス! これぞ眼鏡萌えッス! 自分の完敗ッス! 目から尾びれッスーーー!!」


 復活した瞬の気持ち悪い言い間違いはうっちゃって、円香がセレクトした眼鏡は小さめの流線形メタルフレーム。色はラベンダーに近い、紫掛かったメタリックピンク。だが決して下品な色合いではなく、本来碧が持つ雰囲気を阻害しないどころかむしろ知的且つ清純で慎ましやかなイメージを引き立たせてさえいる。眼鏡単体で見れば派手な部類に入るが、碧が掛ける事によって程よく華やかさが増し、一言で言うなら正にベストフィット。誰が見てもこの眼鏡こそが碧に相応しいものだと唸らせられる一品だった。


「ふっふっふ……だからわたくしの見立てに敵うものなどないと言ったでしょう! わたくしの凄さを思い知りまして!? お~っほっほっほ♪」


 円香が選んだ眼鏡を他のメンバーがやいのやいのと囃し立て、「可愛い」だの「似合う」だのと口々に感想を述べている中、一歩引いてその光景を見ていた円香は……


「…………………はっ? わ、わたくしったら何でこんなにノリノリですの? 火咲さんは理央様を巡るライバルじゃありません事? ま、まずいですわ、何か一気に恥ずかしくなって来ましたわ……!」


 はたと、ようやく自らのテンションの高さについて省みた。


 円香はまだ気付いていない。碧が自分にとって唯一とも言える『友達』のポジションに配置されつつある事に。物心ついた頃から両親がおらず、親しい人間と言えば同じ施設にいた『お兄ちゃん』である理央、施設職員、それと里親である麻生夫婦だけ。つまり円香にはSGに入るまで同年代且つ同性、自分と対等の立場の『友達』がいなかったのである。

 勿論、それまでもそれなりに学校には通ってはいたのだが、自らの境遇から来る劣等感故、クラスメイトとは一定の距離を保っていた。それはSGに編入してからも同様で、慣れないお嬢様口調で他者を遠ざけ、虚勢を張っていた。『月夜詠会』に至っては同じ思想ではありつつもライバルだらけで友達どころの話ではない。自分には理央さえいれば、理央が自分を見てくれていれば大丈夫だと自分に言い聞かせていたのである。そんな折、理央を巡る一連の日々の中で碧の人となりに触れ、思いやりを感じ取り、『友情』を芽吹かせるまでに至ったのだ。

 この気持ちが何なのか、経験のない円香が完全に自覚するのはまだ先の話。現時点でそれに気付いているのも、円香ではないただ一人だけ。だが小さいながらも確実に円香の中に存在している思いの芽こそが、此度のハイテンションの源泉であり碧に似合う眼鏡を探し出した原動力であった。


「………麻生さん」


「ギクッ、な、何ですの………?」


 恥ずかしさからその場をこっそり離れようとしていた円香を、碧が呼び止める。


「あの、ありがとうございます。とてもいい眼鏡を選んで下さって。凄く気に入りました。これ、大事にしますね」


「と、当然ですわっ! わたくしが選んだのですもの、気に入らなかったら許しません事よっ! ………まあ、わたくしも楽しかったのですけれど………」


 フン、と顔を赤らめてそっぽを向く円香。


「………ふむ。碧、ちょっと」


 その円香の様子を見て、視線を逸らしている隙に理央は碧に何やらそっと耳打ち。理央の言葉に碧は少し戸惑うが、僅かに思案し気を引き締めた後、再び円香に声を掛ける。




「あ、あの………改めて、ありがとうございました。……えっと………ま、『円香』……」




「そんなに何度もお礼を言わなくても結構ですわ……よ………って、え………?」


 予期せぬワードに円香は目を見開いて碧の方を向く。


「い、今……何と仰いまして、火咲さん………?」


「えっと、ありがとうございますって言ったんです。……ま、『円香』」


 そうなのだ。理央の耳打ちした言葉は『名字じゃなくて名前を呼び捨てで呼んでやれ。きっと喜ぶから』という内容。碧の台詞が頭の中でぐるぐると駆け回る。それはやがて脳を侵し顔を火照らせ、思考回路を暴走させる。


「あ、あ、あああああ貴方っ! ごごごご自分が何をお言いになったかお分かりですのっ!? わわたくしを、こ、この麻生の跡取りたる高貴で崇高で愉快なわたくしを呼び捨てにしようなど、ご、言語道断もはだはなしいですわっ! わ、わわわたくしを呼び捨てに出来るのはお父様お母様以外では、ここ、この世でお兄ちゃん唯一人なのですわよっ! い、いいいい一体どの口がそんな事を言いやがりますのでしてよーーーーー!?」


 頭からスチームを撒き散らさんが如く顔を真っ赤に染めて、ヨーデル並みの完全に裏返った声で碧に説教をしているが、欠片も説得力がない。しかもタブーを口にしてしまっているが、円香本人は気付かない。理央もこの場はカウントしない事にし、円香の暴走に頬を緩ませている。


「あの………円香って呼んじゃダメですか………?」


 説教を受け、シュンとしながら言葉を洩らす碧。


「~~~!? べ、別に呼ぶなとは……誰も……言ってはおりません……わよ………」


 ツンデレ降臨。今更ながら円香の中の人はくぎみーじゃなくて沢城にしときゃよかったと作者が激しく後悔した瞬間だった。


「……そ、そうですわっ! やられっぱなしでは麻生の名折れですわっ! わたくしもお返しに、これから火咲さんの事を『碧』と呼んで差し上げますわっ! どう、悔しいでしょう!? お~っほっほっほ!!」


 自らドツボにハマり続ける円香。若干涙目である。既に収拾不可能な段階まで暴走は進んでいた。


「いえ、とても嬉しいですよ、円香」


「……ぁ………ぅ………」


 片や碧は実に素直に華のような笑顔を返す。本当に心底嬉しそうな表情だ。そう、自分の殻に閉じこもっていた過去を持つ碧にしても、同年代且つ同性の『友達』と呼べる存在は円香しかいないのである。そして眼鏡を掛け変えた事による自己変革、その第一歩として、碧は円香へのお礼も兼ねて距離を縮めようと奮起した結果はこの通り、円香の完敗で帰結した。


「きょ、今日の所はこんな所で勘弁して差し上げますわっ! お、覚えてらっしゃい! えっと……そ、それでは御免あそばせぇぇぇぇぇぇぇ……!!」


 小物悪役のようなセリフを残し、円香は終ぞ碧とまともに目を合わせる事無くその場から走り去る。


「………私、嫌われてしまったんでしょうか………」


「ただの照れ隠しだよ。円香の方も、どうリアクションしていいのか分からずに戸惑ってるんだ。明日から頑張って積極的に接してみな。きっと面白いものが沢山見られるぜ♪」


「あはは~♪ 円香ちゃんも可愛いね~♪」


「これぞ究極の萌えッス! 自分、感動したッス! 目から背びれッスーーー!!」


 残暑厳しくも、季節の風が僅かに涼しさの兆しを纏う夏休み最終日。微笑ましい少女二人のやり取りは円香の逃走によって幕を閉じた。心に芽生えた小さな何かが完全に花開くまでは、もう少し時間が必要なようである。彼女達はまだ幼く、今ようやくスタートラインに立ったばかりの所なのだ。焦る必要など何処にもない。




 何故なら……空は今日もこんなにも青く、晴れやかに澄み渡っているのだから―――――




Interlude out




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