Interlude ~漢(おとこ)達と《排除プログラム》の午後~
「ホレ、キリキリ探せよ。俺はこっちで調べ物してっから」
「うぃーッス」
夏の午後。とある喫茶店では微笑ましいやり取りが、とある事務所ではアイスクリームな修羅場が繰り広げられているちょうどその頃。今まで描写どころか気に掛けさえもされなかった土笠瑛理と木ノ下瞬(世間一般的に『不憫コンビ』と言うらしい)は一体何をしていたのかと言うと……二人は調べ物の為に学園の図書館にいた。
その蔵書、数十万冊とも言われる広大にして巨大な学園図書館。想像を絶するほどに膨大な知識のプールである。確かにパソコンは有能だが、このように書籍を手作業で探し当てなければ見つからない情報というのも存在する。その質や量は時として、ネットのそれを遥かに凌ぐ。瑛理はハッキングを主とした情報収集を得意としているが、このような『触感のある情報』の重要性も充分に理解している。その作業の手伝いとして、瞬を同伴させていた。
………余談ではあるが、瑛理は本来ならば事務所で仕事をしていた静流か雪夜に手伝いを頼もうと思っていたのだが、選定の際、偶然にも選択肢が瞬しか存在しなくなっていた。実はそれは大いなる意志による必然なのであるが……瑛理が事の真相を知る術は無い。
「全く……木ノ下と作業すると効率が悪ィからなぁ……。まああの中途半端に暑い事務所に引き篭もってパソコン弄ってんのもそれはそれで苦痛だし、たまにはいいか。やっぱ図書館ってーのは最高の避暑地だよなぁ。……っと、目的の本、見つけて来たか、木ノ下?」
「あったッスよ! これッスよね?」
そう言って瞬が自信満々に取り出した一冊の本。それは………
『女体の神秘《入門編》』
「おお、そうそう、俺が探してたのはこの本だ。つーかむしろ《応用編》とか《実践編》とかを持って来てもらいたかったんだが。………っと冗談はこのくらいにして、とっとと戻して来い。テメエのボケには付き合ってられん」
「………と言いつつも、密かに棚の番号をチェックするの、止めないッスか?」
と、こんな寸劇を繰り広げつつ、地道に作業を進める二人だった。こいつらはこいつらでそれなりに楽しそうである。
「……しかし今年のアツはナツいッスよね。こう言う季節にはアレッスよ。やっぱプールとかいいッスよね」
「冒頭のボケはサラッとシカトして、随分と唐突ではあるがまあその意見には賛成だな」
「青い空……冷たくも塩素臭い水……はしゃぎ回る水着のお姉さん……ああ、想像しただけで鼻血が出そうッス! おれ、『クアラルンプール』とか行ってみたいッスよ!」
「クアラルンプールねぇ……。お前は恐らく波が不自然にくるくる回ったり無駄にデカイウォータースライダーがあったりアホ男共がガールハントや覗きに勤しんだりするレジャーランド的巨大プールを想像しとるんだろうが、クアラルンプールは残念ながらマレーシアの首都の名前であってプールの事じゃねェぞ。その発想はむしろ静流寄りだ」
「な、何ですとーーーーー!?」
「あんまデカイ声出すんじゃねェよ。今まで知らなかったのか……お前、相変わらず本気でアレだな……。今更ながら、お前が合格した事実が学園7不思議に認定されてる事を再確認したぜ」
「じゃ、じゃあ『プールバー』はどうッスか!? 棒が浮いてるプールなんて画期的だと思うんスけど!!」
「……棒が浮いてるってどんなプールだよ……。そりゃビリヤード台が置いてある酒飲み場の事だ。そっちはむしろ月影の発想か?」
「な……何ですとぉぉぉーーーーー!!?」
「お前『プール』って付きゃ何でも泳げる水溜りの事だと思ってんだろ。……ってだからあんま騒ぐと大変な事に……」
瑛理が瞬を諭そうとしたその刹那、二人の背後に忍び寄る小さな影。
「貴方達……静かに出来ないなら出て行け、なの」
黒髪ボブで前髪パッツン、眼鏡を掛けた見た目からして線の細い文学系の女の子が、本を抱えながらあくまでも他者の妨げにならない程度の声量且つ無表情で二人を諭す。彼女はSG高等部1-Cの生徒にしてこの図書館の司書、『依中観 史織』。静かが売りの図書館で騒げば、注意されるのは道理だろう。
史織は上目遣いで二人に詰め寄る。
「ここを利用するなら、他者への配慮は絶対、なの。静かに出来ない人は迷惑だから帰れ、なの。出来るの出来ないの、どっちなの?」
「……あ、ああ、悪ィな依中観。静かにするから許してくれ。つーか元々うっせえのはコイツだけだし」
「ちょっ……おれの所為ッスか!?」
「ば、バカっ! 大声出すな! ……ってヤバ……!」
思わずまた大声で反論してしまう瞬。慌てて瑛理が自身と瞬の口を塞ぐも、時既に遅し。刹那、史織の目が攻撃的に怪しく光る。
「ターゲット確認。パターンオールグリーン。《排除プログラム》発動。図書館の平和を乱す異端分子を速やかに、須らく、確実に殲滅せよ。これは最優先事項であり至上命令。Aチーム、総動員にて対処すべし。言う事聞かないヤツは図書館にいる資格なし、なの」
史織がパチン、と指を鳴らすと、物凄い勢いであらゆる角度から何かこう、必要以上にムッキムキなお兄さん達が集結し、一言も発せずに図書館の静謐を乱す外敵(瑛理と瞬)を取り囲み、同時に担ぎ上げる。
「うへぇぇぇ!? 何スかこのすんごいカッコイイ集団は!? 何処の兄貴達ッスかぁぁぁ!?」
「悪かったっ! 俺らが悪かったから『排除プログラム』だけは勘弁してくれ依中観ィィィ!!」
『あ、そぉぉぉれーーー!!』
お兄さん達の掛け声一つ。担ぎ上げられた瑛理と瞬はあっという間に図書館外に連れ出され……否、運び出され、ゴミの如く投げ捨てられる。この間実にたった3秒の出来事。これがSG図書館名物、恐怖の『排除プログラム』である。因みに、構成員は全て図書委員の男子生徒。コレをやる為にラグビー経験者やらレスリング経験者やらの屈強な生徒をスカウトし、そこらの運動部をも凌駕するほど過酷な筋トレを実施しているらしい。
「お見苦しいものをお見せいたしました事をお詫び申し上げます、なの。引き続き、ごゆるりと読書をお楽しみ下さい、なの」
事を終えた史織は他の利用者に振り返ると、ペコリと可愛らしく一礼。利用者からは拍手喝采が巻き起こり、この時ばかりは静かな図書館に大音量が鳴り響く。コレを目当てに図書館へ通っている輩も存在するほどの名物行事なのだ。
「………だから静かにしろって言ったのに………」
「………すいませんッス。まさかこんな事になるとは………」
ボロ雑巾のようにうち捨てられた瑛理と瞬。こうして、図書館の平和は今日もガッチリと守られているのである―――――
Interlude out