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Harmonical Melody  作者: 新夜詩希
14/21

Interlude ~Once Upon A Time...~

「やはりそういう事でしたのね。いきなり『ファンクラブ合同集会』だなんて、おかしいと思いましてよ」


「円香……」


「麻生さん……」




 ある夏の昼下がり。SCのとある道端で、デートのやり直しをしていた月影理央と火咲碧の二人は麻生円香に行く手を阻まれていた。

 碧とのデートをやり直すに当たり、一番のネックが理央のファンクラブの存在である。前回のデートの時もこのファンクラブに邪魔をされて途中終了となってしまったのだ。そこで理央が講じた手段は、何処かのイベント会場を借り切り、数多存在するファンクラブの会員を一同に集め、合同の集会をさせる事だった。無論これには理央本人も参加するとの触れ込み付き。だが実際に出席してしまっては碧とのデートどころではなくなってしまう為、影武者としてクラスメイトの福田君(体格と雰囲気が理央に似ているというだけの理由で選ばれた薄幸の生徒)を変装させて集会に送り込んだ。因みに、彼がどのような見返りでこの無謀な依頼を引き受けたのかは本人達にしか分からない。かくして理央本人は晴れて自由の身。煩わしいファンクラブも一箇所に集中している為、変装しなくてもSCを歩き回れるという状況を作り出したのである。

 作戦は見事に成功し、碧と共にゆっくり羽を伸ばしていた……のだが、その中でたった一人、円香だけはそのトリックに引っかからなかったようだ。長い巻き髪を揺らして、いつものお嬢様口調が冴え渡る。

 余談だが影武者の福田君。それなりに頑張ってある程度欺けはしたものの、当然騙し切る事など出来ずファンクラブの女の子達に吊るし上げられたのはまた別の話。


「悪ィな円香。今日はお前に構ってる暇はないんだよ。こんな手何度も通じる訳ないからな」


 有無を言わさず、理央はやや乱暴に円香を押しのける。




「あっ……お、お兄ちゃ―――」




 その円香の言葉に、理央は即座に反応し視線を投げかける。円香も自分の失言にはっとし、すぐに口を噤む。その光景を、碧は何となく複雑な心境で眺めていた。


「円香………これでまた貸し一つだな」


「………くっ」


「あの……麻生さん……?」


「う、煩いですわよっ! わたくしの事はほっといて!!」


 円香は悔しさを滲ませた声色を響かせて、その場を走り去る。


「………………」


 その背中を、理央と碧はただ見送るしかなかった。






 ―――ある昔話をしよう。


 とある地方都市に『月の丘ホーム』と呼ばれる、所謂『児童養護施設』があった。そこには兄妹のように仲のいい二人の子供がいた。男の子の方は『月影 理央』。女の子の方は『月浦(つきうら) 円香』という名前だった。二人共両親不明の孤児だったが、二人で支えあい励ましあい、優しい施設職員に囲まれながら幸せに過ごしていた。

 だがある日、円香を里親として養子に欲しいと申し出た一組の初老夫婦が月の丘ホームを訪れた。理央と離れたくない円香は頑なにこれを拒んだが、この夫婦は『麻生』と呼ばれる古くから伝わる名家で月の丘ホームとも交流があった。晩年になっても子宝に恵まれず、施設育ちながら成績優秀な円香を是非とも跡取りにと考えていたのだ。資産も充分にある。養子になれば今よりもっと楽な生活が出来るし、学校にもちゃんと通える。

 職員達と麻生夫婦の熱心な薦めに、遂に円香は麻生夫婦を里親として受け入れる事を決めた。そこにどれ程の葛藤があったかは本人にしか分からない。いつも隣にいたはずの理央でさえも。


 そしていざ麻生家に引き取られるその日の朝。円香は見送りに来た理央に、こう告げたのだった。


『あたし……いえ、わたくしはこれから、貴方の妹ではなくなります。今までありがとう、お兄ちゃん。色んな事を教えてくれて、一緒に遊んでくれて、本当に楽しかった。でも、これからは……別々の道を歩む事になります。だから……わたくしはもう、貴方の妹ではいられないのです。だから……だから……わたくしは、今日を以って貴方の妹から卒業します。今度会えた時は、わたくしの事を一人の女の子として見て下さい。わたくしが貴方をお兄ちゃんと呼ぶのはこれで最後です。さようなら、お兄ちゃん。本当にたくさんの思い出を、どうもありがとう。………大好きだよ、お兄ちゃん』


 気丈に。涙一つ零さずにそう言い切った円香は、一つの取り決めをする。それは『理央をお兄ちゃんと呼んでしまった場合、理央に対して貸しを一つ作る事』。理央もそれを了承した。彼女が苦しんでいる時、一番近くにいたのに、何もしてやれなかった自分。理央の方にも葛藤はあったのだろう。だからこそ……その提案を受け入れたのだ。彼女の意思を尊重する為に。

 理央もまた涙一つ見せずに、満面の笑みで円香を見送った。円香が泣かない以上、自分だけが泣く訳にはいかなかった。『お兄ちゃん』としての最後の意地だったのだろう。それが今から5年前の話である。


 その後時は流れ、月の丘ホームは資金難により閉鎖。理央は寮や奨学金が充実している私立猿渡学園へと進学した。そこで……円香と偶然再会を果たす事になる。彼女もまた、里親の勧めでSGへ進学していたのだった。再会した時の興奮と感動で、ついうっかり「お兄ちゃん」と口を滑らせてしまったのが、円香の最初のペナルティ。その後円香はより理央に近付く為に、彼のファンクラブ『月夜詠会』へ入会し、呼び名も『理央様』に改めたのだった―――






「訊かないんだな、オレと円香の事」


 理央と碧は円香と別れた後、近くの喫茶店で休憩していた。丸いテーブルに二人で向かい合って座っている。


「さっきからずっと訊きたそうな顔してるぜ?」


 悪戯っぽく理央が尋ねると、碧は少しだけ思案してすぐにかぶりを振った。


「いえ……確かに訊きたくないと言えば嘘になりますけど……理央先輩の方から話してくれるのを待ってます。多分そんなに軽々しく口に出来るような話じゃないと思いますから……」


「……………」


「それより、麻生さんの事ほったらかしていいんですか……? 麻生さん、ちょっとだけ泣いてましたけど。彼女の所へ行ってあげた方がいいと思います」


「……いいのか? ここでオレが円香の方に行っちまったら、せっかくのデートがまた台無しになるぜ?」


「私とのデ……デートは、またいつでも出来ますから。でも傷付いた心は出来るだけ早くケアしてあげないと、痛みも引かないし痕が残ってしまいます。麻生さん、まだ近くにいるんじゃないですか?」


「……………」


 理央は行くべきかどうか迷っている。碧は『またいつでも出来る』と言っているが、実際の所はそう上手くは行かないだろう。今回でさえかなりの労を費やしたのだ。同じ手はそう何度も通用しない。だからこそ、この時間を大切にしたかった。だが確かに、円香の事も気に掛かる。……そんな理央の葛藤を見透かすように碧は―――




「これで私は理央先輩に『貸し一つ』ですから」




 笑顔で、そう口にした。


「……フ、碧には敵わないな。悪ィ」


 理央は自嘲気味にそう言うと、伝票を持って席を立つ。そして手早く会計を済ませると、足早に店を出て行った。碧はそんな理央の後姿を見送る。


「……はあ……。せっかくのリベンジデートだったのに、私ったら何やってるんだろう………。ホント、バカみたい……」


 残ったジュースを一息に飲み干すと、碧は天井を仰ぐ。と、その時―――




「本当ですわよ……。敵に塩を送るような真似をして……。一体どういう風の吹き回しですの?」




 聞き慣れたお嬢様口調が、碧の正面にあるテーブル、つまり先ほどまで理央が背にしていた席から聞こえて来た。そこには一人の女の子が座ってアイスコーヒーを飲んでいる。


「やっぱりそこに居たのは麻生さんだったんですね。私の角度からはバレバレでしたよ?」


「……フン。そんな事より、いいんですの? 理央様、行ってしまいましたわよ?」


「別にいいんです。私は麻生さんが『近くにいるんじゃないか』としか言ってません。嘘をついた訳でもないですし。貴方がそこにいるのを知っていながら明言しなかったのは、私からのささやかな抵抗です。麻生さんを見つけられないのは理央先輩の責任ですから」


 碧は先ほどの理央のように悪戯っぽく微笑んでみせる。


「……それと、私は貴方にお礼がしたかったんです」


「ふうん……。この前のあれが、演技だと分かってしまったんですの?」


「いえ……確かに違和感はありましたけど、別に演技だと思った訳じゃないんです。私はただ単純に……貴方の言葉が嬉しかったんです。貴方のあの時の言葉と平手打ちで、凝り固まっていた私の殻を砕いてくれたんですから」


「………貴方にお礼をされる筋合いはないですわ。あれは理央様に頼まれたからやったんですの。そもそも、理央様はわたくしに気付かず出て行ってしまったのですから、これが真っ当なお礼とはとても言えないのではなくて?」


「……そのあたりは微妙な乙女心という事でお願いします……」


「まあ……気持ちは分からないでもないですけれど」


 飲みかけのアイスコーヒーを飲み干して、円香は席を立つ。


「今日の所は大人しく寮に帰るとしましょう。このまま理央様とお会いしたら、貴方から施しを受けたみたいで気にいらないですわ。……それと、人を勝手に泣かさないで頂けるかしら? わたくしは貴方のように弱くなんかなくてよ」


「……じゃあその目尻のマスカラがちょっと崩れているのは、見なかった事にしておきますね」


「うっ……、こ、これは汗……そう、汗で崩れたんですわよっ! 余計な事に気を回すのはやめて頂けないかしらっ! そ、それではご機嫌よう、火咲さん。……貴方、メガネがない方が可愛いですわよ」


 円香は逃げるように喫茶店を後にする。碧はそんな彼女の姿を苦笑しながら見送った。


「……さて、私も暇になっちゃったし、事務所にでも顔出してみようかな」


 席から立ち上がると、一つ大きく伸びをする。結局デートは台無しになってしまったが、碧はある種の清々しささえ感じていた。

 店を出ると、蒸し返すような熱気と共に煌びやかな蒼穹が出迎えてくれた。何処までも澄み渡る晴れやかな空と心。気分は上々。足取りも軽やかに、碧は歩き出す。


 ………だが碧はまだ知らない。向かう先がアイスクリームまみれの地獄絵図と化している事を―――――






「ねえそこの可愛い彼女。暇だったらオレとデートでもしない?」


「む、わたくしをナンパしようなど100万年早……って、お兄――!? ……で、ではなくて、り、理央様!? 何でこんな所にいらっしゃいますの!?」


「………今のは聞かなかった事にしといてやろう。お前が後ろの席にいた事くらい、オレが気付いてないとでも思ったか?」


「くっ……、結局理央様にも火咲さんにもバレていたんですのね……。とんだピエロですわね、わたくし……。………コホン。ところで、わたくしなんかにかまけている時間があるのでしたら、火咲さんとデートの続きでもすればいいのではなくて、理央様?」


「それは出来ないな。何故ならオレは碧に借り一つでここにいるからな。お前と話をしなくちゃいけない義務がある」


「……そう」


「なあ円香。碧っていい子だろ?」


「な、何ですの、藪から棒に……。もしや『お付き合い宣言』でもなさるおつもり……?」


「そんなんじゃない。そのあたり、お前にもちゃんと認識してもらいたいだけだ」


「……そんな事、今更言われなくても分かっておりますわよ。これでもクラスメイトでしてよ?」


「そっか。ならいいんだ。……それと円香、無理してオレの呼び名を変えなくていいぞ? お前すぐ間違えるからな。いちいちオレに借りを作るのも面倒だろ? オレは別に気にしないぜ?」


「……いえ、5年前のあの日、貴方を『お兄ちゃん』と呼んでいた『月浦円香』はいなくなりましたから。貴方はこれからも『理央様』で変わらないですわ」


「……………」


「……それに、妹のままではあの娘に勝てませんもの……」


「えっ……?」


「何でもありませんわよ。……ところで、わたくしをデートに誘っているのでしょう? ふふふ、謹んでお受けいたしますわ、素敵な殿方」


「お、おい円香!?」




「うふふ……。わたくしから会う気はありませんでしたけど、理央様とはここで偶然お会いしたんですもの。仕方ありませんわよね。……火咲さん。貴方には負けません事よ―――――」



Interlude out



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