Interlude ~恋愛の伝道師による恋愛で悩む生徒の為の恋愛クリニック、開設~
「………失礼します………」
夏休みのある日の午後。SG高等部1年・火咲碧は保健室を訪れた。
別に身体の具合が悪い訳ではない。確かに碧はそれほど身体が強い方ではないが、今回はちょっとした相談事をする為だ。
「……あの、先生、相談事があるんですが……」
碧は細々と校医の女性に声を掛ける。
「ああ、貴方が碧ちゃんね。いいわよ。この椅子に座って」
女性は優雅とも言える仕草で碧に椅子を勧め、慣れた手付きでお茶を淹れる。
この女性、実はまだ校医に着任してまだ1ヶ月ほどなのだが、「恋愛の事なら私に相談しなさい!」と着任の挨拶の時に宣言した所為か、碧に限らずこうして引っ切り無しに生徒達の恋愛相談に乗っている。
「……それで、先生……」
「ん~。『先生』じゃなくて『咲姫』って呼んでって言ったでしょ。ね?」
そう。この女性の名前は『艶夜 咲姫』。前任の校医がある日突然なんの前触れもなく辞めてしまった為、急遽ピンチヒッターとして校医に着任したのだ。この女性が何者なのか分からない方は『同一作者の作品』より『キャラクター大全』の『艶夜咲姫』の項目を参照の事。
………って、ちょっと待てィ! そんな設定許可した覚えはないぞ! 何勝手な事やってんだ咲姫! 傍若無人もいい加減にしろ! 世界観が壊れるだろうが!!
「五月蝿いなぁ、今暇なんだから別にいいでしょ?」
「……あの、咲姫先生? 一体誰と喋って……?」
暇とかそういう問題じゃねえ! ……そうか、最近どうも姿を見ないと思ったら、ここにいたのかお前!! いいから戻って来い咲姫!!
「喧しいわね、この地の文。えい」
「……えっと、ですから、一体何を……?」
ちょ……! バ………! そのボタンは………!!
(地の文、強制ストップ)
「ふう、これで静かになったわ。碧ちゃん、ここからは貴方の一人称で進めなさい」
「……? はあ……」
よく分からないけど、取り敢えず言われた通りにやってみる。私がこの保健室に来たのは、恋愛の相談に乗ってもらう為だ。
「さて、何の相談なのかな? もしかして、『好きな男の子にデートに誘われたんだけど、その男の子はとってもモテるし、自分に自信がないし、どうしたらいいのかよく分からないから相談に乗ってくれ』って所かしら?」
「……て、的確すぎます……」
……何処かで見られていたのだろうか。何故こんなにも的確に言い当てられたのか分からないけど……謎の多い先生だ。他の人もこんな感じだったのかな……。
でも確かに、私の思っている事と間違ってはいない。
「……どうしたらいいんでしょうか、私……」
「どうもしなくていいわよ。普通にデートしてくればいいじゃない」
……は? 何て豪快なお言葉……。
「……えっと、それはどういう……」
「貴方は自分に自信が無さ過ぎよ。貴方から誘ったんならともかく、誘われたのなら、それは彼が貴方を認めてるって事でしょ? なら自分を貶しめす必要なんて何処にもないわ。もっと自分をはっきり持って、胸を張って堂々とデートしてくればいいのよ」
………それが出来れば最初から苦労していない。自信が持てないからこうして相談に来てるのに……。
「私から見れば、何で貴方がそんなに自信がないのか、分からないのよね~。そんなに可愛い顔してるのに」
「……えっ?」
「こ~んな分厚い眼鏡掛けちゃって。仮面被る必要なんて全くないじゃない。それはむしろ贅沢な悩みってものよ?」
そう言って咲姫先生は私の眼鏡を取り、ちらりとこちらの表情を盗み見る。
「成程ね。自信が無いのは、恐らく無意識に自ら他者へ一線を引いてしまっているからでしょう。それは逆に相手に失礼よ。貴方に足りないものは『勇気』。もう少し、勇気を持って自分を出してみなさい。貴方の周りの人は絶対に受け止めてくれるはずよ。勿論その男の子だってね」
「勇気………」
咲姫先生の言葉には、何だか不思議な魔力がある気がした。ちょっとだけ頑張ってみようかな、と言う気になって来た。物言いは若干乱暴だけど、その中にはちゃんと優しさが内包されている。そんな感じ。
……が。
「ただ、その男の子に関する女生徒の悩み相談がやたらと多いのよね~♪ 私がここの校医になってから一番多い相談じゃないかしら」
………前言撤回。何故このタイミングでそういう事言うんだろうか、この人……。もしかして試練でも課しているのだろうか? 何だか少し落ち込んできたかも……。
「でもま、ここでは貴方自身に関するアドバイスしか出せないけど、その男の子に関する具体的な相談なら、彼にもっと近しい人に持ちかけるべきね。私よりはよっぽど的確なアドバイスをくれると思うわ。近くにいるでしょ?」
「……あ、はい、そう言う人達なら知り合いです……」
「じゃあ頑張ってそっちの人達にも相談してみる事ね。きっと親身になって聞いてくれるわ。また何かあったらここへ来なさい。あと、デートの報告も聞きたいな♪」
そう言って咲姫先生は私に眼鏡を掛けて、ヒラヒラと手を振ってくる。これは早く帰れという意思表示なのだろうか? まあ実際もう言う事はないか。後は私の努力次第なのだから。
「……それじゃあ、失礼します。………頑張ってみますね、私」
「うん、頑張って。碧ちゃんならきっと大丈夫だから。次の方どうぞ~♪」
「オッス! 失礼しまっす!!」
「……………え?」
よく見ると、保健室の外には何人もの生徒が順番待ちをしていた。これなら相談の済んだ私を追い出そうとするのも納得。………ここは行列の出来る某相談所か何かなんだろうか?
「咲姫先生! 自分、春奈さんに完膚なきまでに振られてしまったッス!」
「そっか~、やっぱりね。春奈ちゃんは貴方みたいな筋肉ダルマ、タイプじゃなさそうだしね~」
「さ、咲姫先生に焚きつけられたから頑張ったんッスよ!? 『春奈ちゃんは貴方みたいなタイプはきっと好きだと思う』って言うから……!!」
「いや、面白そうだったからその場のノリでつい、ね♪ まあどっちにしても春奈ちゃんには雪夜くんがいるから、万が一なんて起こらないでしょうけど。何にしても、女の子はこの世に春奈ちゃん1人じゃないから。すっぱりと諦めて次の恋を探しなさい!!」
「色んな意味で素敵すぎるッスーーーーーーー(号泣)!!」
………………色々と言いたい事はあるが、私自身はとても為になった………ような気がする。うん。少なくとも、頑張ってみようという気にはなった。……咲姫先生が何処まで真剣に私の事を考えてくれたのかは分からないけど。
頑張れ、私―――――
Interlude out