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Harmonical Melody  作者: 新夜詩希
1/21

Episode 0 ~Prelude~

―1―


「ううん………」




 ギラギラと容赦無く照りつける初夏の日差し。その凶悪さは表現しきれない。こちらの事情などお構いなし。眠りに就いている僕を叩き起こすかの如く。全身にうっすら汗をかく。このままでは体が蕩けてしまいそうだ。


「あ~暑いっ!!」


 僕は耐え切れなくなって叫び声を上げて立ち上がった。唐突に上がった叫び声に、周囲の人間がこちらを見る。しばしの間の後。


『あはははははははははは!!』


 教室内に笑い声が木霊する。刹那、僕は脳内CPUの速度を最高に設定し、現状確認に努めた。


 ここは『私立 猿渡(さるわたり)学園高等部』2-Aの教室。『さわたり』ではなくあくまで『さるわたり』だ。その斜め上なセンスに敬意を評して、生徒は皆一様に『SG』と呼ぶ。

 重苦しい濃藍のブレザーの季節は終わり、衣替え後の白いカッターシャツ、赤と青のストライプネクタイ、灰色のスラックスと言った小洒落たSGの制服に身を包んだ僕、水乃森(みずのもり) 雪夜(ゆきや)は当然そのSGの生徒であり、正午までにはまだ幾ばくかあるこの時間は、これまた当然授業中である。全員が全員授業を聞いているかどうかは甚だ疑問だとは言え、それなりに静かな授業中に突然叫び声なんぞ上がろうもんなら、そちらに注目が集まるのは道理と言えよう。


 ………段々事態が飲み込めてきたぞ。よし、この調子だ。


 次に僕が耐え切れずに魂の咆哮を上げてしまった理由だが。

 僕のここ3日間の平均睡眠時間は約2時間。昨夜に至っては0だ。従って今日は朝から足りない睡眠時間を確保しようと奮闘していた所存である。

 このSGは、過去の栄光とやらで一財産だが二財産だか築いたSGの創設者の恩恵だか何だかで、体育館を含めた全ての教室にエアコンが完備されているのだが、僕の座っている席は幸か不幸か窓際だ。夏の、しかも正午に程近いこの時間であれば、幾らエアコンが効いているこの教室でも、その効果は最小となる。しかもご丁寧に、他の窓にはカーテンが引かれているのだが、朝から眠っていた僕の所にだけカーテンが引かれていなかった。……うん、確信犯の所業だな、これ。


 確認作業終了。結論。僕は今、晒し者だ。わははは…………はは。


 教壇で授業をしていた教師(名前は……何だっけ?)が、ツカツカと僕の方に歩み寄って来た。


「水乃森……、寝るなら静かに寝ろ。邪魔する気なら出ていけ」


「はい。すんません」


 僕は窓にカーテンを引き、すごすごと席に座る。それを確認した教師は教壇に戻ると、授業を再開した。小さく一つため息を吐くと、隣の席からくすくすと押し殺した笑い声が聞こえて来た。


「ふふっ♪ よく寝てたね、雪夜」


「……春奈。カーテン、お前の仕業だろ」


「だってヒマなんだも~ん♪」


 そう言って春奈は髪をいじる。

 この、人の安眠を意図的に妨害する傍若無人娘は『日坂(ひさか) 春奈(はるな)』。イタリア人の祖母を持つクオーター特有の美白美麗な顔立ち、モデル並のスレンダー体型、腰まである長く綺麗な髪に加え、その天真爛漫なキャラクターで『SGのアイドル』とまで言われている。幼馴染の僕からすれば、そんな大層なものではないと思うのだが………騙されてるぞ、皆……。

 でも実際、初等部から大学部に至るまでファンが拡大し、今では多数のファンクラブまで存在すると言う。学期始めに行われたクラスの席替えでも、僕ともう一人を除く全ての男子が春奈の隣の席を巡り、血で血を洗うそれはそれは凄絶な争奪戦が繰り広げられた。勿論、他の女生徒達はその光景を白い目で見ていた訳だが……。

 結局、千日戦争の様相を呈した争奪戦は勝者が出る事は無く、最終的にくじ引きで公平に争われた結果、何故か争いに参加していなかった僕が引き当てた、と。ええ、『学園天国』の歌詞みたいに微笑ましい感じにはなりませんでしたよ、とてもじゃないけど。恨まれるわ、嫉妬されるわ、はたまた僕を買収しようとするヤツまで。まあその後、ヘタにファンのヤツが隣になるよりマシだろうとの結論に達し、事態は収縮。現在に至る訳だけど。


「ヒマなら大人しく授業聞いてろよ。オレは忙しい」


「……忙しかったのは昨日まででしょうに。ただ寝てるだけじゃない。どうせもうすぐお昼なんだし、少しぐらい話し相手になってよぅ」


「もうすぐお昼なら尚更だろ。どうせメシは一緒に食うんだし。頼むからもう少し寝か……せて……ふあぁ……」


 春奈はむくれて「う~~」と唸っていたが、それを無視して再び眠りに就く。……ふう、カーテンも引いたし、これで心置きなく惰眠を貪れるってもんだ。再びうとうととし掛けた、その矢先………


『キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン』


 何ィ!? ちょっと待て! 咄嗟に僕は顔を跳ね上げる。さっき正面の黒板横の時計を確認した時、後30分は時間があった事は確認済みだ。今確認しても殆ど変わっていない。当たり前だ。たったあれだけのやり取りで30分もの時間が経過するはずがない。

 そーか、チャイムが間違ってるんだな。相変わらずテキトーな学校だ。よしよし、再び眠りに……


「お、また時計が止まってるな。学級委員、電池を交換しといてくれ」


 ……………………………………。


「残念だったね、雪夜。さ、ご飯食べに行こ。今日のお弁当はちょっと自信あるんだ♪」


 春奈はにっこりと微笑んで僕の首根っこを掴んで引きずって行く。ああ、僕の安眠が……。それにしても、片手だぞこの女……。


「あ、春奈ちょっと待って。……理央!」


 僕は傍若無人怪力女に引きずられながら、廊下側一番後ろの席に座っている男に声を掛ける。

 彼の名は『月影(つきかげ) 理央(りお)』。180cmを超える細身の長身と、肩まであるロンゲ。基本的には整った顔立ちだけど、どこか冷めた光を湛えた瞳が印象的な男だ。こいつもまた、女の子にカルト的人気を誇る。そして『春奈の隣の席争奪戦』に参加していなかったもう一人でもある。

 僕がこいつに用があるのは、ここ最近の睡眠不足に起因する。


「新曲、何とか上がったよ。ほい、MDと歌詞と譜面」


 理央は席から立ち上がると、僕から受け取った歌詞と譜面を交互に確認しながら言った。


「ん、お前にしちゃ難産だったな。……いつもに比べて若干クオリティが低いのが気になる所だが……ま、時間が無いからしょうがないか。後はアレンジ次第だな」


 ………こいつ、登場して最初の台詞で僕の徹夜の苦労をあっさり斬って捨てやがった……。

 僕と理央、そして春奈の三人は『Melodious(メロディアス) Mind(マインド)』と言う名前のバンドを組んでいる。コピーではなくオリジナル。正確には『ユニット』なのだけど、バンドの方が判り易いので。理央はギター、春奈はキーボード、で、僕がボーカル。……仕方ないじゃないか。この中で僕が一番歌上手いんだから。本当はもう一人、いるのかいないのか分からないメンバーがいるのだが、まだ登場していない人の事を語っても仕方が無いので、今は保留。

 僕達のバンドは学園内ではそれなりに人気があり、定期的にライブもこなしている。で、次のライブに向けて、今作の作詞作曲担当の僕が、締め切りギリギリの今日までの3日間の平均睡眠時間2時間で書いた新曲は、たった今一瞬にしてぶった切られましたとさ。……お母さん、今週末ちょっと実家へ泣きに帰ってもいいですか?


「ええ、締め切りに追われると歌詞が降りて来ない泥沼スパイラルに見事どっぷりとはまり込んでしまいまして……赦してくだせぇお代官様」


「まあお前のボーカルなら曲がこの程度でも問題は無いだろうけどな、次はもうちょっと頑張ってくれよ」


 そう言いながら、理央はそそくさとロッカーからギターを取り出す。……褒めるのかけなすのか、一体どっちなんだ……。つーかそれならお前が書け。


「あれ? 理央ってば帰っちゃうの?」


 今まで傍観していた春奈が声を掛ける。因みに僕はまだこいつに襟首を掴まえられたままだ。いい加減放してくれませんかねぇ、怪力娘さん。


「いや、時間が惜しい。軽音部室借りてコード入れて来る。って事で、体育の代返よろしく。SSS(スリーエス)にはちゃんと顔出すから」


 簡潔にそれだけ言うと、理央は教室を出て行った。

 SSSについても後々説明するとして、今の理央の言葉で重大な事実に気が付いてしまった。午後は2時限とも体育。つまり………居眠りが出来ない。昼は春奈と一緒なので、睡眠を挟む隙間なんぞあるはずも無い。


 ……うむ、頭が重いなコンチクショウ―――




―2―


「はい、雪夜。あ~ん♪」


「………………」




 ここは屋上。日差しは多少強いが、海から吹いてくる風が実に心地よい。日陰に入れば絶好の昼寝日和。


 ……この、隣で新婚さん気取り風味を醸し出す輩さえいなければの話だがな。


 昼休みの屋上にはさすがに結構な人数がいて、ボール遊びに興ずるものやカップルなど多種多様だ(視界の隅には幾人か春奈のファンがこちらを睨んでいるのだが、見なかった事にする)。そして昇降口近くのでっぱりを椅子に見立てて座り弁当を食べている僕と春奈の物理的距離は、その誰よりも近い。つーかほぼ完全に0である。

 誤解無きよう言っておくが、別に春奈の事は嫌いじゃない。むしろどちらかと言えば好きな方に分別されるだろう。春奈が客観的に見ても十分に可愛い事も認識している。でも、付き合うつもりは毛頭ない。

 理由は大きく2つ。1つ目は幼馴染と言う事もあり、あまりにも馴れ過ぎてしまっていて、とうの昔に恋愛対象から逸脱しているのだ。

 2つ目に春奈のファンが怖い。全員がそうである訳ではないだろうが、春奈のファンはやたらと粘着質なヤツが多い。まあその何割かがマイメロ(Melodious Mindを略してひっくり返した愛称。某サン〇オのキャラクターに非ず)のファンでもあるので、滅多な事は口に出せないのだが。そう、まさに今もヤツらの程よく殺意の練りこまれた視線を感じながらの食事となっている。……よっぽど他にやる事ないんだな、あいつ等……。『見たって減るもんじゃない』とはよく言うけど、この質量の高い視線の長時間受け続ければそりゃあ色々と擦り減るってモンですぜ、旦那。

 にも関わらず当の春奈はと言えば、小さい頃からの習慣から、僕にベタベタするのを止めない。何度言っても聞きはしない。この状況が続いていてよく今まで刺されなかったなと疑問に思う人もいるだろう。確かに春奈の人気が出始めた最初の頃は、それこそ嫌がらせに次ぐ嫌がらせ、比喩無しに死の恐怖を味わった事もある。しかし三ヶ月ほど前のある時期を境に、その恐怖は去った。それは春奈本人による発言にある。曰く


『私の事が好きなら、私の幸せを考えてよ!』


 だそうである。………なんとまあいけしゃあしゃあと……。普通自分からそんな事言うかね? むしろその言葉、そっくりそのまま返してやりたい。しかしこの発言のお陰で、僕が一命を取り留めているのも事実ではあるのだが。や、誇張じゃ無しに。

 かくして、あいつ等は遠くから見ているだけとなった。下手に僕に手を出す訳にもいかない。それ即ち、春奈を怒らせる事に繋がるからだ。

 平和なのはいいのだが、根本的な問題は解決していない。僕が春奈のファンに恨まれている事に変わりは無いのだから。

 ……嗚呼、あいつ等僕の寝首をかく機会を虎視眈々と狙っているんだ。春奈にバレないように、日々完全犯罪の計画を練っているんだな。………ヤバ、想像してたら怖くなって来た。いざとなったらこの前みたく、理央のファンと衝突させて逃げよう。そう、『SGの落日』と呼ばれた、あの伝説の衝突劇。あれを再現させなければ、僕に未来はないのだ。


 今日も今日とて、個人部屋には簡単な調理設備しかない為に寮内食堂の厨房を毎朝借りて作っているらしい春奈お手製の弁当を食べ(させてもらっ)ているのだが、弁当箱は2人分で1つ、にも関わらず箸は1膳しかないと言う確信犯的な準備により、結果僕は春奈に食べさせて貰うという方法でしか食事を取る事が出来ない。だって素手で掴もうとすると叩かれるし、嫌がったり箸を持参すると情け容赦無く屋上から弁当を投げ捨てるんだもん。寮生活でいつもギリギリまで寝ている僕は、基本的に朝ご飯を食べないからお昼を抜くと相当にヤバイ。学食に逃げたら後でどんな事になるのかなんて想像したくもない。仕方が無いからこの方法で食べていれば、当然ファンから睨まれる。要するに四面楚歌状態な訳だ。ははは。………こいつは僕の幸せを考えてはくれないのだろうか……。弁当の味や種類がプロ級なのが救いと言えば救いか。

 それでも流石にあいつ等だって24時間春奈に引っ付いている訳じゃないし、学校が休みの日はそれなりに警戒も緩い。慣れてしまえば、ある程度は耐えられる。


 んまあ、一体いつになったら慣れるのかが問題なんだけどね―――




―3―


「でも舞子ちゃんって理央の事好きでしょ? だから断っちゃったんだってー! 勿体無いよね。あの先輩、結構カッコイイのに」


「ふ~ん、その子そんなに理央の事好きなのか。………止めといた方がいいと思うけど」




 昼食を一頻り食べ終えた僕らは、柵にもたれて談笑していた。毎日顔を合わせているのに、よくもまあこんなに話題があるものだと感心する。


 ここで、この『私立猿渡学園』について少し解説しておこうか。……や、僕と春奈の世間話なんぞ描写しても、面白くも何ともないからね。あまりに普通だから。無駄に長くなっちゃうし。決して春奈に画面上で喋らせる隙を与えない為じゃないよ?

 ……………。『画面』って何の事だろう?




 このSGは、一言で言うとズバリ『変な学校』である。

 直線距離にして都心から10kmも離れていない、ちょっとした地方都市ほどもある広大な埋立地に、この学園はある。

 今から16年ほど前、前述した創設者『金音(かなみ) 大五郎(だいごろう)』(現理事長)は、ITバブルの波に乗り、巨万の富を得ていた。勉強は全て『受験の為』と言う教育姿勢を嘆き憂いた大五郎は(かなり眉唾だが)、全く新しい教育の在り方を求め、不況の折に開発半ばで打ち捨てられた埋立地を買い取り、そこに初等部から大学部までのエスカレーター式一貫校、それに伴う巨大な学園都市の設立を一念発起。10年もの歳月を費やし、見事完成に漕ぎ着けたのだった。

 その時の、メディアに対する創設者のコメントはこうだ。


『私はこの猿渡学園を、老朽化して凝り固まった教育制度に一石を投じられる存在にしたいと思っている! 勉学は常に自分達の為に行うものであると言うコンセプトの下、自主性を重んじ、のびのびと勉学に勤しむ事の出来る場を、前途有望な若い世代に提供したい! これは教育制度の大革命なのだ! わーっはっはっは!!』


 ………ふむ、素晴らしい事を言う。凄い人物だな、SGの創設者は。………と、素直に思えないのは何故だろう? 至極もっともな事を言っているのは確かなのだが……。まあ一般の生徒は彼について深く考えてはいけない。これはSGの暗黙のルールだ。大学部には『金音大五郎閣下を研究・分析し、より深く崇拝する為の専門サークル』なる、どう考えても病んだ人間の集まりとしか思えない機関があるらしいので、分析なんかはそっちに任せておけばいいのだ。

 そんな経緯で、満を持して開校されたSG。開校当初は注目度も高く、入学や編入の希望者が殺到した。その競争倍率たるや、初等部から大学部まで全て40~50倍と言うのだから恐れ入る。

 ここで、SGの一風変わった入試試験について触れておかねばなるまい。わざわざ説明する必要があるくらいなのだから当然普通の試験ではないのだが、どう普通ではないのかと言うと、『頑張らなくても合格出来る』のである。そして、『人によってはどう頑張っても合格出来ない』のでもある。詳しく説明しよう。試験は二次に分かれている。一次は筆記、二次は面接だ。概要は何の問題も無い。問題なのは中身。

 一次の筆記。この試験で試されるのは『想像力』『瞬間的記憶力』『応用力』『適応力』『即断力』『情報処理能力』etcetc………と言ったものである。要するに、知(脳)力テストな訳だ。当然の事ながら、知識を詰め込むだけの勉強でそうそう向上するものではない。

 一次で合格点を超えたものは二次の面接に進める訳だが、この面接もまた曲者である。受験生を無作為に3人1組に分け、試験官の前でお題に沿ってディスカッションをさせるのだ。しかもこのお題は1組ごとに違うらしい。因みに僕の時は『昨今のTVゲーム事情とその影響力について』だったし、春奈の時は『携帯電話の普及に伴う生活の変化とこれからの展望について』だったそうだ。どうやらこの面接には、頭の回転速度や柔軟性を見極める意図があるらしい。試験官から聞かれた事を一問一答で話すより、実際に会話をしている所を観察している方が正確に測りやすいのだろう。

 この試験方式に関する某創設者のコメントはこうだ。


『猿渡学園には、勉強しか出来ない頭の固い生徒はいらん! と言うよりも、柔軟的思考の無い人間には、猿渡学園の素晴らしさは理解出来んだろう! 勉強で得た知識を有効に活用する為には、思考の柔軟性が何より重要なのだ! わーっはっはっは!!』


 …………少しずつ言ってる事がズレて来たな。この方法なら確かにスペックの高い生徒を集められるだろうけど、今まで頑張って勉強して来た事を蔑ろにするのは如何なものかとも思う。既にここの生徒である僕が言う事じゃないけど。

 結局、あれほどの競争倍率だったにも関わらず、入学を果たしたのは募集人数の80%ほどだった。具体的な数字はよく分からないが、合格のボーダーラインが結構高かったらしい。

 さらに、第一期生が入学して半年もしない内に、約1/4もの生徒が辞めた。その理由の大半は、保護者からのクレームに由来する。曰く、『自主性を重んじるあまり、校風が緩過ぎる』と言うものだ。そりゃそうだろう。自主性を重んじている以上、学園側から勉強を強要する事は出来ないのだから。従って、この学園ではやる気のある生徒しか勉強しない。だから授業中に寝ていても、教師は邪魔さえしなければ文句も言わない。

 しかもこの学園、一応期末や中間テストはあるにはあるのだが、点数は重要視していない。何せ『赤点』と言う概念がないのだ。進級の決め手になるのは授業の出席率。ただそれだけ。病気や冠婚葬祭などの仕方が無い場合を除いて、全行程の98%以上の授業に出席しさえすれば、後は授業中に寝ていようが遊んでいようが進級出来る。98%って大変なように思うかもしれないが、要するに無断でサボらなければ大体オッケーなのだ。これでは保護者が反発するのも無理からぬ所だ。このまま学園は破綻の一途を辿るかと誰もが思った。

 その事を突かれた某創設者のコメントはこうだ。


『最初に《勉学は常に自分の為に行うものだ》と明言したはずだ! 自分の為になると思えば勉強すればいいし、ならないと思えばしなければいい! 私達経営陣の仕事は、最高の環境を整える事、それのみだ! そこから先は生徒の自由なのだ! わーっはっはっは!!』


 …………うん。突っ込みたい気持ちはよく分かる。でももう少し我慢してくれ。僕も1年以上我慢してきたんだって。

 しかし、ここからがこの学園のもっとも変な所。入学時のおよそ1/3程の人数にまで減少した第一期生の中に、東大はおろか、ハーバード、オックスフォード、ケンブリッジ、果てはMITと言った世界に名だたる超難関有名大学に編入した生徒がなんと数十人もいたのだ。

 元々スペックの高い生徒が集まっている上、最新鋭の科学技術と最先端の教育システムを結集したこの学園の教育レベルは、そんじょそこらの学校とは比べ物にならない程高い。この学園でちゃんと勉強すれば、然るべき成果が得られるのだ。つまりこの結果はある意味必然と言える。


 そんな訳で、創立3周年を迎える頃、再び入学志願者が急増した。相変わらず教育委員会からの風当たりは強いらしいけど、所詮世の中結果が命。世論の無責任な鞍替えも相まって、SGはめでたく確固たる地位を手に入れた。

 もういい加減掲載したくは無いのだけど、一応これが最後なのでもうちょっとだけ我慢しよう。その時の某創設者のコメントはこうだ。


『ほーら見たことか! 私の言った通りになっただろう!? やはり私は凄いのだ! わーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは(以下省略)』


 彼の笑い声は三日三晩、学園中に響き渡ったという。

 ………………ね? 最早、突っ込む気力さえ湧いて来ないでしょ? そんなものです、世の中なんて。深く考えたら負けなんです。SGではそれが極めて顕著なのです。


 随分と説明が長くなってしまったので、まとめよう。つまり、某創設者風に言うと、


『この学園に入学した以上、大学卒業と言う学歴までは保障しよう。だが、その先大人になった時に、ここでのキャリアを生かせるか生かせないかは君達次第だ。賢い大人になるかバカな大人になるかは、君達次第だ。私達は一切強制しない。好きな道に進むがいい』


 ……こう言う事だ。突き放す事で従わせる、と言う逆説的な手法でこの学園は成立している。

だから一番初めに言ったでしょ? 『変な学校』だって。


 でも僕はこの変さ加減を気に入ってる。僕は高等部から入ったからまだ1年と3ヶ月くらいだけど、友達にも恵まれてそれなりに楽しく過ごしている。…………この刺す様な視線がなければ、もっと快適なんだけどなぁ―――




―4―


「ほら雪夜、もっとちゃんと歩いてよ!」


「うう~……。だりィ……」




 あっと言う間に時刻は放課後。

 睡眠不足なのに体育の授業を張り切ってしまった所為で、穿き古したパンツのようにズタボロとなった体を春奈に引きずられながら、校舎を回り込むように歩いている。睡眠不足なら張り切んなよと突っ込みを入れたそこの貴方、正解。でも僕、体育だけは張り切ってしまうタイプなのだ。それ程運動神経がいい方でもないけど、体を動かすのは凄く好きだ。しかも種目が大好きなサッカーともなれば、尚更だ。ええ、サッカーだけは身の破滅を呼び込んででもやりますよ? やってみせますよ?


 しかし体がいくらボロボロでも、部活動は毎日ある。


 今度はこの学園都市のシステムについて説明せねばなるまい。………文句なら作ったヤツに言ってくれ。いちいち説明役に祀り上げられてる僕だって辛いんだ。どっちに文句を言うかは任せるが。……何かさっきからちらほらとメタっぽい発言が出て来るな、僕。疲れてる所為か?


 この学園都市『猿渡シティ(無論通称はSC)』は、SGを囲むようにそれぞれ『ノースアベニュー』『サウスアベニュー』『イーストアベニュー』『ウェストアベニュー』の4つに分かれていて、ウェストアベニュー以外の3つにそれぞれ30~40程の店や会社が軒を連ねている。3つのエリアを回れば一通りの物は揃うし、カラオケやボウリング、喫茶店やファミレス、映画館などもある上、無料の乗合バスも走っている。

 残るウェストアベニューは居住エリアだ。実家が遠い僕も春奈もそこにある学生寮に住んでいる。これがまた住み心地は快適で、今や生徒の大半は学生寮に住んでいるようだ。……あ、勿論建物は別だし、基本的に男は女子寮、女は男子寮には出入り禁止だ。幾ら非常識なSGでも、流石にそこまで自由じゃないよ? 因みにSGは奨学金も充実しているので、家庭に事情のある生徒も多いらしい。

 ここには学生寮だけじゃなく、このSCで働く色んな人のマンションも設営されている。とは言え、SCには生徒や教師、各店舗の従業員や会社員など、総勢2万人近い人間が生活しているが、さすがにその全てがウェストアベニューに寝泊りしている訳じゃない。大体その1/3と言った所か。

 本土とは陸続きではないが、巨大な一本の橋で繋がっていて、橋とは別にモノレールも走っている。学園都市と言いながらも、さほど閉じられた空間と言う訳でもない。実際、都心あたりから出勤、通学している人も多いし、SC特有の店があったり一種の観光地みたいになっていたりする事もあり休日には人も更に増える。


 で、ここで開いている店や会社の事だけど、半分は普通の企業。残るもう半分は……SGの生徒が運営している。運営に関わる上層部は大学部の人達で、高等部の生徒は『部活動』と称したアルバイトだし、中等部以下はいない。一般企業の出向者がアドバイザーやオーガナイザーとして就任しているケースは多いものの、実際に営業したり経営方針を決めたりするのは専ら生徒達の方だ。そこには当然、給与が発生する。まあ実際に普通の企業で働いた場合に比べれば微々たるものだけど。所詮は『部活動』だから。大学部のとあるサークルが、活動の一環として店舗を出店したのが発端だと言われているが、真相は謎だ。

 このSGは学園の規模の割に、体育系の部活があまり盛んではない(勿論無い訳ではないが)。そんな事情もあってか、文化系のサークルや部は挙って店舗経営に乗り出した。最初は静観していた学園側も、やがて部活動やサークル活動として正式に承認するようになり、店舗数は急増。今や完全にSCのスタイルとして定着した。勿論、大学部なり高等部なりを卒業した後、そのまま正式に就職してしまうケースも決して少なくない。

 店舗経営と言っても、当然知識も資金も無い学生風情が0から開業出来るほど世の中甘くはない。ベースとなる部分、つまり店舗そのものだったり経営学の専門知識だったり運営資金だったり。そう言った部分は100社以上を数えるSGのスポンサーに拠る力が大きい。要するに、自社の子会社、SC支店と言う形で業務提携をする訳だ。有能な生徒は、そのまま本社の方に引き抜かれる事もあるのだと言う。

 そんな中で唯一、スポンサーではなく学園理事長(創設者)からの出資、そして高等部の生徒だけで組織されている会社がある。


 それが………『SSS(スリーエス)』だ。


 正式名称は『(株)探偵商社SSS』。SSSは『Secret Service Solution』の略称だ。去年の春、学園校舎の裏手のノースアベニューに設立され、現在のメンバーはたったの7人。お察しの通り、僕も春奈も、あとついでにさっき出て来た理央もSSSのメンバーだ。肩書きは調査員。

 株式会社を名乗っちゃいるが、株を持っているのは理事長だけで、別に上場企業と言う訳じゃない。探偵商社と言えば聞こえはいいが、実際の所はよく言って『トラブルシューター』。悪く言えば『何でも屋』って感じ。一年くらい前にSC内で起こった連続猟奇殺人事件《狂気の魚》を解決した事もあったが、そんなのは当然稀有な例で、普段は至って平凡な依頼ばかりこなしている。それだけSCが平和だって事。

 SSSの他にも似たような機関がいくつかあり、SC内には派出所もあるので、他と連携して業務を行う事もしばしば。一応商売敵とはいえ、当然授業中だったりすれば依頼は受けられないし、如何せん人数が少ない為にやれる事は限られてしまうので、連携も必要となってくる訳だ。

 僕らがSSSに参加するようになった経緯は………代表取締役、つまり所長にスカウトされたからだ。何故僕らが選ばれたのかは未だに謎だ。や、聞いた事はあるんだけど、理解不能だった。


『雪夜クンを選んだ理由? う~んそうね、強いて言えば、声かな。とてもキレイなC(シーメジャー)キーだったから。絶妙なmf(メゾフォルテ)の声量といい、計った様にmoderato(モデラート)な言速といい、キミには探偵の素質があると私のカンがそう言っていたのよ』


 ……ほら、分からないでしょ? 別に言葉自体を知らない訳じゃない。それなりに単純な音楽用語だから。Cは#や♭の付かない一番基本的なキーだし、mfは『やや強く』、moderatoは『中くらいの速さで』だ。これくらいはクラシックをやっていなくても、多少音楽をかじっている僕なら分かる。

 何が分からないのかと言えば、まず音楽用語で表現されるのが分からないし、この用語は全て標準的なものだ。何の特徴も無い。……今思えば『カン』が一番納得行く説明の様な気が……。天才の考える事ってのはよく分からん。ま、凡人の僕らには想像も出来ませんよねー。


 そんなこんなで、今日も今日とて足繁く事務所に通うのであった―――




―5―


「あ、おはようございます! 雪夜さん! 春奈さん! 今日もいい天気ッスね!」


「おう、おはよ」「おはよ〜瞬!」




 事務所の入り口ドアを開けると、速攻でテンションの高い挨拶が飛んできた。もうすぐ夕方なんだから「今日もいい天気」は少しそぐわないような……。

 この時代劇の下っ端みたいなヤツは、『木ノ(きのした) (しゅん)』。150前半しかないであろう低身長と、明らかに頭悪そうな金髪をツンツンに撥ねさせている。てゆーか実際頭は悪い。学年は一個下の高等部一年。こいつ等の年代では、瞬がSGに合格した事は『学園の7不思議』の一つに数えられているとかいないとか。こいつも僕らと同じ調査員だ。仕事のミスが異常に多い事で有名。

 疲れ切っている僕に瞬のテンションは毒だ。瞬を華麗にスルーして自分のデスクに向かう。その途中でもう一人の従業員の女の子に声を掛ける。


「おはよ、碧。今日の依頼は?」


「……あ。お、お、おはようございます……水乃森先輩……。……あ、えっと……じゃあこれ、お願いします……」


 突然声を掛けられてちょっとしどろもどろになっている。……もう少し慣れればいいのに。もう3ヶ月以上一緒に仕事してるんだから。

 この女の子は『火咲(ひざき) (あおい)』。くるくるした癖っ毛のショートヘア、えらい度の強そうな分厚い丸メガネが特徴。極度の引っ込み思案なようで、あんまり自分から声を掛けて来たりはしない。大人数の中では尚更。メガネ取れば結構可愛いような気がするんだけど、素顔を見た事のあるヤツは殆どいないらしい。学年は瞬と同じ一年だ。因みに身長も瞬と同じくらいしかない。会社では事務や経理、書類製作などのデスクワークを担当している。

 碧から手渡された書類に軽く目を通しながら、自分のデスクに着く。


「お、トサカ先輩、おはようございます」


「トサカじゃねェ! 何回言や分かんだてめェは!」


 椅子に座りながら隣の席に声を掛ける。勿論ワザと間違ってるんだけどね。

 この口の悪い男性は『トサカ』………あ、いや『土笠(とかさ) 瑛理(えいり)』。何故かいつも白衣を着ていて、掛けている小さなメガネの奥から神経質そうな瞳が覗く。僕が先輩と呼んだ事から分かると思うけど、高等部三年生だ。碧と同じくデスクワークを担当している。……と、言うのは建前。彼の真骨頂は、類稀なパソコンの技術を生かしたハッキングにある。ネット関係、サイバー関係の事件を担当し、情報収集もお手の物だ。


「遅かったな雪夜。随分疲れた顔して。寝てないクセに、またどうせ体育張り切ったんだろ。あんなもん適当に流しときゃいいのに」


 トサカ先輩とのやり取りの後、対面しているデスクに座っている理央が声を掛けてきた。口にはいつものように火の付いたタバコがくわえられていて、慣れた仕草で紫煙を吐き出す。

 ……念の為言っておくが、SCは日本の法律が届かない治外法権が成立している都市ではない。似たような所はあるけど。僕と同い年の未成年であるコイツの喫煙は当然法律違反だし、緩いとは言え一応存在するSGの校則にすら違反している行為だ。でもこの事務所で吸う時は臭気分解フィルター付きの高性能エアークリーナーの真下である自分のデスクでしか吸わないから、別に僕らは直接的被害を被っている訳じゃないし、教師に見つかって停学を喰らうようなバカな真似はしないだろうから、皆黙認している。あ、このお話は勿論フィクションだから、良い子の皆は真似しちゃダメだよ。お兄さんと約束だ! ……って何言ってるんだ僕は……。

 因みに吸っているのはアメリカ製の煙草『Black Stone』。匂いが甘ったるいんだ、コレ。理央も僕らと同じ調査員だが、猫被りの性格を生かして営業も兼ねている。


「……悪かったな。サッカー好きなんだよ。それより、ギターの方はどう?」


「ああ、一通り入れてみた。これ見てくれ」


「あ、トサカちゃんおはよ~♪」


「仮にも先輩だぞ! 頭をペチペチ叩くなバカ女!」


「碧、元気ない? もっとテンション上げて行こうぜ! 人生楽しまなきゃ損!」


「……いえ、私はこれが普通ですから……。知ってますよね……?」


 僕らはそれぞれ勝手気ままに会話をする。これがいつものスタイル。SSSの日常だ。他の所もこんな感じなのだと言うが、この辺が『部活動』から『仕事』と言う呼称に変わらない理由なのだろう。


「相変わらず楽しそうね、皆」


 唐突に奥の『所長室』と言うプレートが掲げられたドアが開く。そこから一人の女性が現れた。


『おはようございます、所長!』


 僕らはいつも通り声を揃えて挨拶する。


「おはよ。う~ん、今日も綺麗なハーモニー……じゃないわね」


『所長』と呼ばれたこの女性は『金音(かなみ) 静流(しずる)』。高等部の三年生にして、このSSSの代表取締役所長である。エアリーな緩いウェーブの掛かった長い髪、吸い込まれそうな澄んだ瞳。正にお嬢様と言った佇まいは『可愛い』と言う表現よりも『美しい』と言う言葉が似合う。一説によると、SGでは春奈と人気を二分しているとか。

 そして……なんとビックリ、前述したツッコミ所満載の理事長・金音大五郎の一人娘だ。『親の七光』って言葉はよく聞くけど、この人にはそんな言葉は当てはまらない。僕からすれば理事長よりよっぽど尊敬出来る。このSSSも、SCの困っている人達の為、理事長に自ら直談判して設立したらしい。

 この人を尊敬する理由はまだある。とにかく頭がいいのだ。情報分析力は勿論、洞察力・推理力が半端じゃない。前述した《狂気の魚》も、殆どこの人ひとりで解決したようなもんだったし。

 さらにもう一つ、静流先輩には大きな能力がある。それは『絶対音感』だ。


「雪夜クン、いつもに比べて声のトーンが低いわね。少しハリも無いし。調子悪い?」


「大丈夫です。ご心配なく」


 常人では聴き分けられない程の些細な音の変化でも聞き逃さないと言う、ともすれば『神の耳』とまで比喩される能力の持ち主なのだ。昔からクラシック音楽をやっていて、今ではピアノやヴァイオリンを始め、弦楽器・管楽器問わず様々な楽器を弾ける。絶対音感はその練習過程で勝手に身に付いたんだとか。……こう言う人が近くにいると、勝手に自信喪失しちゃうんだよなぁ……。しかもたまにマイメロのライブにサポートとして参加してくれる事があり、4人目のメンバーと言っても過言ではない存在だ。演奏レベルで言ったら、僕らなんか全然勝てないから、『参加して貰ってる』訳だが……。

 あ、それと趣味はお茶を淹れる事。和洋中問わず。だから、『代表取締役兼お茶汲み係』と言う奇妙な役職になってしまうのだ。因みに静流先輩の淹れるお茶はやたらと美味しい。天才は何をやってもサマになるな。見習いたいものだ。


「さて、今日も元気に仕事に取り掛かりましょうか。雪夜クン、依頼書貸して」


 僕は手にしていた書類を静流先輩に渡す。


「今日の依頼は、っと………『高等部・ゲーム部部室の鍵の捜索』『家出猫の捜索』『20年前に無くした恋の捜索』……か。ま、いつも通りって感じね。たまには密室殺人事件とか生徒会費横領捜査とか爆弾処理とか、こう胸を躍らせるような事件は来ないものかしら」


『………………………』


 サラリと物騒な事を言ってのける天才お嬢様。因みに『何か一個だけ随分とロマンティックな依頼があるなぁ』と言うツッコミは誰一人入れない。だってたまに来るからね、このテの依頼。そして何より、『あんまり探偵っぽくない依頼ばっかりだなぁ』などとは口が裂けても言ってはいけない。その辺は静流先輩の最も気にする所であり、迂闊に口に出すとトンデモネー事態に陥る。推して知るべし。


「………あ……」


 刹那、僕の斜め前にいた碧が小さな言葉を洩らした。前述した通り、碧が自ら声を発する事は珍しい。こういう大人数の場なら尚更。僕より先に静流先輩がその微かな声に反応した


「ん? 碧ちゃん、何か気に掛かる事でもあった?」


「……あ、いえ……何でもないんです。……気にしないで下さい……」


「も~言いかけてやめないでよぅ! 気になる! 碧ちゃん、言いなさい!」


 碧の隣にいた春奈が問い詰める。ついにはくすぐり始めた。……何処くすぐってんだよアイツは……。何か画的にめっちゃ淫靡なんですけど……。あ、瞬が鼻血吹いた。トサカ先輩は鼻の下が伸びてるし。う~む、映像でお見せ出来ないのが残念だ。でももしかしたら将来的にはアニメ化とか………ってだから何言ってるんだよ、僕。


「わ、分かりました。言いますから止めて下さい……」


 春奈があれだけくすぐったのに、結局笑わなかったな、碧。若干苦しそうではあったけど。それはそれで凄いかも……。


「……皆さんが期待している程大した事じゃないんです。ただ、最近失せ物探しが多いなぁと、思いまして……」


 確かに言われてみればそうだ。最近は他の仕事が珍しい程だ。まあ失せ物探しは前から多かった。恐らく依頼の中では一番多いのではなかろうか。……仮にも探偵商社なのだから当たり前と言えば当たり前ではあるが。それこそ店の手伝いだの犬の散歩代行だの、そんなのばっかりだったら完全に『何でも屋』になってしまうからだ。……そう言う依頼もたまに来る事は当社において口外禁則事項だったりする。


「そうね。失せ物探しは確かに多いわ。それは……」


 静流先輩が碧の肩に手を置いて話す。



「依頼人が『人』だからよ。人はいつも何かを探して生きている。私達の所に来る依頼は部室の鍵だったり、飼い猫だったりもするけど、それだけじゃないわ。知識、才能、夢、時間、力、健康、信頼、友情、恋、成功、幸せ。はたまたお金や生き物。勿論、固有物だってね。挙げ始めればキリがないわ。無くしたものであれまだ手にした事のないものであれ、人は何かを探しながらじゃないと生きられないの。探す事を止めてしまったら、それは生きていても生きている事にはならないわ。言わば『抜け殻』ね」



 相変わらず静流先輩の言葉は深い。『何かを探しながらじゃないと生きられない』か……。確かにその通りかもしれない。僕だってゲームや新しい楽器などの即物的なものは言うに及ばず、才能や知識と言った概念的なものも常に欲しがっている。それは欲しがっているだけじゃ決して手には入らない。まあその辺に転がってる事もたまにはあるかもしれないけど、そんなのに期待してはいけないんだ。欲しいものは自分達で探さなければ、真に「手に入れた」とは言えないだろう。


「オレらの仕事はその手伝いって訳だ。つまり、生きる為の手助けだな」


「アハハ~♪ 自分たちの探し物も見つからないクセにねぇ~」


 僕の言葉を春奈が笑って繋ぐ。そんな春奈の笑い声が他のメンバーにも伝播して事務所は笑い声に包まれた。何でこの程度の事で皆笑うのか不思議に思うかもしれないけど、僕はこれがSSSの連帯感の源なのではないかと何となく思っている。

 一頻り笑った所で、静流先輩はパンパンと手を叩く。


「はーいそこまでよ。それじゃ早速依頼に取り掛かりましょう。『部室の鍵』は理央クン。『家出猫』は瞬クン。『20年前の恋』は雪夜クンと春奈ちゃんでお願い。瑛理は情報収集、碧ちゃんは書面作成ね。随時状況報告を徹底する事。どんなに些細な事でも全力で取り組むように。以上」


 僕らはそれぞれ碧から資料を受け取る。


「雪夜、一緒に仕事するのは久しぶりだね♪ 頑張ろうね♪」


「何だか一筋縄じゃ行かなそうな依頼だけどな。まあやるだけやってみるか」


「ゲーム部か。新作のアレ、副報酬って事でコピーして貰うか」


「どんなニャン子かな? 可愛いといいなぁ」


「……木ノ下さん……資料に写真、付いてます……。ちゃんと見て下さい……」


「情報収集って、何の情報集めりゃいいんだ? 猫の生態……とか?」


「昨日はダージリンだったし、今日はカモミールでも淹れようかしら……」




 こうして、今日もSSSの一日が賑やかに始まった――――――



Episode end



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