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第二話

 唐突に腕を引かれた彼女と、腕を引いた彼は同時に水に落ちていた。浮遊感もなにもなく、足場の消失感と同時にゴボッと水に空気を奪われる。

 人間いきなり水に落とされると水を鼻から吸ってしまったり飲んでしまったり死活問題だ。

 幸いな事に、二人は水に落ちたかと思った次の瞬間には固い何かに手をついてゲホゲホと咳き込んだ。誰かに救助されたと言うわけではなく、突如生まれた虹色の膜のようなものに包まれて。

 先に呼吸を整えたのは彼女の方だった。いきなり腕を引かれたという事もあり、荒い息のまま周囲を警戒する。視界に捉えたのはシャボン玉みたいな膜と、自分と同じように咳き込んでいる子供。歳の頃は五、六歳で、ぐっしょりと濡れた黒髪で顔は隠れている。ほっそりとした体つきで女の子か男の子かわからないその子供は、ぐらりと前のめりに倒れてしまった。自分よりも随分と弱っていそうな様子に彼女は慌てて這い寄った。


「大、丈夫?」


 咳き込んで掠れた声で子供に呼びかけるが、目を閉じたままぐったりしてしまっている。咄嗟に脈と呼吸を見るがどちらもあった。ほっとしたのも束の間、二人の周囲にあった膜がぱしゃんと軽い音を立てて消えた。膜に阻まれていた水が押し寄せ、彼女は咄嗟に子供の胴に腕を回し水面を目指して水をかいた。火事場の馬鹿力なのか、ひとかきでぐんと身体が前に進みすぐに水面を捉える事が出来た。

 プハッと顔を出し、子供も顔が出るように持ち直して急いで陸を探す。月明かりは微かにあるが暗い。それでも木々の形が見えたのでそちらに泳いでいった。

 途中、手やら足やらにツンツンと触ってくるものがあったが払い除けたり踏んづけたりして無視をする。多分魚だろうと彼女は思ったが、何せ暗くてよくわからない。とにかく陸に上がり、すぐに子供の様子を確認する。

 息はしている。だが冷たい。自分もびしょ濡れでこのままでは風邪をひく。そう思った時、彼女は自分の違和感に気づいた。

 びしょ濡れという状態を差し引いてもいつもと感触が違う。見れば靴がゴワゴワした布のような物になっている。スーツも貫頭衣のような上着に、下は腰紐で縛るズボンに。そしてコートはなかった。

 彼女は思考した。腕を引いてきた輩は人様の服をひっぺがしてなんてもん着せているんだ、と。

 普通に考えて一瞬でそんな事が出来る人間などいる筈もないのだが、若干どころかなり混乱気味の彼女の思考は迷走していた。

 いやそんな事より今は暖を取らないとと、僅かばかり冷静な思考を取り戻す彼女。とりあえず自分と同じような子供の服を脱がして絞り、他にないので上着だけ着せる。彼女自身も同様だ。


「火、火……火をつけないと」


 怪しい放火魔のような事を呟きながらあたりを見回すと、水辺の砂利の上にゴッと勢いよく炎が生まれた。


「火……だな。うん、火だな。火……まぁいいや」


 何故火がついたのか、何を燃やしてそこに存在し続けているのかさっぱりなまま彼女はありのままに受け止めて、子供を火の近くに移動させた。そして近くの枯れ枝をぽんぽんと、火に放り込む。一応、何もしないと火が消えるかもしれないとは考えた。

 火にあたり、ほっとひと息つく彼女。焚き火となった炎の周囲以外は真っ暗闇。なのだが、じっと見つめていると彼女にはだんだんと見えてきた。

 そこは人の手が入っていないような森だった。水辺だからか開けているが、森に一歩足を踏み入れるとたちまち木々に囲まれて方向感覚を失いそうな程の苔むす深い森。


「……どこ?」


 ようやく彼女の思考は正しく回り始めた。

 お尻の下の固い丸い小石にもぞもぞしながら、子供に目を向ける。目下情報源はその子供と彼女はみなした。

 と、先ほどよりも子供の息が荒い事に気づく。慌てて触れると熱い。

 こりゃまずいと冷たいままの服をひっぺがし、自分も服を脱いで焚き火の前でその細い身体を抱きしめる。


「水飲んじゃってるだろうし……肺にも入ったかもなー……」


 肺炎にでもなったら危機的状況だ。彼女はくそーと毒吐き、ウイルスやら細菌やら死滅しろよと吐き捨てた。

 その瞬間、線香花火のようなものが暗闇の中さざめくように舞い散った。

 彼女は二度三度と目を瞬かせた後、もう一度子供を見下ろした。

 あどけない顔を赤くし、小さな口でぜいぜいと呼吸を繰り返す様子に変わりはない。


「何今の……気のせい……?」



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