第98話 貴様らは何者ぞ
『破幻槍』と名付けられた魔術は特殊な『槍』を超高速で打ち出すものだ。
核になっている術式は『破城槍』という帝国魔術師団独自の儀式魔術。物質の移動と慣性を制御する術式により重量物の高速かつ連続投射を実現する対城塞魔術であり、魔術衰退後の帝国の切り札の一つだ。
要は魔術的な投石器だが、その射程と威力は機械式の大型投石器を遥かに上回る。音速で撃ち出される槍の有効射程は一万シャルク(約7kmm)を遥かに超え、既知の攻撃手段では最長。鋼鉄でできた城門すら貫通する威力を持ち、しかも弾体と魔力さえあれば短時間で連射可能、命中精度も高い。
現在のこの世界の攻城戦とは、この『破城槍』を始めとする大威力投射攻撃を魔術で防げるかどうかで決まると言ってよい。防げないなら即日落城だ。運用に高位魔導師を何十人と必要とするものの、圧倒的射程と貫通力を持つ破城槍は帝国の物量と力の象徴でもあった。
ただ、通常の破城槍の砲身は一度形成すれば数十発程度は使えるが、破幻槍の砲身は一発限りの使い捨てだ。その理由は投射する弾体の違いにあった。
この術式における弾体は『槍』と呼ばれているが、重量が大事なため胴が太く尾羽もついており、どちらかといえば飛翔体と言ったほうがよい形をしている。
通常の破城槍の『槍』は魔術強化された特殊な鉄塊でできているが、破幻槍では複数の特殊素材の集合体だった。
そのうち一種は対魔術素材。魔封銀と呼ばれるそれは一定量集まると魔術を阻害する性質を持つようになる、魔術師殺しの金属だ。通常の鉱山などからは出てこない出所不明の金属であり、黄金よりも貴重である。
これを組み込むことで既知のあらゆる防御魔術を無効化できる。通常の『破城槍』では高強度の障壁や『矢避け』『矢返し』などで防御されることもありえるが、魔封銀を持つ槍はそれらも突破する。
もう一種は対仙力素材。複数用いられているが、中核は二つ。一つ目は東方の海に浮かぶ島にある扶桑と呼ばれる巨大な霊木の枝、その中で最も霊力に富む、百年に一度しか芽吹かぬという若芽の芯を圧縮したもの。
二つ目は竜心散と呼ばれる粉末。伝承によれば古竜の心臓を乾燥粉砕したもので、万病に効く仙丹の材料とされる。そううたって世に出回る物の殆どが偽物だが、今回使用されたもの──帝国の宝物庫に眠っていた──は本物であるらしく、濃密な霊気を宿していた。
これらは本来仙霊機兵のために集められた霊的素材で、兵部省はその中から特に優れたものを抜き取っていたのだった。半分は仙霊機兵の足を引っ張るためだが、もう半分はこうした対仙力武装の開発のためだ。
こうした素材は物理的には弱く、そのままでは武器にも弾体にもできない。そのためこれらを別の素材で守る必要があった。
古来から対魔術師向けに魔封銀を核に封じ外側に強靭な金属を纏った武器を作ろうと様々な手法が考案されてきた。ただ、魔術殺しの特性から、付与魔術による改質は元の素材に戻ってしまい意味がない。
魔術に関係なく強靭な素材であることが求められるし、魔術で修理することもできないわけで、そうなると鉄や鋼では弱すぎる。
そうして様々な素材が研究された。その中には例えば鈦鋼や鎢鋼、陶瓷などもあったが、大空白時代を経て科学的な冶金術は失われていた。
だが単純な科学は失われても、人類は魔術の力を得ており、それを用いて辛うじて希少金属を加工してきた。そうしてある日帝国魔導省が偶然産み出した切り札が神星鋼である。
鈍い琥珀色の神星鋼は、一般に最硬とされる金剛石を含む既知のあらゆる物質を凌駕する硬度と、優れた靭性を持っていた。そして製造にこそ高度な魔術が必要だが、一度出来上がれば魔封銀に触れても特性を失わない。
そうしてこの『槍』は、その神星鋼による外殻を纏った鋼鉄に、魔封銀と霊木の核、および竜心散を混ぜ込んだ高火力の炸薬を封じられ、さらにそれらを内部では多段階で備えることになった。
そんな魔術殺し、仙力殺しの槍を魔術で打ち出すという矛盾を解決するためにかなりの無茶をしている。元々の破城槍の術式のままでは魔封銀のため射出できない。砲身は何とか維持できても、加速、慣性制御術式が無効化されてしまう。
打ち出すだけなら炸薬でも可能だが、火薬式は現在の技術では威力と信頼性が全くない。そして魔導院の開発陣は工学と仙力への対抗意識から、どうしても魔術主体での問題解決に拘った。
最終的には、魔術式が魔封銀により自壊するのを逆用し、その際に発生する特殊な現象を利用すれば一発限りながら射出が可能なこと、そしてその際の条件をつきつめると通常の『破城槍』よりさらに速い超音速攻撃を実現しうることを開発陣が見いだしたことで、この術は完成に至った。
魔術と魔工技術の粋を極めた破幻槍は、一回ぶんの弾体と術式構築にかかる費用だけで帝都の一等地に家が建つほど。
そこまでやるからには、すなわち対魔、対仙力、対物理すべてにおいて必殺。そうでなくてはならない。
圧倒的な速度の巨槍が轟音と共に周辺をなぎ倒しつつ魔鬼に直撃する。
それまであらゆる攻撃を封じてきた黒鱗は、巨槍を弾けずまともに受ける。そして魔鬼の体はあっさりと肉片となって吹き飛んだ。さらには白煙すらも、槍の後を追ってきた衝撃波によって四散し消え失せる。
そして巨槍に込められた運動量と火力は魔鬼を粉砕しただけでは消えず、指向性のある爆風となって前方の全てを遥か彼方へと吹き飛ばし、タンガン峡谷を囲む異界化結界を揺らがせた。
「くっ……」
周りにいた魔術師たちにも衝撃波の余波が襲いかかる。だが予め分かっていれば、余波であれば対策可能だ……瀕死の者は別として。
「……ふっ……はは……仙力が、魔物が、何するものぞ」
「……まことに」
魔物の消滅を確認しジュゲア導師たちは笑う。
もちろん笑えるような状況ではない。半分は虚勢だ。倒すには倒せたが、それまでの被害が大きすぎる。さらには『破幻槍』は切り札であり、こんな初期の段階で使う羽目になるとは誤算だった。
だがそれでも、通じないわけではないと分かったのは収穫だ、そう思うことにする。
「ジュゲア殿! ご無事か!」
戦いが終わってからしばらくしてやうやくマゼーパを始め、ウーハン、リェンファやニンフィアなどの仙霊機兵らが到着する。ロイたちも片付けののち急行中であった。
「遅うございますな、我らだけで業魔なるものは仕留めましたぞ」
「なんと、魔導大隊にてかの魔物を仕留められたか」
「正直に申せば、いささか高い勉強代となりましたがな……もう一体のほうはどうなりましたかな?」
「リン十卒長から倒したと連絡がありましたな。彼らもこちらに向かっております」
「それは重畳」
ジュゲア大隊長は内心の苛立ちをおくびにも出さず答えた。……仙力使いはこちらのような金のかかる道具も無しにあれを倒せたのか。おのれ……。
「被害は?」
「……これから確認いたします、しばらくお待ちくだされ」
全部で、死者だけでも数十人にはなるだろう。その殆どは魔導大隊の人員だ。部隊の性質と規模を考えれば非常に痛い損害である。優れた魔術師は雑兵と違って容易に補充はできない。
それでもだ。被害は大きいものの、仙霊機兵でなくとも、不可思議な力を持つ魔性を滅ぼせると実証できた。今はまだ金も手間もかかるが、これを改良していけばいずれ仙力使いも要らなくなり、仙人どもも滅ぼせるはずだ。
そうして彼らは夢を見る。怪しげな幻など、人が紡ぎ上げた技術で打ち砕けるはずだと。いずれ彼ら魔術師が過去の栄華を取り戻す日が来ると。
──だが。
『──なかなか面白いものを見させてもらった』
夢とは醒めるものだ。
人間の声にしてはやや低すぎるかすれを伴う声が、勝利の興奮を一瞬で冷ます。
「誰だ!」
「曲者が、姿を現せ!」
誰何の声に応えるように、少し向こうで黒い雷光が空から落ちた。
「!!」
雷光が収まったあとから、大地が黒く染まっていく。その大地から何かが生えてくる。
「こっ……」
魔性の群れ。数は少なくとも数百。
例えば巨虎、例えば大蜘蛛、例えば巨鬼。様々な種からなる百鬼夜行、その半分以上が黒鱗を持つ魔。たった二体を倒すのにあれだけ苦労したものが、百以上。
『…Gruuuu…』
『……Uhm……』
殆どが人間よりも大きな魔物たちだ。竜のような超大型の魔物こそいないが、この場に出てきた魔物だけでも数万の軍勢を倒せるのではないか。
その先頭に立つのは、やはり黒鱗をもつ直立する竜……竜人。しかも普通の竜人より二回りは大きく、人間の二倍以上はあるだろう。
さらにあの古竜同様、両目だけでなく額にも縦長の第三の目がある。これも普通の竜人にはないものだ。
そして竜人の背後には、八人ほどの人間らしき姿もあった。
「人間……?」
そう、巨鬼ではなく人間だ。無表情に佇んでいる、ひどく古風な鎧や衣装の者や、奇妙な白衣の者……。
ウーハンは顔をしかめる。あの白衣、どこかで見たような……。
ドサッ……。
その時、ウーハンの背後で音がした。
ウーハンは後ろを見る。ニンフィアが呆然とした表情で、膝から崩れ落ちていた。どうしたのかと問う前に、竜人が口を開く。
『試しに送った尖兵を仕留めるのが思っていたよりも早かったな、霊気も魔力も薄い身でよくやる。個として非力非才ゆえの工夫……それこそが貴様等の力かもしれぬな』
「……!……」
今更であるが、魔物に人間の言葉を操るだけの知性と知識があることに、多くの者が衝撃を受けていた。
考えてみれば高度な魔術を使う竜や魔鬼がいたのだ。学生なら、過去の映像で業魔が高度な魔術や雷撃を操っていたのも見ている。
ならば知性もあるのであろうし、人間の言葉を喋る魔物がいてもおかしくない。魔物のうち、遥か南の大陸にいる竜人は国すら築いているというし、相応に知能が高いはずだ。
しかし理屈でわかっていても、実際に異形の者が人の言葉を喋るのを目の当たりにするのは言いようのない不気味さを伴った。
気圧されかけた空気の中、マゼーパが声を張り上げて問いかける。
「……我らは煌星帝国が剣、煌星騎士団なり。貴様らは何者ぞ!」
神星鋼
アダマンタイトとルビがついていますが、
この世界におけるそれは金属ではなく
ダイヤモンドナノロッド凝集体の類です
つまり炭素の塊
魔術で作るからこそ大量に作れ形状も変えられる
魔術すごい
だけど帝国の魔導師達は、
こうしたらこういうのが作れるというのは
分かっていても、なぜ硬く強靭なのかの原理を
理解していないので、応用はできません
破城槍の槍の運動エネルギーは、
弩級戦艦の艦砲射撃に匹敵します
破幻槍はそれ以上です
作中では魔術衰退により従来型攻撃魔術が
弱まったため、こうした質量投射攻撃が
軍事の切り札になっています
ただ、貫通力はあっても破壊の
『広がり』に欠ける術なので、
軍事上の主目的は破壊そのものより、
城壁に大穴を開け、
相手の心をへし折ることです
破城槍の防御には少なくとも十人の
魔導師が必要とされています
破幻槍のほうは、開発者たちやジュゲア達は
理論上防御不能と考えています
防御不能とか超音速とか夢がある言葉よね
せやけどそれはただの夢や




