第96話 ひとえに風の前の塵に同じ
エイドルフの腹には大穴が空き、体は千切れかけていた。白目を剥き、断末魔の痙攣をしているように見える。
どうみても致命傷だ……だが。
「拙僧まだ死にたくない、待ってくれまだ死にたくなイ、なんで……おお? ……この光は……」
「……普通にしゃべってやがる」
ぶつぶつと何か言っている。腹が物理的に無くなっていたのに声が、それも悲鳴や呻きでなく喋りができる時点でおかしい。というか、少しずつ穴が塞がりはじめているようだ。【賦活】の性能が上がっているのだろうか?
「……無限光。あの御姿こそは無量光仏、これが来迎引接……ではそこがかの極楽浄土。すなわち成仏こと、そこに逝けばどんな夢もかなうという、誰もみな逝きたがる遥かな異世界転生……」
意味が分からん。エイドルフが信じているらしい宗教は理解不能だ。東方では殆ど失伝した大昔の代物らしいが、何となく相当に本来とはねじ曲がっている気がする。
「ん? そちら様は? ええ? そちらならば72人の乙女と? なんと自由なその天国、素晴らしいユートピア。どうしたら逝けるのですか? 教えて欲しイ!」
……どうも心の中に生きる幻を見ているようだが、死にそうでもないし放っておいて良さげ。狼のほうを何とかしよう。
振り返ると魔術師が懲りずに呪文を唱えていた。魔法陣を見ると今度は対象を指定しない範囲魔術のようだ。
ロイの知識では具体的な術名特定は無理だが、おおよその種別くらいなら読み取れる。範囲術なら跳ね返ってこないと見たか……。
『個別指定型じゃない範囲術でも発動座標を書き換えられたら同じなのでさっさと助けないと死にますよ』
「あいつ魔術師なのにそれがわからないのか?」
『経験不足ですね。この世界の対抗魔術系は人間では少し難しいので、今まで対抗魔術使いと相対したことがないのでしょう』
「人間には難しい? 魔物ならできるのか? つーか、どう見ても獣の魔物にそんな凄そうな魔術を扱う知恵があるのか?」
『大して知恵は要りません。どこを書き換えるかは自動ですし、必要なのは速度と相手の魔術を上書きするだけの干渉力で、魔物の固有魔術はそういう点では人間より数段有利です』
「お前よく知ってるな、そういうのは俺の記憶には無いはずだけど」
『先日いい勉強をさせていただきましたし、私はこれまで魔術のある世界をいくつか経験してきました。この世界はそのうちの一つに似ていまして、大体予測できます』
まあいい、とりあえず魔力操作系の魔物の幻妖なら魔術師でないロイにとっては問題ない。凝核をこの拳で殴れば終わるはずである。
その前にやらねばならないことが。魔術が完成する前に魔術師を殴って止める。
「あ゛っ!? きさっ……ま……」(きゅう)
助けてやったというのに怒りながら気絶した。……そりゃ説明してないもんな、仕方ない。許せ時間がなかったのだ。
というかエイドルフが死にかけたの、あんたが間違えたせいだと思うんだが。これくらいやってもバチはあたらんのではないか。
そうか、あるいは最初からこうすべきであった。やはり暴力、暴力は全てを解決する。
『好戦的になりすぎでは? 殺戒とやらはご主人様には関係なかったはずですが』
知らん。さて蒼天狼のほうが倒れた魔術師を襲ってくる。魔力操作が得意なのであれば、魔力持ちを優先して狙うのかもしれない。
「凝核は!?」
凝核を遠くから判別するにはロイの霊的感覚はまだまだ足りない。じっくり見れば分かるようにはなってきたが、今のところ時間がかかりすぎる。
「今、魔術で、調べ、させる、けえ、待っちょれ!」
リン十卒長も息を切らせながらも走って戻ってきていた。すると別の兵がロイに向かって叫ぶ。
「カノン! 相手を殴った際に霊撃より薄く広く霊気を浴びせれば魔術無しでも大体の位置が分かる! あのでかさだと俺には無理だが、お前ならいけるかもしれん!」
「! 了解しました」
なるほど、遠くから見抜くのがまだ難しくとも、そういうやり方なら……。
そうして言われた通りやってみると、確かに変に霊気が留まる部位があるのが分かった。
「頭と胸のあたりか!」
場所がわかればこちらのものだ。協力して狼を倒すことにする。
もはや目の前の魔物はただの幻妖だ。業魔の鱗はない。得意技の魔力操作とやらも、こちらが魔術を使わない限りは意味が無く、ちょっとでかくてタフなだけの狼でしかない。せいぜい人間の胴体を一噛みで両断してくる程度。
『充分人間種には怖い相手と思いますが』
……油断しなければロイ以外の仙霊機兵でも対応できる。たぶん。
結局、一人の兵が気絶した魔術師を抱えて囮になり、追ってくる狼を待ち伏せ、他の者たちでタコ殴りにしたところまたしても白煙となった。
それをもう一度燃やす。油瓶はまだ届いていなかったが、複数人がかりで『火弾』を何個か作ることで、火力を高め何とか消滅させた。
「何とか倒せましたか……しかし」
「……なにぃ? 油が詰所から無くなっとっただとお?」
「見落としではないのか?」
「いえ……そんなはずは」
「ここしばらくは魔術師が燃やしていましたからな」
「だからといって廃棄するわけあるめぇ?」
「探せ、魔術師どもが動けん場合あれらが命綱になる」
どうも不穏な事を相談している十卒長らから離れ、ロイは器用に白目を剥いたまま譫言を垂れ流しているエイドルフに近づいた。既に体は外観上では治っていた、凄い。
「……おお、七宝の池、八功德水に満ち、四方の階道ことごとく金銀瑠璃なリィ……その者蒼き袈裟を纏いて金沙の池に降り立つべし、古き言い伝えはまことであっタ……ではそれが解脱の為の真言ですか? 尊者サーリプトラ」
天国にいった夢でも見ているのだろうか? あと誰それ。
「……ぎゃーてー、おんあみりた、ていぜいからうん、あぶとるだむらる、おむにすのむにす、えろいむえっさいむ、かいざーどあるざーど、ふんぐるいむぐるなふ、にゃるしゅたん、うむる・あと=たうぃる、いあ! いあ!」
なんか雲行きが怪しくなってきた。
『あっ。やばいこれ、彼の意識に外部から介入が……』
「……冥界の賢者、七つの銀の鍵を持て開け窮極の門! この門をくぐるものは一切の人間性を捧げよ。絶望を焚べよ。……げる。捧げる。我は求め訴えたり、古き骸を捨て蛇はここに蘇るべし。おれは人間をやめるぞ、ヨーホー! いざ逝かん夢の国へ!」
色々混ざり過ぎている気がする。そして口調もおかしくなった。完全にいっちゃった目つきで立ち上がって……。
「尊者……違う? 導師ズガウバ? そうですか、理解しました。其こそは最極の空虚、其は一にして全、全にして一。一柱がみんなをダメに、みんなはひとりでにダメに! そうだ恐れないでみんなをダメに、悪鬼と幽鬼だけが友達だ! 行け、みんなの夢壊すため!」
これあかんやつだ。よく分からんが酷く失礼で冒涜的な言葉を吐いている気がする。
いい加減止めようとしたところで、エイドルフの周りに変な、触手のような黒いうねうねした霊気の結界が現れた。そしてエイドルフでない別の、抑揚もなく性別も定かでない念が響く。
〈──は約により彼を彼方より此方へ送らん……〉
『この念は……あの門の、門番……やばっ』
ヴァリスが焦った念話を伝えてくるが……なんだこの霊気の気配? 何かがある。いや逆に何も無いのか? 不可視の穴? 門? 底が感じとれない。
〈阿であり吽である──が告げる〉
〈彼は時を越えるもの〉
〈彼は死を超えるもの〉
〈彼は生に飢えるもの〉
〈彼は命に餓えるもの〉
〈彼は星を喰らうもの〉
〈彼は餓鬼ノ王なるもの〉
〈此岸に生ける者よ、彼岸に逝ける者よ。彼と共に来たり、彼と共に滅ぶべし……〉
念が途絶え、穴とも門ともつかぬ違和感も消える。
そしていつの間にか、黒い霊気を帯びた小さな粘妖のようなものが、譫言を垂れ流すエイドルフの口に入り込んで……。
「来世もまた見てくださ……んがぐぐ!?」
それを飲み込んでしまったエイドルフが痙攣しながら苦しみ……。
「おえぁっ……違っ、拙僧っ、俺はっ……ア……あひっ……はい。あっはい、幸福は義務です。あっあっ。次の俺は美味くなるでしょう、あっあっあっ食べられっ逝くっ、俺は彼、彼は汝、汝は我……我は我なり」
そして哄笑を始めた。
「……はっ。ははっ。ふはははははは!! 我はここに再臨せん。……この器は【忍耐】の霊威持ちか。猿の体は好みではないが、仮初めとしては悪くない」
なんか変なのが取り憑いた?
「愚かな女神め。我が燃え尽きたと思うたか? 確かに危ういところであった、こんな約定をしていたことさえ忘れかけておったわ。だがさすがは我よ、やはり我は不滅なり。次は貴様の番だ、あの世で我に詫び続けよ。……そのために早く力を取り戻さねばな。我は乾いたり! 我は飢えたり! 手始めにこの場の猿どもから……」
「いい加減夢から覚めろボケ」
自分の世界に入り込んでいるエイドルフ(?)の前に立つ。
「む。……控えよ下郎。我こそ計り知れざる永劫の元に死を超え……ごっ!?」
ごんっ!
「正気に戻れ」
『あわ、あわわ、ご主人様、彼はもう違います、それっ、そいつはっ!』
ヴァリスがうるさいが、どうもエイドルフは変なのに取り憑かれたようなので、殴って正気に戻そう。周辺の黒いオーラが意外に「硬い」が、効かないことはないようだ。
「何故だ。猿の拳が我に届くだと? はっ……『これ でもくらえ! 』 ……ん? ……この器、魔素が殆ど無いのか、まさか起動するにも足らんとは……ぐっ!?」
ゴッ!!
「足りないのはお前の正気だ」
「……驕るな下郎。我が糧になるがいい、光栄に思え」
変な気配がするから霊撃を込めて殴る。エイドルフ(?)も反撃してきたが、動きはなりたての屍鬼のように鈍いし、オーラの触手が放ってくる変な攻撃も全然ロイには効かない。
──正確には逆だ、エイドルフ(?)は遅くはない。むしろ普段の彼より遥かに速く、強かった。彼に取り憑いた存在は、エイドルフに宿る「本来の」仙力……【忍耐】を奪い取り、それを引き出すことで人間の範疇を超えた戦闘力を発揮していた。
──エイドルフの筋肉や腱が自己の出す力に耐えかねて破断し、しかし認識も困難なほどの瞬時に再生しつつ攻撃を繰り出す。その再生力は四肢が切断された次の瞬間には再びつながるほどのもの。
──【忍耐】の力は使い手に事実上不死身の肉体を与え、それを利用する事で種の限界を超えた力を引き出せるようになる。そして仮に粉々に粉砕されても霊力が残る限りは即座に復活してくる。
──そしてその力に裏付けされた拳は鍛えていなくとも音を置き去りにし、その怪力は拳で人体を割れた柘榴に変え、手刀で骨ごと体躯を切断できる。普通ならこんな存在と戦えば何が起こったか分からぬまま、人間は死ぬ。
──触手の攻撃もだ。これは彼の神なる権能の具現。断片ゆえ本来より遥かに劣化しているものの、それが宿す異能は数多い。
──現在顕在化しているものだけでも……あらゆる質量を捕食し己の力に変える【暴食】、魂と霊威を奪う【強欲】、知識と経験を盗む【喰憶】、一度喰らった攻撃に耐性を作り出す【強靭】、存在確率を制御し防御を透過する【幽撃】、相手の精神抵抗を破壊し下僕とする【神威】、次元を超え複数の体を遍在させる【万華】……
──どれをとっても、並の存在では対処などできない異能。そしてそんなモノが今は【忍耐】によって恐るべき再生力を得ているのだ。
──それらを持つ触手の攻撃は、並の人間ならかすっただけで木乃伊になり、魂も記憶も能力も吸い尽くされる吸収攻撃である。それが無数に、複数次元から、しかも霊的存在のため不可視にして不可避であり、いかなる物理防御も貫通してくる。そんなものを食らえば、やはり人間は死ぬしかない。
そう、普通なら悲鳴を上げる間もなく死ぬ。
だがそこにいる少年は普通ではなかった。
「……? 何故、死なぬ?」
「はあ? こんなので死ぬわけないだろ」
『……ありえない』
──この時、ロイには自覚が無かったが、彼の時間感覚と霊力の質は異常に活性化していた。【天崩】がある程度勝手に起動しているかのような神速に、鉄壁の霊的防御力。こちらも明らかに人間の範疇を逸脱していた。
霊威による異能が効かないならば、後は単純により力が強く、より速く、より技に優れた方が勝つ。そして力は互角、速さと技でロイが上回っていた。
そうして傍目からはほんの僅かな時間、向こうにいる十卒長らが異常に気がつくよりも早くエイドルフ(?)は追い詰められた。
「……何故だ、何故効かぬ。何故その命を喰えぬ。……貴様、何者だ?」
──「彼」が「エイドルフ」の記憶を探ろうとしても、この目の前の猿についてはよく分からなかった。身体強化主体に複数の霊威を宿している、ということしか分からない。霊力の規模と質は猿にしては優れているようだが、規模ならこの器の体のほうが多い。……では何故効かない?
──もし彼が。太古の昔の、まだ狂気に陥っていない若かりし頃、この再臨の契約を結んだ頃の彼であったなら。相手の異常さに疑問を覚え、それが何なのか看破できない時点で、なりふり構わず逃走を選んだだろう。
──長い時の果てに彼の危機意識は磨耗しきっていた。手痛い敗北を喫し断片と化してなお、いや断片だからこそ、絶対者であった時の感覚そのままだった。
──まさか目の前の相手が、神であった自分と同じ大罪級の上位霊威を、より多く、より濃縮された形で宿しているなどとは思いもしなかった。無論彼も久遠の時を生きた神だ、相手が神であるなら上位霊威山盛りの存在も何柱も知っている。だがこんな短命種の持つ小規模な魂にそんな力が宿るなど、神々の常識からすれば有り得ない。
──だから彼は、先の敗北の時と同じく判断を誤る。逃走でなく、闘争を選択し──
「……仕方ない、この断片の身では最後の手を使わざるをえぬか」
黒いオーラに狂ったような虹色の輝きが混ざる。冒涜的な楽器のような音がして……。
「我はただ奴らと約したわけではない、少しばかりその力を喰ろうてやったのだ。──即ち最後の手とは、我自身が『奴ら』になることだ」
「わけわからん事を言ってないで、さっさとその体から出ていけ」
「見よ、しかして絶望せよ、絶叫せよ、絶命せよ。──クルーシュチャの名を以て、方程式は導き出す。時空制御術式第零号開放「Yog-Sotho……(ザシュッ ドンッ!!)ごはっ!?」
変な無数の虹色の泡のようなものと、黒い文字列のようなものが周りに浮かんだので、ロイはそれらを霊刃で根こそぎ斬り飛ばしつつ、かなりの霊気を込めて腹に膝蹴りをぶちかましてやった。
そこでようやくロイは気がつく。……あれ、俺の霊力なんか思った以上に上がってる? それに相手の霊力を吸えてるなこれ、なんでだ?
「!? ばか、なっ、式が破れっ!? ……吸われているっ!? この我のほうが!? それに何故覆せぬ、何故我が力が増えぬ! くっ、ここは退いて再転移……できぬ!? まさかっ」
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「逃がすわけがないでしょう? あと彼らとの契約は、あなたの専売特許でもない」
虚空の神座にて黒き剣を背負う女神は呟く。
かつて彼女は星喰らいの妖花と呼ばれた狂える魔神を滅ぼした。まず分身を討ち、ついで本体を呼び寄せて神殺しの神器をもって焼き尽くし、さらに別世界、別次元に隠されていた数多の分身も全て消滅させ復活の芽を絶った……はずだった。
だが、ただ一つだけ、残っている分身があったのだ。
太古の昔。まだかの魔神が狂える神でなく、多くの星と無数の民を従えた大神であったころ。彼は世界の狭間に揺蕩う蕃神と呼ばれる神域存在と契約したらしい。用心深くもいつの日か、己が倒れることを予測して。
──万が一、我が本体が滅びることあらば。端末を切り離し、時空を超えて器となりえる生物にとり憑かせよ。
彼らとの契約は時空を超え絶対。ならばかの魔神はいつか蘇る。そして時も場所も分からぬどこかで、彼女への復讐の牙を研ぐことになるだろう。
魔神の最古にして最後の分身を滅ぼすため、魔神発祥の世界──赤色巨星と化しつつある恒星に飲まれるのを待つばかりとなった廃星──に赴き、過去を読み取りそれを知った彼女は、一計を案じた。
契約を消せないのならば、その契約に反さぬ別の契約を結べばよい。例えばそう、逆にかの魔神が宿るのに相応しい器を用意してやろうではないか。
──天敵なる者のすぐ側に。
神域存在がこの種の契約を遂行する場合、だいたい近場の素質ある乙女を孕ませたり、既存の胎児や幼児、あるいは遺体に憑依させるケースが多いが、具体的にどうするかは実行者の裁量に任されている。そこに目をつけたのだ。
契約はうまくいった。後は再臨した奴を始末するのみ。ただそこも少し問題がある。今起きている龍脈と冥穴関連の事象と違って、この魔神側の案件には彼女も干渉可能だが、直接戦うのはまずい。
「私や分体どころか、護法騎士達ですら今のあなた相手だと【天覆】の対象になってしまうものね」
かの魔神が宿す神殺しの力、【天覆】の霊威は分身となってもまだ残っていた。これは相手が強いほど己の力を引き上げ、追い詰められる程に強くなる、不利と運命を覆す権能だ。
この特性を得た奴の【暴食】と【強欲】は極悪というほかない。元々攻防を両立し雑魚殺しとして優秀な能力が、大物食いの性能まで得たのだ。これによって奴は銀河でも指折りの大神に勝ったこともあり、その時は本当に星一つを飲み込んだという。
……ただ、格上の存在を喰らい続けた結果、いつしか奴の自我と記憶は希薄化して、【暴食】を極めた事による代償……耐え難い飢えと狂気を抑えられなくなった。やがて己の民と世界すら自分で喰い尽くして滅ぼすに至ったのだから、分を越えた力を持つというのも考えものだ。
それでもこの力ゆえに魔神は久遠の時を生き延びてきた。他世界の超越者達も奴との戦いは避けた。辺境の世界がいくつも奴に喰らわれ死の世界になろうと、銀河連邦のお偉方は動かなかった。
だから戦いとなった以上、自分で倒すほかなかった。苦労したのだ、本当に。いや、まだその副作用に現在進行形で苦労している。もうこれ以上はこりごりだ、少なくともここで後顧の憂いは完全に絶たねばならない。
絶たねばならないが、残滓であろうと彼女が戦えばアレは相応に強化され、倒せたとしても周りの被害が大きくなりすぎるだろう。
対策がないわけでもない。あの霊威は、例えば命無き道具や神器には効果が落ちる。あるいは……。
「あの子にもその力は通じない。あの子は全ての罪と他者の願いを背負い、その力を借りて束ねる者。あの子自身はあくまで人に過ぎず、覆すべき神力を持たない」
かの少年に宿る力は大罪系の霊威に対して極めて高い耐性がある。そしてその本質は彼の力であって彼の力ではない。ゆえに大罪の権能も、不利を覆す権能も、少年にはさして効かない。
そこにさらに少年の力を増やす工夫をひとつまみ。アレの器のほうを少年が守るべき者とすれば……大罪の力はむしろ逆流する。奴に対してはまさに天敵と言えよう。
「せっかくだから救世主の雛さん、ここらで卵の殻を脱ぎ捨てなさい」
アレは残滓とはいえ神だ。それを討ち果たせれば、少年の霊的階梯はまた一歩上がる。そしてそうでないとこの先の相手と戦えまい。
例えば今少年の近くにいる存在はこの残滓ほどには相性が良くない。今のまま戦いになれば生き残れるかどうか。もっと強くなってもらわないと困る。
さて……倒すのは少年に任せるにしても、後始末はつけねばなるまい。
神の屍なんてものは、塵だけでも地上に残ると後々厄介なのだ。奇怪な魔物や怪異の原因になりかねない。自分もそうだが、神とはなんと面倒くさい代物であることか。
「──力に溺れ、心壊れて命貪る餓鬼と化し、劫の時を経て己の名すら忘れ果てた狂神よ」
黒き虚無の刃持つ剣、斜陽剣ナイトフォール。彼女の本体が鞘より抜き放たれ、大気無き天上より全てを過去に変える忘却の『風』を巻き起こす。
「──此処が汝の果て。諸行は無常にして盛者は必衰なるものなれば、一切を灰燼に帰し、忘却の虚空に溶けよ──【滅相】」
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「おのれ、おのれっ……やっ、やめろこのちっぽけな小僧がぁああああああ!」
小さくて悪かったな。あ、今更逃げようとしている。逃がすか。とりあえず怪しいところ全部霊力込めて殴ろう。
ヴェンゲル流「百蜂烈刺拳」 ……要は相手をひたすら殴り続ける高速連技だ、一撃の威力より手数。相手を無数の蜂に襲われたかのようにボコボコにする。
「オラオラオラオラァッ!!」
ガガガガガガ「ば…ばかなッ」ガガガガガガガ「こ…この我が……」ガガガガガ「この我がァァァァァァ………ッ」ガガガガガガガ「……うそだっ……」ガガガガガ「……あ゛っ……」ガガガガガッ!!!!
…………。
「? ……ここは誰? 今はどこ? 私はいつ!?」
ガンッ
どさっ
最後にトボけたことを抜かして棒立ちになったエイドルフに綺麗に顎打ちが決まり、彼は自分の身長の数倍の高さまで跳んだあと、そのまま落下して昏倒した。
ごふっ
倒れたエイドルフが黒い粘妖のようなものを吐き出したので、踏みつぶしてみる。
潰れた粘体は崩壊してそのままサラサラとした塵になり……やがてどこからか巻き起こった一陣の『風』に吹き飛ばされて、消え失せた。
なんか変な風だったな、霊気を帯びていたような……。
「んー……まあいいか、勝ったし」
……あと、俺の命数がだいぶ増えたような? フェイロンにトドメを刺した時よりずっと多い。【獲業】で何か喰らったのか? まあいいか。特に嫌な感じはないし、黒い結界も消えたし大丈夫だろう。
『……そんな。……ほんとに、勝っちゃった……』
そうしてエイドルフは顎が潰れ、全身が腫れ上がり、再び白眼を剥いて気絶していたものの、しばらくすると腫れもひいていき顎も治った。この回復力ほんと凄い、つーか常人ならさっきの顎打ちだけで死ぬな。何かが取り憑いたのがエイドルフで良かった。そしてやはり暴力は全てを解決する。
『残滓の端末に過ぎなかったとはいえ、殴ってアレを終わらせるなんて、なんて非常識な……』
「なんだ? さっきのが何だったのか知らんが、殴れる相手なら殴り倒せばだいたいなんとかなるものだろ」
『ええ……? 常識が逝く音が聞こえます』
「幻聴だな」
ヴァリスは困惑していた。
ご主人様は知らないのだろうが、今彼が殴り倒して霊力を奪いとり消滅させてしまったアレは、この世界において魔術衰退の原因になったとされる魔神の残滓に違いない。
そう、確かにアレは残滓に過ぎなかった。餓鬼ノ王、星喰らいの妖花と呼ばれた神……かつて銀河に異名を轟かせた存在の成れの果て、無様に零落した断片だ。
だが残滓であっても本来のヴァリスなどよりも遥かに強かった。下手な竜など瞬殺する程度には力があっただろう、それが、こんなにもあっさりと、何もできずに消滅するなど……。
では、そうできるほどにご主人様が強いかというと、それも少し違う。……これは、根本的な相性が悪かったと見なすべきだろう。
『(そ、そうか、あらゆる攻撃を吸収し喰らい尽くすはずの星喰らいの【暴食】と【強欲】の多重捕食結界も、同じ【暴食】【強欲】持ちには効きにくいうえに、ご主人様のそれは酷く防御よりの特性がある。断片だけだったのでそれを押し切るだけの出力がなかった)』
『(……そして何より、ご主人様の『味方』を器にしてしまったがために【救世】の特性でむしろ逆に戦うほどにご主人様側が大幅に強化された。それでいて本質は格上でもないから神殺しの権能である【天覆】も発動しない。むしろ吸収しようとするパスが霊力の逆流を招いて、逆にアレのほうが力を吸われた。……ご主人様、アレの天敵だったんですね……)』
『(……ご主人様、今の霊力を喰らってだいぶ力が上がりましたね。天敵であったことも考えると、アレがここに現れたのは本当に偶然? そしてアレはどうして逃げられなかった? 器になって食われたはずの彼も普通に助かっているのは何故? まさか敢えて取り憑かせた? ではあの蕃神は? もしかして……。……あれ、あれれ?)』
『(あれ、思いだせ、な……これ、記憶が……じゃあまさかさっきの風は噂に聞く【滅相】!? あの、アレの記憶が、世界から、消されて……)』
それは世界記録に干渉し、対象に対する記憶を消し去っていく忘却の風。もうすぐ、あの神がいたということは覚えていても、どんな神であったかは全く思い出せなくなるだろう。そしてあの神が残した物は、例え塵ですら神としての影響力を失う。
そして最終的には、存在していたこと自体も、痕跡も、記録さえも消えていき、忘れたことさえ忘れられる。信者だけでなく敵からすらも彼の存在は消え失せる。この世界だけでなく、宇宙の全てにおいて。
これは復活の可能性すら消滅させる、神封じの権能。この忘却が効かないのは同じく世界記録に干渉できる者だけ……。
「(駄目だ、どんどん薄れていく……マジ? これが使えるってことは……この世界の守護者は、我が創造主様の想定どころじゃ……)』
「いてえ……何があった? 蹴られたり、殴られまくったりしたようナ……」
「お前を助けるためだ」
「意味が分からんゾ。助けるにしてももう少しやりようが?」
「いろいろ時間なかったんだよ……ん? なんでそうだったんだっけ? ……わからん、とにかく助けるにはお前を殴るしかなかったはずなんだ」
「……服がボロボロで大穴も空いてて寒いんだが?」
「体にも大穴空いてたぞ。【賦活】が強くなっててよかったな、人間やめてんぞもう」
「おまえがいうナ」
とりあえず十卒長らのところに戻って説明する。
「何があった?」
「こいつが死にかけたせいで少々錯乱していたらしく、鉄拳をもって理性を取り戻させました」
「……はん? 何ぞ一瞬いなげな霊気があった気がするが、気のせいか」
そして業魔についてヴァリスから聞いたことを話した。
「……というわけで、業魔でかつ幻妖の場合、連発しないと通らないようです」
「なるほどのう、連続で当てにゃぁいけんのか、われと違ってわしらじゃまだいたしいな」
「まだもう一体どこかにいるんですよね?」
「そのはずじゃ、が………!?」
陣地の奥のほうで閃光が煌めき、仙霊機兵たちは皆一斉にそちらを見た。
ドンッ!! ……。
光に一瞬遅れ、タンガン峡谷のほうに向かって爆音と衝撃波が遠ざかっていく。
「……何だ!?」
シリアスとネタが混ざった回でした
……少し今回はネタ成分が多すぎたかもしれません
太陽にほ○ろ!やガンダ○ラから始まり、
闇鍋のようなネタ塗れに
混ぜるな危険
嘘予告の中身
○○○○○○○死す
= 星喰らいの妖花死す
一応こいつ前作ボスの残滓です。
本来は残滓とはいえ下手な亜神なみには
強いのですが……ロイに対しては絶望的に
能力の相性が悪かったのでした。
それでも残滓でない本体だったなら、
無理やり押し切る事ができたでしょう
この話の後しばらくすると「救世の少年」における
実質的なボスが出てきますが、そのボスと
今回の残滓は格的には大差ありません
しかしこっちは一方的にやられてしまいました。
それでも本来は、一歩間違うと大惨事になる
強さはありました。
蕃神について
ここで出てきてるのは、どこぞの神話の
神々の副王たるアレっぽい何かかもしれません
七つも銀の鍵があったら大変ですね




