第93話 そして再び旗がたつ
その後、魔導大隊からは如意棒をしばらく貸してもらいたいとの依頼……実質、命令があり、仕方なく渡した。
結果的には数日後、特に壊されることもなく、取りかえられることもなく、無事に返却された。中のヴァリスは基本的に死んだふり状態をしていたらしい。
『霊力ください。このままだとくうくうお腹がなりそうです』
「意味が分からん、腹なんてないだろ。あまり食べるなよ、ほれ。で、どうだった？」
『ごくごく。……ふう。私の存在を認識できないあたりお察しですけどね。仙力についてはろくに分かってないですね、やはり』
「魔術については？」
『よい勉強になりましたよ』
何を勉強したというのか、少し怖いのだけど。
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霊力を補給したヴァリスは低燃費モードをとき、今回の収穫を分析していた。
この星の一般的な魔術、そして魔術師の有り様というものを理解するには、やはりそこそこの使い手の頭を覗くのが近道だ。強すぎる奴は防御も硬いし、常識からずれていることもある。その点今回の連中は強すぎず弱すぎず、ちょうど良いと思われた。
この「拘束筐体」の中に抑えつけられていても、ヴァリスは本来異界の探査兵であり、情報収集が本業だ。直接触って貰えるならいくらでもやりようはある。
向こうは何とか如意棒を計測し、仙人の痕跡を探ろうとしていたようだが……仙力無しの状態では、この如意棒は単なる鉄棒にしか見えまい。これを特別たらしめているのはひとえに仙力……製作者のそれと、そしてヴァリスの存在だ。
なのでヴァリスが仙力を隠蔽してしまえば、仙力のない彼らには分からない。それでも彼らは様々な魔術での計測を試行し、それがヴァリスにかなりの情報をもたらした。
幸い棒自体を不可逆破壊するほどの力は使ってこなかった、せいぜい金鎚でゴンゴン叩かれた程度だ。多少凹むくらいは修理できる。その辺の霊力操作がこの棒の体はとても楽だ。
この筐体の作り手は、霊力循環への造詣が極めて深いと見られる。霊力を通し回路と為すことに長けている。霊器……この世界では宝貝か。宝貝作成のスペシャリストなのは間違いない。何者なのか。
まあいい、今は魔術の分析のほうが先だ。
『原始的、とまではいいませんが……まあ、文明相応ですかねえ』
魔術というやつは世界によって色々だ。全くない世界もある。霊力を操る霊気術、この世界でいう仙術、仙力のことを魔術、魔法と呼ぶ世界もある。魔素といった要素を創造してそれを操る世界もある。両者を複合した世界もある。
発動のさせかたも様々。単に定められた呪文を唱えるだけ、ないしイメージして念じるだけ、という手法のみの世界もあるが、この星はもう少し理詰めの世界のようだ。
この星は古代龍種の作った魔素を用意する世界の一種。龍種には、魔素自体は星によって微妙に違うものを用いる習わしがあったが、魔術の発動手法は星が違っても似たような感じのが多い。だいたい、呪文や魔法陣を用意させるタイプが主流だった。
この星もそっち系で、呪文や魔法陣に命令コマンドを織り込むタイプ。コマンドを受け取った魔導機構──星の龍脈に組み込まれた魔術発生デバイス──が現象を代理発動させることで、本来有機生物に不可能な規模の奇跡を発現させる。
この星でも場合によっては無詠唱コマンドでいけるようだが、かなり条件が限定されている模様。人間では魔眼とやらによるもの以外は無理だろう。
しかもここの魔導機構は割と最近に、かなり損壊したようだ。かの魔神撃退の際に何かあったのだろう。魔術衰退というのはそれによる星全体の魔素循環ネットワーク環境の悪化による所が大きいと思われる。
古代龍種による魔導機構への命令手段は、通常複数用意されている。まず起源式とか原霊式と呼ばれる高次霊子パターンからなる霊機数式。
これはそもそも普通の種では高次霊子を認識できないし、できても極めて難解という。ヴァリスにも無理だ、龍以外は相当高位の神域にないと認識すらできまい。そしてこれを認識かつ理解できないと魔導機構の修復も不可能のはず。だからこの世界の魔導機構も直っていないのだろう。
この起源式が難しすぎるため、起源式に翻訳するための霊子彙編式が用意されている。翻訳するぶん情報劣化があり速度や効果も落ちるが、理解できないより遥かにマシだ。こちらはヴァリスも断片的には分かる。
これはだいたい古代上位言語扱いされ、その世界の管理神らが使う。世界の概要をどうするかもこれで定義してシステムにまとめる。龍種の一部はこうした基盤システム構築も霊機数式でやってたようだが。変態どもめ。
なお、魔物の固有魔術はこれによる魔術回路が肉体自体に断片的に焼き付けられたものがベースになっているようだ。だから速いし、一部は無詠唱を認めている。おそらく、この世界の魔物は自然進化した生物でなく、龍が創造した生物やその末裔なのだろう。
そして下位の生物向けに作られた高級術法式がある。霊子彙編式より翻訳に手間がかかり、強制力も低いが、遥かに扱いやすいものが作れる。
普通ならこの高級術法で作ったシステムと命令が魔術の実行に使われる。そして実際、先日の真竜が唱えていた魔術もこの段階が元になっていた。おそらく竜、竜人がこの段階の魔術を使っている。
しかしどうやらこの世界には別のシステムもある。それは竜向けシステムの上層に被せるように作られた仮想レイヤーで、魔導機構に届かせるには複数の変換を経ねばならない。
そして人間種が使っているのがこれだ。
仮想のため竜や魔物の魔術に対して速度も威力も劣る。普通これをやるなら、代わりに何か優れた点を用意するのだが……それこそ無詠唱発動とか。そういうのが殆どない。
実質的には命令入力法を人間の音声帯域や可視帯域、動作可動範囲に限定し、代わりに竜向けに用意された霊気連動手法や翼や尻尾の動作による入力、超音波域領域での超高速呪文詠唱などをオフにしただけの機能限定版でしかないようだ。
何故か人間種が使う場合だけ、意図的に回避しない限りそういう仮想レイヤー経由で魔術が発動するようになっている。
なんでこんな事をやっている？ 人間にろくに霊気がなく、翼や尻尾がなく、超音波発声機構もないとしても、元の高級術法のままでも命令入力は可能なはずだ。単に一部できないことがあるだけで。
それをわざわざ仮想レイヤーを経由して翻訳段階を増やすなど……しかもできないところはできないまま。むしろ制限が増えている。
そして人間は、その仮想レイヤーの中身すら理解しきれておらず、関数や短縮命令らしきものを手探りで探している状態のようだ。そして分かったぶんだけを呪文や魔法陣に使っている。
どうしてこうなっている？
……これは、故意に制限を設けたのか？ 人間種が魔素を使いすぎないように？ そう考えると納得がいく。
魔術の出力を落とせば、そのぶん遺伝子への魔素の浸食は遅くなる。このシステムを作ったやつは、龍種謹製の罠、魔素を取り込み過ぎると星の外に出られなくなるデメリットを、そうやって回避しようとしたのでは？
ただ、それでも時間の問題だ。いずれ人間達もこの地上から逃げ出せなくなる。有機生命とは世代を経て環境に適応していくものだ。その可変性こそがヴァリスのような無機生命とは異なる利点であり欠点で……ん？
……もしかして魔術衰退とは。
ご主人様の記憶での禍津国教官の言葉。『だから魔神はあのように灼かれたのだ』 ……。まさか、この世界の神は。魔神襲来にかこつけて、故意に魔導機構を壊して魔素汚染の時間稼ぎをはかったのか？
うわあ。もしそうならもったいなさすぎるし、普通ならありえない。ヴァリスの感覚からすると正直狂っている。
魔導機構はその世界の守護神と結びついている、神にとっては体の一部。惑星規模の凄まじい力を与えるアクセサリともいえる。
これを半壊させたということは、自分の片腕ごとアクセサリを切り取って破壊したようなもの。しかも理由は、そのうちペットが依存症になるから。そして腕はもちろん、アクセサリ自体銀河レベルでの骨董品で、直せるやつは今の銀河にはいないかもしれない。
意味不明だ、普通そこまでやらない。
このままなら人間どもが他の世界に行けなくなるとしても……汚染されたらされたで放っておいて、外に行きたくなったなら、人間をベースに種として改造した魔素汚染のない生物を必要なだけ用意すればいいだけでは？
それを世界のほうを壊すとか、余りにも被害が大きくコストパフォーマンスも悪い。そして当の人間種自体、魔術衰退で苦しんでいる。意味が分からない。
合理的でない。合理でないなら、理由は理屈でなく信念や好悪などにあるはず。……これ以上は情報が足りない、やめておこう。
引き続き魔術自体の解析を進める。ヴァリス本人は今の状態では魔術が使えないが、得られた情報を分析しておけばそのうち役に立つだろう。
そういえばご主人様が変だな、とふと思い当たる。ご主人様の魔素保有量はすくなくともあの魔導師達よりも上なのに、本人は魔術が殆ど使えないと思っているし、実際使えていない……なぜ？
ちょっと今の分析が終わった後、解析してみようか、と思ったが……その後もロイはヴァリスに余り気を許さない日々が続いたため、なかなかロイ内部の解析にはいたらず。彼女がそれを解析するのは、だいぶ後になってからになる。
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いろいろあったものの、とりあえず魔導大隊の参加により、攻勢に出る準備が整った。
帝国が幻妖に苦しんでいた理由の多くは、仙力使い不足と、現在の畿内方面軍には対魔物の経験が少ないことによる。
元々帝国の畿内地方には魔物が少ない。さらに幻妖になっている魔物の大半は、既に帝国の中心部では絶滅している。そこにさらに幻妖という特殊性が加わっていたため、対処が難しくなっていた。
強い幻妖ほど普通の攻撃は効きにくい。一方、仙霊機兵の大半は幻妖に効率よく打撃を与えられ、防御面でも直接攻撃や精神攻撃ならある程度の耐性があるものの、魔物の特殊能力や固有魔術に対して強いとは限らない。
炎を吐く魔物の炎には普通にやられるし、直接でない間接的な攻撃はそのまま喰らう。精神干渉型の幻覚には強くても、光学的な幻覚には騙されることもある。臨時教官らによって多少は訓練したがまだ付け焼き刃で、全てを網羅したわけでもない。
これに対し、魔導大隊の参加による戦力向上は著しかった。特に探知能力については従来軍で運用している斥候や式神より遙かに優れ、敵の接近を目視不能な遠くからでも探知する。
そして得られた情報を映像と文で砦に送り、待機している魔術師が資料と照合。いかなる魔物でどんな特性を持つかを特定し接敵前に連絡。現場指揮官はそれを元に戦術を決めることができるようになった。
資料にない魔物でも、少なくとも未知のものだと遠距離から認識できれば対処はしやすいし、姿形が分かるだけでも違う。
そして何より魔導大隊の火力がもたらす戦果はロイ達の予想以上のものだった。
「うおーすげー、燃えてる」
支給された双眼鏡を手にロイが呟く。
「壊すなよそれ」
「これが三垣師団の力か……」
「もしかして俺ら要らない子？」
「いや、あんなの近くだと味方巻き込みまくるだろ、間合いが遠い時だけだ」
巨大な石の塊を作り出し叩きつける『石鎚落破』や、煮えたぎる炎の海を作り出す『焦沸炎海』など。
対城壁や対軍に用いられるような第五、第六段階の上級魔術が、双眼鏡で見ないと分からないような遠くで炸裂していた。
通常、投射型の攻撃魔術の有効射程は弓矢と大差ないか、むしろ短い。それ以上伸ばそうとすると消費魔力が凄い勢いで増えていって人間にとっては実質的に無理とされる。儀式魔術化して複数人で扱うにしても、限界というものがある。
遠くに届かせるだけなら風にもよるが、魔術強化された弓で放つ矢が一番遠くまで届くだろう。
しかしロイ達の後ろにいる20人ほどの魔導小隊は、明らかに弓矢の有効射程どころか単に届く距離すら超える遙か向こう、もはやゴマ粒のように見える敵に対して十分な威力と精度の魔術を叩き込んでいた。
今回こちらに向かっていた幻妖はどうやら数体の巨鬼系の魔物であったらしいが、遠距離投射魔術によって滅多うちにされ、みるみるうちに白煙になり、直後に大規模火炎術で周辺ごと炎上し消滅したようだ。
「さすがにうちの国の切り札扱いされることはあるな」
「威力はわかる、儀式魔術ってそういうもんだしな。しかしあんな距離に届くもんだったか？」
「しかも精度もあって、術式の切り替えもかなり速い。どういう理屈で可能なんだこれ」
「詳細は軍機だと思うけど、予測はつくよ。これは相当な分業の産物だと思う」
「というと？」
「いや待て、部外者に予測できたら連中も立つ瀬がないだろ」
「普通ならそうなんだけどね」
そう、普通なら見破れるものではない。これはレダ本人も言うように軍機であり、幾つもの偽装と探知への妨害術式が施されている。
だがここにいるのは【再現】と呼ばれる仙力の持ち主だ。レダは魔術による妨害を無視して、魔術全体、もしくはそれを構成する要素を再現できる。
儀式魔術となれば全体を再現するにはレダの魔力が足りないが、要素ならできる。どう組み合わせているかまではわからなくとも要素さえ分かれば、推測は可能だ。
「……お前の仙力ってよく考えなくてもやべーな」
「君のほうがヤバいと思うけどね……まあ推測になるけど、やってることはこうだと思うよ」
レダが説明する。
まず整地して魔法陣を描ける環境を作る。
次に大規模魔法陣を簡易的な魔術で高速描画するが、この時描いているのは召喚魔術の陣だけ。
「え？ 召喚？」
「そう」
「何を召喚してるんだ？」
「実際に放つ儀式魔術の魔法陣。それも細分化された、拼圖のような状態」
「魔法陣ってその場で描いてるんじゃないの？」
「普通はそう。魔法陣は描くのに時間かかるし、一度使ったら効果を失うし、長持ちもしない。描画魔術で高速描画可能な魔法陣は単層分限陣って言う代物だけで、これには多くの欠点があってね……」
「いや詳しい説明は要らんから」
「……とにかく、実際に発動する攻撃術の陣をその場で描くんじゃなく、召喚で呼び出しができるように何か工夫したんだと思う。魔法陣自体は、安全なところで描画専門の人がじっくり用意してるんじゃないかな。魔術的に安定した環境なら、発動直前状態で長時間待機させえる。細分化してるならなおさら」
そうして魔法陣を呼び出してパズルを完成させている間に鳥や獣などの複数の式神が敵の種類と位置を測量して確認し、正確な位置を算出。そこに向かって必要な魔術を叩き込む。
「でも魔法陣があっても、儀式魔術は呪文がクソ長いはずだよな？ だから普通は狙ってる間に相手が移動しちゃう。今回発見からの発動、かなりはえーぞ」
「詠唱をかなり短縮できてるね、これは録音と多重化が主体だと思う」
「録音？」
「そう。呪文を魔導具に録音しておく」
「え、そんなやり方いけるの？」
「全部は無理だけど一部は録音でもいけるんだ。もちろん術者本人の声の録音でないといけないけど、半分くらいが肉声なら、他は録音でも魔術が発動するのは昔から分かってる」
「なんでそのやり方が広まってないんだ？」
「録音再生も、魔術にしろ魔導具でやるにしろ、別に起動しないといけないでしょ？ そのぶん魔力も時間も余計に使うから普通は手間に見合わない」
「ああ、呪文のクソ長い儀式魔術ならではのやり方なのか」
「高速描画もそうだね、普通の魔術では手間に見合わない。儀式魔術だとしても普通はそんなに利点もないけど、そこをどうやってか大幅に改良してる」
「多重化というのは？」
「呪文が同時に人数以上に聞こえタケド」
「録音の多重合成だと思う」
「多重録音？ そういうのもいけるんだ？」
「単に多重合成しただけじゃうまくいかなかったはず。そこをどうにかして改良したんだと思う。呪符や魔導具で魔術が高速化するのは、同時に術式を並列展開できるからとされてるけど、呪文でもできるようになったみたい……どうやってるんだろう」
「うへー……魔術ってのは大変だな」
「少しでも速くとか強くとか、みんな昔から智恵を絞ってるんだよ。それが魔術研究の歴史だし……並列起動も多重化も昔から研究されてる、ただ実際にうまくいく例は殆どないんだ」
「でもこうしてやってるじゃないか？」
「そうだね、本来の二割以下の時間しかかかってないんじゃないかな。凄いことだと思う。三垣師団独自の技なら当分他におりてこない軍機だろうけど」
「発動時間のは分かったけど、距離は？」
「式神に観測させてるのが鍵だと思う。たぶん式神の位置基準で発動してる」
「できるのそんなこと？」
「個人が使う魔術ならそのやり方は珍しくないけど、威力も結構落ちるし、消費魔力も増えるし、発動できる魔術の種類にも制限がある。それを複数人の儀式魔術で、しかも威力を落とさずってのはどうやって実現してるのか分からない。これも軍機だろうね」
「とにかくすげえってことか。さすがは大陸最強の魔術師団」
「魔術……ちょっと使ってみタイ、けど無理」
ニンフィアがぼやく。彼女にはいわゆる魔力がなかった。本当に皆無でエイドルフより少なく、魔導具で補助しても自己強化術すら発動できなかったのだ。代わりに霊力は非常に多いので、早々に魔術については諦めて仙術の方向での身体強化などを訓練している。
「魔力はほぼ生まれつきの才能だからな。仙力なら後から目覚める事も多いけど、魔術では聞いたことない」
「訓練であがるのは元の数倍までだしね、それなりに元の素質がないと優秀な魔術師にはなれないよ。……ほんとに、ねえ」
レダもぼやく。
「そういう意味じゃ後ろの人等は素質の塊か」
「そうだね。ただあの人達は結局儀式魔術主体の完全後衛型だよ。複数人が分業で集中できる環境がないと力を発揮できない点は注意しないと」
「そうだな……こういうことがあるしな」
「え？」
ロイの手元の如意棒が突如伸び、少し向こうの地面を打ち据える。そしてそれを介して霊気の拳が地面に叩き込つけられた。
直後にその地面からゆらゆらと白煙が上がってくる。
「頼む」
「あっ、うん。えぐれなサイ！」
レダが慌てて魔術を使うより速く、ニンフィアの力により煙は吹き飛んで消滅する。最近かなり力を絞れるようになってきて、すぐに倒れるようなことは無くなった。
「なに今の！？」
「土竜の魔物、だと思う」
「……『影土竜』か、気がつかなかった」
土に潜み進むモグラの魔物。まるで影のように黒く、厚みの薄い体をしているためその名がある。土中を異常に速く進む特殊能力を持つ。
普通のモグラ同様肉食だが、魔物であるこいつは昆虫だけでなく小動物も食べ、人間すらも餌としようとすることがあるという。
魔導小隊のところにたどり着いたら魔法陣が土中から破壊されるなど、少し面倒なことになったかもしれない。
「土の中は式神の探知の盲点だったか」
「人間相手ならこんな地下からなんて事はないだろうけどさ、魔物だからな。結局知識はあっても魔術師の人らだって魔物相手の実戦経験は少ないんだろ」
あの竜みたいな魔術では探知不能な怪物もいる。頼り切るのはよくない。
「ある程度の大物までならあのやり方でいいと思うけど、素早いのとか、細かいのとか、超大物は俺らの出番ってことになるんじゃないか」
「というか何でお前気付くんだよ……」
「大体フェイロンとかあの竜が悪い、変な感じに知覚が鍛えられた」
「凄いデス」
「それほどでもない」
「いや普通鍛えられるまえに死ぬから」
そうして魔導師隊の参加によって大幅に戦力を増した煌星騎士団は、砦の修復完了と共に戦線を押し上げ始める。
当初は極めて順調だった、このままなら冗談抜きに年内に戦いは終わるのではと錯覚するほどに。
単純な探知分析能力の向上だけでも大きいうえに、大火力で先制攻撃できるとなれば、大抵の敵はそれだけで消し飛ぶ。騎士団としても魔物戦に慣れてきたというのもある。魔導大隊の者達は鼻高々に言ったものだ。
──なあに、我らの手に掛かればこんなものよ。
──魔物と言えど所詮は知恵のない獣に過ぎぬ。
──魔物との戦いなど息もつかぬうちに、すぐ終わる。もはや大した犠牲を出すこともない。新年祭に……
「前にも聞いたぞ、その言い回し！ あの時どうなったか忘れたのカ！ 言うなヨ、絶対に言うなヨ！」
「……自分もたてテル、フラグ」
「まあ、あの古竜みたいなのが現れたら魔術じゃどうにもならんだろうけどな」
「いやまさか、あんなのそんなに出るわけが」
「言ったそばから立てるなヨォ！！」
──そして新年が来る前に事件は起こる。
帝国の快進撃が止まる事件が。
「だから言うなと言うたのニ！？」
異界と化し始めた領域の近くまで近づいた頃、ついにそれらが現れたのだ。
通常の魔術が全く効かない、黒い鱗の魔物達と。
……遙か過去の伝説にある者達が。
スギ花粉にジェノサイドの巻物投げたい今日この頃
設定の例え話
人間向けの魔術は、敢えて例えるなら
あるOS上で、同じOSの機能限定版を仮想化して再現、そこのアプリから実行している状態になっています
しかもマシン本体があるのはネットワークの先で、人間が触れるのはリモートデスクトップ状態の画面だけ
なお魔術衰退によりネットワーク環境が悪化、魔力が弱い者は本体に繋がらなくなって操作不能になっています
そして本来のOSならキーボード、マウス、タッチパネル、音声など複数の入力手段で操作ができるところ、仮想OSはタッチパネルにしか反応せず、CPUやディスク、通信帯域の割り当ても制限されている、そんな感じ
そしてどんなアプリがあるか、どんな機能なのか、アプリの設定はどこまでいじれるのか、を探っている途中なのが今の人間の魔術レベルです。アプリ自体の開発やOSの設定変更はできませんし、そもそも現状が仮想環境なのも知りません
人間でもリュースやユンインらは仮想化していないOSで使えています
彼らは自力でアプリ開発も可能で、OSの設定もいじれます
ただしOSその物を改変する能力や権限はなく、ハードウェアやそのファームウェア、BIOSには手が出せません
そこは神の領域です
