第90話 地雷(埋まってない)
第五章が予定より文章が膨らんでしまったため、残りを分割して第六章とします
「そなたたちが仙力使い……仙霊機兵か」
「はい」
三垣魔術師団から派遣され煌星騎士団配属となる500名の魔導大隊、その隊長だという上百卒長がじろじろとロイ達を見つめる。
見た目だけなら五十前くらいだろうか。ただ本当の年齢はもう少し上かもしれない。高位の魔導師は実年齢と見た目が一致しない場合も多い。魔力が高いほどその傾向があるという。
あるいはそれは魔人の血なのかもしれない。ロイ達にもうっすら流れているらしいが、魔人は寿命、体力、魔力全てにおいて常人を凌ぐ。
ならば、こちらでも優れた魔術師は魔人の血が濃い可能性があってもおかしくはない。
例えば目の前の男の父にあたる宮廷魔術師長ジュゲア大導師などは、90歳くらいにも関わらず60前後くらいにしか見えないというし。
この男はゴンユー・ジュゲア。魔術の名門ジュゲア家の大導師ズーユー・ジュゲアの末子であり紫微垣旅団に所属していた魔導師である。あと、確かこの男の兄が今の魔導院の長官のはず。
三垣魔術師団は魔導院直下の実戦部隊で各方面軍とは独立しており、紫微垣、太微垣、天市垣の3つの旅団からなる。
大まかには紫微垣旅団が畿内中心に国土中心部、太微垣が北方と東方の各辺境、天市垣が西方と南方の各辺境を担当しているらしい。
「そして貴様がかの『金剛夜叉』ロイ・カノンか」
「……確かに私の名はロイ・ウー・カノンでありますし、金剛と呼ばれる仙力も持っておりますが……『金剛夜叉』とは?」
「んん? 知らんのか? 市井で語られる貴様の二つ名ぞ」
……はあ!? 何それ! 知らんぞそんなもの! なんでそんな、目や腕がいっぱいありそうな、もしくは一字違ったら金で人生狂ってそうな呼び名が!? いつのまに!
「竜をも穿ち、仙人すら上回る仙力もつ我が帝国の新星の話題で、帝都はもちきりぞ? 噂ではまさに鬼神の如き巨躯の戦士となっておったが……ふむ、まあ噂は噂か」
だから知らんって! こちとらしばらく街に出られてないんだっつーの! どんな噂になってるんだ……。
……それでさっきからこっちを値踏みするかのような目つきなんだな、魔導師としては仙力持ちが有名になるのは面白くないだろうし。
「……まあいい、我々が来たからにはもはや死霊の魔物どもなどに好き勝手はさせぬ」
「はっ。名誉ある三垣師団の皆様、ならびに名高きジュゲア家の導師の方がお越しになられるとなれば、私どもも心強く存じます。例え道理知らぬ死霊であろうともその偉容に恐怖する事でございましょう」
「ほほう、若いのに分かっているではないか」
ジュゲア百卒長はにんまりと笑った。
ロイとしては心にもない追従なんぞしたくないが、これも処世術というものだ。万一読心の魔術をかけられた場合に備え霊鎧を強化しておく。
……マゼーパ百卒長からの忠告。曰わく。三垣師団の魔術師たちに仕事をさせたかったら、まず誉め殺しになるくらいに誉めろ。
気位だけは天下一品らしいからなあ、この人達……。いや実際、大規模な軍事攻撃力となれば、おそらくこの人達を越えるのは人間辞めてるような方々しかいないはずだけどさ。
いちおう、マゼーパ百卒長やレダから魔術師団についての基礎情報は共有されている。言われたことを思い返してみる。
一言で言えば連中は高慢な精鋭様たちなので注意しろ、ということだが、最低限の知識はないと会話が成り立たない。最悪なのが「地雷」を踏み抜くことだ。そうすると後々面倒になる。
地雷その一 魔術師内の位階差別
地雷その二 非公認流派に対する偏見
地雷その三 仮面魔導師
いっぱいあるし、埋まってないし、地雷というか単に爆発物かもしれないけれど。
そもそもロイは土中に埋め込む「地雷」なる魔導具を見たことはない。士官学校の授業で話だけはあり、そういうものがあるのは知っている。
しかし長期間魔術を発動待機状態で維持する必要があり、それには高価な素材が必要で、現在では費用対効果の低い代物という。今の所、戦より暗殺向けの道具という認識だ(なお火薬式の設置型爆弾は、まだ導火線付きの不完全なものくらいしかなく、地雷と呼ばれていない)
地雷その一について。魔術師資格には四段階の位階がある。これは大陸で最も魔術が盛んなオストラント王国の基準で、他国もそれに倣っている。確か向こうでは一級、二級、三級、四級などと表す。
帝国ではそれらは「甲乙丙丁」で表される。甲が最高、丁が最低だ。昔は魔術が特に優れた者だけが資格をとったが、今は少しでも使えるなら資格をとるようになったため、資格もちの総数はあんまり減っていないらしい。
ただ、昔は殆どが丙か乙かだったが、今は殆どが丁だ。それでも丙までなら工夫と努力でたどり着ける範囲だが、乙以上は純粋に一定以上の才能もないとなれない。
そのため乙以上の魔術師は特に魔「導」師と呼ばれ尊敬される。乙以上の位階を取れる者はかつての一割強ほどに減っており、仙力使いほどじゃないが稀少だ。
そして今の魔術師、魔導師には、公的地位以上に魔術師内の位階差を重視するやつが多いらしい。魔導師からすれば丙以下の魔術師は、貴族に対する平民のようなもの。そのため彼らとつきあうには、表向きの地位だけでなくそっちにも注意を払わないといけない。
地雷その二について。魔術には様々な流派、派閥がある。各流派間の競争や差別も激しいが、その中でも公認と非公認というのが一番問題になりやすい。
公認とは『魔術師資格認定対象か否か』ということだ。そしてこの基準は国によって違うという。……ウザい。
今百卒長でなくロイが対応しているのもそのせいだ。本来対応すべきマゼーパ百卒長は精霊使いだが、もし普通の魔術の道に進んでいれば少なくとも乙級にはなれただろうという。
しかし精霊術は帝国では非公認流派。しかも一度かじってしまうともう他の魔術は使えないという罠流派である。
そうなると目の前の魔導師にとって百卒長は、せっかくの魔術の素質を野蛮な術によって無駄にした愚かな異端者、になるそうで。
「実用的ではあるのだがな。専門分野なら、通常の魔術師となるより楽に高みにいける。だが、専門以外が不可能になるし、技術や道具での発展余地もないのが、奴らには許せんらしい」
わけが分からない。
「それに精霊術は場合によっては他の魔術の発動自体を邪魔することもあってな。精霊の格が上がると、ただそこにいるだけで周辺ではその精霊の属性と矛盾する効果の魔術が発動しにくくなる。私の精霊はそこまでではないが、ラベンドラにはそういう精霊もいる。そこまでいくと共存はできん。それも嫌われる理由の一つか」
そっちが理由ならまだ分からんでもないが……。
……なんと噂では、ジュゲア一族にも精霊術に走ったために存在を消された者がいるとかいないとか。これも絶対つついてはならない地雷だろう。
精霊使いなどの「異端者」は特に上位の魔導師になるほど許せないものらしい。魔術がろくにできない「無能者」が相手するほうが平和だからお前がやれと。ほんとわけが分からないよ。
地雷その三について。仮面魔導師。要は魔術衰退前に乙以上の資格をとったが、衰退によって実力と位階が一致しなくなった人達のこと。
若い世代での乙以上の「魔導師」は衰退前の一割強。ならば当然昔の魔導師も九割弱は魔導師の実力がないはずである……が。
そこに触れてはいけない、というわけだ。一度得た地位を投げ捨てる馬鹿正直な者は希少だ。失った魔力を政治力で補う仮面魔導師たちと、実力はあっても圧倒的に数が少ない若手との世代闘争……。
こんなの部外者が関わったら死ぬ。君子危うきに近寄らず。
今回やってきたジュゲア上百卒長は資格上は甲級魔導師だが、資格取得は魔術衰退前。そして元々、ジュゲア一族の中でも評判は今ひとつであったらしい。
つまり地雷案件の可能性は低くない。そのため、政治力を高めるために実力以上に戦功を求めてこっちにきた可能性がある。そういうの、やめてくださいよ!
そうしてみると、レダの姉ルーティエ妃などは20代前半かつ甲級魔導師なのだから相当な才媛だったんだなあ。衰退前ならどれほどのものだったのか……。
「僕に姉上の半分も才能があればねえ……」
「代わりにお前には仙力があるだろ」
「……物真似の異能よりは自力の才能が欲しかったよ」
レダ本人の魔力は今は丁級相当、今後必死に修行しても丙どまりだろうとのこと。レダの場合、仙力により即座に二回攻撃できるという特別性はあるが、あれはきっちり魔力を二回ぶん消費するし、加えて霊力も必要で疲労しやすい。結局弱い術しか使えないのだ。
ただ甲乙級魔導師であっても、状況次第では丁級魔術師に負けることはある。知識量と魔力と、戦闘力や実用性は必ずしも比例しないし、あくまで位階は魔術ムラの中での序列にすぎない。
しかしそれでも魔術師、魔導師にとって位階は大事なことなのである。それが仮面であってもだ。その辺を理解して付き合う必要がある……うぜぇ。
「その辺は軍にも色々ある」
「軍だと、出身がどこだとか、士官学校の何期生だとか、誰それの部下だった、武術の流派がどうとか、そういうので派閥と序列が……」
「方面軍という仕組みができたのもそのせいだ、出身地域ごとに派閥化するから結局組織自体地域ごとにまとめたほうがマシ、と」
「だから組織が腐は……いえ、流動性が良くないところもあるのでは」
「もっともだが今更解決する手段がない」
「方面軍の中でもさらに分かれてるゾ。畿内だと、ルイシェン湖から見て北出身か南出身かで……」
「仙霊機兵はその中でもさらに浮いてるよねえ」
まこと現実とは知りとうないことで溢れている。いや知らないとやっていけないんだろうけどさ……。
……軍においては甲乙級の魔導師はほぼいない。乙以上の素質持ちは実質的に三垣魔術師団が独占している。それでも丁級はそこそこ、丙級もまれにいて、通常の部隊に組み込まれている人も多い。煌星騎士団にも、十数人に一人くらいの割合で魔術師資格持ちが混じっている。
通常の軍なら魔術師は50人に一人いればいいほうなので、騎士団ゆえに比率が高いのだろう。やはり精鋭といえる。
治癒術を使える魔術師はどこでも重宝される。丁の人が使う治癒術なんて傷口を表面だけふさいだり、弱めの毒を解毒するくらいの効果がせいぜいだが、それでもあるとないとでは大違いだ。
傷口の化膿や破傷風の防止、毒矢や病毒ある獣や蛇に噛まれた時の応急処置がその場でできるだけでも大きい。昔はそれくらいは普通の人ができたことだそうだが、今となっては素質があるやつにしかできないのだから。
一方三垣魔術師団は全員が最低でも丙級以上からなる魔術専門部隊だ。
うち太微垣旅団は特に火と土の術に優れた者が配属される。寒冷で、敵に騎馬民族が多い北方では欠かせない戦力であり、武技や馬術も修めて前線に立つ者も珍しくないという。
北方方面軍の七剣星、玉衡星のジゥユェン・ヂャオ千卒長は唯一の平民上がりの七剣星として知られている。彼は元々は太微垣旅団の魔導師かつ騎士で、その才能に惚れ込んだ鎮北大将軍が自分の娘を嫁がせて自軍に引き抜いたという。
政治を嫌い闘技会などには出馬しないため、その実力は北方の戦場でしか見られない。帝国最強の一角なのは間違いなく、一度会ってみたい人物である。
天市垣旅団は風や水の術を得意とする者が多く、飛竜や船も操り、陸海空を絡めた立体的な攻防を特徴とするらしい。南方の河川や領海の覇権は彼らによって保たれている。西方も彼らが担当のはずだが、西方方面軍と折り合いが悪いのか、余り西にはやってこないそうだ。
そして今回派遣されてきた魔術師たちが属していた紫微垣旅団。こちらは特に遠距離魔術、結界術などの大規模種別に優れる者が集められているとのこと。
強力な防御魔術や陣地構築術を使い、結界をはって立てこもり、遠距離から大火力儀式魔術で攻撃する、それが彼らの基本戦術となる。その火力は大陸最強を自称するだけの威力があるという。
というわけで紫微垣旅団の魔術師は多くが完全後衛型。即ち前衛の戦士は肉の壁とみなす連中が多いそうで。やっぱりウザい。
魔術師団が兵部省直属として各方面軍から独立しているのも、専業魔術師を普通の軍と一緒にすると反目と内紛の元になるのが一因と言われている。
とまあ、こんなことを事前に聞いていたわけだ。
しかし、今回の派遣魔術師たちは、元の所属を離れ煌星騎士団扱いになるという。
どういう戦い方をするつもりなのか?
今回の中国風名前の人達
上百卒長、甲級魔導師、子爵相当
ゴンユー・ジュゲア = 諸葛 公瑜
宮廷魔術師長、甲級魔導師、侯爵相当
ズーユー・ジュゲア = 諸葛 祖瑜
本来諸葛姓の発音はカタカナだとヂュグェ゛ァみたいな濁った表記のほうが正しいかもしれませんが、読みやすさ優先でジュゲアとしています。いや何千年かを経て発音も変わったのだきっと
なおロイのミドルネームのウー(無)は父親由来
故国を逃げ出した父親のレオンハルトが、東方に来た頃は少し荒んでいて、アッシェ・ウー(無なる燃えカス)と名乗っていたためです。親友に裏切られたショックで厭世的になって厨二病に罹患していたのかもしれません
本世界のミドルネームについては世界の多くで親や一族ないし配偶者の姓をいれる風潮、文化がありますが、必須ではないのでつけない人も多いです
基本的にはラストネームが本人、家の姓となります。
婿入り、嫁入りの場合、結婚するとラストネームがミドルネームになり、ラストネームが家側の名前になることが多いです。例外もあります。
北方方面軍 千卒長
玉衡星 ジゥユェン・ヂァオ = 趙 久遠
現時点で煌星帝国最強の男
北方の大将軍に認められて娘を娶っています
なお、より正確には認めたのは将軍よりその娘のほうが先で、まだ少女だった娘のほうが彼に一目惚れして熱烈求愛。ジゥユェンは娘をまだ子供だと思って本気にしていなかったところ、いつの間にか外堀を埋められ、ある日酒に薬を盛られ、逆に既成事実(中略)夫婦仲ハ良好デス
レダの魔力について
レダの魔力は本話では丁級相当とありますが、第48話でリディアは「結構多い」と評しています。甲乙級相当がゴロゴロいる魔人の中で修行した彼女からみて「結構多い」と判定するということは……。
でもその時レダは「ほんとに?」と返しています。自覚無しです
彼の魔力の大半は「ある事情」により通常の方法では計測できず、本人も認識できていません。そのため客観的にも自己認識としてもレダの魔術の才は微妙、ということになっています
リディアの魔眼はそうした事情を無視した本来の総量を読み取っています。そして逆に、魔眼の力で普通に読み取れてしまうため、レダの「事情」を彼女は分かっていません
むしろリディアからするとロイの魔力のほうが奇妙だったので、そちらが気になっていたようです
リュースはレダの事情を看破していますが、今は魔術より仙術を優先して学ぶべき時と考え、レダには教えていません。
備考
金剛夜叉
密教の明王。三つの顔と六本の腕を持ち、一つの顔につき五つの目を持つ。元は人間を襲って食べる悪鬼であったが、仏の教えに目覚めて明王となり悪人のみを食べるようになったという。つまり仏法に帰依したはずなのに人間を食べることはやめていないというなかなかロックな鬼神
もっとも、そういう仏教関連の本来の伝承はこの世界では失われており、ここでのロイの二つ名(仮)は単に「凄く強いやつ」という意味でしかありません
もしかして : 金色夜叉 (一字違い)
ご存知明治時代の名作。金に翻弄される男女の愛憎劇、金に愛を壊され怒りを抱いて生きる男の物語
そういえば、涙で月を曇らそうにもこの世界まだ月がありませんでした




