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第9話 幕間 後明国の主従

 後明(ホウミン)国は、大陸を南北に縦断し、東西を分断する中央山脈の東側の裾野、煌星帝国の西の辺境とされていた地にある。


 かつてその地域にあった焔明(イェンミン)王国、そしてシュタインダール王国の後継を自称しており、煌星帝国からすれば叛乱軍の集まりということになる。


 イェンミン王国は今から100年ほど前に煌星帝国に滅ぼされた国だ。現在の帝国の公式版図とされる地域内では、一番最後まで抵抗していた国になる。


 シュタインダール王国のほうは今から240年ほど前に、煌星王国に滅ぼされた国だ。建国から滅亡まで千年以上、大陸でもっとも古い歴史を持つとされたこの国を打ち倒したことにより、煌星王国は帝国に名を改め、その後拡大膨張を果たし大陸最大の国家になりあがることになる。


 イェンミンやシュタインダールなどの敵国に対し、帝国は王侯貴族を皆殺しにしてきた。帝国側に内通していた者さえ、約束を違え容赦なく一族郎党、女子供まで殺されたという。


 しかし全てが絶えたわけでなく、他国に逃げ延びた者もいれば、元々他国に嫁いでいった血筋などもいた。


 ホウミン国の中枢はそうした人々の子孫が主体だ。無論それは他国の紐付きなのでは、という批判はあるが、帝国の治世が続くよりマシだ、となれば、目を(つむ)る者は多かった。


 なにせ帝国中枢……畿内から遠い旧被征服国の地域では、だいたい征服される以前より多くの面で状況が悪化していたからだ。四方の辺境地域は、それぞれの方面に配された方面軍が行政に介入し特権階級化していた。彼ら軍閥の弊害は帝国中枢にとっても悩みの種であった。


 軍に由来して少なからぬ汚職と腐敗、中央の関与しない余計な税もどきや差別がはびこっていたが、初代皇帝以来軍に力を与え過ぎ、そして軍事力こそが帝国を支えているために、大幅な改革も難しかった。


 軍を統べる兵部省の大規模改革に手をつけた皇帝はだいたい早世している。帝国の闇の一つである。皇帝が大将軍を兼任する畿内方面軍以外の鎮東、鎮西、鎮南、鎮北の各方面軍の大将軍たちは、いわばそれぞれが小皇帝であった。


 そこにきての魔術衰退による飢饉……元々、食糧や医療事情の改善は、数少ない帝国征服後に良くなった点であったのに、それらが失われた。そして帝国の方面軍は兵糧確保のために独自に動き、勝手に徴発する例も発生。さらにその上で戦力的には魔術を失って大幅に弱くなっていた。


 それもあって各地で叛乱が起こった。殆どは鎮圧されたが、ホウミンは20年以上帝国に抵抗し、旧イェンミン領の実効支配に成功していた。


 その理由としては、ここは最後まで帝国に抵抗していただけあって天然の要害に守られた攻めるに難く守るに易しい地であったこと……そして。魔術衰退に影響を受けなかった異能の持ち主、崑崙(クンルン)山の『仙人』達の協力を得られたことだった。 



 その日のホウミン王宮には、久しぶりに仙人が来訪していた。


「ダーハオ殿、お久しぶりにございます」

「うむ、ジャン殿も壮健のようでなにより」


 ホウミン王ジャン・ソン、当年とって50歳、旧イェンミン王家の系譜に連なる男であり、叛乱にあたって指導者として皆を率いてきた。


 豪放にして不屈の戦士でもあり、その体には幾多の古傷が刻まれ、老いの影を得た昨今であっても徒者(ただもの)ではないと誰もが納得するだろう。


 一方の話し相手は、クンルンの仙人のひとり、『聞仙』ダーハオ。60歳以上であるとは思われるが、実年齢などは不詳だ。ジャンが初めて会った20年以上前から姿がさして変わらないあたり、こちらもまた徒者ではないのだろう。


「本日は何事かありましたかな? 最近は帝国との戦も小康状態にあり、昇仙された皆様方のお手を煩わせるような事は起きておらぬと思っておりましたが」


 一口にクンルンの仙人といっても、全員が帝国に対して戦ってきたわけではないし、戦いに参加している者もその考え方はそれぞれ異なっており、集団というよりはそれぞれの仙人で別々に対する必要があった。


 また、彼らはあくまでホウミンにとっては敬意をもって扱うべき客、同盟者であり、命令などを受け付ける立場ではない。ダーハオはジャンに比較的協力的であったが、礼を失してよい相手ではなかった。


 クンルンがジャンたちに協力するに至ったのは、魔術衰退事件直後の帝国の態度が原因だった。クンルン山は旧イェンミン領の隣にあるが、イェンミン時代は、麓の街はともかく山自体は聖域であり領土ではないことになっていた。


 しかし帝国側としては、イェンミン併合に伴い、山も帝国領土になったと認識していたのだ。


 そのため、弱まった魔術を補う力として仙力に目をつけた先帝は、クンルン山に対し、能力を持つ者を差し出すよう命じた。


 その時の言い方、そしてその後の交渉も非常に高圧的であったため、仙人たちの反感を買ったのだった。そうして多くの仙人が自分たちの独立を維持するために叛乱軍に手を貸したのである。


「何かあったのは、こちらでも山でもなく、帝国のほうでの」

「ほう?」

「畿内に竜が出たそうじゃ、それも成竜がの」

「竜? 飛竜でなく、ですか?」


 竜種の中でも小型で飛行能力に優れた飛竜は人間に懐く性であり、乗騎として飼い慣らすのは珍しくない。臆病でも獰猛すぎでもないため軍事用途にも向く。帝国は飛竜を組織的に運用する部隊を持っており、それにはホウミンも長く苦しめられている。


 一方、ただの竜であるなら、種類は多数あるが、何れも地にあって人を襲う最強格の魔物だ。翼はあれど小さく、長時間は飛べないものの、概して飛竜より遥かに強い。


 彼らにとって人間は餌に過ぎず、出会えば戦いとなることは避けられない。学者の中には、飛竜と竜は見かけが似ているだけで中身は全く別の生き物だとする者もいる。ジャンもそう思う。どちらをも知る戦士なら、皆同意するだろう。


「左様、火岩竜であったとのことじゃ」

「このあたりならまだしも向こうのほうでは、とうに絶滅したものと思っておりましたよ」

「今も絶滅しておるのは変わらぬ」

「……では?」

「忽然と有り得ざるものが現れた、ということになろうな」

「奇妙な話ですな。仔竜ですら牛馬よりも遥かに大きい、まして成竜など密かに運べるものではありますまいに」

「左様……実に不可思議。そなたらに心当たりがあるか?」

「皆様でもお分かりになられぬことが、我らに分かるはずもないでしょう」


 ……クンルン山には、百を超える優れた仙人達がいる。その中には今や魔術では困難な、居ながらにして遠方を見聞きする力の使い手もいる。また、煌星帝国はおろか、シュタインダール王国すらなかった大昔からクンルンには仙人達が集まっていた。俗世にない知識を継承している可能性は高い。


 クンルン山は昔から仙力に目覚めた者を見いだしては仙人として迎え入れてきた。仙力は遺伝するものではないと言われているが、クンルン山周辺の地域では、帝国の他の地域に比べ仙力に目覚めるものが有意に多い。


 ジャンは、そこにはやはり何らかの関係性はあるのだろうと思っているが、仙人たちの口は固く、その秘密については教えられていなかった。


 ホウミン国民やジャンの部下には、仙力の素質を持ちながらも山に行くことを選ばなかった者もそれなりにいるが、彼らはおしなべて各仙人ほどの力をもっていない。クンルンは、おそらく何かしら仙力を後天的に鍛える術を知っているのであろうが、それは門外不出であった。


「まあ竜のことは今は気にとめておく程度でよかろう」

「他に何かありましたか」

「極めて強力な仙力の発現があったのじゃ……そう、その竜が一撃で滅ぶほどのな」

「なんと……!?」

「竜を屠るほどの力となると、儂らにも持つものは限られる。儂らでもなく、かといって禍津国の者共でもない」


 なぜそのような力があったと分かるのか。なぜ禍津国の者でないと言いきれるのか。聞いたところで、まともな答えが返ってくることはないであろうが、ジャンとしてはいささか気にかかる。


「まさか、帝国の手のものですか。帝国も近頃仙力使いを集め出したと聞いておりますが、少なくとも今年の始めの時点では、集まったものに其れほどの力があるとの報告は受けておりませんな」

「儂もそのような話は『聞いて』おらん。そこでの、ジャン殿。我らとしても、そなたらとしても、そのような力が向けられる恐れがあるとなれば、穏やかではいられまい?」

「確かに」

「儂らとしても、その力の持ち主を探すつもりではあるが……なにぶん人手は足らぬ。そこでの、ジャン殿。もしそなたらが見つけたなら、山に連れて来るか、さもなくば……」

「……なるほど。ありがとうございます、我らとしても急ぎ調べさせましょうぞ」


 ダーハオは昏い笑いを浮かべて頷く。その後は差し障りのない近況の話をした後、彼は退出していった。……ジャンは側に控えていた若い従者に話しかける。


「どう思う、ロベルト」

「何者かが、新たに力に目覚めた……ということでしょうかね」


 といいつつ、ロベルトと呼ばれた若者は黒板を用意し、筆談の用意をする。


(全く、どこで『聞かれて』いるか分からぬからな……)


 『聞仙』ダーハオ。ジャンの知る限り、彼の仙力は【再鳴】といい、音を再生する異能だ。過去に発せられた音や声を、後で再生する力。魔術でも近いことはできるが、事前の道具の準備が必要で術者もその場にいなくてはならない。


 一方ダーハオの異能は準備不要で本人がその場にいなくてもよいのが厄介だ。それでもいくつか前提はあるようで、少なくとも自分がいったことのない場所での音や、会って話したことのない人物の声は再生できないらしい。


 そのためかの御尽は仙人の中でも活動的だ。少しでも自分の能力の通じる場所と相手を増やそうと余念がない。そしてその能力からすれば、声に出す議論はかの仙人に盗聴される恐れがあった。秘密にしたい内容は声には出せないということだ。ロベルトが表向きの話をしながら、別の内容の筆談を始めた。


「私の父とやらが、異能に目覚めたのも突然であったとか。それまで何ら普通の人間だったものに強大な仙力が宿ることもありえる話でしょう」

(何かを隠している。今、自分が直接手を出したくない何かがあるのでは?)


「ふむ……かの僭王はそうであったとは聞くな。死にかけた時に目覚めたと」

(何だと思う?)


「死にかけただけで目覚めるものならば、もう少し力あるものが増えても良さそうですが、それだけでもないのしょうね」

(考えられるのは、ファスファラス絡み)


 東方では禍津国と呼ばれる西の最果ての島国、ファスファラス。かの国には姿形は人間によく似た、しかし魔力と体力に優れた魔人と呼ばれる者たちがいて、強大な仙力使いも多数いると言われている。ただ基本的に鎖国しており滅多に大陸の方に出てこないため、詳しいことは分からない。


 ……一説によると、クンルン山を開いた初代の仙人たちは禍津国の民であったという。大空白時代の始まりの頃に禍津国にて内乱があり、その乱に敗れた者たちが落ち延びたところが、後にクンルン山と呼ばれるところであったと。ただ仙人らはそれを否定しているので、本当かどうかはわからない。


「ふふ、そうであれば私も何度か目覚める機会があったことになってしまうからな。あるいは次こそいけるかもしれんな」

(禍津国ではないと言い切ったが、むしろそこが鍵か)


「自重下さい。陛下こそがホウミンの要です」

(彼らは禍津国を恐れている。山脈を挟んだ我が故国にかの国の戦士が来たときも、息を潜め見守るだけだったと聞きます)


「多少は動かねば、体が鈍っていかんのだがな。どうだ、今日は組み手でもするか」

(遠方からすら検知できる力の発現があったとすれば、禍津国も気がつく、か。鉢合わせるのを恐れたか?)


「否やはありませんが、お手柔らかにお願いします」

(あるいは、発現した力とやらが、彼らにとって既知の敵ないし脅威である可能性もありますか)


「では午後に時間をとるとしよう」

(そうだな……慎重にいくとしよう。クンルンも禍津国も、どちらも敵に回したくはない。欲をかきすぎると失敗する) 


「調整いたしますので、しばしお待ちください」

「とりあえず竜殺しの力については、調査を進める。畿内の『草』に何か聞こえて来ないか、指示を出してくれ。まずはそこからだ」

「了解しました。……しかし、強大すぎる仙力など、人の手には余るものと思います」

「お前にとってはそうであろうな」

「私としては(いと)わしい(しがらみ)です……」


 ロベルトの父はシュタインダールの末裔である西方の小国の王族の血を引いていたが、当の国から追放された血筋だったという。


 しかしある時、人を魅力し意のままに操る強大な仙力に目覚め、その力をもって小国への復讐と叛乱を企んだ。そして何千もの人々を操って、一時は国王を殺害し国を(ほしいまま)にした。


 しかし仙力の強さに溺れて狂気に陥り、最後は生き残ったその国の王女に討たれた。その彼は討たれるまでの間に何人もの貴族の娘を操って我がものとし、さらにはそのいくらかを……ロベルトはそうして生まれた子のひとりだった。


 操られていたとはいえ、咎人の子を産んだ母親は故国に居続けることに耐えられず、僅かな従者と共にまだ赤子のロベルトを連れてこちらにやってきた。やってきた直後にここは帝国への叛乱の拠点となり……いろいろあって、彼らの素性はジャン達の知るところになった。


 子は咎人経由とはいえ古の王家の血を引き、また母親は貴族として高度な教育を受けており、その教養は辺境の叛乱軍が国へと変わっていく際に役立った。そうしてロベルトは子供の頃からジャンの従者として育ってきた。母親のほうも女性ながら官吏として働いている。


 正直シュタインダールの血などというものにロベルトはこだわっていない。父親については侮蔑の感情しかない。強大だったという仙力もロベルトは受け継がなかった。それでもその血に他人は罪を、あるいは価値を見いだす。


「……あと仙力といえば」

「なんだ?」

「昨夜、『闘仙』フェイロン様とあと何人かが、連れだって東の関を通られ、帝国方面に向かわれたそうです」

「ふむ。偶然か、それともこの件に関わりあるか」


 フェイロンは仙人の中でも短気な武闘派だ。ダーハオとはそりが合わず逆の行動を取ることも多い。それが向こうに行ったとなると……。厄介事の予感しかしなかった。


「あまり引っ掻きまわさんでもらいたいところだな」


 とりあえずは自分達にできることをやるしかない。ジャンはため息をついて本日の執務に取りかかった。

第一章終わり

次からは主人公が少しずつ力の性質とやりたいことを

自覚していきます


できれば感想などありましたらコメントいただけると嬉しいです


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