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第89話 慢心があったかもしれない

 速攻で毒眼蜥蜴を倒そうとしたロイだが、目論見通りにはいかなかった。ロイとて魔物との戦いの経験はまだ少ない。


 毒眼蜥蜴の実物と戦うのは初めてだが、その動きは彼の予測を超えた。かつてリディアが再現した幻とも違う。


 こうしてみると、かつて彼女が言った「私のは作り込みが甘いらしいんだよね」というのは、確かにそうだなと納得できる。


 少なくともこいつは今のほうが遥かに手強い。速さは同じでも上手さが違うというか、攻防共により嫌らしい動きをする。単純化された(プログラム)による模倣と、生前の完全な再現との違いか。


 そして蜥蜴も人狼もどちらも比較的小型で機敏な魔物なのも災いした。凝核と見なされる部位も竜などに比べると遥かに小さいようで、思った以上に当たらない。


 さらに兵士たちを守らないわけにもいかない。もはや関係なくはないのだから。『盾』にされているのを無視もできない。なにより下手に無視して悪評がたつと、彼の仙力にとってはマイナスだ。


 ロイの仙力、【救世】について分かってきたこととして、どうやら「感謝」「期待」「応援」「信頼」などの感情を受けると霊力が高まる。そして特に仙力持ちの感情は影響が大きいほか、感情に「憎悪」「侮蔑」「敵意」「不信」などが混じると立場上味方であっても上がりにくいようだ。


 つまりは肯定的な味方を増やすことが強さにつながる。普段からの行いが自分に返ってくるとなれば、無体なことはできない。


 そして兵を守ろうとすると、攻撃を引きつけねばならず【妖隠】で透明人間になってもいられない。


 さらにニンフィアとリェンファ、レダの状態にも気を配らないといけない。エイドルフも早く援護しないとまずい。


「ちっ!」


 先日会得した、周囲をゆっくりにする力、そして霊気の巨拳は、どちらも霊力消費が酷く重い。連戦が考えられる状況では温存したい。


 となると早速如意棒が活躍する羽目になる。今の彼にはまだ手を抜いていられる余裕はなかった。

 

「伸びろ!」

『はーい!』


 4シャルク(約2.7m)程になった如意棒を旋回させる。赤い旋風が阿鼻叫喚の戦場をくるくる回る。


 棒の伸縮もうまく利用して多数の『障害物』を素早く乗り越え、逃げ回りながら毒を撒き散らす蜥蜴に追いつく。


 この如意棒の利点はまさに「如意(いのごとく)」の点にある。長さ、重さだけでなく、しなり具合などまで自在。棒で有りながら鞭でもあり、突如柔らかく曲げたり、剛体のような棒に戻すことも可能。 

 

 棒の片方の端だけの性質を変えられたりもするし、今のように移動にも使える。そうした変化はそれなりに霊力を食われるが、それに見合う効果も得られる。


 この間合いと性質の急激な変化には、さすがの蜥蜴も対応できないようだ。そうして突くと見せかけてから下からしならせて跳ね飛ばし、地面からわずかに離れたところをさらに打ち上げ………。


「はあっ!!」


 すばしっこくて正確に凝核を捉えられないなら、動きにくい状況に持ち込んで、全てを撃ち抜く……!!


「おおおおっ!!」


 ヴェンゲル流では『流星突』と呼んでいる連続突き。仙力が励起しているロイがやれば殆ど残像のため同時に攻撃しているようにすら見えるそれを用いて、蜥蜴の全身に霊撃を叩き込んだ。


 連打されながらも附毒の魔眼がロイを睨もうとするが、ロイには霊鎧によって状態異常にはかなりの耐性がある。魔眼が十分に効果を発揮する前に蜥蜴の身体は煙に戻り。


「『爆炎』!」


 レダの放った魔術が煙を焼き尽くした。その間に残る人狼がロイに迫る。人狼が人間より遥かに速い速度で体当たりを……仕掛けたところで、人狼の視界からロイが消えた。


「Grua!?」


 ロイを見失った人狼がたたらを踏む。瞬きほどの一瞬でロイは人狼の背後に回り込んでいた。


 特殊な歩法による、殆ど瞬間移動に近いほどの移動術……『跨歩(こほ)』 流派によっては『縮地』などともいう、纏勁の奥義の一つだ。


 ロイも以前から道場で学んで身につけてはいたが、従来は目にも止まらぬ、というほどではなかった。これは師匠であるヴェンゲルもそうだ。


 不意をつくための加速術であるが、分かっていれば追えないほどではない。魔術衰退前の、超加速魔術が使えた頃とは違う。


 だが最近になってロイは仙術方面からコツをつかみ、五、六歩程度の距離なら人間より遥かに速い人狼ですら捉えられないほどの速さに至れた。


 先日見た臨時教官(リュース)の動きが参考になった。いろいろ試してみたところ、全身の霊力配分を工夫することで、魔術無しで同様の動きができるようになった。


 まだその状態で移動できる距離は臨時教官に及ばないものの、仙力としての【妖陰】を使うよりも霊力消費が少なくて済む。


 ただ、連発すると筋肉のほうが悲鳴を上げるので、こちらもそう何回もはできない。ここぞという時だけだ。


 そうして背後から霊撃を叩き込んで動きを止めてから打ち上げ、もう一度流星突を繰り出す。人狼といえど、これには耐えられなかった。


 そして白煙になった相手をレダが炎の術を【再現】して焼き尽くした。



「ぐえっ! ぐあっ! ぐへっ! あへっ! うげっ! ひぎっ! うぼぁ!」


 最後に完全に犀に捕まり、足踏み(ストンプ)で潰されては再生、潰されては再生という地獄に陥っていたエイドルフを救出する。


 蜥蜴と人狼を潰したことで、ようやく騎士達も動ける者は戦闘に参加してくれた。状態異常さえなければ、彼らも十分な戦力だ。


 そうして犀を囲んで中隊の魔術師が『泥濘』の魔術で足元をぬかるみに変えて動きを封じたところで、リェンファとロイが凝核に霊撃を撃ち込んで犀を撃破した。


「ありがとうございます」

「……礼など要らん、任務だ。しかし……」


 魔術師は顔を歪める。


「……こんなのは初めてだ、こんな僅かな間に……」


 それでも彼は軽くロイたちに略式礼をすると、未だ残る、毒に冒された者や怪我人への治療を開始する。


 ……結局、この戦いでは死者だけで十名に及んだ。そのうちひとりはアスカーリ上十卒長だ。重症者はその倍以上になる。


「…………」


 命じるまで待機せよ、と。それが命令だった。ならば従うのが兵としては正しい。勝手な行動はするな、とマゼーパなどからも言い含められている。だからロイ達仙霊機兵は、上十卒長が倒れたのを見てから動くことになった。


 だがもう少し早く、敵が変化し状況が変わったときに戦術変更を進言できなかったろうか。そうすれば蜥蜴と人狼は無理でも、犀の突進には間に合ったかもしれない。


 この経験を生かさねば、犠牲が報われまい。



「……はあ……」


 ロイも溜め息をついて座り込んだ。ほんの僅かな間なのにかなり疲れた。


 ……慢心があった、かもしれない。


 強さだけなら今まで戦ってきた相手、フェイロンや竜のほうが強い。


 しかし守らねばならない味方を抱えて、そして連戦を考えての戦いは、思っていた以上に心身を消耗させてきた。


 それに単純な力だけでなく、一見知性などなさげな姿形のくせに、人を盾にしようとする狡猾さを持つやつまでいるとは……。


 見捨てる? それはロイの目指す「英雄」の有り様ではない。仕方ない犠牲というのはあるが、努力しないのはありえない。それこそ命令でもないなら、可能な限り守りたい。


 あるいはとても傲慢な考えか。騎士の皆だって別に弱いわけではなく、ロイより年と訓練を重ねた軍人である。臨時の徴用兵とはわけが違う。


 仙力、仙術無しの条件ならロイでもそう簡単には倒せない人も多かろう。失礼という奴かもしれない。だがそれでも対幻妖に限っていえばこれが現実だ、一般の兵が戦力になりえる条件は限られている。


 相手が上位の魔物を模すと、ちょっとした隙でこうなる。ろくに訓練などしてもいないであろう、知性も大したことのない相手にこんなにも翻弄される。


 本当に人間は種として脆弱だ……そこを補う知恵と戦術に道具は、情報と経験から編み出される。どちらも足りない。


 では普通の兵は不要かというと、そうもいかない。今の仙霊機兵の人数は少なすぎる。人間はずっと戦ってなどいられない。


 さっきの蟻のように普通の兵が戦える相手も多いのだから、それらはそちらが対応すべきなのだ。分担が必要だ。


 仙霊機兵に必要なのは、普通の兵にとって脅威となる敵を先に片付ける力。それが当面ロイの目指すべき英雄としての有り様だろう。今後現場指揮官には敵を見極めて、相手に合わせた戦術を取るよう予め具申しなくては。


 そしてそのためには……これを使うしかないか?


 ロイは如意棒を握りしめる。危険かもしれないが、こいつは有効だ。今も単に伸びただけでなく、命じなくても重心が動的に変化した。


 回転させる時は重心は中心よりに、連続突きの時は手元よりに、重い一撃を加えるときは相手よりに。


 そうして伸びたのに軽く感じる。ラー先輩の【軽重】のように軽いのに動かしにくさ(=慣性)はそのままというわけでなく、そういう意味でも簡単に動かせる。


 おそらくこいつの【変容】の力は【軽重】よりも上位の力なのだろう、そしてロイが特に命じずとも意を読み取り、最適化する……知性ある武装というのは侮れない。下剋上を恐れて出し惜しみするのは悪手だろうか?


『もっと使っていいんですけど?』

「……考えておく」


 魔物の動きは思った以上に厄介だ。あとは単純な物理攻撃だと、倒して白煙にはできても、そこから次に実体化するまでの時間も思ったより短い。あと数体増えたら手が回らなくなっていた。


 そして今この瞬間にも向こうから次のがやってくるかもしれない。主導権が自分たちにない状況が当分続くと考えると滅入ってくる。


「きついな……」


「別にあんただけが背負わなくてもいいんじゃないの?」

「リェンファ」


 どこか呆れ顔で少女が言う。


「まあ実際、フィアの一撃とかは別にして、普通に戦うと一番強いのはあんただろうけど。だからといって、もっとうまくやれたとか考えるのはあんたの立場の仕事じゃないでしょ」

「考えられるような立場にはなりたい」

「……何のために?」

「そうだな……まあまずは、色々守りたい、欲しいものがあるから」

「他には?」

「後は……少なくとも……ご先祖様よりは、強くなりたいかな」

「ご先祖様?」

「あの過去の映像の中の一人な。どうやら同じ力の使い手だったようだし……あとはうまく説明できねえんだけど」


「きっとあの人らは、何かやり残したことがあったはずだ。だから……それをやりきりたい、そんな気がしてさ」


 以前刹那で忘れたような気がする夢うつつのどこかで、君なら助けられると、そう聞いたような。まあ夢だけど。


「……もし守りたいものが、守れなかったら?」


 その言葉の意図は?


「……その時考えるさ、考える事ができる状態なら」


 ……仮に。二人を守れなかったとしたら、その時の自分がどうなるか? 普通ならそんなの状況なら先に自分が倒れているだろうが、もしそうでなかったとしたら。


 ……あの臨時教官が最後に何か言っていたような? 何だったか……。


「ふーん……まあ、無理したら逆に守れるものまで守れなくなるわよ」

「分かってるって。……まあありがとな。少し気負い過ぎてたかもしれない」


 そう返事したあとで、先程犀を倒した時のリェンファの動きを思い出し、違和感を覚える。


 こいつあんなに動き速かったっけ? 気がついたら自分より早く霊撃を撃ち込んでいたけど……。いや、速いというよりあれは……。

 



「ところでお二方。拙僧忘れてない? 普通に臨死体験してたんだけド? サンズ・リバーで溺れかけたんだけド? みてこの服、初陣にして速攻でボロ切れに。拙僧でなかったら二十回は死んでるヨ? 生と死の境界を反復横飛びしてたんだけド? こっち守ってくれない?」

「既にピンピンしてるしなあ、あとサンズ何とかって何」

「一歩間違ったら死んでるって事だヨ!」

「つーかお前そのたびに強くなってるし」

「雑に命数も増えていってるし。通常時のロイより多いよねあんた。あと百回も臨死したらフィアに追いつくんじゃない?」

「だからといって痛くないわけじゃないんだってーノ! 体の前に心が死ぬっつーノ」

「一番心も図太そうなんだよなあ……」


『そうですね、成長すればそうなるでしょうね』


 ヴァリスがぼそっと呟くような念を発した。


「というと?」

『彼の力は極めれば殆ど不死身になれます。人間でそこまでいけるかは分かりませんが』

「ふーん……まあいいや」


 回復能力が今一つなロイとしては、やや羨ましいところだが、無い物ねだりしても仕方ないと切り替える。


 そう。切り替えができてしまう。それゆえに彼の力は、なかなか完成しない……。


「……僕にあいつらみたいな力があったらなあ」


 一方ある少年の呟きは、誰にも聞かれずに消えた。




 砦に帰ったロイ達だが、第壱班の先輩たちのほうでも死傷者が出ていた事を知る。やはり同様に仙霊機兵を後衛に回した結果、突進してくる熾金獅子に対して後手に回り、戦術変更するまでに陣を突破されかけたらしい。


 熾金(フォイア)獅子(レーヴェ)は魔物とはいえ、力の象徴として貴族が家紋にするような類の強さと優美さを兼ね備えている。四足獣型の魔物としては魔氷狼(フェンリル)と並ぶ高位の存在だ。


 たった二体でも油断ならない……というか、なんとその二体は同じ魔術を全く同時に重ねて威力を数倍に跳ね上げる、魔術共振現象というものを使いこなし凄まじい火炎を作り出したという。


 人間では高位魔術師同士でも難しいとされる特殊な技術で、まさか魔物がやってくるとは思わず後手に回ってしまったそうだ。記録にも魔物がそんな事をやってくる例は見当たらなかったとか。


 それを聞くと、ヴァリスが推測を語ってくれた。


『恐らく幻妖ならでは、でしょうね。再現されている魔物は個性が曖昧なようで、同種なら薄い精神的な繋がりを有している状態なのでしょう。だから本来困難な共振現象を自然に起こせる』

「複数同じのが出てくるとそんなのも考えなきゃならんのか、めんどくせえ……」


 一応は対火の呪符などを余分に用意して臨んだそうだが、このせいで短時間で手持ちが尽きてしまったらしい。

  

 また、炎の魔物なだけに熱耐性があるのは当然として、物理や衝撃波にも思ったより強く【爆破】では足止めもできなかった。【潤滑】も焔は防げない。部隊の仙力と敵との相性もよくなかったわけだ。結果論だが、まだ水や対魔術を得意とする青の精霊使いであるマゼーパのほうが一期生の皆より適任だっただろう。



 そのあたりの情報を得ても、体制の改善はすぐには進まなかった。その後も幻妖の襲撃が高頻度で発生し続けたため余裕がなかったのだ。死傷者ぶんの補充があるだけマシだが、補充された側はやはり経験不足なので、なかなかうまく回らない。


 これが通常の魔物なら、短時間のみとはいえ魔物除けの香や結界術がありそれで時間を稼げたりするのだが、幻妖の魔物にはこれらが効かなかった。


 それに仮に効いたとしても、それでそのまま幻妖が砦をよけて帝都まで行ってしまっては本末転倒である。


 そして襲ってくる魔物は非常に多様であり……ある魔物に通じた戦法が他の魔物に対しては悪手、という事態もざらに発生した。そして倒し方をしくじると、アスカーリ達がやられたように相手が変わって混乱に陥ったりする。


 それでもまだ適度に分散しているなら対処しやすいほうだ。連続してやって来られると撤退して砦で何とかするしかない。


 一度など二十を超える幻妖が同時に現れた時もあった。ただその時は最初からニンフィアとレダ、そして燃料(エイドルフ)によって対処できた。


「…………」

「エイドルフがまた死にかけてる」

「吸い取ったのお前らだろう」

「仕方ないじゃないか、皆のためだよ」

「……おお……苦行は悟りナラズ……中道はドコ……」


 これとて切り札を連発するのは本来好ましくはない。



 そうして少しずつ犠牲を出しながらもかろうじて砦を防衛し、再建が進んでいく。しかし反撃に転じるところまでいかず押され気味であった。これほど漏れ出してくるとは、穴のある辺りはどうなっているのか。


 ラオシュンの街のほうも苦戦しているようで、あちらも街の前に小さい砦を築かねばならない、という方向になりつつあるようだ。


 それだけでなく、冥穴を中心に「封魔の長城」というべきものを築きたいという要望もでているが、手が回っていないらしい。


 タンガン渓谷の西と南は深い谷があり、そこは魔物も通りにくいのか、だいたい北と東に漏れ出してきている。少なくとも東は何とかしたいようだが、現状では工事の人員を護衛している余裕がない。


 前線に送られてくる試作宝貝も段々質は上がってきたが、耐久性は一向に上がらず、ロイの如意棒を除いてすぐに壊れるものばかり。火力と防御力が両方足りない。



 そうしたところで……状況を変えるために、新たな戦力が前線に投入された。


 三(えん)魔術師団からの派遣部隊。西方方面軍の飛竜師団とならぶ、帝国の威を示す者たちだった。

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