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第87話 騎士団始動

「ここに煌星騎士団を復活させるというのが陛下のご意志だ」


 フーシェン万卒長……いや団長が、ロイ達の前で訓示していた。


 シーシゥ砦を拠点に、昔近衛騎士団として名高かった煌星騎士団を対魔物専用部隊として復活させ、常駐させるということになったそうだ。


 対魔物の主力は仙力使い。そして三(えん)魔術師団から選抜された数百名が同騎士団魔術隊として近日中に赴任する予定。


 さらに三千の一般兵が所属し砦とラオシュン周辺に投入される。これらが当面の煌星騎士団の陣容だ。


 周辺に溢れ出した通常の魔物は従来の機内方面軍が対処するが、仙力が必須となるような幻妖が確認された場合、煌星騎士団が対応する。


 現状この砦側においては、まず仙力使いは20人ほど。この者たちを仙霊機兵と名付けたらしい。


 仙霊機兵は五人ないし六人で班を作り、学生と兵から各二班ずつ、計四班が作られ、交代で幻妖に対する。いずれ班は増えていく予定だそうだ。集まれば、だけど。


 まあ組織がどうなろうとロイ達にとっては当面幻妖と戦うことは変わらない。騎士団に属することで、新たに肩書きがつくのが違いだ。 


 現在の帝国において騎士団というのは機内方面軍を除く各方面軍に大隊ないし連隊規模で存在していて、だいたいが各大将軍が直接率いる中核部隊である。その性格上前線には余りでないが、練度や格式は高い。


 そして、そこに所属するものは「騎士」となる。つまりロイ達も騎士というわけだ。学生の場合は後ろに(暫定)がつくが。


 帝国において騎士位というのは資格であって職位ではない。つまり、騎士かつ上等兵とか、騎士かつ十卒長などという感じで並立する。


 騎士位は、騎士団員のほか、特別な立場(近衛兵、儀仗兵など)につく者や、武勲をあげた者に与えられる。


 そして生まれが貴族でなくとも、職位が仮に兵卒であろうと、最下級の貴族である士爵と同等の騎士爵として扱われる。 

 これにより追加の俸禄や、軍馬や上位呪符、高位魔導具などの士官用武装を買える権利(支給ではないので資金や買った後の維持は自分でやらないといけない)とか恩給とかがついて来る。


 領地とかはない。それらは男爵から上の貴族にならないと得られない。


 騎士の欠点としては犯罪や軍紀違反を犯した場合の量刑が重いことだ。騎士は皇帝陛下への忠誠を示さねばならず他者の範たらねばならない、という伝統があるためらしい。


 ……犯罪の量刑はそれがよほどの重罪でない限り袖の下である程度どうにかなるのが帝国ではあるが、それの相場も騎士だと上がるらしい。


 要は無茶な命令にも従えということだ。いいことばかりではないが、多少は自慢になるし、出世といえる。普通なら騎士になるには貴族かそれなりの武勲がないと難しいのだし。


 問題は……帝城のほうが学生でも仙力使いを特別扱いすべきと判断する程度に、状況がヤバいということなのだろう。仙力使いを集めるための釣り餌と見るべきだ。


「……十日後には魔術師団からの兵が合流する手筈となっている。しばしの間連携訓練を行いつつ防衛に徹し、準備が出来次第前線を前進させていく」


 そうして団長のフーシェン様や、副団長兼砦指揮官となったアグラワル千卒長(非仙力使いで、機内方面軍から異動した人。実質死亡したウェイ千卒長の後任で、フーシェン様らの派閥の人らしい)らからの説明を受けていたところ。


(……!)


 いつのまにか、団長の隣に黒い影が(ひざまず)いていた。


「閣下、斥候からの連絡です。方位西南西、距離3リー(約2km)に敵影あり。外観は熾金獅子(焔を吐く力を持つ大型獅子系魔物)であり、幻妖の可能性が高いと思われます。数は二体」

「分かった。壱番班、西宿第一中隊と連携し幻妖を迎撃せよ。第一中隊のオカモト上十卒長の指揮に従え」

「……はっ!」

「今日の訓示はここまでとする。他の班は待機」


 壱番班の先輩らが迎撃のために慌ただしく部屋を出て行き、ついで団長らが出て行ったところで、皆が一息つく。


「……あの人、凄く気配薄かったな」


 ロイが気になったのは団長に報告した兵。声からすると珍しくおそらくは女性であろうと思われたが、物理的な気配がとても薄く、かなり近づくまでまともに捉えられなかった。


「あの人ちょっと前から近くにいたわよ」

「マジ?」


 前からいたなら、もっと感知の技術を磨かないとまずい。戦場以外では知らないうちに気が抜けていたか。


「護衛、らしいデス。私の」

「そうなの?」


 確かにそのうち護衛を回すとは言っていた。

 ちょっと包帯が減ったウーハンが呟く。


「……たぶん、あの人、帝城のアレの一員じゃないかな」

「アレ?」

「兵部省にも似たようなソレっぽい人達がいるらしいぜ」

「……ああ、なるほど」


 噂だけは聞いたことがある。闇星と大陰。帝国の諜報機関を担当しているとされる組織。表向きには存在しないことになっている、公然の秘密というやつ。


 闇星は皇帝直下、大陰は兵部省直下であり、どうしてかお互いに反目しあっているという噂……。


「あの竜みたいな異能じゃなくても、あれだけ気配消せるんだな」

「そうだな。異能じゃないからには技術か魔術か、訓練で認識もできるはずだけどさ」

「最初にニンフィアに張り付いてた人はその辺普通だったのにな」

「ありゃ学校のほうの人だな。アレとかソレとは別口」


 そんなこともあった。

 あれからまだ数ヶ月なのに、ひどく前の事のように思える。彼女と出会ってから……。


「?」

「ロイ?」


 ニンフィアと、少しむすっとしたリェンファを見る。……ニンフィアに向けてた感情を読まれた? ……それで怒るってことは、やっぱり? 自惚れていいものか? 


「いや、な……」


 本来なら今の季節は士官学校でも秋の学校祭がある時期なのだ。男くさい学校とはいえ、彼女たちがいるなら、もう少しこう青春だなあみたいなのがあってもいいだろうに。ほんとどうしてこうなった。


 そこでアグラワル千卒長が急に部屋に戻ってきた。


「第二班に告ぐ! 方位西、距離4リー(約2.5km)に幻妖らしき一団あり。巨鬼一体に、より小型の魔物が複数。第二中隊のアスカーリ上十卒長の指揮下に入り、出撃せよ!」

「……仕方ないな」


 未だに包帯男のウーハンは待機のまま、他の皆が動き出す。レダも怪我は治りきっていないものの、前衛をしないという条件で出る。


 仙霊機兵は皆同じような複雑な紋様の厚手の服を身につけていた。騎士団になると同時に、皆に魔力と霊力を少し増幅する効果があるという機導霊装服(試作品)が支給されたのだ。


 だが試作品のせいか性能的には中途半端な……いや正直しょぼい代物だった。魔力増幅効果だけで見ても高位魔術師向けの霊装よりかなり劣るようで、ロイやエイドルフのような元々魔力が低い者では殆ど意味がない。


 霊力が少し増えることを考慮しても、防御力のある硬革鎧とどちらがマシか悩むような代物だったが、改良のためにも実戦での記録取りが必要なのだろう。当面着用を命じられている。


 一応、騎士位を示す徽章(きしょう)もついている。騎士となって初めての出撃ということになるが、さてどうなるやら。


 そうしてロイも如意棒を握り、席を立つ。


『敵ですか?』

「お前の出番があるかどうかは分からん」

『あって欲しいですねー』


 やけに積極的だな? やっぱりこいつ、霊気をかすめ取って下剋上の力を蓄える気じゃねえの? とロイは思った。


「勝手に動くなよ」

『……はーい』


 そういう曖昧かつ汎用的で期限を切らない命令はやめて欲しい、とヴァリスは思った。動かないことが心地良くなってしまうではないか。


 曖昧なぶん、強制力や従うことによる気持ち良さは低いものの、こういうのは正直困る。ただでさえ前の命令も有効なままで、積み重なっていくのに。しかし言うわけにはいかない。


 あっ……んっ……駄目ださっそく気持ちいいんだけど。働きたくないでござる。こんなの堕落してしまう。どうしようこれ。そうだ矛盾する命令で上書きしてもらおう。


『すいませんが早めに使ってくださいー!!』


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