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第83話 幕間 光陰の騎士は想起する

 北方大陸の西の果ての海にある島国は、大陸の民からは禍津国、魔の国、黄昏の島などと呼ばれている。その国の名を明けの明星(ファスファラス)という。


 住人の多くが魔人やその混血からなり長らく鎖国を続けるそこは、大陸の諸国からは文明も民族も隔絶しており、外部からはさっぱり実情の見えない異端の国だ。



 そんな島にも四季はあり、今は晩秋の寒さが忍び寄りつつある。そして島の中心部では、大規模な戦闘が断続的に続いていた。


 西方大冥穴。ファスファラス建国以来のかの国を悩ませ続けてきた、世界最大の龍脈に通じる穴。そこからかつてない規模の幻妖どもが湧いてきているのだ。


 今も穴の周りでは散発的に爆発音や怒号、悲鳴が響いている。


 このたびの大殺界……冥穴の封印が解けてからというもの、出現した幻妖は1ヶ月で延べ10万体を超えた。ファスファラス常備軍の全数は8万人ほどであるから、それよりも多い。


 自国の総兵力を凌ぐ数の敵。しかもその何割かは(ドレイク)巨鬼(オウガ)巨蜘蛛(アラーネア)多頭蛇(ヒュドラ)などの大物や、己自身に倍する力持つ複製として現れる幻聖だ。


 他国であればとっくに戦線崩壊しかねない戦力を相手にしながら、彼らは未だ戦場を穴の周りだけに抑え込んでいる。さすがに魔の国と呼ばれているだけの事はあった。


 煌星帝国に五つの方面軍があるように、ファスファラスにも四方と中央を守る五色の騎士団がある。東を守る蒼鱗、西の白牙、南の紅翼、北の黒甲、中央の黄角。


 それぞれ規模としては帝国の1/10以下だが、正面から戦えばおそらく五色騎士団のほうが勝つ。それほどにこの国の兵は質が高い。


 その中からさらに霊気を扱える精鋭が選抜されて大冥穴に対しているのだが、それでも被害が出ており皆疲労の色は隠せない。なにせ敵は昼夜を問わず無限に湧いてくるのだから。


 従来の大殺界であればこれだけの数が現れれば終結しているし、そこに至る期間ももっと長い。このたびの事態は原因も経過も従来とはかなり異なっていた。その理由を知る者は魔の島においても少ない。



 冥穴を監視し、封鎖するために穴を囲むように作られた六芒星状の巨大な壁。その角の三角の一つに作られた砦の一室。


 暖房用の魔導(マギア・)蒸気機関(スチームエンジン)汽缶(ボイラー)の唸りが響く部屋で、ファスファラスの最高戦力である護法騎士の一人、破現の騎士リュースはある女性に直談判していた。

 

「どうしても許可いただけませんか」

「何度も言わせるな。これだけ幻聖の出現頻度が高い以上、神器持ちを向こうに派遣できる状況にはない」


 彼に対するは、ファスファラスの最高意思決定機関、黒剣評議会の議長にして元老の一員である女性。やはり護法騎士でもある、氷雪の騎士ラヴィーネ。魔人の一部に見られる尖った耳を持つ長命種だ。


 ラヴィーネは魔人王シアが地上の政治から手を引いて以後、実質的に王の代理としてファスファラスを導いてきた。長命種とはいえ寿命は超えて数百歳相当になるはずだが、見かけは若いままだ。護法騎士に体の年齢は余り意味がない。


 本来は議会のほうにいるべき人物だが、大殺界にあたり冥穴の近くにて指揮をとり、時には前線にも出ている。護法騎士はファスファラスの最精鋭、現役では十数人しかいない。戦えるなら遊ばせておく余裕はない。


 一人を除けば。


「しかし議長。これはトリーニ様、サプタダシャ様らからの要請ですよ」

「分かっている。実際、こっちが守れたとして向こうが爆発してもいかん。ただこっちも余裕はないのだ」

「正直ここまで急に変わるとは思っていませんでした、帰ってきたらこの有り様とは。まだ初期ですし、湧くにしてもせいぜい権天使(アルカイ)級くらいかと思ってたら主天使(キュリオテテス)級が普通に出てて、座天使(トロノイ)級まで」


 幻妖の能力は基本的にはコピー元に依存する。存在規模が高かろうと弱いやつをコピーすれば弱い。


 ただ座天使級から上は、必ず初期形態の時点で相応に強い姿を選んでくる、しかも大抵幻聖か幻魔として。これが厄介だ。


「それだけ今回は特別ということだ。穴の内部状況はさっき話した通り、予測範囲の中でも最速のケースを辿っている。正直、凍らせ続けるのもそろそろきつい」

「もう少し早く言って欲しかったです。分かっていればあいつらへの指導の仕方も変わったのですが」

「それこそトリーニ様が言うべきことだっただろう、あの方らも忙しいとはいえ……」

「済んだことは仕方ありませんね……。それで、結局どうしますか」

「人を派遣しないとは言っておらん」

「だからといって私の代わりに派遣するのがアレというのはどうかと」

「私とてできるならしたくはない。しかし要請には応えねばならんし、ソレがこっちにいても役に立たん。お前ソレに背中を任せられるか?」

「できません」

「だろう?」


「おい待てやコラ、しれっと何を言ってくれてます?」


「しかし向こうで被害撒き散らすのはいいんですか?」

「人里近くには行かなくてよいのだろう? 向こうはこっちより国土が広い、大丈夫だ……きっと」

「きっとじゃマズいですよ、アレが自重すると思いますか」


「大体、本人がいる前でアレとかソレとかしっつれーすぎません? いくら井戸のように広く蛇のようにさっぱりした心を持つボクでも我慢の限度というものが」


「実際今回の向こうは幻魔主体だろう。それらの掃討要員としてなら、神器より火力重視でいいはずだ」

「爵位持ちが実質的に問題ですがね……。あと業魔(カルマ)やその幻妖が相手になるんですよ? あいつら、劣化版とはいえ【境界(バウンダリ)】派生の【拒絶(ディナイアル)】や【分割(ディバイド)】の使い手ですからね。アレの手持ちで【拒絶】を突破できる技って、(はた)迷惑度激しいですよ」

「ソレの技ならどれだろうと傍迷惑だろうが、迷惑度ならあの娘がもっている聖槍の力も大差あるまい。下手すると地平線まで更地に」

「力の迷惑度はともかく使い手の迷惑度が違いすぎます」

本来の力(・・・・)が持つ潜在迷惑度を考慮すれば……」


「無視ですか! 迷惑? ボクの迷惑こそ有頂天ですよ! 即ちげきおこ。あ、おこではあっても烏滸(おこ)にはあらず!」


 二人の隣で怒る、桃色の髪の少女。

 その姿は右半身の皮膚が金属質の何かに覆われた異形だった。彼女はぐるぐると光沢のある右腕を振り回して議長らを威嚇するが、二人は意に介さない。


 彼女もまた護法騎士の一人。

 ただし今回の事態において、健在な護法騎士のなかでは、彼女だけが出撃を許されていない。


 光陰の騎士、ルミナス・アンブラ。試験管から生み出された人造生命にして、改生体魔導機兵(マギア・サイボーグ)。護法騎士の中で最も異端の存在。


 彼女の能力は大規模破壊に向いている。魔の国ファスファラスにおいても単純な破壊能力では屈指の存在だ。


 ただし。理性とか協調性とか自制心とか、味方への配慮などを試験管の中に置き忘れてきた躁病患者だともっぱらの評判であった。


 そのため彼女が戦闘に参加する場合は、だいたい殲滅戦に一人投入という形になる。味方と一緒だとごく当たり前のように味方に誤射しまくるからだ。しかも能力の特性上、手加減が効かない。


「いいかルミナス。お前は味方が多いところでは使えん。そして単独行動で迂闊に幻聖に複写されたら戦線が崩壊する、それは分かるな? だから今回の前線には出さん。さすがに分かれ」

「ふっ……。昔のえらい人は言いました、分かってはいるが分かるわけにはいかん! それなのにボクはこんな待機を……強いられているんだ!」

「前から思っていましたが、四肢じゃなくて脳を機械に交換できんのですか」

「既に半分はそうだ、残りもできるものならとっくにやっている」


「ボクに残った唯一の生身のボクの禁断の海馬(きかん)に手を加えて怒らぬ無脳な木偶(でく)にでもする心算(つもり)なの? リュースの鬼! アクマ! 奈落に墜ちろ!」


「どうせ向こうは幻魔王や例のあれが出てくるはずだ、そうなると帝国は周辺に構う余裕もない。となればソレの火力が役にたつだろう」

「こっちは幻聖神が出てきそうですけどね。間違いなく基礎能力だけなら那祇(ナギ)様より上ですよ」

「それはお前が何とかしろ、霊威と刀の封印拘束は解除してやるから本気出せ」

「無体すぎます」


「はーい、ボクも無体無理無茶無謀無念無想無職だと思いまーす!!」


「どのみち幻聖神相手にソレは役に立たん。お前の場合は神器に惚れられたのが運のつきだ、諦めろ」

「どっちかというと、神器でもうちのホノコよりもそこの(みか)布都(ふつ)やあっちの都牟(つむ)(がり)大刀(のたち)のほうが適切でしょう。もしくはいっそ、アミターバ様やヴィシュバルーパ様を起こしては?」

『うむ主殿、働かざるもの食うべからずだと思う。奴らも働くべき、特にアミタは前回も寝てた』


 リュースの足に白衣の童女がまとわりついている。生ける神器、聖刀()(おり)津比売(つひめ)の聖霊、ホノコだ。東方ではただの(?)喋る刀であったが、こちらでは実体ある分身を作り出し、主にべたべたしていた。


 ファスファラスには他国よりは多くの王器、神器があるが、武具の神器は4つしかない。


 うち稼働中なのは3つ。リュースの水の聖刀・瀬織津比売と、蒼鱗騎士団の団長が持つ風の魔剣・都牟刈大刀、そしてラヴィーネが持つ地の霊剣・甕布都。


 稼働していない最後の1つ、火の滅刀・火之迦具(ほのかぐ)(つち)は数十年前に魔神を斬った際に力を使い果たして休眠中。


 なお所謂魔術衰退は、この滅刀の全力起動によって魔術を作り出す神造遺構、魔導機構まで半分燃えたことで発生したものである。


 世界の魔術全てを支える惑星規模のシステムがたったの一撃、それも魔神を斬った際の余波だけで半壊した。神器の全力駆動とはそれだけ世界に影響を与えうるもの、迂闊には開放できない。


 この4つ以外の神器級物体は、戦闘向けでなかったり、規模が大き過ぎたりと様々な理由で動かせない。リュースが挙げた2つは後者だ。


「あいつらは切り札だ。起動するだけで因果率に影響が出かねん。使わんに越したことはない」


「何をおっしゃいますか、ボクこそが真の切り札であるのは火に油を注ぐ夏の虫よりも明らかで」


「……とにかくアレだけを送るのはまずいです」

「……ランスかバーリか、グリューネあたりをつけるしかあるまい」

「ランスは駄目でしょう、【福音(ゴスペル)】の力はないと困ります」


 福音の騎士ランスも護法騎士で、声や演奏など音を介して大人数に影響を与える精神系の異能を持つ。今も壁の逆サイドで騎士たちを支援中だ。集団戦で使ってこその力、個人のお守りに使うには勿体ない。


「バーリ殿は最前線に逃避しました。あちらです」


 リュースがあごをくいっと向けた窓の向こうで、時折黒い線が空を走っているのが見えた。【界門】(プレインズゲート)という空間に穴を空ける力による斬空剣(エーテルカッター)と呼ばれる空間断裂攻撃の痕跡だ。


「……戦場のほうがお守りよりマシ扱いとはな」

「バーリ殿はアレに何度か殺されかけてますからね、仕方ないでしょう」

「やはりグリューネに行ってもらうか」

「グリューネ様は?」

「さっきそこに……ん?」


 外が騒がしく、窓の光が陰る。

 ファスファラスの正規騎士たちが下でわらわらと動き、対幻妖用の魔導銃や霊剣を構えて見上げる先には……。


 真珠色の鱗をまとう巨竜の姿。先日東方で猛威を振るったものと同じ種の竜が、今度は魔の島で幻妖として現界していた。


 そして竜は眼下の騎士たちに向かって口を開く。そこから白い光が漏れた。


「来るぞ、総員霊鎧強化!!」

「!! 霊子出力2500……いえ3000アニマを超えてなお上昇中!」

「向精神術を併用しろ!」


 帝国と違ってこちらは幻霞竜を知る者も多いし、何より騎士たちの多くは霊鎧が使える。だが竜としてもそれを貫けるようでなくては意味がないとわかっているのか、帝国の個体と異なり、こちらの個体はかなりの霊力を吐息に集中させていた。


 対抗して騎士たちも防御術を追加しようとするが、このままでは足りるまい。


「幻霞竜か、こっちにも出たか」

「斬りましょうか」

「ボクがやるよ、それじゃいっく……」

「おい馬鹿やめろ、お前は絶対に出るな。それにグリューネがもう出た」


 口から白光を漏らす竜の足元、緊張に震える騎士たちの先頭に、眼鏡をかけた緑色の髪の女性が進み出る。


「おいたは、いけませんわ」


 ヒト風情が、と嗤いつつ幻葬の吐息を吐き出そうとした瞬間、突然竜の姿が消えた。


 そして少し向こうの空間に現れる。瑞々しい、緑色の(つた)の網に拘束された姿で。


「蔦の檻/Hedera Cage」


 女性の周辺に、複数の(カード)のようなものが出現していた。そのうちの一枚が薄緑に輝いている。


『GUAA!? GOAAA!!!』


 竜は【幻装】(カモフラージュ)の位置偽装を見破られ、拘束された。そして幻霞竜の【透過】(パーミエイション)は生物を透過できない。たしかに生きた植物であれば理論上透過されずに拘束することができる。だが、たかが植物など。


 竜は蔦を引きちぎろうと力を込めたが、果たせず。……普通の植物ではありえない、これは……まさか!?


「日蝕樹の妖根/Root of Sleeping Sun」


 先程とは別の札が薄黄色に輝き、地面の下で何かが動く音がした。


 即座に状況を理解し、竜は全魔力を集中し魔術を起動する。

 『火光三昧』 ……自らを中心におよそ数十シャルク(数十m)を劫火にて浄め燃やし尽くす自爆魔術。


『Maha Anan……』

「恐大化/Immense Glowth」


 自爆しようとした瞬間、さらに別の札が黄色に輝く。そして竜は大地から現れた赤い巨木に、下腹部から口まで串刺しにされた。


 そして巨木の枝が体内から全ての凝核を破壊。竜は断末魔の悲鳴もなく白い煙に変じ……その煙は即座に巨木に吸い込まれ、巨木は地響きを立てて地下へと戻っていった。


 そうして竜の脅威は消え去り、周辺の騎士たちは緊張をといて女性に対し礼を述べる。


「ありがとうございます、グリューネ様……」

「全く、こんなでかいのがここまで出て来られるとは。結界のほつれがないか、確認してください。どこかに大穴があいているはず」

「りょ、了解しました!」


 先日東方の地にて猛威を振るった竜は、こちらでは現れた直後にあっさりと、ただの一人も殺せぬうちに、ただの一人の手によって消滅した。そして誰もそれを驚かない。


 確かに真竜は一騎当千以上の怪物。他国の騎士に数倍する実力があるとされる、ファスファラスの正規騎士たちにとっても死を覚悟する強敵。


 しかし護法騎士とはそれ以上の怪物。ファスファラスの民にとっても畏敬と恐怖の対象だ。


 ここはファスファラス本国。力の出し惜しみも隠蔽も必要なく、魔力、霊力の回復手段にも事欠かない。そうであるなら護法騎士達は、冗談抜きに万夫不当の力を発揮する。そして現状でもまだ全開ではない。


 だからこそ、個として幻聖に複写されないように気をつける必要もあるが。


 この女性は【神樹(イグドラシル)】の騎士グリューネ。ラヴィーネの妹であり、護法騎士としては古参の一人。


 グリューネはそのまま一息ついたのち、異能にて蔓植物の乗り物を作り出すと、そのままひょいと姉たちのいる部屋の窓まで戻ってくる。


「お疲れ様です」

「幻聖でないなら大したことはないです」

「なぜ窓から来る、扉からこい」

「ラヴィ、そろそろ交代時間なんだけど」

「まず話を聞け、それからそこは扉じゃない」

「いいじゃないこれくらい」


 姉に対しては口調がぞんざいになる。上司だと思っていないに違いない。ルミナスに比べればマシというだけで、グリューネもいささか問題のある人格ではある。というか護法騎士は実力あるかわりに奇人変人も多い。


「どうしてお前たちはそうなんだ、今回のように人前に出ている時くらい皆の模範になれ。そんなに無理な事は言っていない」


 普段護法騎士たちは眠りについていることが多く、起きていたとしても力の大半は封じられている。大殺界だからこそ封印されていないのだ。


「普段寝てるからこそ、やる気にもなれないのよね」

「そもそも失敬極まる、ボクほど模範的人罪はいないよ!」

「議長、無理とはできる理が無いから無理って言うんですよ」

「開き直るな」


「はいはい。それでやっぱり私にも行けと?」

「そうだ」

「行くのはいいけど、私一人では駄目? コレは必要?」

「エイダが派遣するならソレが望ましいと言っている」

「あの金歯車は何を言ってるのやら」


 エイダ。ファスファラスの評議会が政策実行にあたって参考にする蒸気と魔力によって動く巨大魔導解析(アナリティカル)機関(エンジン)、その中核である天神器ノルニルの神器聖霊の名前だ。


 過去(ウルズ)を読み取り、現在(ヴェルザンディ)を記録し、未来(スクルド)を予言するノルニルの本体は金色の三つの遊星歯車からなる歯車機構をなしており、解析機関の前面のガラス窓から周辺の無数の歯車と共に常に回転しているのが見える。そのため金歯車と呼ぶ者もいる。


「仕方ないか、シャノンの当代のほうが行きたそうだったのに」

「先祖の生まれ変わりに興味があるのは分かるが、あいつもこっちからは動かせん」

「しかしコレが必要な事態が向こうにある?」


「アレコレソレってほんと何よ、ボクの名前は禁忌なの!? あ、名前を言ってはいけない女ってなんか格好良くない? アバダケダブラー!」


「正確には、理由の半分以上は逆だ」

「逆?」

「事態が悪化する遠くない未来に、ここにソレがいるのがヤバい可能性が高いということだ」

「納得した」


「ボクも納得……するかぼけええええ! みんなしてボクを疫病神みたいに! おのれエイダ、あの糞歯車がっ、今度こそ海のもずくにしてくれん!」

「食べるのかよ」

「突っ込んだら負けですわ、放置しなさいリュース」

「ラグナディアにも立ち寄ってくれ、書状は用意する」

「シューニャ様は動けないんじゃなくて?」

「そちらではなく姉妹のほうだ」

「ああ、プラナス様の。了解」


 そしてラヴィーネは、部屋の隅のほうにいる幼女に視線を向ける。


 彼女は積み木の塔を作って遊んでいた。いつからここは子供の遊び場に。ちょっと向こうでは騎士達が決死の戦いを続けているのに、緊張感が無さ過ぎだろう。


 いくら守りの力に関しては世界屈指とはいえ、ほんとにあいつらもこいつらも……。


「……私としては君達もさっさと自国に帰るべきだと思うが。もうこちらで見るべきモノは見せた。帝国が荒れるとラベンドラにも影響が出るだろう、オストラントもきな臭い」

「いやー、でもここをでるならきおくもけしちゃうんですよね?」


 幼女が首を傾げながら応じる。年の割には大人びているが……。


「君自身の記憶についてはな、規則だから多少は封じさせてもらう。代わりに君の精霊のほうは覚えているのだから、そちらに聞きたまえ」

「ハクがおぼえているならわたしがおぼえていてもいーとおもいません?」

「そもそも前に言ったとおり我らが招いたのは君でなく君の精霊だ。ついてくると無理を通したのだから、約束は守りたまえ」

「うー。ハクとわたしはしょうがいをともにするもの、つまりいっしんどーたいです。がったいです!」


 幼女は白いもふもふを抱きしめる。


 普通の精霊と違って物理的実体も持ちうるそれは、北方大陸の大国ラベンドラ王国の切り札、七人の精霊騎士の一人である彼女の契約精霊。

 

 白の精霊王、白神虎ハカンクラルの化身。精霊の頂点にある七色の王の一角。


 だが今はただの子猫である。もふもふ。


「配慮はした。あと君とて向こうが気になるのではないのか? 帝国とは縁があるだろう、帝国側の親族も……」

「おかーさまをおいだしたひとたちなんて、なたーしゃにはかんけいありません」

「君の母上関連だけでなくてな、他にも縁のある者達が」

「かんけいないです、めーです、めー!!」


 ぷんぷん!


 幼女な精霊騎士ナターシャ……本名、ナターリヤ・ジュゲア・アルテミエワはへそを曲げてしまった。


 ラヴィーネは眉間を押さえる。ある意味分かっていてふざけている部下たちと違って、こっちは本当に子供だから頭が痛い。母親の同行も認めるべきだったか……。


 ただあの母親は母親で煌星帝国からラベンドラ王国への亡命者という政治的に微妙な存在であり、あまり国外に招くわけにもいかなかった。


 幼子ながらナターシャは精霊の愛し子と呼ばれる段階の、高密度の魔力を持っている。魔術衰退以後でそこに至った人間は初めてだ。


 本来なら数百年に一人の天才で、史上でも指折りの精霊使いになりうる存在。無碍に扱うわけにもいかない。やはり現保護者のほうになんとかしてもらうしか。


『すまねーな。いろいろ迷惑かけてよ』


 もふもふこと、現保護者のほうが喋りだす。


「君もしっかりしたまえ、玄神亀も間もなく代替わりになる。そうなると君も最年少ではなくなるぞ」

『分かっちゃいるけどよー』

「事態が理想的に動けばラベンドラに幻妖が到達する事態はあるまいが、思惑通りにはいかんのが世の中というものだ。早いところ先の話を他の六王に伝えてもらいたい」


『アナトの聖魔獣たちには?』

「そちらにはもう話した」

『ならほっといていいんだな。しゃーない、帰るぞナーシャ』

「またおふねにのらなきゃいけないのー? もうつかれるよー、ながすぎるー!!」


「大丈夫だ問題ない。おねーさんに任せなさい! よーしルミちゃんいっちょ凄い船を呼んじゃうぞー! ……はいっ、そーら、こいつなら世界の裏までひとっとび、ひとっとびー!」

「すっごーいてつのかたまりがとんでるー! かっこいー!」

「……あちゃー」

「こっ、このっ、大馬鹿者っ!!」


「!? そっ、空に!!」

「う、浮いている、魔力は……な、無い!?」

「敵襲!? ……で、でかい……」


 ラヴィーネの怒りの声に、窓の外からの驚愕の声が重なる。外の騎士達は、上空に突如出現した巨大な浮遊物体を呆然と見上げていた。


 魔の国ファスファラスも大空白時代にかつての技術の大半は失われた。そして今はそこから別方向に進化を遂げ、大陸よりも進んだと言える文明を作り上げている。


 今のファスファラスは、都市部では魔力と蒸気で動く機関がガタコト動き、ガス灯が街路を照らし、馬車に混じって自転車や蒸気自動車がコンクリートの道を行く、魔導蒸気文明の国だ。内燃機関や電子部品などには至っていない。


 魔人王に近い一部の学者や元老、護法騎士などの上層部はリュースのような過去の記憶持つ者や、魔人王の過去を読み取る異能の恩恵により古代の科学知識をある程度得ているが、それらの世間への導入はかなりゆっくりに制限されている。


 実験を伴わない知識は技術たりえない。そして人間に魔術や霊威が使えなかった時代の知識が現在においても最善とは限らない。それらの検証と理論再構築を真面目にやっていくとどうしても時間もかかるし、かつてと同じ進歩を遂げる必要もない。魔人王や元老らも焦るつもりはなかった。


 では空を飛ぶ物体についてはどうか。

 かつては魔の島には貴族向けには空の交通手段があった。翼を付け風魔術で飛ぶ魔導滑空翼(グライダー)、魔術で空気より軽い気体を作り出して浮かび風魔術で動く魔導飛行船など。


 しかし魔術衰退後これらは製造、運用のコストが跳ね上がったため激減した。今はどちらも金持ちの趣味レベルでしかない。代わりに大陸同様に飛竜が使われるようになった。

 

 他には熱気球はあり、飛行船ほどコストが高くないので結構使われている。魔術無しの機械式飛行機はまだ検証段階で世に出ていない。

 

 そのため現在空を飛ぶ大きなものといえば、せいぜい十数シャルク(約十m)大の、魔導熱気球か飛竜くらいだ。



 そんなわけで、どう見ても気球でも飛竜でなく、翼もプロペラもなく、魔力の痕跡すら無いのに空中で緩やかに回転する直径500シャルク(約350m)に達する巨大な円環面(ドーナツ)状の物体は、皆の常識からかけ離れ過ぎていた。



「あの環はいったい……よもやあの中は幻妖の軍勢が!?」

「急げっ、議長にお知らせしろっ!!」

「……なんだ、何か書いてある? ……古代文字か?」


 浮遊物体の底面に大書された文字。

 "UFSS AIS 4TH NOAH APOLLO-CLASS AES NO.2 MICHAEL COLLINS"


 ──汎太陽系連合 小惑星型航宙船フォースノア所属 アポロ級降星艦二番艦 マイケル・コリンズ


「降星艦か……はあ、えらく懐かしいものを」

「おい大馬鹿者、これをどうするつもりだ!」

「……てへっ?」


 それは天より来たる城、降星艦。惑星大気圏への降下・離脱機能を与えられた宇宙船であり、大気圏内での低速浮遊移動が可能。そして次元跳躍で短時間ながら光速を超える擬似瞬間移動もできる、かつての人智の到達点の一つ。


 多数の自律型無人機兵(ドローン)に加え、電磁投射砲(レールガン)や宙対地巡航ミサイルに熱核兵器などの大量破壊兵器すら搭載した降星艦は、人類にとって切り札の一つだった。


 しかし本来の人類の艦船……降星艦や、宇宙専用の巡宙艦は太古に赤龍に破壊されたか、あるいは移民船フォースノアと共に爆散し、一つを除いて原形も留めず全滅した。もはや地上にも衛星軌道上にも残っていない。


 破壊を免れた唯一の一隻、マイケル・コリンズも今はファスファラス南方の海底で久遠の眠りについている。


 ゆえに今出現したのは本物ではない。光陰の騎士であるルミナスが再現した(ドッペ)(ルオブ)(イェクト)。すなわち彼女の異能は、龍脈に組み込まれた力と同じ……過ぎ去った光陰(じかん)の記録、過去の【想起(リコール)


 龍脈と違うのは彼女が呼び出せるのは命なき物体ということ。過去の生物を無理矢理呼ぼうとしても死体としてしか呼び出せない。


 そして彼女の右半身を形作る魔導具により、生成した物体や機械の操作も一人で行えるし、科学による兵器だけでなく魔導具の類も再現可能。時間制限などはあるものの、万夫不当どころか今の文明レベルなら国家を一人で滅ぼしうるワンマンアーミー。


 この能力ゆえにルミナスは幻妖たちの前に出るのを禁じられている。彼女が幻妖化の条件を満たすのは悪夢でしかない。複製された古代の大型兵器や高位魔導具による火力がこちらを向く事態となれば……。


 かつて竜人たちは人類の兵器に対し、魔術で起爆阻害や砲弾反転を行って対抗したが、今は魔術衰退もあり、魔の国と言えどそれができる使い手は多くない。


 しかもルミナス謹製の兵装は、元が科学による兵器であろうと、本人がその気になればある程度の対魔術能力を付与可能だ。となると間違いなく防衛能力が飽和する。

 

 あと、味方としての本人には性格によるマイナス補正が入っているが、幻妖、幻聖ならそのマイナスはないであろう。つまり脅威しかない。


「なにがてへっ? だ、本当にやるやつがあるか!! 下の連中は古の事を知らんのだぞ!」

「ならむしろ歴史教材になるよね!?」

「……」

「議長、漏れてますよ。抑えて抑えて」


 暖房があるはずなのに部屋の気温が急低下していた。ラヴィーネの怒りに伴い、彼女の持つ霊威の一つ【絶凍】(アブソリュートゼロ)の力が漏れだし、周辺の分子振動が遅くなっているのだ。


「……そもそもだ。あんなデカブツをここで呼んだら、龍脈がお前の力に引きずられて大物を呼びかねん! 早く送還しろ!」

「はーいはいはい。全くもう……。そーれ」


 次の瞬間、円環は消えたものの代わりに無数の風切り音が響き、騎士たちの驚愕と悲鳴が倍増した。


「対地制圧用ドローン師団(ディヴィジョン)。ざっと一万機か。……一つ一つが小さければいいってもんじゃねえぞ?」

「ん!? まちがったかな……」

「ルミナス。もういっぺん臨死して(しんで)こい!」

「うわらばっ」


 ラヴィーネの力が桃色の髪の騎士を氷の彫像に変え、魂魄も凍結させて異能自体を強制封印。構築召喚された上空の物体群も消え去った。


 【凍眠】(ハイバネーション) 物理的な凍結だけでなく、霊鎧を無視し、あるいは霊鎧ごと精神や異能などすら凍らせ、眠らせる力。全身や全意識でない一部だけの凍結も可能。


 この力ゆえにラヴィーネは魔の国の議長を任され、曲者揃いの護法騎士を束ねている。人間でこれが通じないのは最高ランクの【傲慢(プライド)】を宿すリュースくらいのものだ。



 ──そしてこれはニンフィアの真の力を眠らせている力でもある。それを使ったのはラヴィーネではない。コールドスリープ装置の開発者の一人であり、ニンフィアの母ティナの友人であった者。初代魔人王妃……桜佳(おうか)・ナイトフォール。



『この阿呆娘、今ので霊力が枯渇しておるな?』

「それで笑顔とVサインで凍るとは、こうなると分かっててやったな」

「余程出撃を禁じられたのがストレスだったのかしらね」

「だからといって、あてつけにもほどがあるわ! 全く、この指折り取ってくれようか」


「コレ解凍せずにこのまま東に運んで、事態が終わるまで封印しない? そのほうが平和では?」

「……確かに運べるし溶けもせんが、何かの間違いで私以外が解凍するとほんとに死ぬからな。それに東の実情として、無数に雑魚が沸くのはほぼ確実だ。お前だけでは火力が足りまい」

「向こうだと私はこっちより火力落ちるしねえ……仕方ないか」

「とりあえず用意ができたら溶かすから、出立の準備をしてくれ」



 ……世界はロイ達の知らないところでも動いている。これはそんなどこにでもあるかもしれない一幕。


幕間も一息つきました。

年明けから五章後半再開予定です。


年末年始の間に少しここまでの文章修正を行っていきます。

前作から多用してきた英語ルビですが、やっぱりちょっと思っていたより読みにくいな、というのもあります。原則カタカナに移行しようかと。


それでは皆様、よいお年を。


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