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第82話 幕間 屍の女王と失われた秘宝

「ふむ? 貴様がここにおるとは、珍しいの……」

「ウーダオ老師? もうお戻りになられましたか」


 崑崙の玉京館の玄関先に老人と青年の声がひびく。


 老人は「輪仙」ウーダオ。崑崙の四仙の筆頭、幾千の時を刻む円環の仙人。

 青年は「崩仙」シャオファン、崑崙の十岳仙と呼ばれる、四仙に次ぐ地位にある十人の上仙の一人。


 そう、彼こそが「崩仙」

 どこぞの魔導師が作り出した出来損ないの魔術でなく、真に仙力を打ち消す仙力を持つ者だ。


「フェイロンたちが戦ったという子供たちが気になりまして、ユンイン老師にお話を伺っておりました」

「なるほどの。じゃが死合うのは当分無しじゃぞ……?」

「分かっております。果実の実りを待つ甲斐がありそうでなによりにございます」


(ふむ。あの小僧も厄介なやつに目をつけられたものよ。……まあ、これも人と交わらねば力を引き出せぬ力の宿命か)


 シャオファンはフェイロンと同じく武闘派の仙人の一人。それも仙力、魔力を打ち消すという能力を持つために、特に肉体の技術と功夫(クンフー)を重視する者の一人だ。


 また彼は打ち消しの力の使い手ではあるが、その打ち消し具合は細かい制御が可能であり、逆に仙術にも優れている。その緩急の組み合わせこそが、彼の武の真骨頂である。


 帝国の子供にフェイロンと五分に戦う武の使い手がいると聞いて興味をもったのであろう。別に仇をとりたいなどという殊勝な理由でなく、彼はただ求道の徒であるゆえに。


 十岳仙は彼に限らず何よりも己の興味に淫する求道者が多い。めったに山の外にも出ないためフェイロンたちより俗世での知名度は低いが、実力においては並の仙人を凌駕する。


 彼らは最近学び始めた応用仙術についてもある程度の域に達しつつある。基礎ができているとやはり違うということであろう。


「それでは失礼いたします」


 一礼して去っていくシャオファンを横目に、ウーダオは玉京館に入っていく。


 座敷からユンインがウーダオに声をかけた。


「もう帰ってきたか」

「どうせ正しいやり方は教えんのだ……。本来居るべきでない者が長居しても鬱陶しかろうよ……」


 和議の証として、崑崙が帝都に送り込んだ宝貝職人見習いの道士一行。その中に姿を変えてこっそり紛れ混んでいた輪仙ウーダオは、やるべき事を終えるとさっさと崑崙に戻ってきていた。


 既に彼がいた痕跡は、記憶も含めて消去してある。最高レベルの仙人であるウーダオの手際を見破れるとしたら魔人王の手の者以外にはない。


「帝国の魔導技師は魔力や回路の取り扱いは流石に手慣れておる……。だがやはり仙力の何たるかは理解しかねておるな。あればかりは生得のものゆえな……」

「魔擬式であればその方が良かろう、半端な素質は却って邪魔をする」


 ユンインが魔擬式と呼んでいるのは、魔術をベースに霊気干渉を引き起こす手法だ。帝国のハンセルが研究していた手法の延長線上にあるやり方であり……。


 そして仙術の深奥には決してたどり着きえないやり方でもある。今回崑崙が帝国に開示した宝貝の作り方は、敢えて魔擬式で統一されていた。


「して、帝国の蔵はどうだった」

「大半は霊気だけあっても道具向けには使い物にならん代物じゃったが、いくらかは良い物もあった……。扶桑の若芽などは、百年に一度しか手に入らぬ逸品よ。入手先の一覧はまた渡す……」


 宝貝の材料として貴重なもの、既知のものは崑崙が抑えているが、人海戦術というものは侮れない。まだ見ぬ素材、帝国が価値に気がついていないもの、脅威になりえるもの、確認しておくに越したことはない。


 帝国が見つけてきた素材を調べ、その入手法を担当者の「脳」から直接聞き出す、それが今回ウーダオが混じっていた目的の一つだ。そして目的は他にもあり……。


「例の子供ら向けには何か残してきたのか?」

「おう……。素材の中にな、一つ面白いものがあってのう。それを使った。恐らく他世界の使徒の一部じゃ……」

「ほう?」

「道士どもの習作の中に偽装して紛れ込ませておいた。【啓示】の者なら気付くであろう。あれを使いこなせれば花果山の石猿か、さもなくば鋼鉄侠の伝説を見られるやもしれん……くくく……」

「酔狂もほどほどにしておけ」

「貴様に言われとうないわ、その『刀』、今更作り直すのか……?」


 雷仙ユンインが弄っているそれは奇妙な「刀」だった。


 短めの鉄杖の両端に、白い両刃剣と黒い偃月刀とを、柄の部分で各端に接着して両刃刀にしたような、どう見ても使いこなすには難しい形状。両儀の図を模した飾りやモノトーンの色調からしても、一見では実用品ではなく工芸品に思える。


 だが霊気を感じとれる者なら、そこから底知れない何かが漏れ出しているのがわかるだろう。


「あの神殺しの刃(ほのかぐつち)よりは実用性があるはずじゃがな」

「使う機会があると思うてか……?」

「ある」


 雷仙ユンインは天を睨みながら答えた。


「できればあの赤龍めを切りたかったが、この際だ、色は問わん」

「赤でないなら白か……?」

「さにあらず」

「ふむ?」


「いずれはその日が来るとは思うておった、当代もやる気であるようぞ。使いがきおった」

「……では、あちらか……」

「できぬと思うか?」

「さて‥…だがなまじ儂には視えるからのう……」

「怖じ気づくか」

「いやいや。いつかはやらねばならんこと……来るべき時が来たかのう……」


 ウーダオは自らが崑崙山と名付けた山の頂のほうを見た。かつてこの地にやってきたとき、いかにもここは仙境であると感じてそう名付け、仙人の真似事を始めて爾来(じらい)六千年。


 ……長かったと言うべきだろう。それでも色界の神仏にとっては人界の千年すら一夜に及ばずという。彼の者にとっては泡沫の夢でしかないのかもしれない。


 あの山頂に崑崙最大の秘宝がある。普段は最低限の出力で崑崙の結界を作っている代物。もしソレが現出するとなれば、取り出さねばならぬかもしれない。


後明(ホウミン)国にマックスの仙力を継ぐ者が逃げ込んでいたであろう。あれを使うかの……」

「……ああ、ランドーに預けていたあやつか。一つの手ではあるな。後は国王(ソン)の奴にも説明しておかんと面倒じゃ」

「何やらこそこそ、山の西と接触をもっておるようじゃしのう……」

「我らが引き上げるかもしれんのだから無理もない。……あの女王も、仙力にはやたら詳しい。魔神降臨の折りに西の島(ファスファラス)と手を結んだか」

「本人は少なくとも第二階梯以上のを持っておるな、看仙(ギュンター)聞仙(ダーハオ)の力で見聞きできぬ。後は息子の嫁のほうもおかしい……」

「嫁もか。ならば、集めておるのじゃろうな」


 今回の事態を鑑みると、今後は世界的に仙力持ちと素材の争奪戦になるとみて、崑崙は仙術の訓練のみならず、スカウティングと素材調達戦略を見直すことにしていた。


 そしてそう考えているのはどうやら崑崙だけでもなさそうだ。問題はこれからの素材だけでもない。既に作られたものも無視はできない。


「それで、ウーダオ。真柴(リュース)の奴の言う通り、皇帝はあれらを持っておったか?」

「うむ。持っておった……うまく隠してはおったがの」

「やはりの。あんな片田舎の国がこんな急激に膨張し大陸最大になるなど、思えば奇妙ではあった」

「あの後すぐに掘り出しておくべきであったか……」

「馬鹿を言え。掘り出せば我らこそ瘴気にやられたわ。霊気の分からぬ者にはあれも大して分からんかと思うと、ある意味羨ましいの」

「そうじゃったな、数百年以上酷いのが残っておったからな……忘れておったわい」


 ウーダオは当時を回想する。



 ………………… 



 かつて、屍の女王と邪神と呼ばれた者たちがおった。今から六百年近く前になろうかの。


 巷間(こうかん)にて今も語られるは、義のために国を超えて集った勇敢な勇者達による討伐譚じゃ。彼らは死者を弄ぶ強大で狂った女王とその背後にいた白骨の邪神に挑み、死闘のすえ尊い自己犠牲によって邪神を倒滅し世を救ったという。

 

 闇を打ち祓いしは名高き七英傑。


  破岩の剛槍 「蒼貌鬼」ジーシゥ・リュ

  斬甲の剣士 「紅刃」フォン・スーマー

  無影の魔拳 「碧眼阿修羅」レクラーク

  双金の賢者 「金重瞳」ナクシャトラ

  慈愛の美姫 「白皙小姐」フィッダ

  破戒の羅漢 「紫雲頭」ラハン・ブォ

  夜闇の射手 「落日弓」カトー


 彼らこそ真に勇気ある義士。永劫に語り継ぐべき(いさおし)なり……。





 ……という、真実とは少しばかり異なる物語。


 儂の知る史実では、あれは討伐譚などではない。敢えて言えば悲恋譚じゃな……女王と邪神の。


 勇者達? 最後のほうだけの脇役じゃ。主役ではなく代えの効く鉄砲玉にすぎぬ。


 まあ弱かったとはいわん、魔人ならぬ人としては強いほうであったとも。しかし大層な二つ名の大半は後付けじゃ。確か蒼貌鬼の奴以外は生前は二つ名などなかったはず。


 まして我が馬鹿弟子カトーなど、太陽を落とす弓とはなんぞ? 死後弓神羿(げい)にでもなったのか? あの馬鹿者にはもったいない、偉人化も甚だしいわ。


 そして邪神とは何者か。物語においては巨大な白骨の怪物、その正体は積年の怨霊の集合体……と語られておるが、実態はそんなものではない。


 奴は太古の龍の眷属であった者。闇黒竜アガートランゼウス……今は南方の地に眠る神焔竜や奈落竜と同じく竜王種の亜神、八大竜王の一柱。即ち真竜の王。


 六千年前、人と龍との戦いにおいて闇黒竜は人類の精鋭と戦って敗れ瀕死となり、以来地の底で深い眠りについていた。そしてある日、近くで大きな地震が起こったことをきっかけに目覚めた。


 しかし奴は往年の力を取り戻すどころか、傷も殆ど癒えておらなんだ。支配下の真竜も竜人ももはや北方大陸にはなく。主たる白龍巫ナギルラグナディアは呼び声に応えず。


 余命も尽きかけ、撃ち込まれた魔弾に宿る仙力の呪縛によりろくに身動きもできない奴は、結局そのまま朽ち果てようとしておった。


 そして同じ頃、(ヤン)という小さな国に不幸な公主(ひめぎみ)がおった。姓をユー、名をファンリー。


 彼女は妾腹(しょうふく)の姫で、麗質(れいしつ)なれど生来の病のためにあまり表情を動かすことができなんだらしい。魔術で治せんかったのであれば、遺伝的な神経症の類であろう。


 表情を作れぬことから不気味がられもしたうえに、妾腹であったこともあって扱いは悪かった。さらに母親や従者の横死により感情も壊れて無口にもなり、あれなるはまさに石面公主なり、と陰口を叩かれておったという。

 

 彼女は幼いうちに隣国の王子の一人と婚約しておったが、やがて長じてのち、陥れられて無実の罪を着せられ、婚約破棄に追い込まれた。


 さらに正妃の娘であった異母妹に元婚約者を奪われた上で国を追放され、その途中で妹公主の手の者により事故に見せかけ馬車ごと地割れに落とされた。


 問題はここからじゃ。

 ん? ここまでも問題じゃと? これくらいはよくある話であろう。


 公主が落ちた地割れは偶然にも闇黒竜のところに通じておった。そしていかなる風の吹き回しか。瀕死の重傷となっていた彼女を闇黒竜は助けたのじゃ。


 人類と敵対していたはずの闇黒竜は、何故か公主に力と知識を授け復権に協力した。人の枠を超えた力を与える秘宝を手にした公主は故国に帰って冤罪を晴らし、妹をはじめ自らを陥れた者達を逆に追放して女王として即位。


 そして彼女は強大な力を背景に大規模な改革を推し進めた。隣国は急激な楊王国の発展と底知れぬ女王の力に恐怖した。


 さらに実は隣国の王子も、妹公主と共に、婚約者を陥れて追放、暗殺せんとする陰謀に荷担しておった。不気味な石面公主との婚姻など願い下げだとな。彼は全てが露見し自分も復讐されることを怖れた。


 そこで隣国は、女王が追放した王族を旗印に立てて楊王国への侵攻に至った。しかし最初のそれは女王の力によって撃退された。


 慌てた隣国は、いっそう女王の脅威を言い募り、近隣諸国に働きかける。諸国はむしろその女王の力と秘宝に興味を持ち、その秘密を我が物にせんと目論んだ。


 当時の楊王国にはさして優れた臣下もおらず、所詮手ごわいのは小娘ひとりと侮ったのもあろう。邪神のことはこの時点では知られておらんかったしな。そうして同床異夢の合従により連合国が形成され、本格的な戦争が始まった。


 連合軍は四方から攻め立てた。謀略も仕掛け、内部からも切り崩した。いかに優れた魔力と知識を得ようと十代の箱入りの公主だった娘が立ち向かうには荷が重すぎた。


 やがて連合国の圧倒的な物量の前に敗走を重ね、滅亡を待つばかりとなった女王は、存亡の危機において決断を下す。闇黒竜より学んだ秘術により屍鬼(ゾンビー)を作り出しおったのだ。


 屍の兵団による反撃は功を奏し、連合国の侵攻を食い止めることに成功する。


 そして屍の兵団を前面にたてた楊王国軍を連合国は攻略できず、逆に前線の拠点や国が櫛の歯が欠けるように陥落していった。そもそもの元凶であった女王の妹と隣国の王子も仲良く屍鬼になりはておった。


 驚愕した連合国は総力をあげて全面包囲を敷くも、逆にじわじわと包囲網が寸断されるようになり、やがて連合国側は正面からの勝利を諦める。かといって女王からの和議の提案も受け入れず、策に走った。


 各国は東方全体に喧伝した。曰く、かの女王は邪神に魂を売って死者の屍を汚す許し難い邪悪である。このまま放置すれば皆ことごとく屍者の王国に飲み込まれ、死後の安寧すら奪われることになろう……。


 ……我が崑崙にまで、これはまさに世界の危機、正義の戦に是非合力を! と熱弁する使者がやってきたからの。儂が裏事情を知らんと思うて言いたい放題、普段仙力持ちを呪い持ちと蔑んでおったくせに、よくぞ厚顔無恥にも言えたものよ。


 かくして連合国の王たちは東方全域から英傑を募り、百人ほどの精鋭部隊を結成。これこそ正義の勇者達であると讃えた。


 そうして一時停戦の約定を結びながら同時に周辺の魔物を集め、女王の領地内に向けて禁術により魔物暴走(スタンピード)を仕掛けた。攻め込むのが人でなくともあれは立派な約定破りであり、そして操屍術同様の禁忌であったろうにな。


 最後に、魔物対応のために軍勢が出払って手薄になった本拠地に勇者達を女王暗殺のために送り込んだ。勇者達の殆どは帰ってこなかったものの、女王と邪神も滅び屍の軍勢も消え去った……。


 それが儂の知る史実じゃな、だいぶ巷間の物語とは趣が違う。物語はそも最初から事実と異なる。


 だいたいどのお話も、妾腹にも関わらず王位への野望を抱いたファンリー公主が邪神を召喚するものの、呼び出した邪神の影響で殺戮の狂気に陥った、というのが発端じゃな。その後の展開の相違も推して知るべし。


 例えば事件後しばらくして著名な作家によって書き上げられた物語では、邪神が竜ですらなく巨大な白骨の牛頭巨鬼であった。これのせいで今も屍の女王を扱った話での邪神は、白骨の巨鬼の姿で語られる。


 あの骨牛鬼は邪神どころか使い捨ての壁役その一だったのじゃが? これは勇者達のうち女王と闇黒竜の前に辿り着けた者、いわゆる七英傑が全滅したせいであろうかの。つまり邪神を直接見て生き残ったやつがおらん。


 それで仕方なく、最後の戦いの前で脱落し結果的に生き延びた連中の証言から、一番デカくてそれっぽかった骨牛鬼があれこそ邪神に違いないとして選ばれたのであろう。


 というか物語では、他の勇者達の功績も殆ど七英傑がやったことになっておる。相応の精鋭百人余の働きを七人に圧縮すれば物語的には映える活躍にもなろうが、名前を消された者らにとっては理不尽よの。


 あと、そもそも屍鬼や骨鬼の兵団なんぞより普通に生きた人間の部下や民のほうが遥かに多かったのじゃが、当該国は見渡す限り屍者の王国になっていたことにされておる。


 ……まあそういう事にしないと辻褄が合わなくなる(・・・・・・・・・)から仕方ないが。


 あの事件の背景にあったのは当該地域における民族対立と宗教的差別に、女王の力や秘宝への興味と欲望であって、理解しがたい狂気などではない。


 国や街ごと屍の兵団が滅ぼした? なるほど確かにそういうこともあった。だが客観的にいえば屍の兵団による侵攻は事前に警告があり、行軍自体もゆっくりで逃げる余裕は十分にあったため、当時の戦としては死者は少ない。


 そもひとたび戦となれば敵対する王侯貴族は一族郎党根切りにするのが東方の文化であったが、女王はそうしたことをやらなんだ。


 むしろ最初に即位した際に、自分を陥れ殺そうとした者達を追放で済ましたことが後に悲劇を拡大した。上に立つには甘すぎたのう。後顧の憂いを無くすため姉を追放直後に殺そうとした妹公主のほうが、支配者としては適性があった。

 

 そして闇黒竜は奴なりの合理性から屍の兵団の採用を女王に助言したのであろう。屍兵は命令によって襲う相手を明確に選別でき、生きた人間のように勝手に判断することもない。


 優秀な術師が操れば生者より遥かに御しやすい。数的劣勢にあっても死者がその場で仲間に加わるので兵員を追加で送らずとも逆転可能。


 さらには単なる死者よりも腐りにくくなり、イメージと異なり汚物を撒き散らしもせん。最後は屍が自ら動いてその場に残らないため「片付け」にも手間がかからん。


 命令すれば自分達で自身の墓穴を掘り自らを埋葬するので後日の疫病の心配もない。非常に合理的じゃな、余人の感情の問題を除けば。


 そしてその感情の問題がいかに深刻かを、闇黒竜と女王は理解できなんだ。


 二人とも死者を操ることに対する感覚が普通の人間たちとあまりにも乖離しておった。殆どの人間にとって死者を弄ぶことへの感情的嫌悪は理屈で覆い隠せるものではない。


 だが闇黒竜についていえば異種族の、さらに神の如き立場だった奴にその辺を分かれというのも難しかろう。それに文化的にも連中は肉体より魂を重んじるし、魂無き死体はただのモノという考え方だ。


 何しろ竜の死体は素材として非常に優秀じゃし? 竜や竜人たちは普通に先祖の体を建材や道具に使っていて、特に尊重も忌避もせん。そんな生活を何千万年と送ってきた連中だ。


 太古の戦いでも、連中はよく仲間の死体を屍竜や竜牙兵として再利用していた。あいつらにとって屍兵というのは割と当たり前の選択であった。


 思えば冥穴や幻妖というシステムも死者の影を利用するもの、同じ感覚の延長にあるものであろう。奴らは生と自我に対する意識が一般的人類と違う。


 奴らにとっては生も死も永遠に巡る無限の円環(ウロボロスリング)の表裏の違いでしかなく、個の意識はその流れに生じた泡沫の夢、肉体も魂の衣装に過ぎないらしい。そして龍脈とは現世に永遠を作るための、永遠輪廻の機構でもある。


 確か竜王のひとりが決戦の前にこんなことを言っておったわ。



 ──星の果てより来る旅人達よ


 ──我ら永劫の旅人なりて、死とは眠りに過ぎず

 ──万物は永遠不滅なれば、相が異なるに過ぎず

 ──全と個を分かつ我とは、泡沫の幻夢に過ぎず

 ──個々の心と血肉は魂の、旅路の衣装に過ぎず


 ──我らは自らの尾を食み、輪を為す事によりて

 ──嘗て眠り今を歩き明日に眠り、久遠に巡らん


 ──汝らも既に円環の一部である。そして闘いこそが円環を繋ぐ(のり)。命を燃やせ、その熱が星を暖める血潮となる。偉大なる原霊の元、永遠輪廻がここにある。


 ──されば死は恐れるに値せず。是なるは星への供犠、捧げよ魂を。今宵は闘争の宴なり。



 ……まああやつは竜王の中でも聖職者の元締めのような奴だったから別格としても、これは竜人たちが共有した教義であった。人類も大昔にはこれに近い教えの宗教があったはず。近代化するうちに忘れ果てたようじゃが。


 そういえば、あの大統領やその取り巻きなどは当初、この惑星の原住民は死者への敬意もなく、宇宙に出るだけの科学的知識もなく魔術の実在を信じる蛮族だと断じておったな……。


 魂と霊気を知覚し、実際に魔術を行使し、先祖の霊気の宿る大地の上で暮らす種の死生観と文明が、科学信仰に毒された人類と異なるのは当たり前であったろうに。原始的なのではなく、それが永き時を渡るための智恵というものだ。


 科学的知識も無かったわけではなく充分にあった。宇宙に出なんだのは魔素による利益の享受を選び、不具合を許容したからに過ぎぬ。第一印象の偏見のまま、力押しの侵略を選んだ己らのほうがよっぽど蛮族であったわ。


 そもそもあいつら、いくら報告をあげてもミサイルが宇宙に跳ね返されるまで魔術が実際に力を持つ事実を信じておらんかったし、同じ人類であるはずのジーディアンも差別しておったからな。異種族相手などなおさらで……。


 ……仕方ないか、儂も人の事は言えぬ。偏見とはげに拭いがたいものよ。人間じゃものな。



 そして、幼少期からの諸事情で感情が壊れていた女王も屍兵の採用を問題視しなかった。そんなだからこそ闇黒竜と話が合ったのであろうな。部下たちはそんな彼女を怖れ諫言できず、そしてかなりの者が裏切り外国に走った。


 やはり人間なれば、自らが敵にやられ死にかけてなお、屍兵を使うなど死者への冒涜だ、と生理的に受け付けん奴が出るのは致し方あるまい。裏切って敵につくほうがマシだとな。


 まあそういう裏切り者は、殆どがむしろ優先的に前線に配されて屍の兵団と戦わされ、結局自らが屍兵になり果てたがの。


 確かに屍兵などを使ったから、内部的な纏まりが緩み、周辺国からの反発も強まり戦いが激化したのじゃが、そもそも最初に、言いがかりをつけて侵攻し、撃退されるや徒党を組んで再侵攻したのは隣国や周辺国であった。


 亡国の危機において、数倍する劣勢を覆すに屍兵を採用したのは誤りであると、安易に断定できようか?


 ならば素直に滅べば良かったか? 降ってその身も名誉も汚される事を受け入れ、秘宝も差し出すべきだったか? 地の果てまで民を見捨てて逃げれば良かったか? あるいは最初から帰国せず、冤罪をはらす事も諦め、耳目を閉じ口を噤んで孤独な隠者となるべきだったか?


 結局のところ、女王は折角の力を使いこなすには素直すぎた。だが結果論に過ぎぬ。自分に才が無かったとしても、足掻かずにはいられぬのもまた人というものであろう。


 それに最初の屍兵になった者達は、死に瀕して侵略者たちへの恨みに、われら死して護国の鬼となるならば本望! という忠義の者だった。


 そうした所まで描写すると話の筋がおかしくなるのじゃろうな。女王側の事情の大半は後世には伝えられず、代わりに捏造された狂気と邪悪さのみが残され、拡大再生産された。


 まあ勧善懲悪の物語とはそうあるべきよの。ただ、さすがに最近の物語の脚色は酷い。屍の女王は生き血を浴びるのを好んでいたとか、日々拷問に興じ、人々を焼けた丸太の上を歩かせて殺した事になっておるらしい。いったいどこの伯爵夫人や傾国の妖狐の話であろうか?


 そうした創作ばかり増え、実際に女王と竜の間にあった復讐の想いも、種と時代の違いによる行き違いも、それを超えた恋慕も、物語にすら残っておらんときた。


 あれこそ端から見ると興味深い代物であった。使命に燃えた勇者達の悲劇的な結末とやらより面白い題材だったと思うが、どう思うユンイン。


「知らん、異種に懸想(けそう)する異常者どもの事など儂に聞くな」


 つまらん奴め。……ま、歴史は生き残った者が作るもの。この辺の経緯が消し去られるのは仕方ないところはある。


 女王が死ねばこちらも包囲を解くと言いながら、いざそれに応じて女王が自裁したとなった時、それを伝える降伏の使者を斬り伏せ、そのまま侵攻し略奪に励んだことも。


 そして女王の力の秘密も秘宝とやらも結局手に入らないと分かるや、屍鬼でなく連合国軍こそがその国の民を皆殺しにして証拠隠滅の後で包囲を解き、誰もいなくなった国土を分割したことも、史書には書かれておらん。


 あるいは痕跡も残したくないほどに女王らの力は恐ろしかったか。己らの所行を省みれば、網で全てを引くように捕らえて滅さねば、少しでも信奉者が残ればそれが牙を剥くと思ったか。


 さもあらん、その後どうなったかを見ればその恐怖は正しかったとも。そして網も牙もどちらも、足りなかったがの。


 どちらにも言い分も非もあったともさ。一方的な善悪もあるまい。されどより邪悪であったのは、一体どちらであったかの?


 東方の文化は敵は根切りとするものというが、しかしそれは城や街一つとか、王侯貴族の一族郎党の話よ。しかも下っ端兵や民は見逃すものじゃ。それをさすがに国一つ、民に至るまで皆殺しとなると、あの時くらいしか儂の記憶にはない。


 さすがに諸国の王らも外聞にはばかるものがあったか。史書だけでなく(ちまた)の物語本すら検閲し、かの国は女王の邪悪さゆえに自ら滅びたとの物語を作らせてそれに代えた。件の骨牛鬼の物語がそれよ。書物も人の流れも少ない時代なればこそできたことか。


 だが心せよ権力者ども。


 何事にも例外は存在する。例えば西の島には過去を読み取る仙力も、死者の記憶を納めた図書館もある。我が崑崙にも万里を超える耳目がある。全てを隠しきれるわけもない。


 貴様ら諸国の王が、最初から和議などありえぬと断じ、いかに楊王国を分割するつもりであったか、英傑達が「必要以上に生き残ってしまった」場合にいかにして「物言わぬ英雄」とするつもりであったか、こちらには筒抜けであったぞ?


 そうそう、約定破りと皆殺しを決めた周囲の王や参謀たちが皆三年以内に死んでいきおったな、あれも女王と邪神の呪いということになっているが……さて? 


 存外皆殺しというものは難しいものよな。ましてかの竜の眷属も、僅かながら残っていたのじゃからな。只人に感知できる者だけがこの世の者ではない。

 

 儂はただ、現場の前で、死んだ馬鹿弟子に向かって儂の知り得た独り言を言うただけ。それを何者かが聞いておったとしても、知るところではないのう……可可(かか)

 

 イルダーナハが呪いを封印? 単に当時のあれの持ち主だった王が、一番身の守りも堅固であったため最後の一人になっただけにすぎぬ。


 虐殺から逃れた僅かな残党らはその後ある黒社会(マフィア)の母体となった。今もその流れを汲む者たちはおり、崑崙と仕事で付き合う事はあるが……奴らももはや設立時の怨みなどは留めておらんな。十数代も経れば当然か。


 所詮我らがいずれかに肩入れするような話ではなかった。ただな。かの闇黒竜が、この人の世となった時代で何をするのか……もう少し長く見ていたかった者としての意趣返しよ。




 まあよい、今回の問題は記録と物語のほうではない。


 あのとき、我ら双仙や十岳仙は闇黒竜の状態が万全に程遠く、むしろ時と共にさらに消耗していっていたのを見抜いたため、放っておけとする立場であった。


 しかし個々の仙人には違う見解の者もいた。故郷を捨てたとはいえ、自分のかつての親類縁者が屍鬼となり果てる恐れがあるとなれば、心動かぬ者ばかりではない。


 そのため英傑たる破邪の勇者達の中には名ありの仙人も何人か加わっておった。例えば弓使いの「波仙」カトーなど……彼らは諸国連合の使者の話を信じ、故郷たる地に現れた邪悪を放置しておけず、勝手に宝貝を持ち出して崑崙を飛び出した。

 

 そして勇者達も各地より優れた武装を持ち寄ったし、諸国も国宝に類するものを貸し出したりもした。


 そうして優れた魔力と霊気を宿した魔導具と宝貝が多数集まった。切れぬ物なき名剣、魔を払う聖杖、星を落とすとも唄われた宝貝の弓。あらゆる病苦を癒やす宝玉に、果ては天地を揺るがす秘宝……「神器」まで。


 英傑達はそれらを持ち込んで戦い……その果てに、女王と闇黒竜たちの心中に巻き込まれた。物語のように自己犠牲で相打ちになったのではない。単に半殺しにされていて逃げ損ねたのじゃ。


 まあ仕方ない。七英傑の最期がいかなるものかを伝える者はおらんかった。正確には一人、女王の側近が生き残って全てを見届けたが、直後に降伏の使者として赴いた先で連合軍に斬り殺され、何も語れずに死んだ。さればせいぜい、格好良く相討ったことにするしかあるまい。


 式神で見ていた身としては笑止な話であるが。

 なに? 見ていたなら儂が伝えれば良かったと?


 儂にも慈悲というものはある。心中に際し二人だけの世界を作っておった側で、何もできずに悲鳴と共に地割れに飲まれて死んでいく、そんな無様な死に様など遺族も知らんほうが良かろ?


 勇者たちは確かに人にしては強かった。道具の力もあるとはいえ、一騎で数百を相手取れる力はあったかもしれぬ。全体でいえば百人で万の軍勢すらたやすく打ち破れたであろう。


 しかし、実のところ全員が束になっても儂一人で倒せる程度に過ぎん。儂ら双仙や西の島の護法騎士などは、常人の常識とは隔絶した力がある。


 そしてかつて往年の闇黒竜と戦った際には、儂らと同等の戦士達が十数名がかりでなお何人も死者を出すほど苦戦した。


 眠りから目覚めた後の奴は霊核の損傷が治っておらず、殆ど仙力を使えなかったようだ。闇黒の二つ名の所以たる仙力が使えないのは大幅な弱体化には違いあるまい。桜佳とプラナスが真柴の魔弾に込めた【怠惰】による【不動】の呪縛も残っており、ろくに動けなんだようだしの。


 だが動けなくとも、自ら奴の間合いに入ってしまってはな。なにぶん魔術衰退前の話じゃ。城が一瞬で更地に変わる規模の魔術を並列多重起動できた怪物に、人間基準での一騎当百程度が数名いたところで勝てるわけもない。


 勇者達は半殺しにされたものの、女王らに、お前たちが死ねば各国は包囲を解く、民は助かるとは伝えた。少なくとも彼らにとってそれは真実だった。


 そうして自裁の決断の後押しをし……カトーら七英傑は女王らと共に大地の底に消えた。だから行くなというたに、あの阿呆め。


 そうして彼らの生は終わった。


 しかし儂もこの間まで知らなんだが、彼等の集めた物や女王の秘宝については続きがあったのだ。先日真柴のやつからその事を聞き、今回確認した。


 屍の女王事件から数百年が過ぎたある日、嵐によって崩れ現れた地の裂け目から、埋もれていたそれらを見つけ出した者がいた。


 それが煌星帝国高祖、建国帝、(ワン)輝星(フゥイシン)

 当時はまだ煌星(ファンシン)王国だった国の若き王子だった彼は、見つけ出した比類なき秘宝の力を用いて父や兄達を蹴落として王位につくと、瞬く間に周辺国を平らげ、やがて一代にて大帝国を建国するにいたった。


 まこと運のよい奴よ。あと数十年早ければ瘴気が薄れきらず、仙力無き身であろうとあてられて狂死したやもしれん。


 もちろん運と道具だけでなく本人らの才も優れていた。だがそれらの魔導具なしではその野心は目覚めることなく、成就することもなかったであろう。


 皇帝が、屍の女王や勇者達の武器道具を発見、利用したことは宮廷内ですら秘されたようだ。


 当時の価値観では墓荒らしの真似事は王者の行いではないとされていたためでもあるし、何より当該の品々は邪神によって呪われたと信じられていた。


 これは女王達が死んだ場所付近が、長年異常な霊気に包まれていたためであろう。当初は霊気が見える者なら短時間で発狂しかねず、常人でも体調を崩す程度には酷い状態であり、そのため現地付近は長らく人の住めぬ場所だった。


 そこで高祖は、それらの出土物に本来とは違う装いや銘を与え、見かけと入手先を偽ったうえで、彼自身が使ったり腹心たちに与えた。


 そして秘宝……女王の魔力の源と、かの神器があるならば、およそ高祖が軍事行動において無敗であったのも頷ける。


 あの神器はそれこそ女王暗殺などより、軍の為に運用する方に向いた代物ゆえ。そうと分かって記録を紐解けば、使ったと思しき形跡はあった。


 そして高祖とその息子の代の皇帝らは、秘宝に加え東方各地に残っていた強力な魔導具を根こそぎかき集めた。新たな勇者達が現れて帝国に牙を剥かぬように。その殆どは今も帝城の地下、秘密の宝物庫に眠っていた。


「今少しあの頃に注意を払うべきであったかの……」

「まあよいわ。こちらに挑むなら貰うまでよ。そうでないなら放っておいてよい」

「泳がせるか」

「おそらく使わねば、帝都など業魔混じりの幻魔相手にすらもつまいしな。まして……」


 ユンインは双刃刀を見据えながら答えた。



「──黄龍(かみ)が目覚めたなら、あれらがあっても更地になりかねまいよ」


ユンイン「……ところでお主さっきから誰に向かってつぶやいておるのだ?」

ウーダオ「聞きたいか……ならば聞かせてしんぜよう……。あれは36万……いや一万四千……」

ユンイン「いや聞きとうなくなった、向こうで鳥獣にでも聞かせておけ」



なぜこんな幕間が入っているかというと

これの関係者が六章以降の展開に関わってくる予定だからです。




おまけ

この話で名前が挙がった人々で、設定上、漢字名を持つ者


仙人たち

 「輪仙」ウーダオ = 無道

 「雷仙」ユンイン = 運応

 「崩仙」シャオファン = 小笵

 「闘仙」フェイロン = 飛龍

 「聞仙」ダーハオ = 大蒿


屍の女王

 ファンリー・ユー = 玉 環璃


七英傑

 ジーシゥ・リュ = 呂 寂秀

 フォン・スーマー = 司馬 奉

 ラハン・ブォ = 博 楽行 

 「波仙」カトー = 加藤


後明国 国王

 ジャン・ソン = 宋 江


煌星帝国 建国帝(高祖)

 フゥイシン・ワン = 王 輝星

 

漢字名のほうが見栄えいいかもしれませんね

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