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第8話 幕間 帝城の皇帝と寵姫

 煌星帝国の帝都グァンシンは、人口では200万近く、単一の都市としては北方大陸最大を誇る。下手な小国を凌ぐ人々がひしめいて暮らす都は、今日も猥雑な活気に満ちていた。


 その帝国を統べるは、第14代皇帝、クィシン・ワン・オースチン。父帝の早世により若干21歳で皇位に就くことになり、今もまだ25歳と若い。そしてその背中には若さだけでは解決し難い様々な難題ものしかかっていた。


 今日も彼は帝城の中、皇帝の自室にて書類仕事に追われていた。


「………ふふん」

「……いかがなさいましたか、我が君」


 文机の前に山と積まれた書類の束を眺めながら、少し軽く息を吐いた皇帝に対し、隣で琵琶を弾いていた膝元まで延びる長い黒髪の女は、目を閉じたまま話しかけた。


「……そなたの弟の同期が、なかなか面白い厄介事を連れてきたようでな」

「一昨日の烈星での一件でございますね?」

「そうだ」


 女はルーティエ・フー・マクナルド。ロイたちの同級生レダの一番上の姉であり、宮廷魔術師団の一員である才女であり、さらには皇帝の愛妾であった。

 

 女性ながら皇太子時代から昼間もクィシンの近くに侍っている側近の一人でもあるため、彼の側にいる時間でいえば正妃や他の側妃たちよりもずっと長い。


 本来妃となれば後宮から滅多に出られないものだが、宮廷魔術師としての資格によって外を出歩くことを特別に許可されているのだ。


 そのため後宮にいる面々からは酷い嫉妬の対象になっていて、嫌がらせは日常茶飯事である。本人は全く意に介していない。それくらい図太くなくては皇族の側近などやっていられない。


「まず竜の出現。畿内では152年ぶりだそうだ」

「話だけならば昨日に伺いましたが、報告書が上がってきたのですね」

「ああ、そして……その竜を一撃にて打ち倒した、仙力使い。しかも古代人ではないかという」

(にわ)かには信じがたい話ではあります。」


「一時的には、烈星のほうに収容させているが、実際命数計測では四桁に達する、今までにない値を叩き出したそうだ。あと、本当に言葉が通じず……文字を書かせれば、古代語らしき文字であると。いくらかは分かる文字もあるようだが、なにぶん我らは古代語も殆ど分かっておらんからな」

「文字だけでも……智星学院のほうに資料はないのですか」

「虫にほぼ食われたような断片しかないとほざきおる。我らは代々古代の研究などに予算をつけてはこなかったからな……。そもそも、そういった伝統を継いだ国々を(かび)臭いと滅ぼしてきたのが我が国だ。……遺跡とやらも調べねばならんが、どこまでわかるやら」

「イルダーナハ殿に伺えば宜しいのではないでしょうか?」


 光剣イルダーナハ。煌星帝国がかつてある国を滅ぼした際に手に入れた、世界でも数えるほどしかない、意志を持つ古代の魔導具。なるほど、かの神器に宿る聖霊であればあるいは古代の言葉も知っているかもしれない。


「それは最後の手段だな。あれは宝物庫の番人のようなもの、私でも容易に動かせん」

「勿体のうございますね」

「全くだな。やれ伝統、やれ前例と、むしろ黴はこの国自体に生えてきておるわ……」


 叛乱軍や外国に領土が削られている状況だというのに、慣例をたてに改革を拒むものどもは無数。結局はこれも権力闘争の一環だ。父帝も生前からひどく苦労していた。


「ですが」

「なんだ」

「久々に、楽しそうであるとお見受けいたします」

「そうかもしれんな、そなたの目にまで見えるようでは余も未だ未熟よの」


 盲目の美女は目を開いて艶やかに微笑んだ。視力を持たず焦点の合っていない虹を纏った金色の不可思議な瞳は、何も知らぬ者からは違和感と恐怖を引き起こす。


 『静謐の魔眼』……本来禍津国の魔人にしか(あらわ)れないはずの魔の眼を持って生まれ、しかし無理に異形の力が常人の体に宿ったゆえか、その眼は光すら感じることがなかった。


 魔眼の持ち主は、特定の魔術を呪文や道具無しに行使できるとされ、様々な種類があるという。ただしそれはかの禍津国の話であって、この東方には殆どいない。


 ルーティエに宿る魔眼は見開いている間、周囲で起こるあらゆる魔術を破壊する『破魔』の力を持っていた。それでいて本人は、魔術衰退の世にあってなお優れた魔術の使い手だというのだから、周囲から(いと)われるも道理であった。


 禍津国は悪魔に魂を売った魔人が住むという地。おそらくルーティエはそこの魔人の血を少し引いているのであろうと思われた。とはいえ遡れる範囲の先祖にそれらしき者はおらず、先祖返りのようなものなのであろう。


 口さがない者には、いずれ魔人の本性が蘇り彼女が皇帝に害を為す、などと吹聴したりもする者もいる。ばかばかしい。


 皇帝は彼女とその目が好きだった。側で見るとなかなか味わい深い色彩をしているし、あらゆる魔術を砕くだけに、魔術による暗殺に対しても有用だ。


 それに何も見えていないようで、本人にはしっかりと物事を視る力がある。何も魔眼と容姿のみで側に置いているわけではない。なお本人は魔術を使えば周囲を認識できるので、本当の意味では盲目でもない。


「古の伝説に曰わく、霊威(エーテルコード)……すなわち仙力は仙力を呼ぶという。仙霊科を作るよう命じたときには、ここまでは予測していなかったが」


 そも仙霊科自体、妥協の産物だ。軍を統べる兵部省は改革をひどく嫌うし、彼にもまだ掌握しきれていない。また、軍人には縁起を担いだり迷信深い者も多く、仙力を呪いの産物と信じる者も少なくない。


 仕方なく予算不足にあえぐ文部省に根回しすることでまず帝立学院から始めさせ、それへの対抗心を煽ることで軍の士官学校にも導入させるのには成功したが、本来はもっと大規模に軍の組織としても始めたかった。


 学校からのみでは時間がかかりすぎると思っていたが、破竜の力となれば軍も無視できないだろう。思ったよりは早く進むかもしれない。


「人を集めれば自ずと見えざる縁がそこに顕れまする。彼の者も、何かしらの縁があって当世に蘇ったのでございましょう」

「うむ。それで、そなたの弟の同期よ」

「カノンと、ガルフストラの娘が見つけたと」

「そうだ。そして件の者は、まだその者らと同じくらいの年頃とか。それも縁であるならば……一つ、しばし面倒を、このままその者らに任せてもよいのではと思ってな。ひいてはそなたの弟にもだ」

「兵部省や帝城でなく、烈星学校のほうに任せると?」

「下手に大人が手を出すよりも、近い年頃の者たちと過ごさせたほうが、情が絡みつき(しがらみ)となろう。件の娘にかの学校のほうで、我らの言葉と国を学んでもらえばよい。竜を討てる力ならば、まさしくそれは仙霊科の要件に充分であろう」

「特例とするに充分であろうとは存じます」


「そして力ある仙力使いを欲するは、我らだけではあるまい。守らせるにもまた、仙力の使い手が良かろう。かの西の叛乱軍に与するクンルンには、人を(かどわ)かすに適した力の者もおる。ガルフストラの娘は仙力を見抜けるというではないか、その意味でも良かろうて」

「承知いたしました。弟にはその旨、言い含めておきます」


「この調子で、優れた力の使い手がもっと集まれば余の苦労も減るのだがな」

「偶然に頼られるよりは必然を積み上げるべきかと存じます」

「博打は好かぬか」

「何せ見えませぬゆえ。如何様(いかさま)をされても分かりかねます」

「そうであったな、許せ」

「んっ……我が君、まだ、日が高う、ございます……。それに、今夜は北の宮(正妃の寝所)にお渡りになられねば……」

「ふふ……分かった、仕事に戻るとしよう。全く、変えねばならんところが多すぎる」

「もう一つのほうも問題でございますしね」

「なんだ?」

「竜が何処から現れ出でたか……身の丈12シャルク(約8m)はあったとのこと、まさか雲や霞から出でたわけでもありますまい」

「そうなのだがな……まあ、フーシェンの奴に調べさせ始めてはいる。厄介なことだ……」


 皇帝は右腕とたのむ七剣星のひとりの姿を思い浮かべる。あいつなら大抵の事態は何とかするだろうが……。


 通常、竜は正規兵ですら、竜の種別に応じた専用の対策をとってなお十数人がかりで戦わねばならない魔物とされる。しかもそれらの記録はだいたいが魔術衰退前のものだ。現時点の戦力では相対的にもう少し上の敵とみなすべきだろう。


 そんなものか出るかもしれないとなれば、調査させるにしてもただの兵を巡回させるというだけではいくまい。金と時間がかかる話であろうとは思われた。原因が時間をかけてもよいものであるならまだいいのだが、もし火急の事態が進行しているなら困る。


 まあ思い悩んでも今のところは仕方ない。皇帝は寵姫の琵琶の音色を聞きながら、次の書類の山に取りかかった。

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