第76話 伝説の始まり
マゼーパ百卒長の仙力は【接着】、物と自分の体とをくっつける力。ハーマンの【潤滑】と対になるような能力だ。お互いに掛け合うと相殺するが、ハーマンのほうがより強い力なのか、元々より少し滑るようになるという感じらしい。
壁を簡単に登ったり、天井に張り付いたり、格闘戦で相手の体を吸い付けて動きを封じたり、使い道は色々ある力だ。しかしくっつくのは素肌に触れたもののみなので、ああいう大物向けの戦闘に活かすのは難しい。
「操屍術の屍鬼については精霊術が足止めに有効だったという昔話を聞いた事がある。実際そのようだ」
「操屍術……屍の女王が滅びてからは誰も再現できなかった遺失魔術と聞きます」
「あの死者たち、変な霊気になってるわ」
リェンファが呟いた。
「霊気? 操屍術はつまり、仙力だったってことか?」
「いやこれ、魔力の『色』もかなりあるの。たぶん魔術と仙術、両方が必要なんだと思う。だから普通の魔術師には再現できなかった……」
「宝貝と同じく魔術と仙術の複合体ってことか」
「考察は後でやれ、問題は今どうするかだ」
「それなんですが、この屍鬼達は、霊気と魔力の色が、あの竜と同系統なんです」
「どういうことだ?」
「元の死者本人の魔力や霊気は消えていて、竜のそれらを埋め込まれているということでは」
「死者本人の魔力や霊気は無関係となれば、術者由来の魔力や霊気だけが問題か」
「屍の女王の屍鬼は復元の魔力を持っていて、さらにその魔力を破魔の術で破壊しても、すぐに元に戻ってしまうのと、伝染性が問題だった……んですよね?」
帝国近辺で操屍術といえば、数百年前、屍鬼の軍勢を率いて恐怖を撒き散らした屍の女王と呼ばれた魔女に遡る。それ以前にも以後にも使い手がいた記録のない伝説の邪法。
女王伝承の屍鬼自体は大抵生前よりも弱かったらしい。死体が動くという不気味さはあれど、生前の速さも知性も失われていたからだ。
脅威なのは生前より強くなるらしい怪力と、不死身(?)さだった。まず、普通に四肢や首を切り飛ばしても動きが止まらず倒せない。
相当に「破壊」しても最低限動ける程度に回りの「部材」をつなぎ合わせ、復活(?)してくる。さらに腐敗して肉が腐り落ちても、なお白骨鬼として蠢き、複数人ぶんをつなぎ合わせた白骨巨鬼になることもあったらしい。
すなわち、肉体を骨まで完膚なきまでに破壊するような圧倒的な攻撃、さもなくば魔力を破壊したり浄化する術などがないと倒せないということ。
そして前者の使い手は少なかったし、他ならぬ屍の女王自身が異常なほどの術師であったという。屍の軍勢への大魔術は女王によってしばしば無効化され、有効打にならなかったと伝わる。
魔力破壊や浄化の場合は、屍鬼の行動や復元を一時的にしか止められなかった。しばらくすると何故かまた魔力が復活し、再び蠢きだす。
そして休むことなく昼夜も問わず動き続ける。さらに屍鬼に殺された者は、呪いが伝染するのか、即座に新たな屍鬼として軍勢に加わる……。
そのため並みの軍では倒しきることができず、むしろ屍の軍勢を増やすだけに終わり、ついには都市や国ごと滅びた例もあったらしい。
最終的には東方各国から邪悪を討つべく国の違いを乗り越えて英傑達……「勇者」が集められた。何十人かいたらしいが、特に優れた力を持ち最後の戦いに臨んだ者が七人であったことから「七勇者とその仲間たち」と呼ばれることが多い。
この英傑達が多くの犠牲を払いながらも女王のもとに潜入し、ついに七勇者が女王、およびその背後にいた「白骨の邪神」を打ち倒すことに成功。全ての屍鬼はただの屍体にかえり終息したという。
その際に英傑らの大半は戦死し、特に七勇者は全員邪神との戦いで討ち死にしたか、邪神の最期の呪いを受けて相討ちとなって果てた……と伝わる。今でも各地に彼らの銅像や記念碑が残っていたりする。
それはともかく、屍鬼の不死身さが、魔術だけでなく霊気を核にしてなんらかの仙術が起動し相互に補完しているためであるとすれば。
「魔力と霊気、両方を破壊や吹き飛ばせば、復活も伝染もしなくなる可能性があるな」
「霊気は霊撃で何とかするとして、どうやって魔力を破壊するんです?」
魔力を破壊ないし阻害する魔術は結構難易度が高い。ここの学生らではハーマンとレダがかろうじて使えるが、彼らが使える程度のものは発動時間が短く範囲も狭く、使い勝手が悪い。
「姉上がおられれば、『視る』だけで魔術は吹き飛ぶんですが……」
レダの姉ルーティエの持つ「静謐の魔眼」は視界に入るあらゆる術式を吹き飛ばす異能だ。固定化された魔導具や魔法陣すら、視られている間は力を失う。
それでいて本人は単に目を開けるだけで全く疲れない。破魔の術としては範囲・効力・消費の全てにおいて最上級の力だ。
「かの静謐妃が前線にお越しになるようでは困る」
「あの水幕は魔力破壊でなく魔力阻害ですよね?」
「破壊するための術もある。青の精霊術はそういう方向も対象だ。私自身は二流の使い手でしかないがな」
これは謙遜であった。マゼーパは現代の精霊使いとしては一流の使い手と言える。二流というのは、かつて彼が子供の頃、魔術衰退前であってなお優秀とされた精霊使い達と比較しての話だ。
亡き彼の父親がそうだった。あともう少しでその世代における各色において最強の精霊使い、上位精霊たる精霊王と契約する「精霊騎士」に届きそうなほどの術者であったから。
「……そうだな……貴様らに精霊の力で作った聖水をぶっかければいけるだろう。しばらくの間は、素手や手持ち武器の攻撃に魔術破壊効果を付与できる。この水幕で阻害できる程度なら充分打ち消せるはずだ」
「しばらくとは?」
「水が乾くまでか、もしくは千ディン弱(約10分)くらいまで。このやり方は濡れるぶん動きが重くなるのが欠点だが……」
「それくらいでしたら……」
「自分の魔術はどうなりますか?」
「そこもあったな。青の精霊術以外は破壊される。だが纏勁のような自己強化は何とかなるはずだ。体の外に発現させる魔術は使えまい」
「そうすると、『土幕』も駄目っすね」
「仕方ない。ハーマンとマクナルド、貴様ら、自力の魔術でどうにかできるか?」
「『破魔』っすか……まあできなくはないかと」
「……何とかやってみます」
「分かった。貴様等には使わん。他の者は悪いが水を被ってもらう。その状態で屍鬼に相対し、霊撃も併用して復活阻止を狙え。ただ優先するのは竜の討伐ないし撃退だ。屍鬼たちは竜さえ倒せれば止まるだろう」
「では、貴様等にこれを渡そう」
そうして百卒長は台車の覆いをとりはじめる。
「手当たり次第に霊気を宿す素材をかき集め、崑崙から道士を招聘し、組み立てた試作品だそうだ」
招聘という言い回しで、結局崑崙とは和議を結んだのだと皆は理解した。
台車の中には、二十本ほどの杖や棍があった。長さや素材は木や金属などまちまちだ。刃のついた武器や、防具はない。
「杖ですか?」
「そうだ。全てが杖や棍なのは、霊撃……崑崙では別の言い方らしいが、あれの間合いを伸ばす補助具としてはこれらがもっとも初心者向けなのだそうだ。下手に刃や穂先のある武装はついつい『斬る』『貫く』ということに意識を取られがちで、余程優れた業物でない限り霊気の集中が疎かになりやすい、とな」
「なるほど、魔術でもそうですしね」
魔術師の発動補助も、余裕があるなら杖がよいと言われているらしい。そちらも似た理由だったはず。武器らしい武器は集中を阻害しやすいとか。もちろん一流の使い手にとっては関係ない話だけど。
魔術師にとって杖は指輪、腕輪より補助できる術式の自由度が高い点もある。これは単純に魔術回路を刻むための体積などの問題だ。
そして杖は組み付かれた時の防御にも使いやすい。なので魔術師と戦士両方やる人の武器は、だいたい杖や槍などの長柄物か、弓になる。
「できるだけ丈夫な素材を芯材にしたとは聞いたが、武器というよりあくまで霊気を通す間合いを伸ばすもの、と考えろ」
「分かりました」
「それで正直時間もなくてな。改良を速く進めるために、不完全であろうと使って欲しい、気がついた課題を随時報告してもらいたいとのことだ」
「……仙力自体もそうですが、我々はまことに実験台ですな」
シュイ教官がぼやく。
「致し方ない。悠長にやっていられる状況でもない」
「ですがこれは、とてもバラバラですね」
「ガルフストラ、貴様の目で何か見えるのか?」
「あ、はい。全て確かに霊気を帯びていますが、量も質もどれも異なります」
「ふむ。……私ではやはり、分からんな。どれも霊気が少しある、としか感じ取れん。カノン、貴様は?」
「多い少ないはわかりますが、質まではさっぱり」
「分かった。ではガルフストラ、少しでもマシなものを選びだせ。水幕がきれるまで余り時間はない、竜もそろそろ動き出すだろう。急げ」
「とりあえず、霊気が強そうなのと、相性良さそうなのを選びますね」
「相性?」
「最近段々見えてきたんですが、霊気を帯びた品物にも霊気を増幅するものや抑制するなど方向性の違いがあるほか、宿る霊気にも属性、種類があるんです」
「初耳だな」
「この属性は人間の霊気にも当てはまるもので、だいたい五つくらいでしょうか……組み合わせ次第では高めあったり相殺したりあるようで」
ロイは多少は知っている。臨時教官の残した書き置きにあった陰陽五行のことだろう。そして普通はそれを気にするべき段階にいくのに十年以上の時間がかかるだろう、と。
「禍津国の教官は私に五行相生相剋という言い方をしていましたが複雑な猜拳みたいな感じです」
「精霊術には色同士の相性があるが、霊気にもあるのか」
「我々には感じ取れないものなのか?」
「霊力が低いうちは、実際に触ってようやく、言われてみれば違うな、くらいの差しかないそうで。そして触らずに感じ取るのも、私の目みたいな力がない限りは相当修行しないと難しいようです」
「……彼がここに来ていたのはあくまで当座の魔物対策だ。長期に修行しないと意味がないものを教えても関係ないと見たか。時間もなかったしな」
「あの方の刀は死に近いモノに特効があるのでしたか。おそらくは屍鬼にも効いたでしょう、この場にいてくれたなら心強かったのですが」
「いないものは仕方ない、元より彼は我が国の者ではないのだ。原則頼ってはならん」
「とりあえず余り影響ないかもしれませんが、少しでも変わるならと思いますので、それを考えて選びます」
そうしてリェンファは各人に杖を選んで渡していく。そしてロイには……。
「あんたはたぶんコレ」
「この赤い奴か? でも一番少なくない?」
それは朱色に塗られていた金属の短杖だった。両端に金色の飾りらしいものがついている。
ロイの感触では、全体としては試作品の中で一番霊気の量が少ないように感じられる。
「量は少ないんだけど……うまく言えないけど、この中でそれだけが底が見えないというか、あんたの力に耐えられそう。他のはたぶん壊れる」
「分かった。まあどちらにしろ霊撃の間合いが伸びるならそれだけでも意味がある」
そしてロイは赤い短杖を受け取る。……かすかに杖自体が赤く光ったような気がした。
「?」
『…………』
──そしてようやく、少年は己の相棒を手に入れる。
それはこの世界においては喪われた、太古の物語の中に語られた武器。天にも斉しき力を振るい、空を悟る者が持つ神造の錘。
その力ゆえに後世において、ロイ・ウー・カノンの残した数多の伝説と共に語られることになる。
連載開始からほぼ一年
ようやく主人公が自分の武器を手に入れました
当初思っていたより入手が遅くなりました
一応これ、第一話でも持っていたりします
筆が滑り、予定より時間かかっていますが
もう少し続けようと思います
書ける限りは……
これを読んでいただいている皆様、ありがとうございます




