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第74話 産まれる時代を間違えた男

 竜はニンフィアを見据え、また奇怪な軋み声を上げる。


『Ai Vtavjohhua, I'-ohh-zoh hpaiij, Ix'pagj vtavjohhua, z'-tvemm'ctpa s'muj-eej……』


 周辺の石壁や建物、あるいはその残骸らを材料として、虚空に無数の石の槍が形成されていく。


「今度は【巌石箭雨】…!!」


 先の炎槍ではなく、硬い実体もつ石の槍。それも通常の石槍の魔術のものよりも圧縮硬化された、鋼鉄よりも硬い(いわお)の槍の雨を亜音速でうち放つ、やはり対軍魔術として知られる術だ。


「やばっ……」

「慌てるな! ハーマン!」

「『幕よ上がれ』!」

 

 甲科一期生の一人、ロディック・ハーマンが袖をまくり上げる。そこには奇妙な紋様があり、声に応じて光が漏れ魔法陣が発現する。


 それは聖痕魔術と呼ばれる手法。使う術ごとに専用の刺青が必要な代わりに起動速度に優れている。石槍の群れが到達する直前に、皆の周囲に薄い土の幕が立ち上がりドーム状になった。


 『土幕』は初級土魔術。防御や土木工事に使われる『土壁』の術の厚みを非常に薄く抑えたもので、低消費で作れる代わりに防御力は皆無。


 矢どころかそよ風でも崩れかねない、要は目隠しの為の術でしかない。だがそこにハーマンの【潤滑】の仙力が加われば話は別。


 必殺の槍の雨──その中には【幻装】により位置を偽造された実質回避不能のものや【透過】がかかったものも含まれていた──は、土幕の表面をつるりと滑り、それぞれが背後の壁を爆砕したり、あるいは飛び越えていく。


 そうして薄い土幕のドームは、一本だけでも人体を粉砕する威力の雨が百以上降り注いでくるのに耐えきった。

 

「はっはー! ざっとこんなもんよ!」

「さすが先輩!」


 普通なら『土幕』はわざわざ聖痕を刻むような術ではないが、彼の仙力があれば高速低消費な無敵の盾に変わる。彼はそうして【潤滑】を生かすための術をいくつか身に刻んでいた。


 この面子の中ではハーマンとレダが魔術を比較的得意としている。知識だけなら宮廷魔術師の姉を持つレダのほうが多いが、ハーマンは軍人家系の出身でより実践的だった。


 ただ……今のは仙力、それも運動量の高い攻撃をしのげる力だからこそ防げたが、もし魔術だけによる防御なら、強固な『土壁』や『石壁』であってもあっさり全滅していただろう。


 幻霞竜の透過の異能は、生体や仙力の産物以外を透過する装甲貫通能力でもある。今の石槍雨に混ざっていた透過槍は通常の装甲や魔術では防御不可能。以前リディアが使った空間遷移などの上位防御術ですら防げない代物であった。


 幻霞竜は仙力無き者にとっての天敵だ。かつてにおいても幻霞竜の放つ石槍雨は、いかなる装甲も、対核シェルターの壁すらもすり抜けて中の人間だけを殺す、人類にとっての悪夢だった。


「今のはいけたけど、まともに食らったら跡形も残んねーぞ、霊力を温存しないと」

「いざとなればここに燃料と盾が」

「俺は燃料でも盾でもなイ!」


 ……などと言っている間に竜は既に次の魔術を開始していた。


『Ai Acjovj p'hja-lvjup cucatvit ……』


「げっ、まだ連発できんの!? 底なしかよ!」

「この魔法陣は……凄い熱光線を作る『激光焦波』!」

「Laser blaster!?」

「古代兵の武器のアレ? アレ【潤滑】効かねえわ、訓練の時やられた」

「えっ、ちょっ」


 今使われたのが摩擦低減の仙力だと竜は見抜き、同じやり方では防御できない光線系破壊魔術を選択。


 『激光焦波』は円錐状の極太の赤光が目前一帯を焼き払う対軍魔術。土幕程度では防ぎえず、逃げるには射程も長い。このままでは全員焼死するだろう。そして最寄りの壁は先程の石槍の材料にされて消えていた。


「霧、霧の術! 急いで!」  

「あれ聖痕にしてない、呪文どんなんだっけ!?」

「土っ、幕じゃなくて壁のほうっ」 

「間に合わねえよっ」

「……ロイ!」

「くっ」


 ウーハンの叫びに、ロイが血飛沫を上げつつも無理やり防壁を突破し、虚空を連続で殴りつけて、隠れていた竜の実体に打撃を与える。


『HUM!』


 しかし防壁によって弱められ、かつ凝核からずれた位置への打撃では、足りない。打撃を与えたことで発動は遅くなったものの完全には止められず、逆に再起動した多層防壁がロイを押し潰そうとする。


「あっ、もうっだめっ……」

「伏せろっ」

「『土幕』で壁を! 急げ!」

「えっはいっ『幕よ上がれ』!」

「あっ、あっ……daddy……ロイ……」


 ニンフィアの、恐怖に助けを求める声を聞いた瞬間。


 ロイの霊力が突如膨れ上がり、世界が彼にとって酷くゆっくりとなる。何故なのか自身にもよく分からないが、構わない。彼女の恐れを、嘆きを止める。俺が止めなくてはならない!


「うおおおおおおおっ!!!」


救世(メサイア): 派生・怠惰(アケディア)傲慢(スペルビア)──光は嘆きに凍りつき、ここに天は崩れ墜ちん─【天崩】(ヘブンフォール)


 迫り来る多層防壁が止まる。いや、防壁だけでなくロイの周辺の全てが。竜も、風も、光すらも遅い凍りゆく世界でロイだけが本来の速さで走り、硬いはずの防壁が薄紙よりも簡単に割れていく。そしてロイの渾身の蹴りが竜に届く。



 ──もし、光を含む万物の歩みを遅らせうるなら。その世界においてただ一人だけが光を追えるのなら。その者は誰よりも速く、そしてその威は、あるいは天をも崩しうるだろう。


 なぜなら──本来、質量ある存在が光に近い速さに至るには、莫大なエネルギーを注ぎ込まねばならない。


 ならば逆に、光すらも凍りかけた世界において、ただ一人それに近い速さで動ける者がいるとすれば。その者には相応のエネルギーが宿っているはずである。


 奇跡にねじ曲げられた世界は有り得ざる因果の逆転を引き起こし、今この時だけ、ロイにそのエネルギーの一端を与える。


 外部からの客観的にはほんの刹那。ロイの蹴撃は瞬間移動と見紛う速さと凄まじい威をもって炸裂し、彼の数百倍は重いはずの竜の巨体を浮かせ吹き飛ばした。余りの衝撃に竜の位置偽装もとけ、そのまま轟音と共に外壁に激突し盛大にめり込む。


 しかし竜もやられてばかりではなく、吹き飛ばされながら魔術を完成させていた。


『……Acjovj!!』

「っ…!」


 竜は既にロイより遠く、もはや凍る世界も維持できず、発現した巨大な魔法陣から致死の光が照射される寸前。


 慌てて土幕を壁状に起動したハーマンの前に、教官のシュイが出て土幕に触れる。すると、土幕は鏡に変わり……直後に襲ってきた光を跳ね返した。


「えっ!?」

『!?』


 跳ねかえった赤光が竜の半身を灼く。人間にとっては致命的な光線も竜には殆ど効かなかったようだが……それでも驚いたのか、竜は外壁にめり込んだまま鏡のほうを睨む。


 ……そして竜はロイの一撃によって大きく陥没した己の腹部を見て、忌々しげに唸った。


 竜の主観では凍りついた世界は認識できていない。ゆえに先程のロイの一撃は竜にとって知覚を超える予想外の速さと重さであり、【透過】の発動も間に合わず外壁に叩きつけられ、余計なダメージを受けた。


 しかもよもや光線までも跳ね返されるとは……あの少女の力といい、人間たちを少し甘く見ていた。


 それでも気を取り直し、竜は透明化を起動し姿を消す。次なる手を打つために。


「……良かった……。しかしあぶねー、今のもう少しで跳ね返りに巻き込まれるところだった……」


 跳び蹴りのあと倒れていたロイが身を起こす。今ので酷く霊力を消耗した気がする……あと全身の筋肉が痛い。


 【天崩】は場の法則そのものに干渉し、時空を欺いて有り得ない速度とエネルギーを生み出す力。【投錨】(アンカーリング)などより遥かに高度な力だ。そのぶんほんの僅かな範囲、ほんの一瞬だけでも消耗は激しい。


 そして力に目覚めたばかりのロイにはまだ力の理屈はもとより、使い方も加減も、危険性も分かっていなかった。


 消耗のうえに無理をして先日の傷痕がかなり痛み出すが、皆が無事なら良い。それよりもだ、今、奴の光を跳ね返した力は?


「今の力は!?」

「そ、そっか、【変色】で銀色にしたら鏡に!?」

「私の仙力は色を変えるだけだと思っていたが、先日リュース氏に助言をいただいてな。こういう使い方もできる」


 烈星士官学校教官、ダオヤン・シュイ。

 彼は産まれる時代を間違えた男だった。


 彼の仙力は触れた物体の表面の色を一時的に変える【変色】……余り意味のない力と見なされていた。色を変えるだけなら仙力である必要はない。何なら魔術でもできるし、そちらのほうが触る必要もなく長持ちもする。


 しかし実は、彼の仙力は禍津国では【調波(チューニング)】という名で分類されている、かなり高位の能力だったのだ。


 色とは主に光に対する物質の反射率で決まる。例えば赤とは赤い波長の光を反射し、青や緑の光は吸収するということだ。


 即ち彼の力の本質は、電磁波に対する物質表面の反射率や特性インピーダンスを自在に変えること。現実の物質には存在しえない完全反射や完全吸収なども実現でき、リアルタイムでの微調整も可能。


 魔術にも『鏡作成』などの術はあるが、完全反射には至らず今のような高威力光線はほぼ防げないうえ、長々とした呪文も必要なため戦闘には向いていない。


 この仙力をシュイ本人含め皆は長らく色の変更能力とだけ思っていた。その色の認識もせいぜいが絵の具程度のもの。反射鏡や透明化、吸収の発想はなかった。


「言われてみれば、磨いた鏡の色も色には違いない。そしてそれで熱も防げるとはな。思ってもいなかった」


 例え能力があったとしても、五感で認識できず知識もないなら気がつけるわけがない。仙力という属人的な能力にはどうしてもそういった勿体ない事態がつきまとう。


 リュースも大したことは教えていない。せいぜい、可視光および放射熱への全反射鏡になりえる事くらいだ。どっちにしろ人の身でこの仙力を生かすには相応の科学知識や計測機が必要で、今の帝国では無理だ。


 本来は可視、赤外光だけでなくガンマ線や超長波などまで操り、通信から医療まで数多の応用がきく力。そうした機器が溢れた世界や時代であればひっぱりだこの能力であったろうが……。


「私の力はまあいい、問題はどうやってアレを倒すかだ。カノンでもニンフィア君でも難しいとなると……」


 守ってばかりでは勝てない。大技を連発できる魔物となれば尚更だ。リェンファが告げる。


「奴の仙力は、幻覚の吐息と、偽装と、透過の3つ。吐息と偽装は同じ能力かもしれません。そして少なくとも透過は常時は使えないようです。今壁にぶつかったのもそのせいでしょう」

「おそらくは起動に集中が必要な類の仙力だな、消費も重いのかもしれん。だが透過があろうとなかろうと、実質的にあの鱗には霊撃しか効かんだろう」

「そうですね。とにかく残る凝核は2つ、そこに霊撃を叩き込む必要があります」

「しかし、結局実体の正確な位置が分からんことにはな」

「そこで案があります。教官の仙力で………」

「私の? ……! 待て、奴が動いた」


 少し離れたところで竜が再び実体化していた。そして大きく口を開き……。


 吐息か? さっきのような幻覚なら自分達には効きにくいが……。と思っていたが。


『Duooph!!』


 ガブッ! と。


 なんと竜は、己の腕を噛んだ。


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