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第73話 『何故猿如きが我が神の力を!?』

R15グロ注意

「ロイ!」


 ニンフィアの悲鳴があがる。

 ロイに炎槍の一つが直撃……する寸前で霧散した。

 

「えっ!?」

「助かる」

『!』


 雨の如き炎の槍たち。確かに全てを食らえば耐えられまい。


 だが。半分ほどは、仙力による幻覚だった。霊気の有り様が異なる。それらは物理でなく精神に対する攻撃だ。


 元々からそういう虚実を混ぜる戦い方なのか、あるいは魔術衰退による威力低下を仙力で補っているのかは分からないが……幻のほうは恐れるに足りない。


 常人にとっては対処困難な異種同時攻撃である。だが、霊撃を吸収できる励起状態のロイにとって、仙力による幻槍などむしろ燃料だ。


 実炎を見切り、幻槍を喰らえばよい。そのための速さと力は既にロイの身に宿っている。


 皆に殴られ、さらに幻火の力を喰らうことで今までになく励起した仙力によって【投錨】の力が強化され、よりしっかりとした足場を作れるようになる。これならば……疾走(はし)れる!


「行くぞ、覚悟はいいな」

『GUO!?』



 竜としても、先ほど幻覚が効かなかったことでロイが幻槍にある程度耐える可能性は考慮していた。一般論としても、上位の仙力を宿す者には干渉型の力は効きにくい。霊鎧を鍛えていればなおさらだ。


 だがそれでも、全力で力を行使すれば殆どの敵には通じた。なので今回はほぼ全開まで幻覚干渉の出力を上げたのだが……それでも全く効かないどころか、吸収して力を増すのはさすがに予想外だ。こんな力は見た事が……。


 ……? 本当に見た事がない、か?


 幻霞竜の脳裏をよぎるかすかな記憶。太古の昔、この小僧の霊気によく似た霊気をもった魔人がいた。


 幻霞竜という種全体として奴と戦ったことは四、五回ほどか。今この幻妖の核となっている個体とは、一回、いや二回……。


 竜人との最前線で戦っていた魔人の精鋭部隊と、人間の陣の奥、基地や一般人居留地への潜入・破壊工作を主としていた幻霞竜たちとではすれ違いが多く、直接戦う機会も余りなかった。


 だから幻霞竜としては、魔人たちのうち主だった数名しか詳細を把握していない。戦いはしたが、こいつに似たあの魔人の異名も、能力も思い出せな……。


 ……? やはりおかしい。


 違和感がある。何かを忘れている。そうだ、我は、あの魔人達との二回目の戦いの時、あの時に、確か……。


 そもそも、幻妖として再臨したということはだ。彼は地上で死んだ(・・・・・・)のではない(・・・・・)


 ……我は。死の前に何を見た?



 竜が僅かに過去に気をとられた隙に、ロイは幻の槍を選んで喰らいながら空を疾走する。


『!』


 炎の雨の中を、曲がりくねった残像を雷光のように残しながら、拳を構え。


「せいやぁ!!」


 そしてロイの拳が、竜からかなり離れた虚空を殴りつける。霊矢で突き止めた、本当の位置を。


『HA!!』


 ギリィッ!


 捉えた。

 霊気の軋みがまるで音のように感じられる。


 分かるのは大まかな位置でしかないが、図体がでかいだけに当てることができた。


 今のロイの拳には物理的な威力だけでも人間を甲冑上から殴って即死させられる威力がある。竜の爪を受け止められる力とはそういうことだ。


 それでも竜にはさして効かない。真竜の防御を打ち抜くにはまだ足りないのだ。だが今の竜は幻妖。莫大な霊力による霊撃のほうは届いた。


『UGUA, GGAR!!』


 苦痛の呻きが上がり、竜の見かけの像が実体の位置に移動し、さらに一瞬姿がブレる。


「リェンファ!!」

「……たぶん、これだと思う! 変な霊気の塊が三カ所! うなじと、左胸と、尾の付け根!」

「よっしゃ!」


 手始めに、一番近かった左胸を狙うために、フェイロンから得た【妖隠】を起動する。そうしてロイが灰色になった世界を走ろうとしたとき、二つの異変を感じた。


 まず竜の見かけの姿と霊気の位置がまた突如変わり、それぞれかなり向こう側に移動する。


 だが物理的に瞬間移動したわけではないのなら、左胸だった位置を目指せばいい……と思ったところで。


『Ia Pzasmavjoveq!』


 竜が哭き、ロイの目前に魔力で紡がれた黒い半透明の『防壁』が出現する。


「! ……ちっ!」


 どういう防壁かまではロイにはわからない。咄嗟に拳によって叩くとかなりの手応えはあったが霧散した。


 この防壁は物理的には鋼鉄より強固で、かつては超音速の電磁投射砲弾すら逸らせた代物だ。しかしロイにとって幸運なことに霊気を帯びた攻撃には弱く、さらに魔術衰退の影響もあって弱体化していた。


 そのため破壊はできたが、その行為によってロイは灰色の世界から放り出され、相手に認識されてしまう。


 防壁の展開は竜にとってはロイが消えたことに対する咄嗟の反応だったが、偶然それによりロイがそういう不可視の移動手段を持っていることを悟ることができた。


『Ia Pzasmavjoveq regm'ntus!』


 竜はこれをうけて自分の周辺に物理防壁を多層展開しようとする。


 霊撃は今の竜にとって弱点。直接流し込まれれば凝核に当たらずとも苦しい。ならばできるだけ接触を防ぐ。


 そして防壁ごと偽装能力に取り込めば、正確な位置を悟らせず、霊撃をかなり減衰させうる。


 むろんそんなやり方はかなり消費も激しい。体力、魔力、霊力、全てに負荷がかかる。それらの総量が元々莫大な真竜であり、後先考えない幻妖ならではのやり方だ。


 それでもロイは無理やり拳から血飛沫を上げながらも防壁を砕き進んで追いつき、ついに一撃を左胸に叩き込む。


「っしゃあああ!!」

『GIYAAA!!』


 竜の姿がまた戻り一瞬ブレて硬直する……が、同時に周囲に展開された多層防壁がなんと折れ曲がりつつ高速移動してきて、ロイを全方位から取り囲み押し潰しにかかった。


「……くそがっ!」


 ロイは慌てて一つの面を体当たりで破壊し脱出するも、反対側の面が追いすがってきて激しく叩かれ、そのまま吹き飛ばされる。


「……ぐっ!」


「ロイ! ……トラエル!」

「……いかん、まだっ!」

「そこ、えぐれナサイ!!」


 吹き飛ばされるロイを見たニンフィアが慌てて力を起動しようとする。シュイ教官の制止は間に合わなかった。


 空間を区切る力が竜の実体があるはずの辺りを囲う。竜は再び透明化を発動し、行方が分からなくなる。直後に破壊の力が背後の城壁ごと空間内を破砕したが……。


「……ああ、もう! 当たって、ナイ! はあ、はあ……」


 防壁が残ったままだった。つまり竜は生きている。透明化が完全に物理無効でもあるのか、それともかわしたか。


 吹き飛ばされたロイのほうはそのまま地上に墜落するも、下にあった屍にぶつかったおかげで大した衝撃を受けずに済んだ。偶然燃えていない遺体だったため、燃え移りも免れる。


「……すまねえ……な」


 死者の飛び出しかけた虚ろな目が、仇を討ってくれと語りかけてくるようだ。その血と自分の血を纏ってロイは立ち上がる。


「しかし……」


 あの多層防壁は厄介だ。数枚重ねを突破するのだけでも難しいのに、それが器用に動いたり曲がったりの能動防御としても使えるとなると……。


 正直、そういう物理的物量で守られると今のロイでは決め手に欠ける。せめてもう少し間合いか手数を増やせればいいのだが。


 どうしたものか。ニンフィアの力を透過されずに当てられれば倒せるだろう。だがあの力は今かわされたように、結構発動までの隙が大きい。


 それに、ただでさえ多数の死に衝撃を受けている彼女に負荷をかけたくはない。


「うう……」


 顔色がどんどん悪くなっている。あの力は霊力消費もきついし、力が効かなかったことも彼女にとっては父親との別れを思いだす引き金になろう。


 他の同期や先輩方、教官らの仙力もこの状況では打撃力にならない。となると、やはり何とかしてロイが奴に霊撃を叩き込み、隙を作るしかあるまい。どれだけやれるか……。


 霊気を回しながら次の策を思考していたところ、少し離れたところに竜が姿を現した。


 「翼が……」


 どうやらニンフィアの力を完全にかわせたわけでもないらしい。竜の片方の翼に大穴が空いていた。そしてニンフィアのほうを睨んでいる……ように見える。


『……Egphs?』


「こっちを見てる?」

「……なぜだ、って言いたいみたい」

「リェンファ? 分かるの?」

「何となく……『眼』で……感情が分かるから……」


『……Egphs dorukvt jamon-ka's gir deva!!?』


「……疑問と、怒りの色?」

竜の最後の言葉の意味は、表題にあります

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