第7話 睡蓮の花
そして謎の構造体の目の前まで行ったところ、それは見たこともない素材でできており、扉のようなものがあることが分かった。
「箱? 小部屋……みたいな感じ、半分埋まっている?」
「……石でも土でもねえな。硝子? 金属? よく分からん……」
ロイたちには分からなかったが、それは、古代において避難所と呼ばれた物体であった。特殊強化陶磁皮膜に覆われた外壁は、本来ならばかなりの強度があり高温にも耐える。
しかしながら、設計想定を超える年月と圧力が加わったそれは、もはやかつての強度を有していなかった。
「もしかしてこれ、大空白時代以前の古代遺跡かも」
「ありえるな……」
かつて、人々が魔術を殆ど知らず、代わりに今よりも優れた機械の技術を持っていた時代があったという。しかしある時その知恵は失われた。
そして人類が魔術を学び、再び文明と言えるものを手にするまで数千年かかったと言われており、その期間は大空白時代と呼ばれている。そのため、およそ千年ほどから昔のことは記録自体が殆どない。
「この扉、鍵っぽいところが歪んでるな。引っ張ったら開きそう」
「えっちょっと待っ」
「あっ」
軽く触っただけのつもりだったのに、そのままドガっと開いてしまった。まだ危機への興奮が収まっておらず、その状態で先程リェンファに触れたために無意識に仙力が発動したままだったのだ。
「バカぁっ! こんな怪しいもん不用意に触んな!」
「ご、ごめん」
もっともだった。そして二人しかいないせいもあってか、最近被っていたリェンファの猫が剥がれていた。しかし開いてしまったものは仕方ない。二人はおそるおそる、中に覗いてみた。
光球に照らされた中は小部屋で、これもやはり見たこともないよく分からない機械のようなものが多数あって……そして、部屋の真ん中あたりに、巨大な棺のようなものがあった。
「棺?」
「お墓か何かか?」
ゆっくりと中に入ってみた瞬間。
プープーという音と、そして。
『Intrusion is detected!!』
「えっ!?」
奇妙に甲高い声のような何かが響く。
赤い光が揺らめいて室内を照らし出す。
『Scanning……Warning!!Enemy type "Lava drake" is approaching here. Activate the emergency escape program』
「何? 今の音? 言葉?」
「わからない……もしかして古代語、か?」
謎の言葉が響いたあと、金属の棺のようなものがピカピカと点滅し……しばらくしてから、その蓋がゆっくりと開き始める。隙間から白い煙のようなものが漏れた。
「!……」
「……何か……いる?」
「あれは……」
蓋が開き、棺の中身が露わになった。
…………そこには。少女の体があった。年の頃はロイたちと同じくらい。長い銀の髪に白い肌の少女が、薄手の桃色の服を着て横たわっていたのだった。
「女の子……?(……綺麗だ……)」
「……この子……」
死体……ではない。ゆっくりとだが、なかなか盛り上がった胸のところが上下している。そして……。
「ん……」
声が、漏れた。
「……生きてる」
「この娘……もしかして、古代人じゃ?」
「もしそうなら、何千年も前ってこと? 人間をそんな大昔から眠らせておく力なんてあったのか?」
「わかんないけど、古代って技術が凄かったという伝説あるし、それか私達みたいな異能だって……あっ」
「どうした?」
「……この娘、たぶんだけど……仙力使い、だと思う。霊気の輝きが普通じゃない」
「マジか」
そしてしばらくすると少女が、目を開け……。
「あっ……」
そして顔をしかめつつ上半身を起こし、ゆっくりと……琥珀の瞳がロイ達を見た。
『…???…』
あからさまに、あれ? なんで? という顔をする。そして言葉らしきものを発したが……。
『……What's……happened?……』
とりあえずロイがぎこちなく答えた。
「えーと…はじめまして?」
『……Uh……Who are you? Where am I here? …… What's happened to "Karman" after that?……』
「……悪い、古代語……だと思うんだが、さっぱりわからん」
『…The language I've never heard of……How long have I slept?……』
「やっぱりわからん、ごめん」
「……私もわかんないし……とりあえずここに居ても仕方ないけど……どうする? この娘………」
「……このまま置いておくのも変だろうし……一緒に何とか、脱出するしかないと思うけど。仙力使いならなおさらだ。でも竜がどうなっているやら……」
わからない、わからないがこのままではいけない。呆然としている、おそらくは古代人であろう少女に、ロイは、意を決して話しかける。
「えーとな、俺は、ロイっていうんだ。で、こっちがリェンファ」
「……?」
指を差しながら言ってみる。
「こっちがロイ、あっちがリェンファ。君は?」
「……ロイ? ……レンファ?」
「そう。君は?」
何を言いたいのかは、分かったのだろう。少女は自分を指差して、言った。
「…………ニンフィア」
「……ニンフィア、か。分かった、じゃあ……」
手を差し伸べる。
「とりあえず、ここから出よう。ニンフィア」
彼女にとっても、わけがわからないことだらけだった。どうして自分がこのコールドスリープ装置にいたのだろう。みんなは……父はどうなったのか。そして……。しかし、少なくともこの避難所に居る意味がもうないことはわかる。
そして迷ったすえ……少女は、少年の手をとった。
そこから始まるものを、まだ分からないままに。
何か梯子や紐のようなものが小部屋にないかと思ったが、残念ながらないようだった。たぶん食料であったと思われる何かはあったが……謎の炭になっていたので止めておいたほうが良さそうだ。さてどうやって地上に戻ろうかと思案する。
『……Why……Daddy……』
少女は何事かぶつぶつ呟いているが、とりあえずは暴れることもなく、ついてくる。靴のようなものが少しボロボロになってはいたもののあったので、それを履いて外に出てきた。
そして崩落したところまで戻ったところ……上のほうで、どすんどすんという、巨体が歩く音がした。しかも段々近づいてくる。
「げっ、竜が戻ってきやがったか?」
「隠れなきゃ!」
『……What?』
二人が慌てて遮蔽物を探そうとしたところで、状況を理解していないニンフィアが突っ立っている。それをロイが急いで連れていこうと腕をつかんだところで、真上から音がした。
「やべっ……」
竜が、首を伸ばして穴を覗き込んでいたのだ。そして、下に「獲物」がいることに気がつく。赤い舌が、舌なめずりをするように動き……喉の奥に、赤い煌めきが灯る。
竜の魔物たる所以、魔術を帯びた吐息。かの竜の吐息は炎。火岩竜はその炎にて表面を焦がした獲物を食べることを好む。
そう、先ほどの人間たちには逃げられてしまったが、ここに美味しそうなものがいるではないか。人間、それも子供や若い女となれば、彼にとってはご馳走だった。そうした本能もまた写しとっていた。
『Demon?……Lava drake……』
咄嗟に、ロイが仙力を解放して、ニンフィアの前にて盾になろうとする。あれが炎の吐息だとして、それがどの程度か、どこまで耐えられるか彼にも分からない、あるいは火は何とかなっても窒息することもありえるが……。それでも二人を少しでも守らなくては。
そしてリェンファは、改めて竜を見て強烈な嫌悪感を覚える。魔物はただでさえ毒々しい霊気をしているが、この竜はまるで……その毒々しさにさらに、冥い穴が重なったかのようで。生ある者と相容れない霊気を漂わせていた。
『This isn't that one……I 'm irritated』
ニンフィアの言葉。何を言っているか、やっぱり分からない。
『……I'm not ready to die』
だけど分かるものもある。死にたくないという意志と怒り……そして彼女は叫ぶ。
『Wake up, my "illness"!……【Wrath】!』
彼女が竜を睨みつけ叫んだ瞬間、琥珀の瞳が真紅に染まり……こちらに目掛けて口を開いていた竜の姿が、歪む。そしてリェンファは、ロイとニンフィアに、かつて見たことのないほどの霊気の輝きを見た。
『"Be hollowed"!!』
ゴリィッ!!と、巨大な石臼を挽くかのような音がして……歪んだ竜の姿が、穴の縁ごと消えた。見えざる何かに捻り切られ、虚空に抉りとられたかのように。
そして一拍の時をおいて、上半身を失ったことを理解した竜の胴体が倒れ伏す音が響く。
ニンフィアの体も、よろめいて後ろに倒れ……かけたところを、ロイが支えた。彼女の肌は暗がりでも見て分かるほど蒼白になっていて、完全に気を失っていた。
「今のは……」
「この娘の、仙力よ……霊力がごっそり減ってる……」
竜は、鋼の刃すら通さぬ鱗持つという。それを一撃で滅ぼすほどの仙力使いなど、少なくともロイ達の知る範囲では現在の帝国にはいない。
古の伝説や、叛乱軍の『仙人』達、もしくは西の果ての禍津国の魔人などなら、あるいは。上を見上げるが、穴の縁も綺麗な円形となっている。直径10シャルク(約7m)以上の空間が、そこにあった竜の半身ごと欠片も残さず消滅したということだ。
「これは、凄いことになりそうね……」
「……大変だな。こんなか弱そうな女の子なのに……」
気絶した少女を下に横たえつつ呟く。先ほどのリェンファとはまた別の香りと、全体的には華奢なのに、一部がとても大きい身体の感触が男としては悩ましい。
やや朴念仁気味とはいえ彼とて年頃の少年である、まして二人とも綺麗な……いやそんな事考えている場合じゃなかった。
「……古代人ってだけでも凄え話だと思うけど、さらにこんな仙力があったら、上の人らが放っておかないよな」
「そうね……帰ったら大変」
「そのために、ここからどうやって出ればいいかな」
「……あー。誰かが、あの竜が死んだことに気がついてやってきてくれるのを待つ?」
「……今日中には期待できそうにないな、それ」
竜は倒れ、危機は去ったが……案の定、しばらく待っても皆が来そうな気配はなかった。
他の班員たちは教官ともども本部に逃げ帰り、本部はろくな装備もない状態で竜を追うのを諦め、正規軍に応援を要請。明朝になってから竜討伐部隊を組織しようとしていたのだった。
「ここからだと本部は結構遠いしなあ……」
結局、このままでは夜になってしまい水も食糧もないということで、ロイだけが仙力を使って何とか這い上がり、皆が投げ捨てた設営荷物などを見つけだして拾ってから穴に持ち帰った。
投網などを使ってリェンファたちも登れる環境を作り上げたころにはとっくに夜になっていて、仕方なくその夜は一晩を三人で遺跡のあたりで過ごした。その間ニンフィアはずっと眠ったままだった。竜の屍体に他の獣たちが寄って来ないか不安だったが、何故か一切獣たちは近寄ってこなかった。
なお期せずして年頃の男女が一緒になったものの、ロイは悶々とはしながらも二人に一切手を出さなかった。リェンファとしては彼の生真面目さを好ましく思いながらも、どこか残念な気持ちを感じている自分を発見し、思い悩むのだった。
翌朝になってから一人増えて帰還したロイたちに皆が大騒ぎになったのは言うまでもない。
ニンフィア = 睡蓮(Nymphaer)
二輪目のヒロイン
12/26 表現微修正




