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第68話 忍び寄る殺戮者

 それは砦の目の前に突如出現した。


 全高は15シャルク(=約11m)くらいか。外壁の高さよりも少し大きい。貝の真珠質を思わせる煌めく鱗と、体の半分ほどの小さな翼を備えたその姿は。


「なんだ!?」

「竜、か!?」

「バカないつの間に、気配など全くなかった!」

「式神はどうした、見張りは! 何故見落とした!」


 兵士らが竜らしき姿に騒然とする中、ニンフィアだけが、魔物の正体を理解し驚愕の叫びをあげた。


「Phantom drake!? ……No way(うそでしょ)……」


 ロイたちは知る由もないが、この竜はランドーが纏っていた宝貝、蜃蛤眩衣の能力の元になった異能を持つ……幻霞(ファントム)(ドレイク)と呼ばれる魔物だ。


 かつて方舟から地上に降り立った人類と竜人の戦いにおいて、竜人達は魔術と、そして魔物を使役して人類の近代兵器に対抗した。


 数ある魔物の中でも人類は特に鬼種(オウガ)竜種(ドレイク)に苦しめられた。だからこそ当時ただの少女だったニンフィアですら、竜の姿を知っている。それらは入植者が学ぶべき基礎知識だった。



 竜種は例外なく強靭な肉体を持っていたが、その中でも特に真竜(エルダードレイク)と呼ばれる上位種は、人類にとって死の化身だった。


 真竜は高度な知性があった。そして魔力を帯びた鱗には人が持ち運べる軽火器ではほぼ通じず、最低でも重戦車の電磁投射砲(レールガン)クラスの重火器の貫通力が必要だった。


 光学兵器や化学反応に頼った炸薬型砲弾、推進機構を持つミサイルなどは魔術や異能で簡単に阻害され機能しなかった。単純な超音速の物理の暴力のほうが、まだ通じる可能性が高かったのだ。


 それとて相手が油断していて当たりどころが良かった場合の話だ。一撃で倒せなかった場合魔術によってすぐにダメージも回復してしまううえ、下手に二撃目を放つと砲弾が反転して己を吐き出した砲口に戻り、砲身を爆散させる……魔術無き軍にとって、高位魔術を使いこなす敵は悪夢としか言いようがない。


 そして真竜……劫炎竜、氷獄竜、雷吠竜、潰地竜などの中でも、幻霞竜は見えざる恐怖、忍び寄る殺戮者……クリーピング・スローターとして恐れられた。


 成竜は通常竜だろうと真竜だろうと皆、人間よりはるかに巨大だ。だから普通なら襲ってくれば遠くから分かるし、対策を講じたり逃げる余裕もある。


 それなのに幻霞竜は攻撃の直前まで、姿はおろか、音も振動も臭いも感じられず、足跡も残さない。さらに壁で守られているはずの内側にどうやってか入り込む。


 まさに幻か霞の如く。いつの間にか拠点や街の内部に出現され、大惨事に発展する。いかなる壁も装甲も幻霞竜の『力』を防ぐことはできず、何度も民間人を含む大量の死者を出すことになった。


 重火器を叩き込もうにも、幻霞竜を機械に自動追尾(ロックオン)させることはできなかった。可視光に限らずあらゆる電磁波による探知をすり抜け、重力センサーすら「何も異常はない」と告げるのみ。


 これは真竜が種族特性として仙力を有する種であったためだ……幻霞竜のそれは、【幻装】(カモフラージュ)【透過】(パーミエイション)と呼ばれるもの。機械すら欺く凶悪な認識阻害と物質透過の能力だ。


 魔物の中でも、竜種は自然発生した存在ではない。彼らは古代龍族(ドラゴン)の賢者が、眷族たる竜人に授けた生物兵器の末裔だ。


 真竜は禍津国でも未だに解明しきれていない、仙力を子孫に遺伝・発現させる術を組み込まれている。何らかの理由でそれらや知性を失ったのが通常の竜と呼ばれるもの、火岩竜や刃鎧竜などである。


 そして真竜は単純な身体能力でも通常竜を大幅に上回る。生理活性も一般の生物と異なっており、毒や生物兵器でも有効と言えるものはついに見つからなかった。そして酸欠はおろか真空や深海の極限環境にすら長期間耐える。


 こと防御力と生命力においては人類の常識では有り得ない超生命体だ。宇宙を往ける文明によると軍隊と機械兵器群であっても、魔術も奇跡も無しに真竜に勝つのは至難の業だった。


 あるいは熱核兵器のような高密度の無差別大規模破壊であれば効いたかもしれない。しかし自分たちが移住しようとする大地を放射線で汚染するなど正気の沙汰ではない。しかも真竜やそれに匹敵する上位鬼種は単一でなく何百体といたのだ。 


 それに彼らの主であった竜王や龍は宙対地ミサイルすら宇宙まで跳ね返してくる存在である。そうした相手に熱核兵器を使う勇気のある者はいなかった。


 そして通常兵器の範疇の攻撃力では真竜相手には力不足で、知性ある相手には罠も通じにくいとなれば……。


 不運にも真竜や上位鬼種と遭遇した部隊や入植地は殆どが壊滅し、ドローンや戦車、航空機なども悉く鉄屑と化した。すなわち太古において真竜とは出会ったなら全力で逃げ出すしかない動く天災であった。


 結局人類において彼らと戦えたのは、異能と霊気を使いこなしたジーディアンの精鋭達だけだった。



 本来なら幻妖として真竜クラスの存在は、冥穴が開ききっていない段階で顕れるものではない。これはかつてリュースが危惧した通り、ランドーが使った幻妖宝貝の副作用の一つだった。


 そしてその竜が幻霞竜であったのも……ランドーのせいである。彼が消息を絶った時点で着ていた宝貝には幻霞竜の素材が使われており、それが呼び水となったのだ。




 出現した竜は何度か首を振り、そして砦のほうを見据え……その口の中が白く発光し始める。


「あっ、まさか吐息か?」

「吐息なの? でも魔力の『色』じゃないわこれ、まさか」

「まあ、この外壁なら吐息の一回や二回くらいじゃ……」

「Hallucinating breath!!?? It’s really dangerous!!」

「ニンフィア?」

「Danger……あ、危ナイ、あれ危ナイ凄く! 逃げないと!」

「え!?」


 仙霊科の皆が慌て出したニンフィアのほうを向いた。


 この吐息のなんたるかを少しでも知っていたのは彼女だけだ。他の者は知るよしもない。翼持つ巨大な蜥蜴という有り様ゆえに竜だということは分かるが、それだけだ。


 そして皆にとって既知の竜は、先ほど兵士が自慢していたように、単独ではこの砦の外壁を突破できない。飛竜のように飛翔できる種もあるがそれらは大抵耐久力もなく、数が揃わないなら脅威ではない。


 幻霞竜をはじめとした真竜たちは北方大陸から太古の昔に消え去った種だ。その恐怖は時の果てに忘れられていた。


 だから。

 ここに、地獄の釜がひら……。



 ゴンッ!! 



「……!?」

『GA!?』


 何らかの吐息を放とうとしていた竜の首に、外壁上から飛び出し空を駆けた少年による、信じられない距離と高さからの飛び蹴りが突き刺さっていた。


「ロイ!?」

「あっ、お前! 一人で突っ走るんじゃ……」

「カノン! 退け! マゼーパ様が帰ってくるのを待て!」

「ですが、こいつ絶対ヤバい奴ですよ! この息を吐かせちゃ……ちっ!」


『…GAAAAOOOO!!!!』


 蹴りをくらっても竜はびくともしなかったが、吐息は中断される。竜の怒りの咆哮と少年の叫びが響いた。


─────────────────


 シーシゥ砦の外壁で最も高いところは(やぐら)になっており、その中はいくつかの部屋に区切られていた。その一室にて、客としてやってきていた男が声をもらす。


「何やら外が騒がしいな?」

「……竜が現れたそうで。殿下、私は隣室で指揮に移ります」

「うむ、そうか」


 砦の責任者であるウェイ千卒長は、どこぞの学校長よりさらに一回り太い、樽のような体型の老人であった。


 軍人というより官吏よりで、しかも権力と賄賂が大好きというなかなかに度しがたい人物であるが、流石に砦の責任者としての優先度を履き違えることはない。


 原色の多い豪奢な服を纏った客は鷹揚に頷き、千卒長を見送った。


「……それしても竜とはな。こんな帝都に近いところに砦などを魔導師まで動員して急遽築くとは、何かあるかと思ったが……大丈夫なのか?」

「竜といえどもこの砦はびくともしませんとも、先日も苦もなく撃退できました」

「ふむ、それなら安心だな」

「殿下、こちらの窓からその竜の姿が見えるようでございます」

「そうか。是非竜とやらと、皆の手並みを見せてもらうとしよう」


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